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血液型性格診断

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 血液型性格診断とは、一般的にABO式血液型として知られている分類法によって、社会生活におけるヒトの性格を特定できるといった言説である(他に「血液型性格判断」「血液型性格分類」などともされるがこれらのいずれも明確な定義が与えられてはいない)。つまり、「ABO式血液型」という要素“が”特定のヒトの「性格」に影響を与えている、としているものである。
 まず、ABO式血液型について簡単に説明する。ヒトの血液細胞の中で最も大量に存在するのは赤血球であり、この赤血球の細胞膜表面には個人がもっている遺伝子によって表現される血液型物質がある。1900年、オーストリアの研究者であるラントシュタイナー(K.Landsteiner)によってこれが研究され、彼は血液型を4種類(A型、B型、AB型、O型)に分類できることを発見した(1)(2)。
 以上が現在一般認知されているABO式血液型の基本原理である。ちなみに、A、B、Oとは遺伝子を意味しており、メンデルの遺伝法則にしたがって個人を標識する抗原である。そのため、AAまたはAOの組合せでA型に、BBまたはBOの組合せでB型に、OOの組合せでO型に、ABの組合せでAB型になる。
 血液型性格診断は、上述の血液型の4区分から特定のヒトの性格や相性を説明でき、それを日常生活においても活用できるといったものが一般的によく知られているものであり、本項目においても基本的にはそういった一般通念を踏襲したものを“評定の対象”とする(3)(4)(5)。
 加えて、本言説の議論にてしばしば見受けられるアンケート調査などの統計的調査における本言説の有効性、血液型と疾患との関連性、今後の研究可能性においても言及しながら評定を進める。
 血液型性格診断言説においては諸説入り乱れているのが実態だが、能見氏の「血液型人間学」など(3)(4)と、医学・疫学・遺伝的観点からの「血液型」と「ヒト」との成果は明確に区別しながら記述する。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (低)

 そもそも、血液型性格診断における「性格」が何を意味しているのかが不明であることが最大の問題点といえる。「性格」とされるものの定義が不明瞭であり、たとえば“誰の”“どのような状況における”“どういう対応をすることから”“こういう「性格」であると定める”という一般化はなされておらず、どうとでも上手く解釈できる曖昧なもの全般を「性格」と表している(5)。これでは理論を一般化できず、科学性の評定としては致命的である。
 また、ABO式血液型については本項冒頭にて記述したが、果たしてこの区分が如何に人間の性格として反映されているのか、という理論への疑問に対する合理的な説明は今のところないという指摘もできる。たとえば、心理学的知見からたびたび指摘されている「バーナム効果」や「自己成就」については、肯定派において十分な議論がされていない、あるいはそれらの概念の誤用による反論が見受けられ、理論面において充実した議論は行われていないことが推察できる(6)(7)(8)。
 さらに、血液型性格診断の理論においては、その内部においてすら矛盾が見られ、科学性を評価できる理論体系をなしていないことすら指摘できる。たとえば、過度な血液型性格診断信奉者においては「血液型十戒」なるものを理論的な標ぼうとしている(5)のだが、そこでは、「8. 血液型は誰もが客観的な人間理解を可能にする、科学的観察手法である。」としつつ、その2においては「2. 血液型は気質の素材。従って性格はいかようにも料理出来ることを知ろう。」や「9. 血液型は心の科学。性格や未来を占うものではないと知ろう。」などといった内部においても論理性の乏しい説明が多々見受けられる。このように、科学性とはおよそかけ離れた理論を選択していることが言説全般的に見受けられる。
 血液型と疾患や体質にまで話を広げても、今のところ論理性を高く評価できる要素はない。特定の疾患に対する罹患率の違いや耐性についての研究なども、因子の解明や理論構築まではなされていないのが実情だ(9)(10)。
 ABO式血液型で性格診断を行うということは、ヒトを4つの分類に細かく類型化する(できる)ということなのだが、それに対する合理的な説明を見出すことができないのが現状である(そういう意味では、血液型と疾患の研究においては一定の評価を下すことはできる)。

理論の体系性 (中)

 ABO式血液型が既存の学術体系から逸脱した理論であるとは断定できない。人間の体内には大量の赤血球が存在し、その赤血球それぞれにA、B、AB、Oの各型に特有の糖鎖が付いている(ここでの糖鎖とはN-アセチルガラクトサミン、d-ガラクトース、アセチルグルコサミン、フコースによる分子構造を表す)。この点に関するかぎり、生化学的には血液型でそれぞれ全く違った機能をもつとも主張できる。
 しかし、それを正当化するのなら、血液型以外にも分類する要素は数多くありそうだ。仮に血液型のみに注目しても、Rh式やli式、MN式などの識別法もあり、げんに臓器移植などの場合にはこれら多くの要素を考慮する(11)(12)。こう考えると、ABO式のみによって性格にまで言及する理論は、他の知見との整合性が低いと思われる。
 さらに、ヒトの性格について、ABO式血液型を主軸として説明する、という理論選択に合理性を見出すことも難しい。ヒトの「性格」については今も多くの議論があり、「性格」とはどういう要素から構成されているのか、といった問いを考える場合、いわゆる複雑系であることや、進化心理学などでよく知られる「心のモジュール性」(13)(14)という概念として考える方が“ABO式血液型”を持ち出すよりも遥かに整合性が高い。 たとえ、ABO式血液型が「性格」における一要素であったとしても、わざわざ血液型性格診断を「性格」における主理論として採用する必然性はなく、このような言説に依存しなければならない積極的な理由を見出すことはできない。
 ただし、ABO式血液型と進化生物学との相関性や特定疾患への罹患率といった研究が近年報告されていることは注目すべきことだろう(9)(10)。たとえば、A型の遺伝子は免疫機能が低くなる遺伝子と共起する確率が高いので、抗原をなるべくしりぞけようと神経質な性格が共進化したという理論は、進化論、あるいは生物学などと整合的である(10)。その点を考慮したうえで体系性は中程度と評価する。

理論の普遍性 (低)

 特に能見氏を源流とする「血液型人間学(≒血液型性格診断)」においては、それが“誰にでも普遍的に適応可能だ”としているが、言説の実態がつかめない。全般として、“何となく○○型はこんな感じ”という大雑把な情報しか提供されておらず(3)(4)(5)、普遍性を推し量ることはできない。思い込みや社会通念が先行しており、理論的な実像がつかめないのである。これでは普遍性を評定する以前の問題だろう。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (低)

 能見正比古氏の著書(研究論文ではない)や「ABOの会」にて、血液型性格診断に関する肯定的な主張がこれまでに何度も発表されている。しかし、データの再現性という観点において、高評価を与えられる水準に達しているとはいえない。
 たとえば、血液型性格診断の源流の一つである能見氏は、自著へのアンケート調査(数万人規模、としているもの)にて再現性を保証できるとしているが、そもそもそのようなアンケートを“能見氏”に送る“対象”がサンプルとして偏っている(平たく言えば、能見氏の信奉者である)というバイアスを排除するような厳密性のあるものではない(3)(4)。血液型性格診断の関連団体である「ABOの会」の主張においても、一万人規模のアンケート調査で統計的有意差が出たとの報告もあるが、前述したような「バーナム効果」「予言の自己成就」「確証バイアス」「F・B・I効果(フリーサイズ・ラベリング・インプリティング効果)」といった、心理学で広く知られた効果が排除された実験デザインがとられていない。
 一方、血液型性格診断に否定的な研究データは数多く積み重ねられており(能見氏の著書においても統計的に有意な差がなかったデータもある(3))、肯定的なデータよりも信頼がおける(15)(16)(17)(18)(19)(20)。
 ただし、血液型と疾患といったことにまで言説の対象範囲を広げると、2009年にアメリカ国立がん研究所が膵臓がんの危険因子と血液型の相関性についての研究報告をしていたり(21)、2000年に科学誌「ネイチャー」にてO型と非O型の胃がんに対する見解が述べられていたり(9)と、再現性において評価できる研究も存在する。まだまだデータ不足という面もあり、一概に評価できるものではないが今後の研究可能性としては期待の持てるものだろう。
 しかし、これらの研究は能見氏等の血液型性格診断を補強するものとは言えず、医学・生理学などにおける研究成果とするのが一般的だ。
 したがって、「血液型性格診断」の再現性は低評価とするが、これは前述の「血液型」の医学的な側面のデータを否定するものではない。

データの客観性 (低)

 肯定派の提示する研究報告においては、信奉者による主観的な感想、統計調査における標本抽出の偏り、研究対象の未特定化、「自分はA型だから神経質だ」という性格の自己成就などの可能性が指摘できる(3)(4)(16)(18)(20)。したがって、血液型性格診断の中心的言説であるABO式血液型“が”「性格」やその傾向性に影響を与えている、としていてもその客観性は低い。
 また、医学・生理学的知見からも言説全体に対して同様の指摘ができる。例をあげると、近年、疫学的にピロリ菌(慢性胃炎など胃疾患の危険因子)保菌者にA型が多いことが指摘されている。血液型性格診断によるとA型の典型的な特性は「神経質」だということが主張されており、その根拠として胃痛の多さなどがデータとして挙げられている(9)(10)。しかし、血液型性格診断で言われているようにA型の人が「神経質」である“がゆえに”胃痛になりやすいのか、それともA型にはピロリ菌保菌者が多くそれによって胃痛が引き起こされるため“結果的”に「神経質」な人が多いように見えるだけなのか、といったことを客観的に区別できるような研究手法は採られていない(前者であれば「血液型性格診断」の成果といえるが、後者ならば改めて議論が必要である)。
 現在の心理学分野と、医学・生理学分野は個々に独立しており、「血液型」と「性格」を連携させた研究方法はまだ未熟ではある。ただし、今後の研究次第(たとえば遺伝学的な)では血液型とヒトの性格との関連性について客観的なデータが示される可能性もなくはないことは追記しておく。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (低)

 血液型性格診断において、肯定的なデータが妥当に収集されているとは言えない。繰り返しになるが、心理学でよく知られている「自己成就」や「バーナム効果」などの要因を排除した形の実験デザインが採られておらず、このような指摘に対して“反論”できる体制が整っていない。

理論によるデータ予測性 (中)

 現在、能見氏を原点とする「血液型性格診断」が科学的手順を踏まえて研究されているとはいえず、予測性は低い。今一般認知されている血液型性格診断はほとんど文化として根付いてしまっており、もはや科学性を論じるに値しない言説と化している。
 一方、血液型と疾患については医学・疫学的観点から比較的研究が進められており、成果といえるものも出ている。たとえばコホート実験などの医学疫学において信頼できる研究方法から、血液型による膵臓がんリスクの違いといった発表(9)もされており、この点では予測性は高いと評価できる。さらに、進化生物学的観点から血液型とマラリアやコレラとの関連性(10)も若干ではあるが報告されている。
 予測性は中程度と評価するが、これは医学・疫学・遺伝的な成果を高く評価したためであり、このような分野の評価に重点を置いたものである。

社会的観点

社会での公共性 (低)

 日本において血液型性格診断が一般認知され始めたのは、1970年に出版された能見正比古氏による「血液型でわかる相性」からである(4)。これ以前にも1927年に「血液型と気質の研究」と題する研究論文が古川竹二氏(女子高等師範学校教授)によって発表されていたが(6)、継続的な研究が始まったのは前述の能見氏による著書が初めてであり、現在では氏が設立した「ABOの会」という団体が血液型性格診断について肯定的な主張を繰り返している(現在では「ABOセンター」が実質的にその意味を引き継いでいる(5))。
 しかし、利害関係のない公共性の高い研究においては、血液型性格診断はたびたび否定されており、肯定派において同様の水準に達している研究報告は現在のところない。したがって、社会での公共性は低評価とする。

議論の歴史性 (低)

 上述したように、現在の血液型性格診断の社会における広まりは、能見正比古氏の著書にみることができる。それを発端として1970年代から血液型性格診断の科学性の議論もさかんに行われてきた。たとえば心理学分野は血液型性格診断に強く反発しており、否定的な研究発表も多くある(「日本パーソナリティ心理学会」においてはホームページ上にて、血液型性格診断に対して懐疑的な意見文を掲載している(22))。
 一方で、血液型性格診断を積極的に肯定する立場(科学的なものだとして)の多くは能見氏の言説に依存している様子が見受けられ、また、そういった科学性を謳う言説において、“主張の責任を請け負っていない”ことが問題点として挙げられる。たとえば「A型の人は神経質だ」といった主張に対して、「A型なのに神経質でない」という事例(データ)が得られたときにも「100%正確に診断できるわけではない」や、他の全く指標の異なったデータを持ち出して「このデータを担保にできる」などである(現に、肯定派においてはこれが横行している)。このように反証データを得ても、そうしたものに対して無反省であり、科学性が議論できる構造とはいえない。
 以上より、議論の歴史性は低いと評価する。

社会への応用性 (低)

 血液型性格診断が社会において有効的に活用されているとはいえない。そもそも、血液型による性格の傾向性を重視しているのは日本人がほとんどであり、世界的にみると血液型性格診断という概念すら一般的ではない。にもかかわらず日本社会では、ブラッドタイプハラスメントといったものを始めとして人々に対する差別や偏見を助長させる要因の一つとなってしまっているのが実態である(6)(23)。
 また、血液型性格診断はヒトの性格を4種類の血液型の中から“当てる”という占いのような娯楽だと受け取ることもでき、そこに科学性を乗せてしまうと人が感じる快不快の度合いも大きくなってしまうだろう。結果として、人間関係を円滑に進めるうえでの弊害ともなりかねない。
 ただし、これは一概に血液型性格診断のみの功罪とはいえない。たとえば、仏滅に結婚式を挙げる人はまずおらず、一般的に友引に葬式は行わない。このように大衆心理は科学とは無縁に働いており、血液型性格診断が控えめな誤信として機能している分には、科学がそれを排斥する必要まではないだろう。
 しかし、血液型性格診断においては企業の採用といった、人生の大きな岐路でも使用されており、とても控えめという表現で収まっているものではない。このような実情を考慮すると、あえて社会への応用性は低いと評価すべきだろう。

総評

疑似科学

 現在一般認知されている「血液型性格診断」は疑似科学だと位置づけられ、そこで語られているものに科学的根拠は全くないといってよい。たびたび指摘したが、血液型性格診断の最大の問題点は、能見正比古氏の著書「血液型でわかる相性」「血液型人間学」などが流行りすぎてしまったことだろう。能見氏の言説の流行が多くの過激な信奉者を生みだしてしまい、それに対抗する形で主に心理学界からの強い反発が繰り返し行われてきた。このような構図から、心理学界の過剰ともいえる「血液型」嫌いという問題も発生してしまい、健全な議論ができる土壌がない、あるいは良心的な研究者の芽をも摘んでしまっているということは考慮に値する(24)。
 そうした中で、医学・疫学・遺伝的観点や進化生物学的視点からは角度の異なる考察をすることもできる。
 医学領域としての血液型とヒトの研究は1950年代~1970年代初頭までは比較的行われており、多くの疾患と血液型との関連性について様々な議論が繰り返されてきた。そんな折、先の能見氏による著書が爆発的にヒットし、しかもそれを科学だとして主張し一般大衆の誤解を招いた。このような経緯は前述の通りであり、それが多くの研究者を血液型の研究から離れさせてしまい、血液型性格診断を疑似科学の象徴として扱う風潮に、医学界においても繋がった。現在では、血液型について言及できるのは輸血と臓器移植の際のみであり、血液型の話題さえ嫌う医師もいるという状況でさえある(10)。
 しかし、「血液型」と「疾患」、「血液型」と「進化」、「血液型」と「遺伝」といったことについて研究されたものの中には信頼のおけるものも多くあり、今後の研究可能性が幅広いことは肯定材料だろう。さらに、特定疾患へのリスクの違いや、免疫機構の違いなど、遺伝的な説明によって応用性の高いものにもなりうる。
 ヒトの「性格」という言説における明らかな論理的飛躍には注意する必要があるが、少なくとも血液型と人間機能の関連を研究する価値や意味は、心理学から指摘されているほど順位の低いものではないだろう。今後の研究次第では、たとえば血液型と疾患といったアプローチからヒトの気質にまで科学的合理性を保った言及がなされたとしても、それほど不自然ではないだろう。
 ただし、繰り返しになるが、現在広く一般認知されている「血液型性格診断」における科学的根拠は乏しく、疑似科学であると評価する。

参考文献:

(1)『よくわかる 最新血液型の基本としくみ』 松尾友香
(2)『絵でわかる血液のはたらき』 八幡義人
(3)『血液型人間学』 能見正比古
(4)『血液型でわかる相性』 能見正比古
(5)http://www.human-abo.org/#!aboutus/cktc 一般社団法人 ヒューマンサイエンスABOセンター
(6)『なぜ疑似科学を信じるのか』 菊池聡 化学同人
(7)季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p56-61)
(8)『心理テストはウソでした』 村上宣寛
(9)『血液型で分かる なりやすい病気なりにくい病気』 永田宏
(10)『血液型の科学』 藤田鉱一郎
(11)http://www.jrc.or.jp/donation/first/knowledge/ 日本赤十字社 血液の基礎知識
(12)https://hospital.city.sendai.jp/department/mame05.html 仙台市立病院 診療科のご案内 「第5回 血液型のはなし-ABO式血液型-」
(13)http://plato.stanford.edu/entries/modularity-mind/ Stanford Encyclopedia of Philosophy 「Modularity of Mind」
(14)『だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学』 石川幹人  光文社
(15)「血液型と性格の無関連性」縄田健悟(2014)
(16)「血液型性格判断はなぜすたれないのか」 山下玲子 武蔵大学 社会学部
(17)血液型性格判断の差別性と虚妄性(自主企画(2)) 山岡重行 大村政男 浮谷秀一
(18)「Blood-typical personality stereotypes and self-fulfilling prophecy」Sakamoto, A., Yamazaki, K.(2004)
(19)「血液型による性格の相違に関する統計的検討」松井 豊(1991)
(20)Blood-typical Personality Stereotypes and Self-fulfilling ProphecyAkira SAKAMOTO Kenji YAMAZAKI 2002
(21)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19648918 Genome-wide association study identifies variants in the ABO locus associated with susceptibility to pancreatic cancer.
(22)日本パーソナリティ心理学会血液型性格診断に関する意見文 公益社団法人 日本心理学会
(23)テレビ番組が増幅させる血液型差別 山岡重行
(24)『よい教育とは何か』 西条剛央 京極真 池田清彦

・(ダメな大人にならないための心理学 山岡重行)『書評』野崎瑞樹
・『機関誌「心理学ワールド」52号 2011年1月号 特集/偏見とステレオタイプの心理学』
・『血液型の迷路』 大西赤人
・『性格を科学する心理学のはなし』 小塩真司
・「血液型性格判断の妥当性の検討(2)」 白佐俊憲
・『科学技術をよく考える -クリティカルシンキング練習帳』 伊勢田哲治 戸田山和久  調麻佐志  村上祐子 名古屋大学出版会
・『新編 血液型と性格』 大村政男 福村出版

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月17日)

投稿

投稿&回答

この項目にやたらと投稿している人がいるので気になって少し調べてみました。
ABOFAN氏はここに限らず、血液型性格診断に対して批判的な見解を述べている様々なブログ、ホームページに投稿を繰り返しているようですね(一部では有名な方のようです)。
全てを見たわけではありませんが、総じて言えることは「議論にならない」ということです。ABOFAN氏は理論的な考え、論理的思考が欠如しているようで、理論的な説明がまず理解できていない様子です。一方で独自の理論を振りかざし、回答する側を困惑させています。この人にどう説明したらいいんだろう、と。
また、ここでも見られるように、質問する際には非常に幅広い質問を投げかけ、回答する側がどれに答えていいのかわからなくする手法も使っています。そうかと思えば、先に投稿されているように、非常に限定した質問を投げかけて来ます。これは一見回答者が回答しやすいように見えて、論点を逸らしているように思われます(本来の論点は、血液型性格診断が科学的に見て正しいかどうかであるはずです)。恐らく、あなたの言っている事のここは間違っています→だからあなたの主張は間違っている→だから自分の主張は正しい‥といった流れに持っていきたいのでしょう。また、質問や投稿を繰り返し、相手が根負けするのを待っているのかもしれませんね。

結論から申し上げると、ABOFAN氏との議論は不毛な議論になる事が間違い無く、スルーもしくはブロックするのが賢明であると思われます(実際、ほとんどの場所で相手にされなくなっているようです)。 もっとも、読者からの投稿をスルーもしくは ブロックする事はこのサイトの主旨に反するものではあるでしょうし、ABOFAN氏も自分の投稿が掲載されなければその点について批判してくるでしょう(場合によっては、自分の正しさが証明された、と思うかもしれません)から、簡単に決断できる事ではないと思います。しかし、ネットを中心に疑似科学やデマなどが広がりやすくなっている現在、そういったモノを冷静に評価してくれるこのサイトの存在意義は低くないと思われます。そんなサイトの開設者の方々が、不毛な議論に時間も労力も割かれ、神経をすり減らしているという状況であるなら、それは「害である」と判断しても良いと思います。

それにしても、方向性はともかく、ABOFAN氏の情熱には頭が下がります。

※個人攻撃をするつもりはありませんが、不適切と思われるようでしたら、サイトへの掲載は見合わせて下さい。
(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/18 09:51:44)

ご投稿ありがとうございます。
おっしゃる通り、氏への対応にはこちらも苦労しています。こちらの掲示板でも2年ほどコミュニケーションを交わしていますが、なかなか健全な議論に至りません。
ただ科学コミュニケーション研究としての収穫もあり、今後の研究にも活かせる積み重ねではあります。
こちらの掲示板を初めて見る方はコメントの荒れ具合に面食らわれるかもしれませんが、こうした難しさも含めてコミュニケーション研究上の課題としてとらえております。
ご助言感謝いたします。
(回答日時:2017/08/18 19:05:27)

前回は、7月18日の私の投稿が、10日以上経過した7月31日に掲載されました。今回も、7月31日の投稿は、10日以上経過した8月11日朝8時現在も掲載されていません。
夏休み明けになるのでしょうか?
さて、まずは情報提供です。
昨年1月にサイエンスカフェでご一緒させていただいた、山岡先生の紹介記事がヤマハのサイトに掲載されています。
Premium Playlist ~“闘うゴス”山岡重行(社会心理学者/AUTO-MOD)の人生と音楽~ 【mysound】 http://mysound.jp/om/103/
この記事によると、現在は明治大学では教えていらっしゃらないのですね。
それと、このサイトの共同研究員でなくなったようですね。
#私の記憶違いで、以前も共同研究員ではなかったのかもしれませんが…。
さて、前置きはこのぐらいにして本題に行きます。
この記事では、血液型の研究についても書いてありますので、関係部分を引用します。なお、システムの都合上、適宜改行しています。
【引用開始】
─では、もう35年ほどユニークネスの研究をされているわけですね。社会心理学者として、確信されていることを教えてください。
山岡:確信しているのは、人は自分勝手をするのが一番気持ち良いのですが、“自分たちとは違う自分勝手をやる奴らを否定する”ということです。
ユニークな少数派の意識の研究から、奴らは我々とは違うという、多数派が少数派をどう見るかという意識の研究になっていったのです。少数派に対する差別というような視点から研究するうちに、血液型性格の研究も始めました。
きっかけは授業でウケが良かったからですが、こういう調査結果やデータが無いな、じゃあ自分で取れば良いじゃん、ということで始めたのが99年。いまだに断続的にデータを取っていて、血液型性格に関して、世界で一番まともなデータを持っているのは私だと思います。
他の人がとった大量のデータを血液型で分析したものはありますが、血液型性格肯定派がA型はこうでB型はこうだという項目を使って調査したり、あるいはなぜ血液型を信じるのか、血液型性格のためにどんな不快な思いをしているのか、そういうデータを持っているのは世界で私だけだと思います。
調べているとB型、AB型が差別されているのが明らかになり、そこに少数派差別という観点が生まれ、俄然面白くなりました。私のテーマに繋がっているんです。
体の特徴で誰かを否定的に扱うのは差別ですよね。血液型も自分では選べないし、変えられない体の特徴です。その体の特徴で、ましてや少数派のBやABをネガティブに扱っているわけです。
「B型はこうだから」と言われて、不快に思って抗議したとしても「何マジになってんの?の遊びじゃない! こんなの本気で信じている訳ねーじゃん!」みたいなところに逃げるんです。「みんなで楽しく話をしているのに、マジで反論する奴ダメじゃん。空気読めよ!」みたいな形で口を塞ぐんです。
血液型性格にはそういう卑怯な構図があります。
【引用終了】
ここで不思議なのは、「世界で一番まともなデータを持っているのは私だと思います」とまで山岡先生がおっしゃっているのに、一番大事なことであるはずの性格と関連性の分析が【皆無】であることです。
その一方で、もう一つのメインの主張である、「不快」「差別」という結論には、読めばわかるように、先生自らが調査したバックデータがあると書いてあるのです…。
もっとも、性格との関連のデータは調べていないというならわかります。しかし、本文中には「血液型性格肯定派がA型はこうでB型はこうだという項目を使って調査した」とあるのですから、性格との関連性について分析をしていないことはあり得ないはずです。
#そもそも、この掲示板でも関係があるのは「思い込み」のせいだとおっしゃって、私に反論していたのですから…。
なお、ヤマハが「血液型と性格」に肯定的だからネガティブな結果を掲載しなかった、ということはありえません。なぜなら、同じネガティブな情報の「差別」についてはきちんと書いてあるからです。
#それに、インタビュー記事なら、普通はインタービューされた本人の事前チェックもあります…。
こうなると、一番ありえると思われる推測は次のとおりとなります。
それは、山岡先生が、性格との関連性について「思い込み」の分析を避けて、対象を「差別」に限定することに路線を変更したということです。
#なしにろ、研究者というのは、自分の研究成果をアピールするために(大げさではなく)命をかけているわけですので…。
路線が変更された(?)と思われる時期は、この掲示板で「思い込み」だとおっしゃっていた今年の3月から現在の8月までの間ということになります。
ただし、テレビなどに代表されるマスコミの“公式”な場に限定すると、2014年11月の「ニュースな晩餐会」以降は、性格との関連性について直接説明されたことはないと思います。
#あるいは、比較的わかりにくい主張の「思い込み」は、テレビでは構成上カットされたのかもしれません…。
--☆----☆----☆--
さて、前回7月31日の回答では「すみませんが、多忙のため今回の質問について回答を考える時間がありません。」とありますが、管理者さんの“回答拒否”を確認するために、しつこいようですが再度同じ質問をさせていただきます。
#質問は7月18日ですので、既に20日以上経過しています。
【質問1】この掲示板に紹介されている、「血液型性格判断の差別性と虚妄性(自主企画(2)) (山岡先生ほか)」で取り上げた文献は、学会発表がされていますか?
1. はい
2. いいえ
3. 答えたくない
4. その他→具体的にどうぞ
【質問2】この掲示板に紹介されている文献“Blood-typical Personality Stereotypes and Self-fulfilling Prophecy (Akira SAKAMOTO et. al)”は、学会発表がされていますか?
1. はい
2. いいえ
3. 答えたくない
4. その他→具体的にどうぞ
【質問3】この掲示板に紹介されている文献「教員養成課程における科学リテラシー構築に向けた疑似科学の実証的批判的研究 (長島先生ほか)”は、科研費の研究成果報告書ですが、学会発表相当と見なしてよいですか?
1. はい
2. いいえ
3. 答えたくない
4. その他→具体的にどうぞ
【質問4】質問1~3の文献は、いずれも「統計的に差がある」と書かれていますが、管理者さんはこの結論が正しいと思いますか?
1. はい
2. いいえ
3. 答えたくない
4. その他→具体的にどうぞ
【質問5】この掲示板に紹介されている「心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究 (清水先生)」の趣旨「肯定的なニュアンスの論文は、査読で否定される」は正しいですか?
1. はい
2. いいえ
3. 答えたくない
4. その他→具体的にどうぞ
ちなみに、Twitterでは京極先生が、こうおっしゃっています。 https://twitter.com/makver2/status/64457181021470720
次の「清水武 2011 心理学は何故,血液型性格関連説を受け入れ難いのか 学会誌査読コメントをテクストとした質的研究 構造構成主義研究5 92-115」は学会の通説と異なる結果を、査読という閉鎖空間で否定する査読者の言説を分析してます http://amzn.to/mmalZu
以上、回答のほどどうぞよろしくお願いいたします。
失礼しました。
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/07/18 23:11:48)
いくら夏休み期間中とはいえ、このサイトの参考文献の出所や内容について“回答拒否”というのは、「疑似科学とされるものの科学性評定」をするなら好ましいこととは思いません。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/11 08:18:04)

回答遅くなり申し訳ありません。
まずは、例の質問の答えから。
【質問1】1:日本パーソナリティ心理学会のシンポジウム内容のようですから、1相当とみなしてよいと思われます。
【質問2】4:当該文献は「論文」ですので、正確には「学会発表」ではありませんね。
【質問3】1:やや判断に迷いますが1でよいと思います。
【質問4】4:まず、問いの立て方が正確ではありません。たとえば【質問2】の文献では、1978年から1988年のデータを分析していますが、統計的に顕著な差がみられたのは1984年以降であり、当該文献ではこれを「血液型ステレオタイプが性格の自己申告に与えた影響」と結論付けています。これまでのABOFANさんのテクニックから察するに、おそらく「統計的な差がみられたことを“認めている”にもかかわらず血液型性格診断を否定している」という論法にもっていきたいのでしょうが、そもそもの出発点が正しくないため、ただのごまかしにすぎません。きちんと秩序立ててお話していただければと思います。
【質問5】4:「正しいですか?」という、回答に“幅のない”聞かれ方のため4としましたが、清水先生の当該文献を読む限り、血液型性格に肯定的なニュアンスであると論文誌によってはリジェクトされやすいという“空気”のようなものはあるのかもしれません。しかし、すべてがそうだというわけではなく、単に査読者個人の問題であるとも考えられます。現に、清水先生のこのコメント分析の論文は専門書として世に出ているわけですから、一概に決めつけることはできません。また、先回りして言いますが、これはABOFANさんが学術活動を行わないという言い訳の免罪符にはなりません。

やや長くなりましたが回答です。
ちなみに、長く据え置きしてきた問題ですが、こちらの質問にもお答えいただけますでしょうか。※今後もこちらの掲示板でコメントされるおつもりならば、何であれ明言しておいたほうがよい問題と思われます。

【質問1】すでに指摘されているように、ABOFAN(ペンネーム)=金澤正由樹(ペンネーム)は事実である
1はい
2いいえ
3答えたくない
4その他

【質問2a】(【質問1】に1と答えた場合)金澤氏の著書を第三者のように紹介するのは、自身の主張に客観性・正当性を付与させるための戦略である
1はい
2いいえ
3答えたくない
4それ以外(具体的にどうぞ)

【質問(提案)2b】(【質問1】に2と答えた場合)先の指摘が事実でないのであれば(誤った)法律解釈などを持ち出して暗に法的問題をほのめかすのではなく、「ABOFAN=金澤正由樹ではなく同一視されて迷惑だ」と、きちんと表明したほうがよいと思いますがいかがでしょうか? (回答日時:2017/08/18 19:08:22)

ABOFAN=金澤正由樹 という情報が、なんかまた次のページになってるようなので上げておきます。
それはともかく。なんかいろいろとぐだぐたと言ってますが、学会に認めてもらえないのが不満なんですね? ならさっさと「論文」を書いて投稿すればいいのに。「血液型性格判断に肯定的な論文はリジェクトされるに決まってる~」とか言ってますが、「まともな」(内容はともかく「それなりに」書かれている)論文ならそんなことにはなりません。
査読者にとってはアクセプトするよりリジェクトするほうが大変なんですよ。客観的に(←これ重要)納得させられるだけの理由が必要になりますから。それに、論文の査読は複数が担当しますから、誰かが恣意的にリジェクトするなんてできませんよ。それに、リジェクトされた理由を「こんなリジェクトされた、おかしい」と堂々と公開すればよろしいじゃないですか。そのABOFANの主張が妥当なら大問題なのであちこちに取り上げてもらえますよ。
……というか、一度もそういうプロセスを踏んでみたことすらないくせに文句だけ言うんですねえ。何もやってみないで「でもでもだって…」を延々繰り返しているあたり、正に中二病。「朱子学」に絡めた批判が最近のABOFANのマイブームのようですが、ざっと見たところでは「朱子学」という言葉を知って使ってみたくて「どうせ偉い人はわかってくれないんだ」と言ってる子供の台詞のようです。大人になりなさい。

ちなみに、当然ですが、心理学者(でなくても誰でも)にABOFANの相手をする義理も義務もありません。あと「回答拒否と判断します」もお気に入りの台詞のようですが、別に回答してやる義理も義務もないですから、勝手にそう判断しても誰も困りませんしねえ。(だいたい、他人からの質問にはまともに答えないくせにねえ) それで「俺は沈黙させたぜ」のように言われてもねえ。
何度目かになりますが、彼ら/彼女らに真摯に相手をしてもらう一番の方法は「論文」を書いて投稿することですよ──というかそれしかありません。そうすれば、安易な「回答拒否」はできないし、上に書いたようにリジェクトするとしてもその客観的理由が必要です。
まあ、できないんなら仕方ないですが。でも、一応は「できる」とか言ってたんだしねえ…。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/08/08 18:42:48)

ご投稿ありがとうございます。
おっしゃる通りですね。以前あったABOFAN氏の「○○の論文を私(ABOFAN)の論文とかえさせていただきます」という内容のコメントにはさすがに絶句しました。
また、ABOFAN氏が用いる弁論テクニックには、コミュニケーションの阻害要因となりうる要素が多く詰まっていると思います。こうしたことも含めて科学コミュニケーション研究だとはいえますが。 (回答日時:2017/08/18 19:11:40)

今回は情報提供です。
アメリカのAmazonで血液型本を検索していたら、2014年発行の中国語の本を見つけました。
王建強さん「血型人格」 https://www.amazon.com/Personality-Involved-Blood-Type-Jianqiang/dp/7564092505/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1501975617&sr=1-2
ご存知のように、中国語では血液型は「血型」と言います。
なお、出版社は北京理工大学とあるので、かなり真面目な内容のようです。
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別件です。ネットで検索したら、今度はインドの研究を見つけました。
Amreen Nahida, Nandini Chatterjee, A study on relationship between blood group and personality, International Journal of Home Science 2016; 2(1): 239-243. http://www.homesciencejournal.com/archives/2016/vol2issue1/PartD/2-1-54.pdf
この研究では、サンプルが男女50人の計100人だから差が出るはずがありません。なぜなら、差を見出すためには、少なくとも数百人以上のサンプルが必要だからです。
なお、性格検査はEysenck’s Personality Questionnaire-Revised (EPQ-R)を使っています。普通は、ビッグファイブのNEO-PI-Rなので、珍しいですね。
面白いと思ったのは、以前のエントリーに書いた中東の3件の論文と土嶺章子さんの英語の論文が、参考文献に挙げられていることです。
やはり英語の情報発信が大事なんですね。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/06 17:48:11)

(回答日時:2017/08/18 19:12:46)

お忙しい中、回答ありがうございます。しかし、
>すみませんが、多忙のため今回の質問について回答を考える時間がありません。
――この回答はいただけませんね。私が示した文献は、いずれもこのサイトに「参考文献」として挙げられているものです。よって「多忙のため今回の質問について回答を考える時間」は全く不要です。まさか、今回の管理者さんの回答は、参考文献は何の吟味もしてないから内容は答えられない、という意味ではないでしょう(苦笑)。
それよりは、マイナスイオンやeffect size…と同じく、都合が悪い質問に“回答拒否”であると解釈する方が、はるかに一貫性(再現性)があります。その証拠に、acekさんからの質問には「きちんと」回答しています。
ということですから、私が管理者さんに代わってお答えします。ずばり、質問1~5まで「3. 答えたくない」です。反論があるなら、ぜひどうぞ!
>ただ、質問全体の要旨から推察しますと、「良質な論文を投稿しても、血液型と性格に肯定的な論文は査読ですべてリジェクトされるから、私(ABOFAN)は論文投稿しないのだ(学会発表も同様である)」と読めるのですがこの理解でよいでしょうか?
――それより「隗より始めよ」です。管理者さんは、関係があるという論文をリジェクトされた清水先生についての私の質問には“回答拒否”です。清水先生の意見は「血液型と性格に肯定的な論文は査読ですべてリジェクトされる(学会発表も同様である)」と読めるのですがこの理解でよいでしょうか? twitterで示した京極先生や清水先生がそうだというなら、私もそう思います(笑)。
それと、acekさんのご質問ですが、ビッグファイブは私が知っているだけで10件ほどの研究報告があります。
うち中東の3件は、2017/07/30 09:04:52付けの私の投稿にあるとおりです。その他は、
・Sohyun Cho, Eunkook M. Suh, Yoenjung Ro (2005). Beliefs about Blood Types and Traits and their Reflections in Self-reported Personality. Korean Journal of Social and Personality Psychology, 19(4), 33-47.
・Cramer, K. M., & Imaike, E. (2002). Personality, blood type, and the five-factor model. Personality and individual Differences, 32, 621-626.
・Rogers, M., & Glendon, A. I. (2003). Blood type and personality. Personality and Individual differences, 34(7), 1099-1112.
・Kunher, Wu, Kristian, D. L., & Jerry, W. Lee (2005). Blood type and the five factors of personality in Asia, Personality and Individual Differences, 38, 797-808.
・川名好浩(川村学園女子大学)血液型性格判断 -Big Five でのプロフィール- 日本心理学会第67回大会論文集 p156 (2003年)
・森圭一郎、原野睦生、江藤義典、津田彰、内村直尚(久留米大)、中川康司(奈良県医大)TCIとBig5による性格とABO式血液型の関連解析 日本生物学的精神医学会プログラム・講演抄録 第27巻 p306 (2005年)
cf. http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2015-02-19
また、管理者さんから紹介があった、
・久保義郎・三宅由起子 血液型と性格の関連についての調査的研究 吉備国際大学研究紀要(社会福祉学部)第21号 p93-100 (2011年)
そのほかには、この「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」の関係者である
・清水武・石川幹人 ABO式血液型と性格との関連性―主要5因子性格検査による測定
がある、といったところです。
これらの結果を総合すると、関連性がなかったか、一貫した結果が得られないということです。
よって、ビッグファイブは(自己評定の性格を正確に測定できないので)「血液型と性格」を検証するのは不可能という結果になります。
詳細は、拙ブログ http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2015-03-01 のとおりです。
奇妙なことに、現時点では、管理者さん、石川先生、清水先生からの反論はありません。というよりは、今回の管理者さんの一連の回答でお分かりかと思いますが、全く無視されています(苦笑)。
大変失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/02 00:55:31)

遅くなりましたが、別のコメントにて回答しております。 (回答日時:2017/08/18 19:13:56)

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