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鍼灸

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 本項では鍼灸治療に関して、その科学的研究の姿勢、手法、論文発表などを総合的に考慮し、それを評価する。鍼灸とは、身体に鍼や灸を用いて刺激を与えることにより様々な疾患に対して治療効果を与える医療技術のことを指している。
 本項での総評では、医療技術という観点に立った臨床現場でのエビデンス、鍼灸の技術面における科学研究の信頼性を重視する立場をとっている。また、本研究は鍼灸治療における個別疾患への有効性を議論の主戦場とはせず、鍼灸治療分野全体における科学研究について評定するものとする。よって本研究における各評定項目における評価が個別疾患における有効性をそのまま保証しているわけではない。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (中)

 鍼灸治療における論理体系は古代中国の春秋時代、あるいは戦国時代にその初期の体裁が整えられたと考えられている。それによると、人体には経絡という人間の生命力が流れる道が存在しその道の流れが何らかの形で妨げられると健康状態でなくなる、つまり病的状態になるといわれている。そこで、鍼や灸を使い経絡上にある各症状への適切な経穴(ツボ)を刺激すれば経絡における生命力の流れが取り戻せ、症状が恢復する、というのが鍼灸における初期の理論である。現代の鍼灸医学においても大筋ではこの論理を踏襲している。
 このような理論においては、人体に経絡というものを想定し、さらに各々のツボがどのような症状に対して有効なのかを仮説検証しなければ論理的とはいえない。しかし、どのツボがどの症状に効果があるといった論理は歴史的逸話に基づいた経験的な主張でしか語られておらず、そのような意味においては鍼灸の論理性は低いと言わざるを得ない。
 ただし、現代の鍼灸医学では神経科学的な知見も取り入れており、例えば鍼灸の脊椎後角鎮痛作用におけるゲートコントロール仮説といった有力な新しい説も提唱されている。このように、トップダウン的な論理構築だけでなく、実証主義に基づいた論理体系の構成も現代鍼灸研究には見受けられる。
 鍼灸の臨床現場においては経絡やツボといった考え方がまだ主流である、という社会的な現状については一言を付さなければならないが、基礎研究領域では合理的な論理体系が形成されつつあるという評価ができると考える。よって、論理性は中程度と評定する。

理論の体系性 (中)

 論理性項目でも述べたが、鍼灸では経絡と経穴(ツボ)といったものを想定しており、これは現代の解剖学的知見とは相いれない主張となっている。そのため、経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる。現状ではまだ体系性が十分でないため、ここでの評価は中程度とする。

理論の普遍性 (中)

 客観性項目でも少々述べたが、鍼灸治療においては個人による効果サイズのばらつきが非常に大きい。そのため、厳密な研究体制が整っていても「誰」の「どのような疾患」まで鍼灸の有効性を示すことができるかを一般化するのは困難であるといえる。このことは、WHO、「コクラン共同計画」、医学誌論文、鍼灸学誌論文、他の学術論文において特定疾患への有効性やその効果サイズが異なっていることからもわかると考える。現在までのところ、どの研究における鍼灸の有効性が最も妥当で信頼性が高いかについては各方面で議論が続いておりまだ決着していない。そのため、本研究における普遍性評価も、どの研究を支持する立場をとるかによって変動しうるため暫定的なものにならざるを得ない。
 つまり、鍼灸治療全体の理論としては普遍的なものではないものの、ごく一般的な病態に対して有効性があり、そのような意味においては普遍性があると評価できる。以上の立場から普遍性を中程度であると評する。各研究を包括し、効果サイズ、疾患、患者を特定した発表を今後期待したい。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (高)

 鍼灸治療におけるデータの再現性は、その評価が非常に困難であるということをまず前提として述べる。それは、鍼灸治療における「特定」疾患への有効性を、データの再現性という観点からはとらえにくいと考えるからだ。鍼灸治療においては、その有効性の効果サイズが個人によって大きくばらつくということが原因であると考える。例えば、大筋では鍼灸治療に懐疑的な立場をとっている「コクラン共同計画」においても腰痛、頭痛には多少前向きな報告がなされている。しかし、それとWHOや鍼灸学界、さらに言えば臨床現場で報告されている有効性では効果サイズがそれぞれ異なっており、データの再現性という意味において個別疾患への有効性に焦点をあてた場合、現状では評価が困難であるということがわかる。
 ただし、鍼灸治療全体を俯瞰した場合、研究報告の発表バイアスを考慮してもその有効性にはデータによる裏付けが繰り返しなされている。つまり、鍼灸治療研究全体においてはデータの再現性が十分であるといえ、論文発表なども極めて充実しているといえる。本項冒頭で述べたように、本研究においては個別疾患における有効性を評価の基準とはしないという立場をとっている。そのため、鍼灸治療研究全体におけるデータの再現性は高いと評価する。

データの客観性 (高)

 上でも述べたが、例えば「全日本鍼灸学会」や「WFAS」に論文投稿する場合、利益相反の有無の記載が義務付けられており、鍼灸研究において、権威による断定や市場利益を優先した研究は排除される仕組みとなっている。
 また無作為化対照実験の有無についても近年の研究報告は主観的効果を認めない実験デザインをしており、研究環境としても問題は見当たらない。これはWHOによる鍼灸治療のガイドライン声明や、そこでの無作為化対照実験の研究対象をさらに厳しく厳密化した「コクラン共同計画」において確認することができる。WHOにおける声明ではかなり広範囲において鍼灸治療の有効性を認めており、より厳しく分析している「コクラン共同計画」においても頭痛、腰痛、化学療法を原因とする吐き気、首の疾患、夜尿症には多少肯定的である立場をとっている。よって、本研究におけるデータの客観性も高いと評価し、すなわち現代の鍼灸研究は極めて客観的だと位置づけられる。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (中)

 現在、鍼灸治療の効果に合致した形での研究や実験が主流であり、実際にそれに沿ったデータが収集されている。また、そういった厳密性を鍼灸界ではむしろ求めており、理論面を充実させる体制もできつつある。
 ただし、臨床現場(すべてではないが)においては、そのような認識とはまだ少し距離があるのが実態であり、治療効果について患者の主観に依るものも多い。

理論によるデータ予測性 (中)

 鍼灸における研究は他の医療分野と比べても遜色のないほど盛んに行われており、その方法論や研究体制にも特に問題点は見当たらない。鍼灸理論の普遍性における課題は残っているものの、鍼灸に何らかの鎮痛作用があるということには現状疑いの余地はない。  
 ただし、「夜尿症」といった鎮痛作用のみでは説明のつかない症状に対しても鍼灸研究では有効性を示すデータが報告されているため、「データの再現性」といった面からは認められるものの、そのような有効性に「理論」が追いついていない状況となっている。今後は理論面での整備が必要となってくるだろう。
 以上のような理由により、鍼灸治療のデータ予測性も中程度と評価する。

社会的観点

社会での公共性 (高)

 鍼灸では臨床現場での成果だけでなく、研究を社会的に発表、還元する制度も世界的に整っている。日本を例に挙げると、「全日本鍼灸学会」「日本鍼灸師会」といった学会が積極的に活動しており、研究論文などの発表なども定期的に行われている。他では、ドイツにおいても鍼灸が一部正統医療として“定義”されていたりと、社会的、公共的な仕組みとなっていることがうかがえる。
 世界的には「WFAS (The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies)」が中心的組織として活動しており、各国の研究機関での成果がそこに集合している。また、「全日本鍼灸学会」「WFAS」では論文投稿時における査読、利益相反関係の有無、といったことを細かく規定しており、制度上の問題も特に見当たらない。さらに、BMJ(British Medical Journal)など本流医学誌での質の高い鍼灸研究論文発表もみられ、医学会との親和性も高いと判断できる。よって、社会での公共性は高評価である。

議論の歴史性 (高)

 鍼灸の起源については論理性の項目で少し触れたが、現代日本における鍼灸については明治時代以降、特にその議論が活発になる。
 明治政府による医療制度の西洋化によって鍼灸医療(漢方なども)は衰退の道をたどる危険性があった。そこで、従来の古典的なツボ治療から、一定のシステムをもった治療体制が構築される必要があった。そのような動きの中で、たとえば1952年以降の「経絡論争」といった運動や、経絡を客観的に実証しようとする研究と、経絡以外に鍼灸医学の基礎を確立しようとする研究などが盛んになり、一つの医療システムとして、客観性を重視した議論が形成されていった。
 また、1960年頃になると、臨床現場における鍼灸治療の方法論として現代医学的な病態を明確にして、病態に応じた治療を選択するといった提案がされるなど、現代医学の知見を取り入れたり、それと連携する動きも活発になっていった。他にも、治療効果における統計的観察を重視するべきであるといった立場が生じたりと、活発な議論が行われてきたことが推察される。 こうした経緯から鍼灸医学システムは大きく、古典派と現代派にわかれることとなるが、両者が全く決別しているわけでもなく、疾患や症例に応じて併用もされている。
 また、現代の鍼灸研究においても、一方通行ではない多面的な議論が展開されている。
 たとえば、WHO(世界保健機関)では鍼灸治療におけるガイドラインを設定し、それによると神経系疾患、運動器系疾患、消化器系疾患、といった多くの疾患に有効であるとの声明を発表している。
 しかし、このWHOの発表については反論も存在する。その代表的な例が「コクラン共同計画」であり、そこではWHOによって有効性があるとして発表した多くの疾患についてプラセボ効果以上のものはないと判断し、一部の限定的な症状についてのみその効果を多少肯定的だとしている。
 また、この「コクラン共同計画」にも多方面から反証論文が提出されており、たとえばBMJで発表されたもの(関連リンク参照)では「コクラン共同計画」で分析されたデータをさらにメタ分析し、鍼灸には効果サイズは小さいものの、プラセボ効果や何らかのバイアスでは合理的な説明のつかない鎮痛効果があるとした研究も報告されている。鍼灸界からも多数反論が寄せられており、それらの研究においてもオープンな場で議論できる土壌が整っている。 つまり、肯定的な研究発表と否定的な研究発表が互いに議論し合っている状態にあるといえる。
 このように、鍼灸については多角的で多面的な議論が展開されており、鍼灸研究においてもそれらを受け入れる、あるいは反論するといったが動きが活発である。
 以上より、議論の歴史性は高いと評価できる。

社会への応用性 (高)

 現在、鍼灸は世界的にも医療として広まっており、さらに社会制度面での設備が整っている国も多い。日本を例に挙げてみると、日本では「はり師」や「きゅう師」、もしくは医師の資格を持っていない者には鍼灸治療を行うことを認めていない。「はり師」や「きゅう師」は国家資格であり、これを取るには専門機関で教育を受けなければならない。
 また、医師による同意書が必要であるが、鍼灸治療において医療保険が適用できる場合もある。日本における鍼灸治療の医療保険適用疾患は「神経痛」、「リウマチ」、「腰痛症」、「五十肩」、「頚腕症候群」、「頚椎捻挫後遺症」、その他の類似する疾患において有効である。このようなことから、例えば日本での社会への応用性は高いと評価できる。
 また、世界的な制度や設備についても同様の評価ができる。例えば、医療衛生面や医療機器面において、FDA(アメリカ食品医薬品局)やWHOによって鍼灸に使われる「鍼」や「灸」の衛生面や安全性について細かく規定している。これは通常医療における衛生面や安全性のガイドラインと比べても同程度の厳しい基準である。
 以上のようなことから、鍼灸治療は社会的にも応用性があり、さらにそのための枠組みも整っていると考える。よって社会への応用性は高評価とする。

総評

発展途上の科学

 鍼灸治療を疑似科学とする根拠はなく、また社会的な実用性という観点からも科学として評価されるべき項目であるといえる。
 代替医療の研究分野では、主に懐疑論者が中心となって、「その医療行為」においてのみで有効性を評価しようとする動きがみられる。しかし、医療行為においては他の自然科学分野とは異なり通常医療も含めすべての医療行為を相対的に評価し、その効果を検証しなければならない。それは、医療とは人体の科学であること、現代の通常医療は「万能」ではないこと、そして「健康状態」を定義する基準は何であるかということ、を常に前提として考慮すべきだということを意味している。
 鍼灸治療において、その研究方法、社会への還元、法的制度は現代科学的研究の基準に達していると判断でき、他の科学研究領域と比較しても遜色のない水準であると思われる。
 以上を踏まえ、本研究において鍼灸治療は「科学」と評価できる。だが、経絡やツボを主体にした理論については、今後現代化が求められることだろう。

参考文献:

『図解 鍼灸臨床手技マニュアル』 尾崎昭弘
『エビデンスに基づく腰痛症の鍼灸医学』 全日本鍼灸学会
『臨床鍼灸学を招く―科学化への道標―』 西條一止
『臨床 鍼灸治療学』 西條一止
『代替医療のトリック』 サイモン・シン
季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p80-85)
『新しい鍼灸診療』 北出利勝/編
『代替医療&統合医療 イエローページ』 上馬場和夫
『鍼灸の歴史』 小曽戸洋 天野陽介
『ハリソン内科学 第4版』 福井次矢、黒川清/監修

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月22日)

投稿

投稿&回答

瀉血と献血はちがう。瀉血は古来からの哲学的思想上の(悪い?)血分を体外へ排出させる手技のことだ。しかし実際は、皮膚を僅かに切開しごく少量血液を出す行為だ。相互関連がはっきりしないからガイドラインでは広く認可されてない。一方で、献血は決して【健康のため】の行為じゃない。献血の目的は一定量の血液を正確に採取することだ。
ここに形容詞をつけて【健康によいのだ】【やってる集団ではがん患者が少ない】こういうふうに陽性の意味を意義づけ研究することが、科学的に滑稽な研究だと思う。そうして同路線での研究の知見が波に乗れば、これはやがて新たな医療サービスやビジネスになるのだろう。健康産業的な大きな謳いも完成する。(がん細胞さえ、今この瞬間も人間の体内で、作られたり、壊れたり、を絶えず繰り返してる)
過去の偉大な画家の部屋代レシートが、今現代になってそれが出て来たとする。それがどんな部屋の、どのくらい高級なルームで、どの居間にいたか、そういったことを科学検証することは、科学的意義がない事と同様だ。部屋は部屋だ。世界中どこであろうとも。三畳タタミでも、高級スイートでも、どっちだって構わないのだ。そこで活動して創作された彼のワーク中身が最も重要なのだ。もっとも、そういった研究手法は人文科学系などで非常に流行る(流行った)方法論なのだろうが…しかし、これは誤謬だ。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2018/03/15 13:32:51)

(回答日時:2018/03/20 16:08:18)

横ヤリですまんが、目を覚まそう針灸会。
鍼麻酔のほとんどは、麻酔導入“薬剤”を併用してる。論は英文かもしれないが、よく読んでみよう、読めば大抵わかる。厳密には、麻酔薬剤の効果が大きいと思う。オレも友人も、いわゆる鍼麻酔で親知らず抜いた経験がある(針のみ、麻酔薬なしの試み)。主観的痛みでしかないものの本気で痛かった。鍼麻酔なんて曲芸のヤラセ。
伊藤剛氏がなんと言おうが構わない。だって彼はそれで飯食っているのだから。科学的実証における客観性の構築はほんとにヒドい針灸。ちょっとどうにかすべき。外野の立場の人間からみてもそれは自明。
動物に針出来るのは獣医師のみ。歯科医もインプラントで食べられなくなってきたから、健康だの口腔養生だの食文化だのこの頃、言い始めた。医療産業が仕掛ける仕掛けにもユーザーはしっかり目を開こう。生活上の自分の実感的主訴(今ほんとうに困ってること)と、各医療職種が社会に仕掛ける誘導的健康上の商法トレンドとをしっかり区別をしよう。明治大学にいま一度言いたい。担当者は院生だろうか不明だが。社会学(この企画は広く一般市民にスムーズな科学的判断をうながすものだろう)とは一体何のためにあるか?とても大事なことだ。
(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2018/03/14 02:15:49)

(回答日時:2018/03/14 11:46:04)

馬にも鍼治療が行われているのですね。
笹鍼について調べていたところ、牛や豚への灸も行われていることがわかりました。ここまで来るともはや「何でもあり、何でも鍼」の心境です。

犬の輸送ストレス軽減のための新規鍼治療の試み。
わが国でも,家畜の治療を主体に行われており、
競走馬に施術する笹鍼(瀉血),馬の関節炎,腰背痛症,
便秘症に対する鍼治療や豚・牛の繁殖障害への灸療法が
知られている[5-7].今回,筆者らは犬の輸送ストレ
ス軽減のための,より副作用の少ない新規鍼治療を試みたので報告する。
http://nichiju.lin.gr.jp/mag/06903/c1.pdf#search=%27%E7%AC%B9%E9%8D%BC%27

笹鍼(瀉血)は人では、献血の針がそれに当たりますが、人の場合も瀉血(献血針)は健康にも言いと言われます。「献血のすすめ,年2回の瀉血(献血)により発がんが有意に減少したという報告もあります」
http://pathology.or.jp/ippan/pdf/toyokuni31.pdf#search=%27%E7%8C%AE%E8%A1%80+%E7%80%89%E8%A1%80%27

>ネコに鍼灸ですか。ユニークですが、
>灸などのときにじっとしていられるのでしょうかね。

私もその点が気になりましたので、
早速調べてみたところ、動物鍼灸専門治療院では、
可能な限り患者ペットさまに負担のかからない、
低刺激での鍼灸をこころがげているそうです。
そう言えば、人間用の鍼にも「皮内鍼」「梅花鍼」「集毛鍼」「電子鍼」「レーザー鍼」など、痛くない鍼がありました。痛くない鍼(指)で施術しているのが指圧でしょうか?

ずっと昔の話ですが、家の近くに、
蜂鍼治療専門の看板のある店舗がありました。
蜂鍼の鍼師は一代限りの国家資格を与えられた人がいた、
という内容の記事を読んだ覚えがあります。
一代限りなので、現在では国家が認定した蜂鍼師は
いないと思いますが、韓国や中国では盛んな療法のようです。

一応日本にも蜂針療養の資格がありましたが、一部の鍼灸師に許可されて以降、その資格そのものが無くなったみたいです。https://blog.goo.ne.jp/uncle-bee/e/7a50b5f3c11ab6b2024c3a5473d1ec31


最も良く利用されていたのは蜂針療法(Bee venom acupuncture)有害事象は、非定型マイコバクテリア皮膚感染、膿皮症/膿瘍、過敏性反応、脂肪組織萎縮症、感染性皮膚疾患。蜂針療法は関節リウマチや脳卒中後の回復への効果を期待し、各国で医学的な臨床試験が行われている。蜂毒を体内に入れるため日本では認可されていない。
http://bhn.jp/news/47872

西新宿のペットのはりとお灸の専門治療院です。
4. やさしく心地良いはりとお灸をいたします。
使用するはりには、刺すはりと刺さないはりがあります。
お灸は通常毛の上からシート貼り、
その上にモグサを載せて行いますので、
皮膚に直接接して火傷することや毛が燃えてしまうようなことはありません。直接からだに触れない棒灸等を用いたりもします。http://www.houkin-pam.jp/about.html

猫のちいにゃんは、身体が弱いので、10年前からお灸で治療をしています。もう火にも慣れっこです。
https://www.youtube.com/watch?v=yiLyOXK9a10

この前行った動物病院で、お灸受けに来てる猫けっこういた。https://twitter.com/butasan_buubuu/status/648879575301095424/photo/1

ビワの葉温灸用 もぐさプラス(短くなった棒灸つぎたし用具) (人・犬猫兼用)
https://amrit-dc.co.jp/item/detail.php?id=3427
(投稿者:ジュウレンジャー,投稿日時:2018/03/13 22:53:45)

たいへん質の高い返答ありがとうございます。
>犬の輸送ストレス軽減のための新規鍼治療の試み。
――お示しいただいた文献を読みましたが、かなり挑戦的(先駆的)な実験ですね。興味深かったです。ありがとうございます。
内容的には、伴侶動物に対するはっきりとした効果を検証するにはプラセボ群を設定した比較試験が必要でしょうか。また、文献内の測定項目「元気消失」については、だれが見てもはっきりとした変化みたいなものがあったのでしょうか。評価方法が「飼い主による観察」だと主観的すぎるように思えるのですが。
>そう言えば、人間用の鍼にも「皮内鍼」「梅花鍼」「集毛鍼」「電子鍼」「レーザー鍼」など、痛くない鍼がありました。痛くない鍼(指)で施術しているのが指圧でしょうか?
――なるほど。指圧やマッサージも広い意味で鍼による刺激と「同等」とみなせるかもしれませんね。「身体刺激による治療法」などという大まかな括りで体系化されていくと、研究方向性としてよいかもしれませんね。
(回答日時:2018/03/14 13:26:45)

歯科医が診療室で、「鍼を覚えたら役立ちそうだ…」のような話をしていましたが、その後、養成学校に入学し、鍼灸師の有資格者になっています。痛恨の極みにある歯科治療で、痛み緩和効果があるとされる鍼灸が注目される事は理解できますが、ネコにも鍼灸が効くという記事に驚き“鍼灸 ネコ”で検索したところ、“日本動物鍼灸治療研究会”とか、犬ネコの下半身マヒに鍼灸が効くという内容がヒットしました。

鍼治療で麻酔効果が現れる?
1.鍼麻酔で手術が可能 
2.鍼治療が鎮痛物質エンドルフィンを産生する。
3.鍼治療は血液中のエンドルフィン濃度を上昇させる。 http://www.meiji-u.ac.jp/secretar/ekimae/web7.htm

痛みの基礎と臨床 痛みとエンドルフィン 特に針麻酔との関連について http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200902045103914898

お灸や鍼などネコの世界でも東洋医学が注目…。
漢方薬の投薬ではイヌの倍効き、1週間ぐらいで改善を実感する飼い主が多い。https://dot.asahi.com/aera/2018012500014.html

冷え性にはお灸を、ネコにも東洋医学の時代 https://dot.asahi.com/aera/2018012500013.html

鍼灸の刺激が脊髄に伝わるのなら、
犬ネコの下半身マヒに鍼灸が効くというのも、
有り得ない話ではないのかもしれないと思いました。

北里大学東洋医学総合研究所漢方鍼灸治療センター副センター長・伊藤剛医師「ツボは、痛みや熱などの刺激を感知するセンサー『感覚受容器』の一種。鍼やお灸の刺激を脳や脊髄に伝え、痛みや筋肉の緊張、自律神経、ホルモンなどを調整します」
(投稿者:ジュウレンジャー,投稿日時:2018/02/24 13:01:46)

ご投稿ありがとうございます。
ネコに鍼灸ですか。ユニークですが、灸などのときにじっとしていられるのでしょうかね。
東洋医学の効果がヒトよりも動物に効くのであれば、そうした方面での需要はありそうですね。
やや話は逸れますが、競走馬でも「笹針」という瀉血のような治療法が試されていると聞いたことがあります。最近はあまり見なくなりましたが、一昔前までは多かったそうです。 (回答日時:2018/03/07 22:41:41)

(7)
根底的には古典上の書物フィクションの体系であり、それは決して物質還元されないものなのだから、両者のあいだのことについて【理論】の科学的検証はできない。だが、操作的に両者をつなごうとすることによって【理論面】の科学的理解が始まった。平たく言えば【施術面】の意義を意味づけるための形容詞の作成だ。我が国ではすでに大正期に始まっていただろう。当時の生理医学者が(その時代の先端であった)ラット的電気生理学における自律神経の方法論を用いて、東洋的な医術への医学的意味づけを行った。こうして啓蒙活動や牽引がおこなわれ学校創立や健康増進医療経済へとつながったのだろう。
しかし、ここにある時期からエビデンス主義としてプラグマティズムの考えが横から入ってきた。仮説や観察的観測事実はさておき、まず実践してみてどれだけ効果があるのか、その証拠を提出してくれ、それをただやってみて数理的に算定しようといった手法はほとんどこれだ。臨床的実施での効果検証に適している。
現在の地点でおよそ言えることは、心と体は紙面の表と裏であり同時観測することはできない。未知の古典的事実に、医学的意味を与えることは一見名誉あることかもしれないが、そもそも医学をはじめとする物質科学と東洋的なものとはどこまでいっても相容れない。一方が片方に寄り添うことではなく、相容れないことだけがキャラクター特性だ。【理論】の本質的構造だけがそれを保つ。【施術行為の実践】について1人称的ないし、専門家小集団的コンセンサスとして科学的講釈を盛り込むことなどはまだ可能だろう。互いに寛容であるほうがイメージが良い(西と東の統合医療などの謳い)ものの、【理論】の元々の性格がその向きではない。
ある時期からエビデンス実証の方法論が大きく普及し、一定の年数が経過しつつあるが、それをさらに試みるほどにこの業界(ないし、そこに科学的意味を求めるような代替療法全般)は、プラセボの本当の意味を知るしかなくなる。そういったロジックに傾くしか選択肢がなくなるだろう。つまりプラセボは元来、宗教的意味合いを含んだ言葉であり、それは「神へのおべっか」だろう。「本人を、さもその人とはちがう人であるかのように思わせる、ある意図をもった操作的言動」であったのだから。今の私らで言う【ヨイショ】のことであろう。もちろん困った誰かを励ますことは人道的だし相手も一部勇気を回復するかもしれない。しかし、ヨイショが幅を利かせ過ぎては少し医療サービスとして(まして◯◯療法として)納得いかない部分もある。
針行為を実証させるほどじつは、客観的検証がおこなわれたという証になるのではなく、患者やクライアントへ向けてヨイショすることを助けるにすぎない療法であることを、むしろユーザー体験のほうで、さらに実感するにしか至らないのである。(提供者側の実感ではないことに注意)。今まであった専門の【わからなさ】が専門家の手を離れユーザーへとそっくりそのまま移される。【わからなさ】のブラックボックスは、本来施術者が抱えて持ちこたえていく物だ。ユーザーの判断に丸投げするものではない。これが実証主義のもつ負の側面ではないだろうか。ひとむかし前の「町のあかひげ整体に騙された」ようなユーザーのほうが、健康にまつわるサービス関係で得られる幸福度としてはマシだったわけだ。そしてやがては、自分達が自分達を、得られたエビデンスによってヨイショしあうとかいう資格同族的意義しか実証主義は持たせられないのである。これは実証主義の目的と反する。なぜなら実証主義は当初一律の、揃った一致見解を数値的に得るためのものであり、師弟同族的ドグマを排し、広く共通見解を得るためのものであったはず。しかし、これらの業界全般で何かが科学的に実証されたと謳うほど、【実証というお墨の付いた治療者側】からのユーザーへのヨイショの機会がますます増えるという構図なのだ。
今現在は「セルフケア」などという、要は自己管理こそ大切だ、といった商法現象にまでなってしまった。それができたらセラピストなんてそもそもいらない。いわゆる「擬似科学商法の弊害」もこういった部分にあるだろう。溝や距離は一見科学的実証によって縮まったようで、その内実は広がっていくのだ。学術による使命感があるなどと謳うような啓蒙牽引、およびこの分野の科学的意味づけを容易に拡散させ用いることこそが、ある種の毒撒き行為なのである。実証という能動的な広く理解を得るため働きかけるオープンマインドではなく、専門領域に関してクローズドかつ外部の受け入れ体制は良い、そういった受動的スタンスの確立をめざすべきだ。おそらく医学部漢方系領域などに代替療法を医学研究レベルで入り込もうとさせた地点から、なにかを大きく見誤っている。
これらが所詮、マスキングされた仮説的デスクワーク理論の集合でしかなく、施術やセラピーという痛みそのものを取り除くために直接関与する内容ではないことを扱うにすぎない。それが研究の中身であり実態である。ユーザーも提供者もそれらをよく知るべきである。http://www.ahaki.or.jp/research/data/itami_text.pdf 参考をあげておく。科学的意義付けとは、それそのものから距離をおいてそれを取り扱うことに他ならず逆効果なだけだ。専門の中身をオープンに晒す必要はない。 (投稿者:Rejoice21,投稿日時:2018/02/24 12:16:56)

(回答日時:2018/03/07 22:32:00)

6)
そろそろこの療法が一体何に効くのか。正確に解明することは難しくとも、ある水準を提供してもいいように思う。巷にある大抵の効果が謳われているような「◯◯疾患への針効果」については、残念ながら明確に「この病気のこの症状について確実にそれを取り去ることができる針施術」というのは、事実上無い。(現時点で、有るか無いかの2択で言えば、無い。存在しない)自律神経にまつわるあらゆる症状に「適応させることはできる」(乱暴な施術でなければ副作用がほぼない)が、「症状をとりのぞくため」に直結した物質的発見や知見は存在していない。ほとんどが仮説的設定のもと理論がマスキングされているはずだ。この点については講習会マニアにならないことを勧める。
加えて、美容・性関連(小顔になる、痩せる、不妊(男女共に)、生殖器系など)には、古い時代に針か薬草剤しかない時代に用いられてきた錬丹的(=健康づくりの一貫)伝統や背景があるだけで、現代的な効果つまりは、今のライフスタイル生活に見合っためぼしい美容効果が現れるかは、正直なところかなり微妙だと言っていい。ユーザーに確かな実感が得られる美容サービスなら文句はあるまい。医学的には針施術によって、顔が痩せることや体脂肪が減ること、咬筋が縮むこと等は報告されていない。

では、何も良いところや取り柄が全くないかと言えば、あるていど明確なものがひとつ存在する。「身体症状を中心とした、今そこにあるあらゆる痛み」に対してである。腰痛で動けない場合や、膝を曲げるたび痛む場合、職場にも通えぬほどの慢性頭痛、胃腸薬を飲んでもキリキリ痛む胃の不快感など。緊急的な応急処置が必要(脳や心臓などの)な大疾患ではない、病院ではそれ以上アプローチの仕様がない慢性的痛み症状にたいしてのみ、軽減あるいは消失の即効性が期待できるだろう。痛みが局在的であること、今その痛みがどこにあるかだいたいめぼしがつくものであることが鍵だ。(もちろん所謂プラセボ効果がそこに含まれていてもいいだろう)
実際の肌感触としては、針によるチクッとした刺激によって、主訴の痛み感覚への注意をそらす(逃がす)ことで芽生える現象効果だと思っていいかもしれない。
だいたいそれらの効果は針1回で即現れるものであるし、後ろ向きに見積もっても3回試せば、効くか効かぬかは充分わかると思う。また効果の持続に関しては残念ながら下がり曲線を描くだろう。はじめの数回のほうが最も効果を実感しやすいはずだ。初回の時点で功を奏すことが最も望ましい。ひとつの症状に何十回も試みるような施術ではないかもしれない。


(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2018/02/09 17:11:41)

(回答日時:2018/02/19 16:52:51)

5)
医学全般において、それが他人(の痛み)を知ることのない、知ろうとしない知識の体系ならば、そもそも科学する必要がない。
「どういう研究計画でいけば、より利益のある啓蒙が可能か?」「自分の治療を信じてくれればあらゆることが治る」こんなことが、さも当然のように横行しているが。この間違った態度の上に(昨今のトレンドなのか)弱者に過度に寄り添う“やさしい”専門家らによる慈善活動のようなものでかぶせた研究が行われる傾向にある。そんなことをやってれば当然、その研究の学術は必要なくなる。
私は「針一本で抗癌剤による症状がすっきり良くなる」などと謳う業界の権威らには断固として賛同しない。それがもし仮に科学的であり正しいというのであっても、それならそれで結構。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/29 18:15:23)

(回答日時:2018/01/05 12:28:44)

4)
正統であれ、怪しいのであれ、いずれにしても特定科の何か重篤疾患に関する単独の針効果を謳う文脈の信頼性はあやしいと思う。ひとつの試験にしたって、長い期間にわたり何十もの検査とその数値から、良いデータだけ取り出した有意差から有効性を謳うことさえ可能っちゃ可能。テクニカルなこといえば。自律神経系の指標は、どれも変動だってかなり大きい。
ほんとうにそれが、たかだか人体に数本細い金属を刺すだけの行為にとって、医学的に重要な検証なのか。もう少し常識的に考えたほうがいい。まして、基本的に寛解がないものを対象にするなら、なおさら「その効果」なんて本来大きく言い難い。だから、昔の考え方(ツボや経絡つかうオーソドックス)を省く現代治療なんてのには反対。針師の医学知識は、正確さは重要だがあくまで知恵としてで良い。得た医学知見によって、針体系の中身を書き換えるまでには至らない。
むしろ実践面というのは、多愁訴的マルチな総合医や家庭医的な役割を求められているほうのがどちらか言えば今のコメディカル系全般。
実証すればするほど、本質から遠ざかっていく模倣科学の仕掛けには(針の科学的根拠を信じてやまない人がマジョリティかもしれないが)個人で気づいて何とかしたほうがいい。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/29 14:06:28)

(回答日時:2018/01/05 12:29:02)

3)
この研究構造において、例えば服薬でそれ以上の改善はない、かつ重篤な疾患(主にがん等)に対して、薬物併用での針効果を押し出す研究というのは、やはりそれ相応の「うさん臭さ」や「効果の押し売り」のようになってしまいやすいもので。ここには線引きがいるような気はする。それこそ代替療法の実施可能な選択肢を複数呈示して、その中から対象者にセレクトしてもらったっていい。
ラット的基礎研究の中で、毎度の「仕事のための研究」「トレンドだけのすぐスタれる研究」ではなくて、よほどの明確な知見がそこから出て来ないかぎり、針でさえヒト実践に即移せない問題だろう。
現代的な疾患を対象にするより、もっと身近な暮らしに根差した当たり前の症状に対して、針が適用してきた歴史のほうが長い。中には、もちろん病院紹介に至る内科的所見を見つけるケースも若干あるが、針がカバーしうる領域というのは、本来その領域まででしょう。
医学的な諸知識は針師にとってあくまで知恵であって、(厳密にいえば、診断行為ではない)針的行為とは別個であり、両者をつなぐために科学的意義付けを与えることは、おそらくできない。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/29 09:09:58)

(回答日時:2018/01/05 12:29:19)

>78ppm
さんざん鍼灸を根拠なしに主観で狂ったように叩いておいて、カルトの磁石とはw何てコント?
マルチ商法の販売員ですか?
庶民の味方の鍼灸の方が遥かにマシだな

被験者も鍼灸の方が上。負ける要素がない。 (投稿者:あははは,投稿日時:2017/12/15 20:23:46)

(回答日時:2017/12/18 17:46:33)

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uidelines on Basic Training and Safety in Acupuncture World Health Organization
WHOによる鍼灸教育と安全性に関するガイドライン (翻訳改訂版 2000.4.7)
「『代替医療のトリック』の鍼治療の記述に関する問題点」
川喜田健司 全日本鍼灸学会雑誌 2010年第60巻2号252-254
鍼灸文献データベース(JACLiD)
公益社団法人 全日本鍼灸学会
The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies
WFASのホームページ
補完代替医療ナショナルセンターにおける鍼灸への見解
National Institutes of Health (NIH) 米国保健社会福祉省内国立衛生研究所
“Acupuncture treatment for pain: systematic review of randomised clinical trials with acupuncture, placebo acupuncture, and no acupuncture groups”
Madsen MV, Gøtzsche PC, Hróbjartsson A. BMJ 2009;338:a3115.
“Acupuncture for chronic pain: individual patient data meta-analysis”
Andrew J. Vickers, Angel M. Cronin, Alexandra C. Maschino, George Lewith, Hugh MacPherson, Nadine E. Foster, Karen J. Sherman, Claudia M. Witt, Klaus Linde, Arch Intern Med. 2012;172(19):1444-1453
“Acupuncture for Back Pain A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials”
Edzard Ernst, Adrian R. White, Arch Intern Med. 1998;158(20):2235-2241
コクラン共同計画の概要
帝京大学EBMセンター