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鍼灸

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 本項では鍼灸治療に関して、その科学的研究の姿勢、手法、論文発表などを総合的に考慮し、それを評価する。鍼灸とは、身体に鍼や灸を用いて刺激を与えることにより様々な疾患に対して治療効果を与える医療技術のことを指している。
 本項での総評では、医療技術という観点に立った臨床現場でのエビデンス、鍼灸の技術面における科学研究の信頼性を重視する立場をとっている。また、本研究は鍼灸治療における個別疾患への有効性を議論の主戦場とはせず、鍼灸治療分野全体における科学研究について評定するものとする。よって本研究における各評定項目における評価が個別疾患における有効性をそのまま保証しているわけではない。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (中)

 鍼灸治療における論理体系は古代中国の春秋時代、あるいは戦国時代にその初期の体裁が整えられたと考えられている。それによると、人体には経絡という人間の生命力が流れる道が存在しその道の流れが何らかの形で妨げられると健康状態でなくなる、つまり病的状態になるといわれている。そこで、鍼や灸を使い経絡上にある各症状への適切な経穴(ツボ)を刺激すれば経絡における生命力の流れが取り戻せ、症状が恢復する、というのが鍼灸における初期の理論である。現代の鍼灸医学においても大筋ではこの論理を踏襲している。
 このような理論においては、人体に経絡というものを想定し、さらに各々のツボがどのような症状に対して有効なのかを仮説検証しなければ論理的とはいえない。しかし、どのツボがどの症状に効果があるといった論理は歴史的逸話に基づいた経験的な主張でしか語られておらず、そのような意味においては鍼灸の論理性は低いと言わざるを得ない。
 ただし、現代の鍼灸医学では神経科学的な知見も取り入れており、例えば鍼灸の脊椎後角鎮痛作用におけるゲートコントロール仮説といった有力な新しい説も提唱されている。このように、トップダウン的な論理構築だけでなく、実証主義に基づいた論理体系の構成も現代鍼灸研究には見受けられる。
 鍼灸の臨床現場においては経絡やツボといった考え方がまだ主流である、という社会的な現状については一言を付さなければならないが、基礎研究領域では合理的な論理体系が形成されつつあるという評価ができると考える。よって、論理性は中程度と評定する。

理論の体系性 (中)

 論理性項目でも述べたが、鍼灸では経絡と経穴(ツボ)といったものを想定しており、これは現代の解剖学的知見とは相いれない主張となっている。そのため、経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる。現状ではまだ体系性が十分でないため、ここでの評価は中程度とする。

理論の普遍性 (中)

 客観性項目でも少々述べたが、鍼灸治療においては個人による効果サイズのばらつきが非常に大きい。そのため、厳密な研究体制が整っていても「誰」の「どのような疾患」まで鍼灸の有効性を示すことができるかを一般化するのは困難であるといえる。このことは、WHO、「コクラン共同計画」、医学誌論文、鍼灸学誌論文、他の学術論文において特定疾患への有効性やその効果サイズが異なっていることからもわかると考える。現在までのところ、どの研究における鍼灸の有効性が最も妥当で信頼性が高いかについては各方面で議論が続いておりまだ決着していない。そのため、本研究における普遍性評価も、どの研究を支持する立場をとるかによって変動しうるため暫定的なものにならざるを得ない。
 つまり、鍼灸治療全体の理論としては普遍的なものではないものの、ごく一般的な病態に対して有効性があり、そのような意味においては普遍性があると評価できる。以上の立場から普遍性を中程度であると評する。各研究を包括し、効果サイズ、疾患、患者を特定した発表を今後期待したい。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (高)

 鍼灸治療におけるデータの再現性は、その評価が非常に困難であるということをまず前提として述べる。それは、鍼灸治療における「特定」疾患への有効性を、データの再現性という観点からはとらえにくいと考えるからだ。鍼灸治療においては、その有効性の効果サイズが個人によって大きくばらつくということが原因であると考える。例えば、大筋では鍼灸治療に懐疑的な立場をとっている「コクラン共同計画」においても腰痛、頭痛には多少前向きな報告がなされている。しかし、それとWHOや鍼灸学界、さらに言えば臨床現場で報告されている有効性では効果サイズがそれぞれ異なっており、データの再現性という意味において個別疾患への有効性に焦点をあてた場合、現状では評価が困難であるということがわかる。
 ただし、鍼灸治療全体を俯瞰した場合、研究報告の発表バイアスを考慮してもその有効性にはデータによる裏付けが繰り返しなされている。つまり、鍼灸治療研究全体においてはデータの再現性が十分であるといえ、論文発表なども極めて充実しているといえる。本項冒頭で述べたように、本研究においては個別疾患における有効性を評価の基準とはしないという立場をとっている。そのため、鍼灸治療研究全体におけるデータの再現性は高いと評価する。

データの客観性 (高)

 上でも述べたが、例えば「全日本鍼灸学会」や「WFAS」に論文投稿する場合、利益相反の有無の記載が義務付けられており、鍼灸研究において、権威による断定や市場利益を優先した研究は排除される仕組みとなっている。
 また無作為化対照実験の有無についても近年の研究報告は主観的効果を認めない実験デザインをしており、研究環境としても問題は見当たらない。これはWHOによる鍼灸治療のガイドライン声明や、そこでの無作為化対照実験の研究対象をさらに厳しく厳密化した「コクラン共同計画」において確認することができる。WHOにおける声明ではかなり広範囲において鍼灸治療の有効性を認めており、より厳しく分析している「コクラン共同計画」においても頭痛、腰痛、化学療法を原因とする吐き気、首の疾患、夜尿症には多少肯定的である立場をとっている。よって、本研究におけるデータの客観性も高いと評価し、すなわち現代の鍼灸研究は極めて客観的だと位置づけられる。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (中)

 現在、鍼灸治療の効果に合致した形での研究や実験が主流であり、実際にそれに沿ったデータが収集されている。また、そういった厳密性を鍼灸界ではむしろ求めており、理論面を充実させる体制もできつつある。
 ただし、臨床現場(すべてではないが)においては、そのような認識とはまだ少し距離があるのが実態であり、治療効果について患者の主観に依るものも多い。

理論によるデータ予測性 (中)

 鍼灸における研究は他の医療分野と比べても遜色のないほど盛んに行われており、その方法論や研究体制にも特に問題点は見当たらない。鍼灸理論の普遍性における課題は残っているものの、鍼灸に何らかの鎮痛作用があるということには現状疑いの余地はない。  
 ただし、「夜尿症」といった鎮痛作用のみでは説明のつかない症状に対しても鍼灸研究では有効性を示すデータが報告されているため、「データの再現性」といった面からは認められるものの、そのような有効性に「理論」が追いついていない状況となっている。今後は理論面での整備が必要となってくるだろう。
 以上のような理由により、鍼灸治療のデータ予測性も中程度と評価する。

社会的観点

社会での公共性 (高)

 鍼灸では臨床現場での成果だけでなく、研究を社会的に発表、還元する制度も世界的に整っている。日本を例に挙げると、「全日本鍼灸学会」「日本鍼灸師会」といった学会が積極的に活動しており、研究論文などの発表なども定期的に行われている。他では、ドイツにおいても鍼灸が一部正統医療として“定義”されていたりと、社会的、公共的な仕組みとなっていることがうかがえる。
 世界的には「WFAS (The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies)」が中心的組織として活動しており、各国の研究機関での成果がそこに集合している。また、「全日本鍼灸学会」「WFAS」では論文投稿時における査読、利益相反関係の有無、といったことを細かく規定しており、制度上の問題も特に見当たらない。さらに、BMJ(British Medical Journal)など本流医学誌での質の高い鍼灸研究論文発表もみられ、医学会との親和性も高いと判断できる。よって、社会での公共性は高評価である。

議論の歴史性 (高)

 鍼灸の起源については論理性の項目で少し触れたが、現代日本における鍼灸については明治時代以降、特にその議論が活発になる。
 明治政府による医療制度の西洋化によって鍼灸医療(漢方なども)は衰退の道をたどる危険性があった。そこで、従来の古典的なツボ治療から、一定のシステムをもった治療体制が構築される必要があった。そのような動きの中で、たとえば1952年以降の「経絡論争」といった運動や、経絡を客観的に実証しようとする研究と、経絡以外に鍼灸医学の基礎を確立しようとする研究などが盛んになり、一つの医療システムとして、客観性を重視した議論が形成されていった。
 また、1960年頃になると、臨床現場における鍼灸治療の方法論として現代医学的な病態を明確にして、病態に応じた治療を選択するといった提案がされるなど、現代医学の知見を取り入れたり、それと連携する動きも活発になっていった。他にも、治療効果における統計的観察を重視するべきであるといった立場が生じたりと、活発な議論が行われてきたことが推察される。 こうした経緯から鍼灸医学システムは大きく、古典派と現代派にわかれることとなるが、両者が全く決別しているわけでもなく、疾患や症例に応じて併用もされている。
 また、現代の鍼灸研究においても、一方通行ではない多面的な議論が展開されている。
 たとえば、WHO(世界保健機関)では鍼灸治療におけるガイドラインを設定し、それによると神経系疾患、運動器系疾患、消化器系疾患、といった多くの疾患に有効であるとの声明を発表している。
 しかし、このWHOの発表については反論も存在する。その代表的な例が「コクラン共同計画」であり、そこではWHOによって有効性があるとして発表した多くの疾患についてプラセボ効果以上のものはないと判断し、一部の限定的な症状についてのみその効果を多少肯定的だとしている。
 また、この「コクラン共同計画」にも多方面から反証論文が提出されており、たとえばBMJで発表されたもの(関連リンク参照)では「コクラン共同計画」で分析されたデータをさらにメタ分析し、鍼灸には効果サイズは小さいものの、プラセボ効果や何らかのバイアスでは合理的な説明のつかない鎮痛効果があるとした研究も報告されている。鍼灸界からも多数反論が寄せられており、それらの研究においてもオープンな場で議論できる土壌が整っている。 つまり、肯定的な研究発表と否定的な研究発表が互いに議論し合っている状態にあるといえる。
 このように、鍼灸については多角的で多面的な議論が展開されており、鍼灸研究においてもそれらを受け入れる、あるいは反論するといったが動きが活発である。
 以上より、議論の歴史性は高いと評価できる。

社会への応用性 (高)

 現在、鍼灸は世界的にも医療として広まっており、さらに社会制度面での設備が整っている国も多い。日本を例に挙げてみると、日本では「はり師」や「きゅう師」、もしくは医師の資格を持っていない者には鍼灸治療を行うことを認めていない。「はり師」や「きゅう師」は国家資格であり、これを取るには専門機関で教育を受けなければならない。
 また、医師による同意書が必要であるが、鍼灸治療において医療保険が適用できる場合もある。日本における鍼灸治療の医療保険適用疾患は「神経痛」、「リウマチ」、「腰痛症」、「五十肩」、「頚腕症候群」、「頚椎捻挫後遺症」、その他の類似する疾患において有効である。このようなことから、例えば日本での社会への応用性は高いと評価できる。
 また、世界的な制度や設備についても同様の評価ができる。例えば、医療衛生面や医療機器面において、FDA(アメリカ食品医薬品局)やWHOによって鍼灸に使われる「鍼」や「灸」の衛生面や安全性について細かく規定している。これは通常医療における衛生面や安全性のガイドラインと比べても同程度の厳しい基準である。
 以上のようなことから、鍼灸治療は社会的にも応用性があり、さらにそのための枠組みも整っていると考える。よって社会への応用性は高評価とする。

総評

発展途上の科学

 鍼灸治療を疑似科学とする根拠はなく、また社会的な実用性という観点からも科学として評価されるべき項目であるといえる。
 代替医療の研究分野では、主に懐疑論者が中心となって、「その医療行為」においてのみで有効性を評価しようとする動きがみられる。しかし、医療行為においては他の自然科学分野とは異なり通常医療も含めすべての医療行為を相対的に評価し、その効果を検証しなければならない。それは、医療とは人体の科学であること、現代の通常医療は「万能」ではないこと、そして「健康状態」を定義する基準は何であるかということ、を常に前提として考慮すべきだということを意味している。
 鍼灸治療において、その研究方法、社会への還元、法的制度は現代科学的研究の基準に達していると判断でき、他の科学研究領域と比較しても遜色のない水準であると思われる。
 以上を踏まえ、本研究において鍼灸治療は「科学」と評価できる。だが、経絡やツボを主体にした理論については、今後現代化が求められることだろう。

参考文献:

『図解 鍼灸臨床手技マニュアル』 尾崎昭弘
『エビデンスに基づく腰痛症の鍼灸医学』 全日本鍼灸学会
『臨床鍼灸学を招く―科学化への道標―』 西條一止
『臨床 鍼灸治療学』 西條一止
『代替医療のトリック』 サイモン・シン
季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p80-85)
『新しい鍼灸診療』 北出利勝/編
『代替医療&統合医療 イエローページ』 上馬場和夫
『鍼灸の歴史』 小曽戸洋 天野陽介
『ハリソン内科学 第4版』 福井次矢、黒川清/監修

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月22日)

投稿

投稿&回答

>主張を支える理論や仮説が何かあるならば
自分で勉強すれば
私に文句をつけるよりも、自分で分子生物学や物性物理学、生物物理学などの本でも読めばよいだろう。そして、それらの中に書いてある断片的な知識が、1つの体系としてつながるまで10年でも20年でも考え続ければよい。治癒という事実があるのだから、ちゃんと科学的根拠は見つかる。
>一体どの物理学者や研究機関で言ってるんですか。
もしも、すでに解明されているならば、N賞メダルを5個、10個纏めてもらってもよいくらい医学史の中で重要な理論といえるだろう。
1つのテーマ、例えば科学哲学ならば、3年くらいかけて100冊くらいは読んでみれば、何となく疑似科学の判別くらいは分かるようになる。そんなもんですよ研究って。 (投稿者:78ppm,投稿日時:2017/03/23 23:22:27)

(回答日時:2017/03/23 23:28:42)

〉78ppmさん
あなたの立場は、どういったものですか。ちょっとそこがつかめません。物理を修めた専門家さんですか。物理に依拠するマッサージ家さんですか。物理療法(いわゆるマッサージや針など、体表面を刺激するもの)における確かな効果は、物理法則がなにがしあるからなんだ、という主張ですか?そのさい、物性による現象だとか、タンパク質の変性が生じてるからだとかは、一体どの物理学者や研究機関で言ってるんですか。あるいは、あなたの主張を支える理論や仮説が何かあるならば挙げてください。知らんと言うのならそれでも構いません。
漢方にしろ、針灸にしろ、これまで実体的な解明はせずに、文化として残ってきただけの構造論的な情報体系を、現代・現行の還元論的な科学に乗っけてなんとか解明しようみたいなことを言ってるんでしょうかね。『正統的な科学の方法』でもって『日常生活における未知の現象』を解き明かそうというのは、それ相応の壁があるとは思います。また、そういった解明を求むようなつよい要請も声も特にないですね。
それにしても、『すでに効かせるために行っている行為』を『それがどのようにして、一体どうして効いてるのか』調べることはとても難しそうですね。因果が逆というか、根本的な矛盾がありはしませんか。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/03/11 15:20:19)

(回答日時:2017/03/23 21:57:25)

長々と書いているが、何を言いたいのかサッパリ理解できません。科学は単純・明解でなければなりません。
「ツボ」に反応があるとか、ないとか、そんなことにこだわっているようではいつまでも科学的な理解はできませんよ。すべてはタンパク質の物性に基づく現象であることを分からないで、あれこれ理屈をこねるのはやめましょう。
ツボだの神経だのと言っているようではダメです。分子・原子レベルで考えなければ。階層が異なるようでは議論が成立しません。現代医学が分子レベルで考えるならば、鍼灸医学も分子レベルで考えなければならない。同じレベルで考えれば、通約可能性の芽もあるだろう。それが要素還元主義というものです。
多くの薬物療法、鍼灸や湯液などの治療法は、まもなく消滅することになるだろうがやむを得ないことです。







(投稿者:78ppm,投稿日時:2017/03/02 02:17:07)

(回答日時:2017/03/11 09:03:25)

参考文献と関連リストに、サイモン・シンのいわゆる『トリック本』とそれへの『反対論文』を挙げていますね。私自身どちらかへ偏ることもできないのが正直なところですが、双方の主張はわかる気はするのです。
サイモンさんなら『プラセボだろうが普通の針だろうが効果に差はないやん。それでなにが針の専門性だよ。実はそんなんなくて、全部プラセボなんだろ?』と言いたいでしょうし、一方のサイモン反論側(この方は面識もありますが)からすれば『プラセボ針にだって皮膚に触れてる時点で生理的反応は出てるし、浅い針も深い針も両方に効果がみられる。それに、論文内では服薬治療グループよりも針の成績のほうが数値良く現れてるじゃないか』と言うでしょう。そういう論争(?)でしょう。オフィシャルな面を省けば、水かけ論に近いです。
プラセボ針(実験用)もやってみればわかりますが、感覚としては皮膚にハンコ押すよりも微細な刺激です。ちょんっと誰かに撫でられてるくらいのもんです。ボールペンの芯先を皮膚上で出すより弱い刺激です。これ、あきらかに誰でも日常生活生じてる刺激なんですよ。キーボード打っててもそうなはずです。とても大切なことは、そこに専門性持たせて商売やってることなんですよ。そうか、これで患者さんから数千円もらってんだな、と改めて自負するわけです。
擬似科学というと、つい未知の領域までもそこに入ってきやすいですが、私は未知のものは閉ざさず、できるだけ興味持っていたいとなとは思います。また科学的にみていこうとすること自体を真っ向反対しないです。ですが、あまりにも検証の余地を飛び越えて、ある時期大きく理論化させてしまった部分はたしかにあるんですこの業界。アトノマツリな気もしますが。すごく厳密にいえば、(文化軸だけで残ってきたような)ツボをつかわないでも効果はあることを、まだ反証しきってない中で、理論化して、その途中経過や段階のことを明確に定義せずに、そのままで『まるでそう反証されたかのように』『科学的に正しいかのように』踊り場へ出してしまいました。それが、今の巷の針の各理論です。だから、ツボで治療しようが、トリガーその他で治療しようが、差はないです。トリガーもツボと7割一致すると謳っています。(実際は1つのトリガーゾーンに複数のツボが該当するでしょう)一生そこには誰も甲乙つけられないです。だから『物理法則が見つかってないから、1症例しても科学論理的に意味がない』でなく、これら現状の中で、最も妥当性・信頼性あると言えるのは1症例でしかないと思っているんです。私は常識的に知られている物理法則までしか知りません。ここには人によって異論もあるはずです。
それと服薬(現代的治療)よりも効果がある、という研究結果の主張のほとんどが『痛み止めしかもらえないような疾患』つまりはそれ以上なす術のないような疾患にたいして、針が効くような場合があるといった報告を取り上げているだけです。よく注意すべきなのは、何も治療せずとも時間と共に自然寛解するようなこともある疾患を対象とする場合もあります。
(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/02/23 02:10:12)

ご投稿ありがとうございます。
貴重なご意見と思います。実態的な意味での鍼灸は、「幅」が相当広いということですね。
(回答日時:2017/03/01 18:09:03)

ツボという概念は忘れましょう。360余りの正穴以外に奇穴というものがある。中国における奇穴の報告数は1000とも、2000ともいわれるが、すべての細胞は基本的に同じ機能を持っている。つまり、人体はフラクタル構造です。すると、極論をいえばすべての部位がツボになり得る。逆にいえば、ツボという特殊な部位を想定する意味も必要もなくなる。    
単純な原理に基づくはずの理論が、実際の現象に適用するとどんどん複雑化して、つじつま合わせになるようでは、その原理には致命的な欠陥があると考えてよいでしょう。したがって、それらはすべて破棄して、どんなに複雑な現象に見えようとも、単純な原理に還元可能な体系にしなければ科学理論とはいえません。ツボにとらわれると単純化できないならば、ツボというものを考えずに済む単純な理論を構築すればよいだけです。そのためには、物理法則を適用すればよい。
「ツボ」や「気」は、分子・原子レベルの物理的現象です。物性物理学によって説明できることであり、量子力学が基本法則です。          (投稿者:78ppm,投稿日時:2017/02/18 16:52:09)

(回答日時:2017/02/28 12:47:13)

異論や反論を承知であえて追記します。
現代的な針の作用機序を解き明かそうとする研究は、おおざっぱに言えば『針施術がもたらす神経機序』でなく、電気刺激や皮膚をツネル刺激といった『侵害刺激』をラットに与えることで自律神経に見られる一定の反応のシステムを、針にも適用させているのだと思います。
爪楊枝で今、自分の皮膚を刺せば私はとても痛いですが、これらの刺激も同様の侵害刺激としてまとめた上での研究です。『ではなぜ、針なの?』『つねるだけでもオッケーなわけ?』の部分に、答えうる理論として、実体は見つかってないけれども理論的な仮説として、針特有の重い感覚(世界的には『得気トッキ』)を引き起こす原因と考えられる受容器の概念を設定している。ということだと思います。
『場所はどこでもいいのか?』に対しては、古くから圧痛点(押して痛い所)を用いる場合が多かった背景から、生理学的な痛みの研究から発見されるに至った(痛みに関連する)ある特定領域に関する理論を、そこに適用させています。
ここに関して、良い面と悪い面があって『それなら漢方的な(古典的)概念は針治療にいらないのか』『なにも定められたツボでなくともよいのでないか』『針治療でなくとも…』『電気刺激でもよい』『浅くても深くても効果がある』というように、より一層、独自の理論を自由に唱えるようになってきてしまったことです。全体を俯瞰すれば、議論は活発かもしれないけれど、一向にまとまることは永遠にないであろう『ナンデモアリ』の体系になりつつあるのは事実なようです。そして、それらは比較検討しようがないことも難点です。なんのために科学化させたのか当初の目的から、遥かにそれていってる部分はあるかもしれません。実際の施術のどこにどのように成果が還元されているのか、いまいちつかめない現状にあります。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/02/11 20:57:44)

(回答日時:2017/02/13 10:28:46)


ツボにせよ、経絡にせよ、古典に記載があるのみで、実体のはっきりしない概念をボンヤリ学術の中で泳がせているような現状です。(政治的にはGHQ論争がありました)
なにかしらの科学の仮説によって『説明がつきそうな理論』をただそこに適応させているのみです。多くの仮説は『実体はまだつかめてないけれども、理論的にそのように捉えれば説明可能である』といったものです。
しかし、その仮説でさえ、ツボが現段階でどういうものなのか、規定されている位置に関係なく人体のあらゆる箇所に『押して反応がある所』がツボであるのか否か、はっきりさせていない部分もあります。『理由探し』『つじつま合わせ』できる仮説をどこかからひっぱり探してくるような状況に陥りがちです。
海外を見渡せば、定義のしっかりした国があるかもしれませんが、資格の効力の及ばない他国の定義は参考程度にしかならない部分があります。
いくら教科書通りに正確にツボをとろうとも、実際の針は1ミリ以上は確実にそこからズレてます。『非ツボの箇所でも治療効果は期待できるんだ』と主張できる『ゆえん』です。
ライセンスは得たけれども、ほぼ『どこに打ってもいい』現状にあり、どこに打っても『効くかもしれないし』『効かないかもしれない』というように、専門性は一定のコンセンサスもなくカオス化してるように思います。まるで、自身らの財産を自身らで放り投げ自己崩壊しているようにも感じられます。

個人的には、ライセンスのない針を擁護する(生理学などの)科学者に『非ツボでも効果はあるんだ』などと言ってもらいたくないです。『あなたが人に治療をせずに、なぜそう言える?』と思うし、資格における秩序を乱す面もあるからです。
厳密には、人が人にすでに備わった何かを、人を介して人に与える場合に、人による科学でそれが解明されるということはないように思います。


(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/02/11 08:36:16)

(回答日時:2017/02/13 10:28:40)


Exactness is a fake.
ありがとうございました。


(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2016/11/27 13:49:07)

(回答日時:2016/11/30 09:14:55)

>素粒子やあるいはより先の理論物理を……
素粒子論のような知識が必要であるなどといっていませんよ。現代科学は客観的であることが困難である、抽象的になっているということの例として、書いただけです。
ただし、病気は分子レベルで起きているので、その階層・領域を支配している基本法則である量子力学は必要です。
素粒子レベルは、研究方法も、適用される法則も異なる別の分野であり、医学に直接関係があるわけではありません。
階層や領域の違いを無視して、他者を批判することはやめましょう。あなたとはこれで最後とします。あなたのコメントは、論理も日本語としてもねじれています。
鍼灸という治療法は、いや、現代医学の薬物療法の大部分も行われなくなります。鍼灸や薬物など使わなくても簡単に治療が可能であることは、理論的必然なので仕方がないことです。人それぞれ、立場によって利害が異なるでしょうが。

(投稿者:78ppm,投稿日時:2016/11/26 15:11:57)

(回答日時:2016/11/27 09:06:48)

ツボは、平面人体図に点描写されたマップですからね。それは物理うんぬんよりもまず古代文化の産物でしょう?ある一時代に出来あがった想念という意味で実体の明らかでないファンタジーではないでしょうか。
私は、人が人に対しておこなう何らかのこと、それが明らかに人によって(または人に近い動物等によって)観察され得ない場合に、人間が目的を持った運用は日常の中で不可能だと思いますけどね。目的を問わない行為ならば可能かもしれませんが。

ほんとうに物理療法家たちが、自身の治療概念や体系を支えるために、素粒子やあるいはより先の理論物理をも必要としているでしょうか。それは、およそ人から離れていき、より不可視で盲目的な世界観に入っていってしまいませんかね。よりミクロの何かが見出されたところで、生活に役立つ実用性の度合いにこれといった変化はないですよ。



(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2016/11/25 00:19:09)

(回答日時:2016/11/26 13:14:43)

直接観察することは不可能です。理論上、そのようなことが言える、ということです。
現代科学の研究対象は、直接観察したり実験したりすることが不可能な階層や領域の現象が多いのです。例えば、地球や太陽の内部とか、宇宙の始まり、素粒子といったことです。
そこで、多くの間接的証拠や法則、理論などを組み合わせて強固な仮説を形成するのです。
生命現象も同じことです。その仮説によって病気という現象を制御できる事実があり、強力な反証がなければよいのです。 (投稿者:78ppm,投稿日時:2016/11/24 17:04:06)

(回答日時:2016/11/24 17:29:50)


〉違います、物質が正常ではない状態になっているのです。そこに外部から何らかの作用を加えることによって正常化させると、その変化が情報として周囲に伝達されていく物理的現象です。


物質の正常でないその状態とは、どのようにして私らに観察されるのでしょうか。あるいは、何と比較して正常な状態ではないのですか。配列の乱れた体内のタンパク質分子が、針によって整うということですか?私は、そういった事実を今のところ知りません。
私に観察されないことは、私は言えないです。それがいかにして、あなたに観察されるのでしょうか。



(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2016/11/20 07:20:45)

(回答日時:2016/11/24 16:18:54)

>ツボ自体は状態変化のない静的スタティックなものでしょう。
違います、物質が正常ではない状態になっているのです。そこに外部から何らかの作用を加えることによって正常化させると、その変化が情報として周囲に伝達されていく物理的現象です。

(投稿者:78ppm,投稿日時:2016/11/13 18:20:40)

(回答日時:2016/11/16 13:03:10)

分子生物学が明らかにしているように、病気は分子レベルの異常です。現代医学は生命を化学反応の集積と考えているので、治療は薬物が主となります。それでは、なぜ鍼灸などの物理療法が可能なのでしょうか?鍼を打っても直接化学反応など起きていませんね。実は分子の異常を物理的に正常化することができるし、そのほうが本質的なので、物理療法は現代医学をはるかに上回る治療法です。これは物性物理学や生物物理学という分野の問題であり、治療のための法則はあります。 (投稿者:78ppm,投稿日時:2016/11/12 14:35:11)

(回答日時:2016/11/16 13:02:49)


(追)
私の立脚する場(観測点)はあくまでこの資格者としての視点です。当然ながら適応範囲や限界がそこに多く存在します。但し『シール針すれば抗癌剤による副作用から生じる身体症状が治る(かもしれない)』ということは、そこに関連する物理法則がわかっていないから可能性は完全に否定できない、未来では解明されうるかもしれない、ではなく、そのようなことに因果を成立させようとする、わずかの可能性さえも現実的に残してはならないのだと思います。それが医療職上の重要な倫理になるのではないでしょうか。これは個人の資格者の判断・考えだけの問題に収まらないように思います。現段階で何がわかっているか否かよりも、私らがどのような体系を築けるかに科学も重点が移っていませんか。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2016/11/10 10:02:50)

(回答日時:2016/11/11 10:33:43)

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      ※投稿された記事やコメントは運用管理者が承認した後、掲載されます。

uidelines on Basic Training and Safety in Acupuncture World Health Organization
WHOによる鍼灸教育と安全性に関するガイドライン (翻訳改訂版 2000.4.7)
「『代替医療のトリック』の鍼治療の記述に関する問題点」
川喜田健司 全日本鍼灸学会雑誌 2010年第60巻2号252-254
鍼灸文献データベース(JACLiD)
公益社団法人 全日本鍼灸学会
The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies
WFASのホームページ
補完代替医療ナショナルセンターにおける鍼灸への見解
National Institutes of Health (NIH) 米国保健社会福祉省内国立衛生研究所
“Acupuncture treatment for pain: systematic review of randomised clinical trials with acupuncture, placebo acupuncture, and no acupuncture groups”
Madsen MV, Gøtzsche PC, Hróbjartsson A. BMJ 2009;338:a3115.
“Acupuncture for chronic pain: individual patient data meta-analysis”
Andrew J. Vickers, Angel M. Cronin, Alexandra C. Maschino, George Lewith, Hugh MacPherson, Nadine E. Foster, Karen J. Sherman, Claudia M. Witt, Klaus Linde, Arch Intern Med. 2012;172(19):1444-1453
“Acupuncture for Back Pain A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials”
Edzard Ernst, Adrian R. White, Arch Intern Med. 1998;158(20):2235-2241
コクラン共同計画の概要
帝京大学EBMセンター