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血液型性格診断

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 血液型性格診断とは、一般的にABO式血液型として知られている分類法によって、社会生活におけるヒトの性格を特定できるといった言説である(他に「血液型性格判断」「血液型性格分類」などともされるがこれらのいずれも明確な定義が与えられてはいない)。つまり、「ABO式血液型」という要素“が”特定のヒトの「性格」に影響を与えている、としているものである。
 まず、ABO式血液型について簡単に説明する。ヒトの血液細胞の中で最も大量に存在するのは赤血球であり、この赤血球の細胞膜表面には個人がもっている遺伝子によって表現される血液型物質がある。1900年、オーストリアの研究者であるラントシュタイナー(K.Landsteiner)によってこれが研究され、彼は血液型を4種類(A型、B型、AB型、O型)に分類できることを発見した(1)(2)。
 以上が現在一般認知されているABO式血液型の基本原理である。ちなみに、A、B、Oとは遺伝子を意味しており、メンデルの遺伝法則にしたがって個人を標識する抗原である。そのため、AAまたはAOの組合せでA型に、BBまたはBOの組合せでB型に、OOの組合せでO型に、ABの組合せでAB型になる。
 血液型性格診断は、上述の血液型の4区分から特定のヒトの性格や相性を説明でき、それを日常生活においても活用できるといったものが一般的によく知られているものであり、本項目においても基本的にはそういった一般通念を踏襲したものを“評定の対象”とする(3)(4)(5)。
 加えて、本言説の議論にてしばしば見受けられるアンケート調査などの統計的調査における本言説の有効性、血液型と疾患との関連性、今後の研究可能性においても言及しながら評定を進める。
 血液型性格診断言説においては諸説入り乱れているのが実態だが、能見氏の「血液型人間学」など(3)(4)と、医学・疫学・遺伝的観点からの「血液型」と「ヒト」との成果は明確に区別しながら記述する。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (低)

 そもそも、血液型性格診断における「性格」が何を意味しているのかが不明であることが最大の問題点といえる。「性格」とされるものの定義が不明瞭であり、たとえば“誰の”“どのような状況における”“どういう対応をすることから”“こういう「性格」であると定める”という一般化はなされておらず、どうとでも上手く解釈できる曖昧なもの全般を「性格」と表している(5)。これでは理論を一般化できず、科学性の評定としては致命的である。
 また、ABO式血液型については本項冒頭にて記述したが、果たしてこの区分が如何に人間の性格として反映されているのか、という理論への疑問に対する合理的な説明は今のところないという指摘もできる。たとえば、心理学的知見からたびたび指摘されている「バーナム効果」や「自己成就」については、肯定派において十分な議論がされていない、あるいはそれらの概念の誤用による反論が見受けられ、理論面において充実した議論は行われていないことが推察できる(6)(7)(8)。
 さらに、血液型性格診断の理論においては、その内部においてすら矛盾が見られ、科学性を評価できる理論体系をなしていないことすら指摘できる。たとえば、過度な血液型性格診断信奉者においては「血液型十戒」なるものを理論的な標ぼうとしている(5)のだが、そこでは、「8. 血液型は誰もが客観的な人間理解を可能にする、科学的観察手法である。」としつつ、その2においては「2. 血液型は気質の素材。従って性格はいかようにも料理出来ることを知ろう。」や「9. 血液型は心の科学。性格や未来を占うものではないと知ろう。」などといった内部においても論理性の乏しい説明が多々見受けられる。このように、科学性とはおよそかけ離れた理論を選択していることが言説全般的に見受けられる。
 血液型と疾患や体質にまで話を広げても、今のところ論理性を高く評価できる要素はない。特定の疾患に対する罹患率の違いや耐性についての研究なども、因子の解明や理論構築まではなされていないのが実情だ(9)(10)。
 ABO式血液型で性格診断を行うということは、ヒトを4つの分類に細かく類型化する(できる)ということなのだが、それに対する合理的な説明を見出すことができないのが現状である(そういう意味では、血液型と疾患の研究においては一定の評価を下すことはできる)。

理論の体系性 (中)

 ABO式血液型が既存の学術体系から逸脱した理論であるとは断定できない。人間の体内には大量の赤血球が存在し、その赤血球それぞれにA、B、AB、Oの各型に特有の糖鎖が付いている(ここでの糖鎖とはN-アセチルガラクトサミン、d-ガラクトース、アセチルグルコサミン、フコースによる分子構造を表す)。この点に関するかぎり、生化学的には血液型でそれぞれ全く違った機能をもつとも主張できる。
 しかし、それを正当化するのなら、血液型以外にも分類する要素は数多くありそうだ。仮に血液型のみに注目しても、Rh式やli式、MN式などの識別法もあり、げんに臓器移植などの場合にはこれら多くの要素を考慮する(11)(12)。こう考えると、ABO式のみによって性格にまで言及する理論は、他の知見との整合性が低いと思われる。
 さらに、ヒトの性格について、ABO式血液型を主軸として説明する、という理論選択に合理性を見出すことも難しい。ヒトの「性格」については今も多くの議論があり、「性格」とはどういう要素から構成されているのか、といった問いを考える場合、いわゆる複雑系であることや、進化心理学などでよく知られる「心のモジュール性」(13)(14)という概念として考える方が“ABO式血液型”を持ち出すよりも遥かに整合性が高い。 たとえ、ABO式血液型が「性格」における一要素であったとしても、わざわざ血液型性格診断を「性格」における主理論として採用する必然性はなく、このような言説に依存しなければならない積極的な理由を見出すことはできない。
 ただし、ABO式血液型と進化生物学との相関性や特定疾患への罹患率といった研究が近年報告されていることは注目すべきことだろう(9)(10)。たとえば、A型の遺伝子は免疫機能が低くなる遺伝子と共起する確率が高いので、抗原をなるべくしりぞけようと神経質な性格が共進化したという理論は、進化論、あるいは生物学などと整合的である(10)。その点を考慮したうえで体系性は中程度と評価する。

理論の普遍性 (低)

 特に能見氏を源流とする「血液型人間学(≒血液型性格診断)」においては、それが“誰にでも普遍的に適応可能だ”としているが、言説の実態がつかめない。全般として、“何となく○○型はこんな感じ”という大雑把な情報しか提供されておらず(3)(4)(5)、普遍性を推し量ることはできない。思い込みや社会通念が先行しており、理論的な実像がつかめないのである。これでは普遍性を評定する以前の問題だろう。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (低)

 能見正比古氏の著書(研究論文ではない)や「ABOの会」にて、血液型性格診断に関する肯定的な主張がこれまでに何度も発表されている。しかし、データの再現性という観点において、高評価を与えられる水準に達しているとはいえない。
 たとえば、血液型性格診断の源流の一つである能見氏は、自著へのアンケート調査(数万人規模、としているもの)にて再現性を保証できるとしているが、そもそもそのようなアンケートを“能見氏”に送る“対象”がサンプルとして偏っている(平たく言えば、能見氏の信奉者である)というバイアスを排除するような厳密性のあるものではない(3)(4)。血液型性格診断の関連団体である「ABOの会」の主張においても、一万人規模のアンケート調査で統計的有意差が出たとの報告もあるが、前述したような「バーナム効果」「予言の自己成就」「確証バイアス」「F・B・I効果(フリーサイズ・ラベリング・インプリティング効果)」といった、心理学で広く知られた効果が排除された実験デザインがとられていない。
 一方、血液型性格診断に否定的な研究データは数多く積み重ねられており(能見氏の著書においても統計的に有意な差がなかったデータもある(3))、肯定的なデータよりも信頼がおける(15)(16)(17)(18)(19)(20)。
 ただし、血液型と疾患といったことにまで言説の対象範囲を広げると、2009年にアメリカ国立がん研究所が膵臓がんの危険因子と血液型の相関性についての研究報告をしていたり(21)、2000年に科学誌「ネイチャー」にてO型と非O型の胃がんに対する見解が述べられていたり(9)と、再現性において評価できる研究も存在する。まだまだデータ不足という面もあり、一概に評価できるものではないが今後の研究可能性としては期待の持てるものだろう。
 しかし、これらの研究は能見氏等の血液型性格診断を補強するものとは言えず、医学・生理学などにおける研究成果とするのが一般的だ。
 したがって、「血液型性格診断」の再現性は低評価とするが、これは前述の「血液型」の医学的な側面のデータを否定するものではない。

データの客観性 (低)

 肯定派の提示する研究報告においては、信奉者による主観的な感想、統計調査における標本抽出の偏り、研究対象の未特定化、「自分はA型だから神経質だ」という性格の自己成就などの可能性が指摘できる(3)(4)(16)(18)(20)。したがって、血液型性格診断の中心的言説であるABO式血液型“が”「性格」やその傾向性に影響を与えている、としていてもその客観性は低い。
 また、医学・生理学的知見からも言説全体に対して同様の指摘ができる。例をあげると、近年、疫学的にピロリ菌(慢性胃炎など胃疾患の危険因子)保菌者にA型が多いことが指摘されている。血液型性格診断によるとA型の典型的な特性は「神経質」だということが主張されており、その根拠として胃痛の多さなどがデータとして挙げられている(9)(10)。しかし、血液型性格診断で言われているようにA型の人が「神経質」である“がゆえに”胃痛になりやすいのか、それともA型にはピロリ菌保菌者が多くそれによって胃痛が引き起こされるため“結果的”に「神経質」な人が多いように見えるだけなのか、といったことを客観的に区別できるような研究手法は採られていない(前者であれば「血液型性格診断」の成果といえるが、後者ならば改めて議論が必要である)。
 現在の心理学分野と、医学・生理学分野は個々に独立しており、「血液型」と「性格」を連携させた研究方法はまだ未熟ではある。ただし、今後の研究次第(たとえば遺伝学的な)では血液型とヒトの性格との関連性について客観的なデータが示される可能性もなくはないことは追記しておく。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (低)

 血液型性格診断において、肯定的なデータが妥当に収集されているとは言えない。繰り返しになるが、心理学でよく知られている「自己成就」や「バーナム効果」などの要因を排除した形の実験デザインが採られておらず、このような指摘に対して“反論”できる体制が整っていない。

理論によるデータ予測性 (中)

 現在、能見氏を原点とする「血液型性格診断」が科学的手順を踏まえて研究されているとはいえず、予測性は低い。今一般認知されている血液型性格診断はほとんど文化として根付いてしまっており、もはや科学性を論じるに値しない言説と化している。
 一方、血液型と疾患については医学・疫学的観点から比較的研究が進められており、成果といえるものも出ている。たとえばコホート実験などの医学疫学において信頼できる研究方法から、血液型による膵臓がんリスクの違いといった発表(9)もされており、この点では予測性は高いと評価できる。さらに、進化生物学的観点から血液型とマラリアやコレラとの関連性(10)も若干ではあるが報告されている。
 予測性は中程度と評価するが、これは医学・疫学・遺伝的な成果を高く評価したためであり、このような分野の評価に重点を置いたものである。

社会的観点

社会での公共性 (低)

 日本において血液型性格診断が一般認知され始めたのは、1970年に出版された能見正比古氏による「血液型でわかる相性」からである(4)。これ以前にも1927年に「血液型と気質の研究」と題する研究論文が古川竹二氏(女子高等師範学校教授)によって発表されていたが(6)、継続的な研究が始まったのは前述の能見氏による著書が初めてであり、現在では氏が設立した「ABOの会」という団体が血液型性格診断について肯定的な主張を繰り返している(現在では「ABOセンター」が実質的にその意味を引き継いでいる(5))。
 しかし、利害関係のない公共性の高い研究においては、血液型性格診断はたびたび否定されており、肯定派において同様の水準に達している研究報告は現在のところない。したがって、社会での公共性は低評価とする。

議論の歴史性 (低)

 上述したように、現在の血液型性格診断の社会における広まりは、能見正比古氏の著書にみることができる。それを発端として1970年代から血液型性格診断の科学性の議論もさかんに行われてきた。たとえば心理学分野は血液型性格診断に強く反発しており、否定的な研究発表も多くある(「日本パーソナリティ心理学会」においてはホームページ上にて、血液型性格診断に対して懐疑的な意見文を掲載している(22))。
 一方で、血液型性格診断を積極的に肯定する立場(科学的なものだとして)の多くは能見氏の言説に依存している様子が見受けられ、また、そういった科学性を謳う言説において、“主張の責任を請け負っていない”ことが問題点として挙げられる。たとえば「A型の人は神経質だ」といった主張に対して、「A型なのに神経質でない」という事例(データ)が得られたときにも「100%正確に診断できるわけではない」や、他の全く指標の異なったデータを持ち出して「このデータを担保にできる」などである(現に、肯定派においてはこれが横行している)。このように反証データを得ても、そうしたものに対して無反省であり、科学性が議論できる構造とはいえない。
 以上より、議論の歴史性は低いと評価する。

社会への応用性 (低)

 血液型性格診断が社会において有効的に活用されているとはいえない。そもそも、血液型による性格の傾向性を重視しているのは日本人がほとんどであり、世界的にみると血液型性格診断という概念すら一般的ではない。にもかかわらず日本社会では、ブラッドタイプハラスメントといったものを始めとして人々に対する差別や偏見を助長させる要因の一つとなってしまっているのが実態である(6)(23)。
 また、血液型性格診断はヒトの性格を4種類の血液型の中から“当てる”という占いのような娯楽だと受け取ることもでき、そこに科学性を乗せてしまうと人が感じる快不快の度合いも大きくなってしまうだろう。結果として、人間関係を円滑に進めるうえでの弊害ともなりかねない。
 ただし、これは一概に血液型性格診断のみの功罪とはいえない。たとえば、仏滅に結婚式を挙げる人はまずおらず、一般的に友引に葬式は行わない。このように大衆心理は科学とは無縁に働いており、血液型性格診断が控えめな誤信として機能している分には、科学がそれを排斥する必要まではないだろう。
 しかし、血液型性格診断においては企業の採用といった、人生の大きな岐路でも使用されており、とても控えめという表現で収まっているものではない。このような実情を考慮すると、あえて社会への応用性は低いと評価すべきだろう。

総評

疑似科学

 現在一般認知されている「血液型性格診断」は疑似科学だと位置づけられ、そこで語られているものに科学的根拠は全くないといってよい。たびたび指摘したが、血液型性格診断の最大の問題点は、能見正比古氏の著書「血液型でわかる相性」「血液型人間学」などが流行りすぎてしまったことだろう。能見氏の言説の流行が多くの過激な信奉者を生みだしてしまい、それに対抗する形で主に心理学界からの強い反発が繰り返し行われてきた。このような構図から、心理学界の過剰ともいえる「血液型」嫌いという問題も発生してしまい、健全な議論ができる土壌がない、あるいは良心的な研究者の芽をも摘んでしまっているということは考慮に値する(24)。
 そうした中で、医学・疫学・遺伝的観点や進化生物学的視点からは角度の異なる考察をすることもできる。
 医学領域としての血液型とヒトの研究は1950年代~1970年代初頭までは比較的行われており、多くの疾患と血液型との関連性について様々な議論が繰り返されてきた。そんな折、先の能見氏による著書が爆発的にヒットし、しかもそれを科学だとして主張し一般大衆の誤解を招いた。このような経緯は前述の通りであり、それが多くの研究者を血液型の研究から離れさせてしまい、血液型性格診断を疑似科学の象徴として扱う風潮に、医学界においても繋がった。現在では、血液型について言及できるのは輸血と臓器移植の際のみであり、血液型の話題さえ嫌う医師もいるという状況でさえある(10)。
 しかし、「血液型」と「疾患」、「血液型」と「進化」、「血液型」と「遺伝」といったことについて研究されたものの中には信頼のおけるものも多くあり、今後の研究可能性が幅広いことは肯定材料だろう。さらに、特定疾患へのリスクの違いや、免疫機構の違いなど、遺伝的な説明によって応用性の高いものにもなりうる。
 ヒトの「性格」という言説における明らかな論理的飛躍には注意する必要があるが、少なくとも血液型と人間機能の関連を研究する価値や意味は、心理学から指摘されているほど順位の低いものではないだろう。今後の研究次第では、たとえば血液型と疾患といったアプローチからヒトの気質にまで科学的合理性を保った言及がなされたとしても、それほど不自然ではないだろう。
 ただし、繰り返しになるが、現在広く一般認知されている「血液型性格診断」における科学的根拠は乏しく、疑似科学であると評価する。

参考文献:

(1)『よくわかる 最新血液型の基本としくみ』 松尾友香
(2)『絵でわかる血液のはたらき』 八幡義人
(3)『血液型人間学』 能見正比古
(4)『血液型でわかる相性』 能見正比古
(5)http://www.human-abo.org/#!aboutus/cktc 一般社団法人 ヒューマンサイエンスABOセンター
(6)『なぜ疑似科学を信じるのか』 菊池聡 化学同人
(7)季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p56-61)
(8)『心理テストはウソでした』 村上宣寛
(9)『血液型で分かる なりやすい病気なりにくい病気』 永田宏
(10)『血液型の科学』 藤田鉱一郎
(11)http://www.jrc.or.jp/donation/first/knowledge/ 日本赤十字社 血液の基礎知識
(12)https://hospital.city.sendai.jp/department/mame05.html 仙台市立病院 診療科のご案内 「第5回 血液型のはなし-ABO式血液型-」
(13)http://plato.stanford.edu/entries/modularity-mind/ Stanford Encyclopedia of Philosophy 「Modularity of Mind」
(14)『だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学』 石川幹人  光文社
(15)「血液型と性格の無関連性」縄田健悟(2014)
(16)「血液型性格判断はなぜすたれないのか」 山下玲子 武蔵大学 社会学部
(17)血液型性格判断の差別性と虚妄性(自主企画(2)) 山岡重行 大村政男 浮谷秀一
(18)「Blood-typical personality stereotypes and self-fulfilling prophecy」Sakamoto, A., Yamazaki, K.(2004)
(19)「血液型による性格の相違に関する統計的検討」松井 豊(1991)
(20)Blood-typical Personality Stereotypes and Self-fulfilling ProphecyAkira SAKAMOTO Kenji YAMAZAKI 2002
(21)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19648918 Genome-wide association study identifies variants in the ABO locus associated with susceptibility to pancreatic cancer.
(22)日本パーソナリティ心理学会血液型性格診断に関する意見文 公益社団法人 日本心理学会
(23)テレビ番組が増幅させる血液型差別 山岡重行
(24)『よい教育とは何か』 西条剛央 京極真 池田清彦

・(ダメな大人にならないための心理学 山岡重行)『書評』野崎瑞樹
・『機関誌「心理学ワールド」52号 2011年1月号 特集/偏見とステレオタイプの心理学』
・『血液型の迷路』 大西赤人
・『性格を科学する心理学のはなし』 小塩真司
・「血液型性格判断の妥当性の検討(2)」 白佐俊憲
・『科学技術をよく考える -クリティカルシンキング練習帳』 伊勢田哲治 戸田山和久  調麻佐志  村上祐子 名古屋大学出版会
・『新編 血液型と性格』 大村政男 福村出版

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月17日)

投稿

投稿&回答

今回は情報提供です。民間の心理学の研究所「東京セリエセンター」のサイト
血液型と性格心理学|佐藤隆の特別講座|総合心理教育研究所 東京セリエセンター http://www.sipe-selye.co.jp/lectures/cat66/post-15.html
に「現段階での脳の研究からは、血液型が脳の活動様式に影響を及ぼしているとはとても思えません」という記述を発見しました。
このページが公開されたのは2010年5月16日のようです。
しかし、現在では、東海大の灰田先生や、韓国のソウルベンチャー大の研究で明らかなように、「現段階での脳の研究からは、血液型が脳の活動様式に影響を及ぼしている」ことはほぼ確実です。
科学の常識はどんどん変わって行きますね。
そのうちに、このサイトの内容が訂正されることを期待しています。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/06/04 10:09:54)

ABOFANさん
>このサイトの内容が訂正されることを期待しています。
――たとえば、「どこそこの記述を」「このように変えるべき」との代案を示していただけるとありがたいです。 (回答日時:2017/06/10 12:05:47)

まずは情報提供です。血液型特集番組の再放送があります。
1. 6月3日(土曜)10:00~テレ朝「林修の今でしょ!講座」
2. 6月9日(土曜)27:00~フジ「橋本マナミのヨルサンポ2」
もっとも、1.はこの投稿が掲載される時点では終了しているでしょうが…。
さて、次からが本題です。
>現時点で脳の動きと性格を簡単に結びつけるのもいかがなものかと思います。また、参考リンクのブログには、
>>そして、こうして血液型と脳の関係が少し分かったことで、血液型による体質的な特性や行動の特性について、より視野が広がり、より多くのことが言えるようになってきました。
>そしてこの実験は、能見正比古の構築した分析の数々を裏付ける結果にもなっています。
>――ともありますが、この実験が能見氏の何を裏付けるのか気になります。(回答日時:2017/06/03 08:50:45)
――これは、明らかに「性格と関係がある」ことを裏付ける結果で、他に解釈の余地はありません(灰田先生やABOセンターの意見でもあります)。私もこの番組の製作に関する情報はある程度持っていますが、基本的に否定的なスタンスなので、このように「関係がある」というような表現は“慎重”にカットされています(苦笑)。最後にチラッと紹介された韓国の研究でも、脳波を測定したらO型がストレスに強い結果が出たとありますが、ストレス耐性が性格と全然関係ないなんてあり得ません。
まぁ、管理者さんもテレビの取材を受けたならお分かりだと思いますが、普通の番組には決められたストーリー展開があり、それに反するものは編集の時点でカットされます。視聴者は、テレビ番組には単純なストーリーを求めているわけで、複雑な問題を説明するのには向いていないメディアなのです。だから、こうやってここで議論をさせていただいているのです(笑)。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/06/03 10:50:58)

ABOFANさん
>私もこの番組の製作に関する情報はある程度持っていますが、基本的に否定的なスタンスなので、このように「関係がある」というような表現は“慎重”にカットされています(苦笑)
――そうなのですか。能見氏との関連性についておうかがいしたかったのですが。
>管理者さんもテレビの取材を受けたならお分かりだと思いますが、普通の番組には決められたストーリー展開があり、それに反するものは編集の時点でカットされます。
――私はテレビの取材を受けたことがないのでわかりませんが、確かにおっしゃる通り、「編集上の都合」によって恣意的な番組制作がなされているという話はよく聞きますし、私もそう思います。 (回答日時:2017/06/10 12:05:07)

連投失礼します。今回も情報提供です。さて、CiNiiを「血液型」で検索したら、
インターフェース 2017年4月号 顔写真から血液型を当てるラズパイ人工知能に挑戦してみた
という、血液型ファン垂涎の記事を発見しました。しかし、結果は散々で、正解率は27.8%と低かったそうです。確かにこれでは「当たる」とは言えないですね。
もっとも、学習した画像データは128×128に分割したそうなので、かなり解像度は低いです(ちなみにハイビジョンは1920×1080pixels)。そこで、「鼻」だけに特徴を絞るとか、顔を正面向きに補正するとか、いろいろと工夫してみたのですが、正解率は低いままだったそうです。
とは言っても、この実験だけで「血液型による顔の特徴がない」と結論づけるのは早すぎるような気がしますが…。
【元データ】6000枚の写真をグレースケールの128×128pixelsに変換して使用
【データ学習時の機器】i7-4770/3.4GHz/16GB(DDR3)+Amazonクラウド GPU(AWS EC2 p2.xlarge parg)+機械学習ライブラリ dlib
【血液型判定用機器】ラズベリー・パイ3/PiCamera(960×540pixels)
【処理時間】顔検出に約20秒、判定に約30秒
【結果】テストデータの正解率 27.8%と低い! その後いろいろな工夫をしても正解率は上がらず、「顔写真と血液型には相関性がない」と結論せざるをえない
【出典】中村 仁昭、岩貞 智 画像ディープ・ラーニングの学習はクラウドが良し! 顔写真から血液型を当てるラズパイ人工知能に挑戦してみた (注目特集 ビギナ向け! ラズパイ×クラウド人工知能 : GPUも100円から!) Interface 43(4), 125-133, 2017-04, CQ出版社 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/27 17:56:55)

ABOFANさん
ご投稿ありがとうございます。
なるほど。興味深い実験ですね。おっしゃる通り、「当たる」ほどの精度ではないのでしょう。
それにしても、なかなかユニークな研究ですね。 (回答日時:2017/06/03 09:30:13)

連投失礼します。今回も情報提供です。
さて、日刊現代デジタルに、山岡先生の記事が掲載されています。
日本人の血液型信仰 「B型」のイメージが悪いのはなぜ? 2017年5月25日 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/206016/1
ただ、この記事は肝心なところが間違っています。
>そもそもの起源は、東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)教授、古川竹二氏の論文「血液型と気質」(1927年)だ。親族11人の血液型と性格を観察し、B型とO型は能動的、A型とAB型は消極的と結論付けたことから始まった。
――「親族11人」にはAB型はいません。だから、「A型とAB型は消極的と結論付けた」は間違いです。普通は、こういう記事なら、取材先である山岡先生に原稿をチェックしてもらうはずなのですが、今回はそういうことはなかったということなのでしょうか?
もう一つ奇妙なのは、記事中に「山岡博士は1999年から2014年にかけて、首都圏の私大5校の男女8772人を調査。血液型性格診断に科学的な根拠はなく」とあることです。ここには、山岡先生の持論である「思い込み」や統計の話が全く出てきません。日刊現代デジタルの読者層を考えて省略したのか、あるいは記者が理解できなかったのか、それともスペースの関係で省略したのか(紙媒体ならともかく、ウェブなのでスペースの関係が理由とは思えませんが)…。
いずれにせよ、不思議な内容だと思います。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/27 09:21:58)

(回答日時:2017/06/03 09:28:02)

今回は情報提供です。
ABOセンターのブログ『ABO記』血液型人間学のはなし https://human-abo.blogspot.jp/
の最新記事に、
脳の活動と血液型の関係~実験で分かったこと https://human-abo.blogspot.jp/2017/05/blog-post_24.html
が掲載されました。
脳機能と血液型との関係について、ABOセンターと灰田宗孝博士(東海大学)は10年あまり共同研究を行ってきました。
それによると、脳の活動部位を測定する「光トポグラフィー装置」を使った実験では、A型とB型は、明らかな左脳と右脳の働きの対照性を示しているそうです。
 A型=左脳の活性量が多い
 B型=右脳の活性量が多い
また、A型とB型ほどの差は出なかったのですが、
 AB型=両脳の全体を使っている
 O型=右と左を交互に使っている
とのことです。
これからほぼ確実に言えるのは、「血液型と左右脳の働きには関係がある」ということで、それでも血液型と性格は全く関係ないというのは(絶対に間違っているとまでは言えませんが)どちらかというと“疑似科学的”な論考ということです。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/27 08:25:47)

ABOFANさん
興味深い情報です。
>「血液型と左右脳の働きには関係がある」
――おっしゃる通りですね。
>血液型と性格は全く関係ないというのは
――というよりも、現時点で脳の動きと性格を簡単に結びつけるのもいかがなものかと思います。また、参考リンクのブログには、
>そして、こうして血液型と脳の関係が少し分かったことで、血液型による体質的な特性や行動の特性について、より視野が広がり、より多くのことが言えるようになってきました。
そしてこの実験は、能見正比古の構築した分析の数々を裏付ける結果にもなっています。
――ともありますが、この実験が能見氏の何を裏付けるのか気になります。 (回答日時:2017/06/03 08:50:45)

今回も情報紹介です。前回紹介した番組を見た感想を投稿します。まずは番組紹介(出演者の血液型を追加し、制作年を2017年に訂正)、そして次に感想です。
―――
【番組紹介】
5月21日(日) 22:00~22:54 BS-TBS 外国人記者は見たプラス『なぜ日本人は血液型が好き?~タイプ分けする国民性』
科学的な根拠は全くない?ある論文をきっかけに、日本社会に深く根ざす血液型信仰。海外では血液型の質問は違法な差別!?日本人が分類を好むのは“単一民族幻想”のせい? http://tver.jp/episode/29942415
出演者 【司会】パトリック・ハーランO(パックン)出水麻衣A(TBSアナウンサー)【ゲスト】山岡重行O(社会心理学者)【記者】サンドラ・ヘフェリンAB(独)ジェイク・エデルシュタインA(米)ティム・ケリーO(英)パク・ジンファンAB(韓)孫秀萍B(中)
番組内容 血液型による性格判断が日常に深く浸透している日本。企業の採用や結婚相談所にも、血液型を重視するところがあると云う。はたして血液型と性格は科学的に関係あるのか?こんなに血液型にハマるのは日本人だけ?生まれ順や〇〇系など、タイプ分けが大好きな日本人の気質を外国人記者が斬る!
制作 2017年
―――
次は、とりあえず通して見てみた感想です。
いつもどおりのメンバー(?)で、否定派は山岡先生(スタジオ出演)、肯定派は藤田紘一郎先生(ビデオ出演)でした。内容は簡単に言うと両論併記で、これまたいつのとおり、山岡先生は「差別はいけない」と説明されていましたが、最後にびっくりの「どんでん返し」が待っていたのです。なお、この点は番組情報にはありません。
それは“血液型差別”なんかイギリスに比べると問題ではない!というイギリス人記者(ロイター通信)の発言です。イギリスは、現在でも階級差別が酷いというのです。まさに“血液型差別”に対する強烈な皮肉ですね。パックンも、最後の締めで、「この間の飲み会では血液型の話題で盛り上がった」と言ってました。
そこで、タイトルをもう一度よく読んでみると、微妙に「根拠」や「差別」に「?」が付いています。
新情報としては、習近平氏がB型、キム・ジョンウン氏がA型、プーチン氏がAB型(ただし、ネットではプーチン氏O型説もあり)とのことです。どこで血液型を確認したのでしょうか。
なお、番組中の山岡先生の発言で少し疑問だったのは、性格を表す同じ言葉に「バーナム効果」と「思い込み」が同時に成り立つという解説です。誰にでも当てはまる言葉(つまり、どの血液型の性格かを言わなければ「思い込み」ではありえない)なら、黙って血液型による差が出るというのは語義矛盾ではないでしょうか? 逆に、「思い込み」があるとするなら、「誰にでも当てはまる」ことはありえません。一体どちらが本当なのでしょう? あるいは、テレビでよくあるように、本人はおかしいと思っても台本どおり話したのでしょうか…。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/22 00:17:37)

(回答日時:2017/05/26 13:43:06)

今回は情報紹介です。山岡先生がご活躍されている血液型番組となります。
―――
5月21日(日) 22:00~22:54 BS-TBS 外国人記者は見たプラス『なぜ日本人は血液型が好き?~タイプ分けする国民性』
科学的な根拠は全くない?ある論文をきっかけに、日本社会に深く根ざす血液型信仰。海外では血液型の質問は違法な差別!?日本人が分類を好むのは“単一民族幻想”のせい? http://tver.jp/episode/29942415
出演者 【司会】パトリック・ハーラン(パックン)出水麻衣(TBSアナウンサー)【ゲスト】山岡重行(社会心理学者)【記者】サンドラ・ヘフェリン(独)ジェイク・エデルシュタイン(米)ティム・ケリー(英)パク・ジンファン(韓)孫秀萍(中)
番組内容 血液型による性格判断が日常に深く浸透している日本。企業の採用や結婚相談所にも、血液型を重視するところがあると云う。はたして血液型と性格は科学的に関係あるのか?こんなに血液型にハマるのは日本人だけ?生まれ順や〇〇系など、タイプ分けが大好きな日本人の気質を外国人記者が斬る!
制作 2016年 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/20 11:21:33)

(回答日時:2017/05/26 13:41:11)

おお、予想したとおりで、私の投稿はきっかり10日後に掲載されましたね。言い換えれば、議論は私の望んでいる方向に進んでいるようです。この点については、そのうち明らかにするかもしれません。もちろん、現在は黙っています。有利に進んでいるのに、わざわざ自分の手の内を見せる人はいませんから(笑)。
いや、一つだけ明らかにしておきましょう。それは、科学的な視点からの私への反論が皆無ということです。これは、私にとって非常に大きなアドバンテージとなります。
予想外だったのは、AABAさんの次の発言です。
>>現在のAABAさんの統計の知識が私以下である可能性はかなり高いです。
>否定しませんよ。まあ、普段使ってませんから、数式のこねくり回し方なんかは忘れてますしね。ただ、どんなに高度な数式を知っていても、恣意的に使っているようでは統計を「わかっている」とは言えないと思いますがね。
――これは、極めて宗教的な表現でしょうかね。私は宗教は疎いので、なんともいえませんが…。念のため、次は『ヨハネによる福音書』からの抜粋です。
イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(聖トマスの不信)
>「論文になったら正しい」のではなく「論文になってようやく、まともな『論』として取扱う資格ができる」のです。
――すみません、笑ってしてしまいました。「差がある」という投稿がリジェクトされたとおっしゃる、このサイトの共同研究員、石川・清水両先生にぜひ聞かせてあげてください。次はその抜粋です。
清水武 心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究(よい教育とは何か 構造構成主義研究5 2011)より
もちろん,血液型と性格を否定的に論じる現状が間違っており,著者の主張が正しい場合もある。アインシュタインの相対性理論の論文がレフリーペーパーにならなかったように,正しい論文が正当に評価されずに掲載されない可能性もある。しかし,この論文は(仮に正しいとしても)現在の●●が掲載を認めるものではないと思われる。(●●は学会名)[第二査読者のコメント]
いずれにせよ、この方向でAABAさん、Rhさんなどからの投稿が増えることを期待しています。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/19 00:16:00)

ABOFANさん
>予想したとおりで、私の投稿はきっかり10日後に掲載されましたね
――すみませんが、偶然です。 (回答日時:2017/05/26 13:18:21)

久しぶりに見てみれば、予想通り(!?)「ABO FAN=金澤正由樹」という情報を隠蔽(!?)するために、たくさん書き込みがなされているようですね。(だから上げときます)

> 現在のAABAさんの統計の知識が私以下である可能性はかなり高いです。

否定しませんよ。まあ、普段使ってませんから、数式のこねくり回し方なんかは忘れてますしね。ただ、どんなに高度な数式を知っていても、恣意的に使っているようでは統計を「わかっている」とは言えないと思いますがね。

> ただ、それなら、私が論文を書こうが書くまいが理解できる可能性は低いことになります。それにもかかわらず、なぜか「論文」にこだわっているようです。
> ――ということは、AABAさんは「血液型と性格」の統計が理解できないので、論文になったら“信じる”ということでよろしいのでしょうか?

やっぱり理解していませんね。
以前にもどこかで伝えたような気がしますが「論文になったら正しい」のではなく「論文になってようやく、まともな『論』として取扱う資格ができる」のです。(まあ、査読がしっかりしているところの論文は正しいものである可能性が高いですがね──データの改竄が常に見破れるわけでもないのでSTAPのような例もありますが)
すなわち、論文になっていないもの(ABOFANなんちゃら血液型統計)は議論する以前の段階、なのです。…もっとも、いつぞやのニュートリノが光速を超えた話のときのように「速報」と「論文」の区別がつかないABOFANのような人には理解できないのかも知れませんが。 (同様の理由で活字になっているからといって「金澤正由樹さんの本から…」というので何か引っぱってきても自説の補強にはなりません──そもそも第三者のフリをしてるだけですしね)

> 論理的に推論するとこうなるのですが、ひょっとして、これが正統な“疑似科学批判”の定義ということでしょうか?

上記の論理関係が理解できれば「論文」を書くことの意義がわかるはずですがね。(せめて鍵括弧付の「論文」でもね)
ちなみに、もし、万が一、ABOFANの論文がまともな学会誌に掲載されたりすれば、統計の本を勉強しながら読んでもいいですね、趣味と実益を兼ねて。そうでなければ時間の無駄になりそうなので読む気は起きません。

あと…。知識をひけらかしたいのかも知れませんが、古典のパロディ(!?)とかそういうのを使うのはやめたほうがいいですよ。中二病の人を見ているみたいで痛々しい。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/05/16 20:29:23)

(回答日時:2017/05/18 10:27:07)

今回も情報提供です。
このサイトでは、私が再三データの公開をお願いしても、あるいはまた“誤り”らしきものを指摘しても、そのほとんどが“回答拒否”となっています。これは、管理者さんに限らず、共同研究員である山岡先生、菊池先生にも多少なりとも共通する傾向です。そういう「他者とデータを共有したがらないこと」とデータ分析の誤りの多さには正の相関があることが、オランダ・アムステルダム大学のイェルテ・ヴィヒェルツさんらの研究で明らかになりました。
これは、このサイトでも、データを共有すべき理由をはっきり示すものです。また、多くの誤りは,公刊された論文の中では明らかにならないで、誰かがゼロから元々のデータを再分析するときにのみ発見されるのだそうです。
次はその説明です。
【引用開始】
2004年,アムステルダム大学のイェルテ・ヴィヒェルツは同僚とともに,アメリカ心理学会報のいくつかの重要な学術誌に出ている最近の論文をすべて分析しようと決めた。それらの論文で使われている統計手法について知るためにそうしたのだ。(中略)
少なくとも半分の論文で誤りが1つはあった。たいていは小さな誤りだったが,15%は,誤りがあるために統計的に有意になっているだけの「有意」な結果を少なくとも1つ報告していた。
次に,こうした誤りとデータを共有したがらないこととの関係について調べたところ,両者の間には明らかな関係があった。データを共有することを拒絶した著者は,論文の中で誤りを犯しがちで,統計的な証拠が弱くなりがちな傾向があった。
出典:アレックス・ラインハート 『ダメな統計学』~悲惨なほど完全なる手引書~ p132-133 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/14 15:24:26)

(回答日時:2017/05/18 10:26:28)

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