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鍼灸

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 本項では鍼灸治療に関して、その科学的研究の姿勢、手法、論文発表などを総合的に考慮し、それを評価する。鍼灸とは、身体に鍼や灸を用いて刺激を与えることにより様々な疾患に対して治療効果を与える医療技術のことを指している。
 本項での総評では、医療技術という観点に立った臨床現場でのエビデンス、鍼灸の技術面における科学研究の信頼性を重視する立場をとっている。また、本研究は鍼灸治療における個別疾患への有効性を議論の主戦場とはせず、鍼灸治療分野全体における科学研究について評定するものとする。よって本研究における各評定項目における評価が個別疾患における有効性をそのまま保証しているわけではない。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (中)

 鍼灸治療における論理体系は古代中国の春秋時代、あるいは戦国時代にその初期の体裁が整えられたと考えられている。それによると、人体には経絡という人間の生命力が流れる道が存在しその道の流れが何らかの形で妨げられると健康状態でなくなる、つまり病的状態になるといわれている。そこで、鍼や灸を使い経絡上にある各症状への適切な経穴(ツボ)を刺激すれば経絡における生命力の流れが取り戻せ、症状が恢復する、というのが鍼灸における初期の理論である。現代の鍼灸医学においても大筋ではこの論理を踏襲している。
 このような理論においては、人体に経絡というものを想定し、さらに各々のツボがどのような症状に対して有効なのかを仮説検証しなければ論理的とはいえない。しかし、どのツボがどの症状に効果があるといった論理は歴史的逸話に基づいた経験的な主張でしか語られておらず、そのような意味においては鍼灸の論理性は低いと言わざるを得ない。
 ただし、現代の鍼灸医学では神経科学的な知見も取り入れており、例えば鍼灸の脊椎後角鎮痛作用におけるゲートコントロール仮説といった有力な新しい説も提唱されている。このように、トップダウン的な論理構築だけでなく、実証主義に基づいた論理体系の構成も現代鍼灸研究には見受けられる。
 鍼灸の臨床現場においては経絡やツボといった考え方がまだ主流である、という社会的な現状については一言を付さなければならないが、基礎研究領域では合理的な論理体系が形成されつつあるという評価ができると考える。よって、論理性は中程度と評定する。

理論の体系性 (中)

 論理性項目でも述べたが、鍼灸では経絡と経穴(ツボ)といったものを想定しており、これは現代の解剖学的知見とは相いれない主張となっている。そのため、経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる。現状ではまだ体系性が十分でないため、ここでの評価は中程度とする。

理論の普遍性 (中)

 客観性項目でも少々述べたが、鍼灸治療においては個人による効果サイズのばらつきが非常に大きい。そのため、厳密な研究体制が整っていても「誰」の「どのような疾患」まで鍼灸の有効性を示すことができるかを一般化するのは困難であるといえる。このことは、WHO、「コクラン共同計画」、医学誌論文、鍼灸学誌論文、他の学術論文において特定疾患への有効性やその効果サイズが異なっていることからもわかると考える。現在までのところ、どの研究における鍼灸の有効性が最も妥当で信頼性が高いかについては各方面で議論が続いておりまだ決着していない。そのため、本研究における普遍性評価も、どの研究を支持する立場をとるかによって変動しうるため暫定的なものにならざるを得ない。
 つまり、鍼灸治療全体の理論としては普遍的なものではないものの、ごく一般的な病態に対して有効性があり、そのような意味においては普遍性があると評価できる。以上の立場から普遍性を中程度であると評する。各研究を包括し、効果サイズ、疾患、患者を特定した発表を今後期待したい。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (高)

 鍼灸治療におけるデータの再現性は、その評価が非常に困難であるということをまず前提として述べる。それは、鍼灸治療における「特定」疾患への有効性を、データの再現性という観点からはとらえにくいと考えるからだ。鍼灸治療においては、その有効性の効果サイズが個人によって大きくばらつくということが原因であると考える。例えば、大筋では鍼灸治療に懐疑的な立場をとっている「コクラン共同計画」においても腰痛、頭痛には多少前向きな報告がなされている。しかし、それとWHOや鍼灸学界、さらに言えば臨床現場で報告されている有効性では効果サイズがそれぞれ異なっており、データの再現性という意味において個別疾患への有効性に焦点をあてた場合、現状では評価が困難であるということがわかる。
 ただし、鍼灸治療全体を俯瞰した場合、研究報告の発表バイアスを考慮してもその有効性にはデータによる裏付けが繰り返しなされている。つまり、鍼灸治療研究全体においてはデータの再現性が十分であるといえ、論文発表なども極めて充実しているといえる。本項冒頭で述べたように、本研究においては個別疾患における有効性を評価の基準とはしないという立場をとっている。そのため、鍼灸治療研究全体におけるデータの再現性は高いと評価する。

データの客観性 (高)

 上でも述べたが、例えば「全日本鍼灸学会」や「WFAS」に論文投稿する場合、利益相反の有無の記載が義務付けられており、鍼灸研究において、権威による断定や市場利益を優先した研究は排除される仕組みとなっている。
 また無作為化対照実験の有無についても近年の研究報告は主観的効果を認めない実験デザインをしており、研究環境としても問題は見当たらない。これはWHOによる鍼灸治療のガイドライン声明や、そこでの無作為化対照実験の研究対象をさらに厳しく厳密化した「コクラン共同計画」において確認することができる。WHOにおける声明ではかなり広範囲において鍼灸治療の有効性を認めており、より厳しく分析している「コクラン共同計画」においても頭痛、腰痛、化学療法を原因とする吐き気、首の疾患、夜尿症には多少肯定的である立場をとっている。よって、本研究におけるデータの客観性も高いと評価し、すなわち現代の鍼灸研究は極めて客観的だと位置づけられる。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (中)

 現在、鍼灸治療の効果に合致した形での研究や実験が主流であり、実際にそれに沿ったデータが収集されている。また、そういった厳密性を鍼灸界ではむしろ求めており、理論面を充実させる体制もできつつある。
 ただし、臨床現場(すべてではないが)においては、そのような認識とはまだ少し距離があるのが実態であり、治療効果について患者の主観に依るものも多い。

理論によるデータ予測性 (中)

 鍼灸における研究は他の医療分野と比べても遜色のないほど盛んに行われており、その方法論や研究体制にも特に問題点は見当たらない。鍼灸理論の普遍性における課題は残っているものの、鍼灸に何らかの鎮痛作用があるということには現状疑いの余地はない。  
 ただし、「夜尿症」といった鎮痛作用のみでは説明のつかない症状に対しても鍼灸研究では有効性を示すデータが報告されているため、「データの再現性」といった面からは認められるものの、そのような有効性に「理論」が追いついていない状況となっている。今後は理論面での整備が必要となってくるだろう。
 以上のような理由により、鍼灸治療のデータ予測性も中程度と評価する。

社会的観点

社会での公共性 (高)

 鍼灸では臨床現場での成果だけでなく、研究を社会的に発表、還元する制度も世界的に整っている。日本を例に挙げると、「全日本鍼灸学会」「日本鍼灸師会」といった学会が積極的に活動しており、研究論文などの発表なども定期的に行われている。他では、ドイツにおいても鍼灸が一部正統医療として“定義”されていたりと、社会的、公共的な仕組みとなっていることがうかがえる。
 世界的には「WFAS (The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies)」が中心的組織として活動しており、各国の研究機関での成果がそこに集合している。また、「全日本鍼灸学会」「WFAS」では論文投稿時における査読、利益相反関係の有無、といったことを細かく規定しており、制度上の問題も特に見当たらない。さらに、BMJ(British Medical Journal)など本流医学誌での質の高い鍼灸研究論文発表もみられ、医学会との親和性も高いと判断できる。よって、社会での公共性は高評価である。

議論の歴史性 (高)

 鍼灸の起源については論理性の項目で少し触れたが、現代日本における鍼灸については明治時代以降、特にその議論が活発になる。
 明治政府による医療制度の西洋化によって鍼灸医療(漢方なども)は衰退の道をたどる危険性があった。そこで、従来の古典的なツボ治療から、一定のシステムをもった治療体制が構築される必要があった。そのような動きの中で、たとえば1952年以降の「経絡論争」といった運動や、経絡を客観的に実証しようとする研究と、経絡以外に鍼灸医学の基礎を確立しようとする研究などが盛んになり、一つの医療システムとして、客観性を重視した議論が形成されていった。
 また、1960年頃になると、臨床現場における鍼灸治療の方法論として現代医学的な病態を明確にして、病態に応じた治療を選択するといった提案がされるなど、現代医学の知見を取り入れたり、それと連携する動きも活発になっていった。他にも、治療効果における統計的観察を重視するべきであるといった立場が生じたりと、活発な議論が行われてきたことが推察される。 こうした経緯から鍼灸医学システムは大きく、古典派と現代派にわかれることとなるが、両者が全く決別しているわけでもなく、疾患や症例に応じて併用もされている。
 また、現代の鍼灸研究においても、一方通行ではない多面的な議論が展開されている。
 たとえば、WHO(世界保健機関)では鍼灸治療におけるガイドラインを設定し、それによると神経系疾患、運動器系疾患、消化器系疾患、といった多くの疾患に有効であるとの声明を発表している。
 しかし、このWHOの発表については反論も存在する。その代表的な例が「コクラン共同計画」であり、そこではWHOによって有効性があるとして発表した多くの疾患についてプラセボ効果以上のものはないと判断し、一部の限定的な症状についてのみその効果を多少肯定的だとしている。
 また、この「コクラン共同計画」にも多方面から反証論文が提出されており、たとえばBMJで発表されたもの(関連リンク参照)では「コクラン共同計画」で分析されたデータをさらにメタ分析し、鍼灸には効果サイズは小さいものの、プラセボ効果や何らかのバイアスでは合理的な説明のつかない鎮痛効果があるとした研究も報告されている。鍼灸界からも多数反論が寄せられており、それらの研究においてもオープンな場で議論できる土壌が整っている。 つまり、肯定的な研究発表と否定的な研究発表が互いに議論し合っている状態にあるといえる。
 このように、鍼灸については多角的で多面的な議論が展開されており、鍼灸研究においてもそれらを受け入れる、あるいは反論するといったが動きが活発である。
 以上より、議論の歴史性は高いと評価できる。

社会への応用性 (高)

 現在、鍼灸は世界的にも医療として広まっており、さらに社会制度面での設備が整っている国も多い。日本を例に挙げてみると、日本では「はり師」や「きゅう師」、もしくは医師の資格を持っていない者には鍼灸治療を行うことを認めていない。「はり師」や「きゅう師」は国家資格であり、これを取るには専門機関で教育を受けなければならない。
 また、医師による同意書が必要であるが、鍼灸治療において医療保険が適用できる場合もある。日本における鍼灸治療の医療保険適用疾患は「神経痛」、「リウマチ」、「腰痛症」、「五十肩」、「頚腕症候群」、「頚椎捻挫後遺症」、その他の類似する疾患において有効である。このようなことから、例えば日本での社会への応用性は高いと評価できる。
 また、世界的な制度や設備についても同様の評価ができる。例えば、医療衛生面や医療機器面において、FDA(アメリカ食品医薬品局)やWHOによって鍼灸に使われる「鍼」や「灸」の衛生面や安全性について細かく規定している。これは通常医療における衛生面や安全性のガイドラインと比べても同程度の厳しい基準である。
 以上のようなことから、鍼灸治療は社会的にも応用性があり、さらにそのための枠組みも整っていると考える。よって社会への応用性は高評価とする。

総評

発展途上の科学

 鍼灸治療を疑似科学とする根拠はなく、また社会的な実用性という観点からも科学として評価されるべき項目であるといえる。
 代替医療の研究分野では、主に懐疑論者が中心となって、「その医療行為」においてのみで有効性を評価しようとする動きがみられる。しかし、医療行為においては他の自然科学分野とは異なり通常医療も含めすべての医療行為を相対的に評価し、その効果を検証しなければならない。それは、医療とは人体の科学であること、現代の通常医療は「万能」ではないこと、そして「健康状態」を定義する基準は何であるかということ、を常に前提として考慮すべきだということを意味している。
 鍼灸治療において、その研究方法、社会への還元、法的制度は現代科学的研究の基準に達していると判断でき、他の科学研究領域と比較しても遜色のない水準であると思われる。
 以上を踏まえ、本研究において鍼灸治療は「科学」と評価できる。だが、経絡やツボを主体にした理論については、今後現代化が求められることだろう。

参考文献:

『図解 鍼灸臨床手技マニュアル』 尾崎昭弘
『エビデンスに基づく腰痛症の鍼灸医学』 全日本鍼灸学会
『臨床鍼灸学を招く―科学化への道標―』 西條一止
『臨床 鍼灸治療学』 西條一止
『代替医療のトリック』 サイモン・シン
季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p80-85)
『新しい鍼灸診療』 北出利勝/編
『代替医療&統合医療 イエローページ』 上馬場和夫
『鍼灸の歴史』 小曽戸洋 天野陽介
『ハリソン内科学 第4版』 福井次矢、黒川清/監修

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月22日)

投稿

投稿&回答

6)
そろそろこの療法が一体何に効くのか。正確に解明することは難しくとも、ある水準を提供してもいいように思う。巷にある大抵の効果が謳われているような「◯◯疾患への針効果」については、残念ながら明確に「この病気のこの症状について確実にそれを取り去ることができる針施術」というのは、事実上無い。(現時点で、有るか無いかの2択で言えば、無い。存在しない)自律神経にまつわるあらゆる症状に「適応させることはできる」(乱暴な施術でなければ副作用がほぼない)が、「症状をとりのぞくため」に直結した物質的発見や知見は存在していない。ほとんどが仮説的設定のもと理論がマスキングされているはずだ。この点については講習会マニアにならないことを勧める。
加えて、美容・性関連(小顔になる、痩せる、不妊(男女共に)、生殖器系など)には、古い時代に針か薬草剤しかない時代に用いられてきた錬丹的(=健康づくりの一貫)伝統や背景があるだけで、現代的な効果つまりは、今のライフスタイル生活に見合っためぼしい美容効果が現れるかは、正直なところかなり微妙だと言っていい。ユーザーに確かな実感が得られる美容サービスなら文句はあるまい。医学的には針施術によって、顔が痩せることや体脂肪が減ること、咬筋が縮むこと等は報告されていない。

では、何も良いところや取り柄が全くないかと言えば、あるていど明確なものがひとつ存在する。「身体症状を中心とした、今そこにあるあらゆる痛み」に対してである。腰痛で動けない場合や、膝を曲げるたび痛む場合、職場にも通えぬほどの慢性頭痛、胃腸薬を飲んでもキリキリ痛む胃の不快感など。緊急的な応急処置が必要(脳や心臓などの)な大疾患ではない、病院ではそれ以上アプローチの仕様がない慢性的痛み症状にたいしてのみ、軽減あるいは消失の即効性が期待できるだろう。痛みが局在的であること、今その痛みがどこにあるかだいたいめぼしがつくものであることが鍵だ。(もちろん所謂プラセボ効果がそこに含まれていてもいいだろう)
実際の肌感触としては、針によるチクッとした刺激によって、主訴の痛み感覚への注意をそらす(逃がす)ことで芽生える現象効果だと思っていいかもしれない。
だいたいそれらの効果は針1回で即現れるものであるし、後ろ向きに見積もっても3回試せば、効くか効かぬかは充分わかると思う。また効果の持続に関しては残念ながら下がり曲線を描くだろう。はじめの数回のほうが最も効果を実感しやすいはずだ。初回の時点で功を奏すことが最も望ましい。ひとつの症状に何十回も試みるような施術ではないかもしれない。


(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2018/02/09 17:11:41)

(回答日時:2018/02/19 16:52:51)

5)
医学全般において、それが他人(の痛み)を知ることのない、知ろうとしない知識の体系ならば、そもそも科学する必要がない。
「どういう研究計画でいけば、より利益のある啓蒙が可能か?」「自分の治療を信じてくれればあらゆることが治る」こんなことが、さも当然のように横行しているが。この間違った態度の上に(昨今のトレンドなのか)弱者に過度に寄り添う“やさしい”専門家らによる慈善活動のようなものでかぶせた研究が行われる傾向にある。そんなことをやってれば当然、その研究の学術は必要なくなる。
私は「針一本で抗癌剤による症状がすっきり良くなる」などと謳う業界の権威らには断固として賛同しない。それがもし仮に科学的であり正しいというのであっても、それならそれで結構。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/29 18:15:23)

(回答日時:2018/01/05 12:28:44)

4)
正統であれ、怪しいのであれ、いずれにしても特定科の何か重篤疾患に関する単独の針効果を謳う文脈の信頼性はあやしいと思う。ひとつの試験にしたって、長い期間にわたり何十もの検査とその数値から、良いデータだけ取り出した有意差から有効性を謳うことさえ可能っちゃ可能。テクニカルなこといえば。自律神経系の指標は、どれも変動だってかなり大きい。
ほんとうにそれが、たかだか人体に数本細い金属を刺すだけの行為にとって、医学的に重要な検証なのか。もう少し常識的に考えたほうがいい。まして、基本的に寛解がないものを対象にするなら、なおさら「その効果」なんて本来大きく言い難い。だから、昔の考え方(ツボや経絡つかうオーソドックス)を省く現代治療なんてのには反対。針師の医学知識は、正確さは重要だがあくまで知恵としてで良い。得た医学知見によって、針体系の中身を書き換えるまでには至らない。
むしろ実践面というのは、多愁訴的マルチな総合医や家庭医的な役割を求められているほうのがどちらか言えば今のコメディカル系全般。
実証すればするほど、本質から遠ざかっていく模倣科学の仕掛けには(針の科学的根拠を信じてやまない人がマジョリティかもしれないが)個人で気づいて何とかしたほうがいい。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/29 14:06:28)

(回答日時:2018/01/05 12:29:02)

3)
この研究構造において、例えば服薬でそれ以上の改善はない、かつ重篤な疾患(主にがん等)に対して、薬物併用での針効果を押し出す研究というのは、やはりそれ相応の「うさん臭さ」や「効果の押し売り」のようになってしまいやすいもので。ここには線引きがいるような気はする。それこそ代替療法の実施可能な選択肢を複数呈示して、その中から対象者にセレクトしてもらったっていい。
ラット的基礎研究の中で、毎度の「仕事のための研究」「トレンドだけのすぐスタれる研究」ではなくて、よほどの明確な知見がそこから出て来ないかぎり、針でさえヒト実践に即移せない問題だろう。
現代的な疾患を対象にするより、もっと身近な暮らしに根差した当たり前の症状に対して、針が適用してきた歴史のほうが長い。中には、もちろん病院紹介に至る内科的所見を見つけるケースも若干あるが、針がカバーしうる領域というのは、本来その領域まででしょう。
医学的な諸知識は針師にとってあくまで知恵であって、(厳密にいえば、診断行為ではない)針的行為とは別個であり、両者をつなぐために科学的意義付けを与えることは、おそらくできない。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/29 09:09:58)

(回答日時:2018/01/05 12:29:19)

>78ppm
さんざん鍼灸を根拠なしに主観で狂ったように叩いておいて、カルトの磁石とはw何てコント?
マルチ商法の販売員ですか?
庶民の味方の鍼灸の方が遥かにマシだな

被験者も鍼灸の方が上。負ける要素がない。 (投稿者:あははは,投稿日時:2017/12/15 20:23:46)

(回答日時:2017/12/18 17:46:33)

2)
そこには、リアルなオキアミ餌と、何かを模倣したルアー餌くらいのちがいがある。たしかにルアーでも釣れるからええけども、針プラグマ研究の場合では、服薬(=リアル餌)と併用なのでね。ルアーとリアル餌どっちも水面に垂らせば、ある確率でこれだけ釣れんでと謳ってるんだから。
根底的にはそれをリアルな科学と呼んだらあかんよ。評価にいちゃもんではないのであしからず。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/14 02:26:24)

(回答日時:2017/12/18 17:48:40)

ラット系の基礎研究の知見によるポリモ受容器仮説(?)
これ、侵害受容器(侵害刺激に応じるもの)だと一応定義されてるけど、非侵害刺激にも応じるからな…。押す(触圧)、刺す(痛み侵害)、どっちを脳に伝える受容器なんか、あるいはどっちにも応じるのか。ここが不明瞭。測定技術に限界がある。でも、いちお侵害受容器なんだと定義されてるよ。研究はそれに沿うんでしょう。
ヒトの筋組織への触知での経験的な知見から得たトリガーポイント(?)ないしトリガーゾーン(?)仮説とこの仮説をドッキングしてるよね。受容器が発火するとどうやら応じる特異的な筋組織ゾーンがあるらしいよ。でも、受容器は筋組織に限らずそれ以外にも、あらゆる人体組織に広く分布してるんだってさ。
そんで一方で、大学機関をはじめとする医学モデルに沿った各臨床系のプラグマ的実証の示し方。要はウンヌンえーから「針やってみてどれだけ効果あんねん」だけを示す試み。多施設ランダムに始まる、10人、100人に一律の鍼灸効果を謳うような研究のこと。これは上記の基礎的知見を明確にハッキリ否定せな、どう実施したって論理は到底成りたたんよ。その設定真理(仮説)とは、相入れんので。でも、これどの論文も上記仮説を支持してる文脈なんじゃないのかね。
書物上のツボ・経絡的フィクションであれ、上記の生理学的(=単一神経の電気生理的)仮説であれ、何か「無いものを有るとして」設定してる真理の仮説設定である点で、体系は同じなので。情報体系の使用言語がちがうだけで。古典的なものなのか、科学的な用語なのか。でも構造骨組み自体は変わらんよ。実体の無いかもしれない物に実体が有ると意義を与えた真理設定なので。オレはもうこれフィクションやん!でも、フィクションがたまにフィクションの箱を出てリアル世界に効果をもたらすねん。という立ち位置にたってる。そこの確率論を謳うこと(何パーセントが等しく効くか)について考えるのはバカらしい、はっきり言って。
この論に沿う以上、針の研究ってのは、確実なピュア科学ではなくて、科学的な実証手法だけ取り入れたイミテート(模倣)科学でしょ。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/12/14 02:00:18)

(回答日時:2017/12/18 17:49:18)

残念なことに、提唱者とやらが観測者かつ被験者なんだな。いっさいがっさい全ては、タンパク質の成因によるものだ、はいいけど今の日々のこの医療枠どうすんの。無秩序的になってしまう。ちなみに論者唱えてるけど、オレは風邪治る前に腹なんか鳴んないよ。たぶん他人とちがう風邪をオレだけひくわけでもないよ。反証というよりかこれ普通の個人の見解で。
あと量子的研究者であることは最低条件なんじゃないのそれ、だって一億分の一の世界から他世界への量子的転移を「実証」という言葉で量子学者は使ってないもん、まだ。今のこの物質還元の実証的世の中の枠の外の話を、その枠の中で生きてる人たちに理解させたいなら、まずあなたがその枠の外で活躍する研究者であることは必須でないかしら。
現行医学へのルサンチマンにしかならないのが、勿体無い気がした。現行のものを上回るために、誤りや不十分を知らしめるために、何かを特権化させたりするために新たに何か発見するわけではないでしょ。動機が曲がってしまうよ。まして他者の健康に関する出発点から、なぜ今の医療社会への反動形成にまで論が膨らむの。無理解をどうにかして理解させたいからでしょ。研究過程でその動機のトゲはずっとあなたについて回るだけだよ、理解がない相手にじゃないよ、それは最後はあなたに向くでしょ。他人のテーマなので自由だけど。向かうトコはオルタナティブファクト、SF的な多世界解釈か、意見の合う同人サークル内のドグマだよ。
あなたのように磁気的理論を駆使した療法に向かう理学療法士や針師はけっこういるから周辺をあたるといいかもしれない。ちなみにオレはあなたと同様のこと言うような治療家少なくとも数人知ってる。そんなに目鼻明かすほどの新しいことでもないかも。それ以上はもはやこの投稿の鍼と灸のネタ枠をはるかに超えるのでコメントできないし、あとは磁気療法のほうでコメントすべき。とりあえずネタの枠をもう出過ぎてるよ。オレはなんだこの場合オッカム的と言えばいいのか、不必要な存在意義をわざわざ増やして一体どうするの、そういう視点なだけよ。


(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/10/31 08:56:09)

(回答日時:2017/11/06 09:16:43)

電子書籍サイト forkNより、出版された。
『医学革命の論理あるいは磁気医学の探究』
磁気療法はニセ科学ではない。健康であるためには、生体分子機械といわれ生命現象を進行させるタンパク質の立体構造が正常でなければならない。構造変化が起きると病気になるが、可逆的に復元させると健康を取り戻せる。それは量子力学に基づく「構造相転移」という物理現象であり、そのための最強の方法が磁気制御である。
治療法則、メカニズム、ノウハウなど磁気療法のすべてがここに書かれている。今後、これ以上効果のある治療法が出現することはないだろう。鍼灸や漢方薬、そして、現代医学の薬物療法に取って代わる。この1冊を読めば、多くの病気を即効的に治癒させることができ医療費がゼロになる。(説明文) (投稿者:78ppm,投稿日時:2017/10/09 16:17:59)

ご投稿ありがとうございます。 (回答日時:2017/10/11 11:26:31)

>明治大学さんは以下のように書いています。
「経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる」
だからどうだというのです、あんたはバカじゃないのか。何度、同じことを言わせるのだ。そして、明治大学のこのサイトも同様にバカだ。経絡やツボなんて無いに決まっている。タンパク質の物理的性質そのものが情報伝達機能を有するのだ。神経なんて関係ない。
あなたのような人が、私にイチャモンをつけるなんて100年早い。 (投稿者:78ppm,投稿日時:2017/08/18 21:09:07)

(回答日時:2017/08/19 12:18:18)

2017年、鍼灸院に行く患者はいなくなり、鍼灸治療は消滅することになる。いくつかの研究上のヒントはあったが、あまり効果のない治療法である鍼灸になんか賛同しません。
まあ、せいぜい鍼灸にかじりついていればよい。
1つ、例を挙げれば、タンパク質と言ったからといって、分子生物学なんてものは眼中にない。物理療法なのだから、分子生物学ではなく生物物理学に基づいて、生命に潜む物理法則を研究しなければならない。あなたは、分子生物学と生物物理学の違いも理解できていないのでしょうね。これをカテゴリーエラーという。だからこのようにバカバカしい議論になる。


(投稿者:78ppm,投稿日時:2017/08/18 15:56:20)

(回答日時:2017/08/18 19:05:05)

(3)
気や経絡、その他未知の私たちに身近なエネルギーのようなものに関して明治大学さんは以下のように書いています。
「経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる」

・太古中国の原始的な形而上的思想に由来する概念に対し、現代的科学に沿った物質的な根拠を果たしてほんとうに提示できるでしょうか?その命題は、反証可能性さえ持たないのではないですか。真・偽の前に命題は成立しないように思います。 一体どこに経絡はあるのかと言えば、人体の中や何か未知の物質的根拠に求むのではなく、過去の書物の上と著者の想像力の中だけではないでしょうか。それらをあると仮定したら人体とそれにまつわる症状をどう見立られるか、を示した文献的な体系です。師匠と弟子の問答形式で書いてあり、古代の患者をその場で診て治療しているようなシーンはそこに出てきません。
・最新の物理学でどこまで判明しているか、非科学者にはわからない部分、これから何が発見されうるか等はあるにせよ、いずれにしても針師のいわゆる針研究の目標(その他物理療法家の研究)が、そこに向かっているわけではないと思います。その意味では、ほぼ永久に発見はなされない、仮に自分以外の誰かが発見したとしても、それは太古書物のそれではない。そのカラクリがわかりきっている中で、反証可能性だけが保たれて研究している(今は見つからないが、いつかは判明するかもしれないという)業界の学術スタンスは、論理以前に、本質的には疑似科学ではないでしょうか。
・トリガー、ポリモーダル受容器(=未分化の原始的神経受容器つまりは、組織内に解剖学的実体がない、未分類のカテゴリーラベルを貼り整理棚にまとめただけの、科学的にそれ以上手の付けられない受容器群)あるいは、今後のあらゆる神経学的所見等を用いたにせよ、やはり「それそのものではない」代替え物、代用品でしかなく。実際に用いて、それらが特異的作用を発現するような、実践に大きく影響を及ぼすような理論は無く、原始的に古来の手法でやってきたことと比べても、大きな差異は見られないと思います。また、そのような事情を承知で研究しているのだ、という定義や記述は業界のどこを探しても見られないのです。

・何を懸念しているかといえば、技術や理論は一定の科学を導入すれば、より合理的で、よりコンパクトに、実証的(多少は操作的バイアスが加わってしまう)に示すことのできる部分というのが、少なくとも自分達が研究者として稼ぎだす一時代だけは、それが実証的に正しいと謳えるかもしれない。しかしより後の時代には、針や灸においては、ほんとうは科学で示せる部分なんぞ「ほぼ無いのだ」「相交えないものである」ということが、さらにその実証科学によって追求され、いよいよ現実味を帯びた形でそこがクリアになるかもしれない。実証科学の手法によって、鍋底を各々好きなようにかき回し、浮かんでくる具だけを取り上げ実証できたと商売してきたものの、かき回しすぎてどの具も溶けてしまった。この療法における、そういった実証科学的な帰着点のほうが、ツボ経絡の物質的根拠の発見よりか、もっと可能性の高い現実的な予測でしょう。
・これはひとつの長く続いてきた民間療法の文化だ、と一定の留め具付きのパッキングをすみやかに行うほうが、理に適うのではないかと私は思います。現行の医療で対応しきれない疾患は多数あります。医学的な治療法がなく治療体系から漏れ、ルールアウトしていくような症例への適応は、鍼灸においては、安全性や副作用がコントロール下にあれば、なにも科学による実証がそこにどうしても必要だとは限らないと思います。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/08/13 23:49:16)

(回答日時:2017/08/18 19:06:11)

(2)
私はこの療法での、タンパク質つまりは分子生物的な研究側面について前向きな言及はしません。私には、それが実際的欲求をみたす為のものだとは思わないからです。むしろ人間の認識の情熱に(ある種)とりつかれたものだとさえ思います。
誤解してほしくないですが、分子生物を批判してるのでなく、そのような科学によって、今まで未知であった人の日常生活の現象が、なんでもすべて書き換えることができたり、一掃することができる、そういった方向性について私は懐疑的です。これまでの持続性を大きく損なうからです。
私は「基本的に効くか効かぬかわからぬ療法である」ということを盛んに言っている資格者です。それはある一面では「それだけあいまいなものだ」「あなたは矛盾をもってやってるのか」と判断されることになるかもしれませんが、不確実なものを含め充分に生活世界で成り立った療法である、ということを主張したいのです。確実に言えることは、この療法自体にそういった不確かさがある、そういう療法だよ、と。
その点をみずからすっ飛ばしてしまって、◯◯に効果がある、◯◯による機序である、などといって科学性をもちだして謳うのは「その善悪を判断したい」からです。そうでなく、まずはそれらへの「理解」が先立って必要です。
その不確実なあいまいさの部分にこそ、特性やキャラクターがありますので、針を医学モデルなどに沿ってランダム試験を実施するような資格者は、その特性をすでに放棄していることになりますし、みずからその特性を述べるべきではありません。
針研究に賛同的ならば、不確実さに盲目でなければならないし。針研究に懐疑的ならば、不確実さに拓かれているべきです。私はじぶんの体験をとおして後者をとります。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/06/04 09:06:06)

(回答日時:2017/06/10 12:05:37)


もし「針や注射のように鋭利な金属による生体への物理刺激に関する神経学的研究や新たな医療工学での応用」といった研究なら科学的意義はあるかもしれません。「針灸そのものを科学化しよう」等は現実的に困難だと思います。両者は別路線です。そこを同一視する学会や業界は、正直に言っておかしい。
基礎研究での実証うんぬんに関係なく、すでにさんざん巷日常の場で試されている(きた)ような療法は、社会科学などをはじめとする複雑系科学の要素を完全に除外できないからです。針は千年単位ですでに科学的検証をする前から、人に実施されています。還元論によってモデル化した多数性への確からしさを実証する前から、すでに先立って個別性が確立されています。個別性とは、ある意味でナラティブの領域です。
そのような背景をもつ針灸全体を科学規格化する必要があるのは、本来は医学的な実証度のインパクトではなく、信頼性についてです。科学的な効果があるかないかではなくて、そこについてのみ説明責任があります。
それは、医学モデルをとおした各疾患症状への効用の一律の確からしさではなく、安全性や副作用(=何に有害か)といった点が重要であり、それはすでに実証する前からわかりきっていることです。粛々と効果のあったケース報告を我々は積んでいくことだけが求められます。
臨床面で今の現行医学モデルに沿った特定疾患への針介入のランダム試験などには反対します。自律神経のバイオマーカの浮き沈みなどは、あくまで一過性の電気生理的な記録であり氷山の一角と思います。どのような権威による報告であれ、私はそれらに懐疑的です。
(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/06/04 01:01:04)

(回答日時:2017/06/10 12:05:22)

まだ分からないのですか、自分勝手な理屈をこねるのは止めましょう。これ以上あれこれ反論を寄せてくるようでは、あなたには科学を理解しようとする基礎が欠けているといわざるを得ない。ハッキリいって、しつこい人ですね。いい加減にしてください。
生命現象を進行させているのは、生体分子機械といわれるタンパク質です。現代医学における主たる治療法である薬物療法は、タンパク質に低分子化合物を結合させることによってタンパク質の機能を制御して病気を治療する。
鍼灸であろうが、それ以外の治療法であろうが、タンパク質をどのように制御するかということが問題なのです。したがって、タンパク質を分子レベルで制御する、それ以外の、例えば鍼を打てば自律神経を刺激して、などという説明はすべて理論的に間違いです。
タンパク質という物質はどのような物理的性質を持っているか、を解明すれば、物理的に治療することが可能になる。タンパク質の物理・化学的な性質については、ネットで検索すればいくらでも調べられるでしょう。大学や研究所レベルでは盛んに研究されていることです。その程度の勉強もせずに、イチャモンをつけるものではありません。

(サイト管理者様へ)論理的にも、日本語の文章としても何を言いたいのか理解不能な部分がある。科学的議論の成立しない、このようなレベルの反論は掲載されるべきではありません。このような人物の言動を見ることは、精神衛生上きわめて不愉快です。
(投稿者:78ppm,投稿日時:2017/05/19 11:48:48)

>論理的にも、日本語の文章としても何を言いたいのか理解不能な部分がある。科学的議論の成立しない、このようなレベルの反論は掲載されるべきではありません
――本サイトでは原則すべてのコメントを掲載することとしています。本人より非掲載の申し出があった場合にはそのように対処しますが、サイト自体がコミュニケーション研究の一環であるということを認識いただければと思います。 (回答日時:2017/05/26 13:40:39)

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uidelines on Basic Training and Safety in Acupuncture World Health Organization
WHOによる鍼灸教育と安全性に関するガイドライン (翻訳改訂版 2000.4.7)
「『代替医療のトリック』の鍼治療の記述に関する問題点」
川喜田健司 全日本鍼灸学会雑誌 2010年第60巻2号252-254
鍼灸文献データベース(JACLiD)
公益社団法人 全日本鍼灸学会
The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies
WFASのホームページ
補完代替医療ナショナルセンターにおける鍼灸への見解
National Institutes of Health (NIH) 米国保健社会福祉省内国立衛生研究所
“Acupuncture treatment for pain: systematic review of randomised clinical trials with acupuncture, placebo acupuncture, and no acupuncture groups”
Madsen MV, Gøtzsche PC, Hróbjartsson A. BMJ 2009;338:a3115.
“Acupuncture for chronic pain: individual patient data meta-analysis”
Andrew J. Vickers, Angel M. Cronin, Alexandra C. Maschino, George Lewith, Hugh MacPherson, Nadine E. Foster, Karen J. Sherman, Claudia M. Witt, Klaus Linde, Arch Intern Med. 2012;172(19):1444-1453
“Acupuncture for Back Pain A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials”
Edzard Ernst, Adrian R. White, Arch Intern Med. 1998;158(20):2235-2241
コクラン共同計画の概要
帝京大学EBMセンター