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血液型性格診断

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 血液型性格診断とは、一般的にABO式血液型として知られている分類法によって、社会生活におけるヒトの性格を特定できるといった言説である(他に「血液型性格判断」「血液型性格分類」などともされるがこれらのいずれも明確な定義が与えられてはいない)。つまり、「ABO式血液型」という要素“が”特定のヒトの「性格」に影響を与えている、としているものである。
 まず、ABO式血液型について簡単に説明する。ヒトの血液細胞の中で最も大量に存在するのは赤血球であり、この赤血球の細胞膜表面には個人がもっている遺伝子によって表現される血液型物質がある。1900年、オーストリアの研究者であるラントシュタイナー(K.Landsteiner)によってこれが研究され、彼は血液型を4種類(A型、B型、AB型、O型)に分類できることを発見した(1)(2)。
 以上が現在一般認知されているABO式血液型の基本原理である。ちなみに、A、B、Oとは遺伝子を意味しており、メンデルの遺伝法則にしたがって個人を標識する抗原である。そのため、AAまたはAOの組合せでA型に、BBまたはBOの組合せでB型に、OOの組合せでO型に、ABの組合せでAB型になる。
 血液型性格診断は、上述の血液型の4区分から特定のヒトの性格や相性を説明でき、それを日常生活においても活用できるといったものが一般的によく知られているものであり、本項目においても基本的にはそういった一般通念を踏襲したものを“評定の対象”とする(3)(4)(5)。
 加えて、本言説の議論にてしばしば見受けられるアンケート調査などの統計的調査における本言説の有効性、血液型と疾患との関連性、今後の研究可能性においても言及しながら評定を進める。
 血液型性格診断言説においては諸説入り乱れているのが実態だが、能見氏の「血液型人間学」など(3)(4)と、医学・疫学・遺伝的観点からの「血液型」と「ヒト」との成果は明確に区別しながら記述する。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (低)

 そもそも、血液型性格診断における「性格」が何を意味しているのかが不明であることが最大の問題点といえる。「性格」とされるものの定義が不明瞭であり、たとえば“誰の”“どのような状況における”“どういう対応をすることから”“こういう「性格」であると定める”という一般化はなされておらず、どうとでも上手く解釈できる曖昧なもの全般を「性格」と表している(5)。これでは理論を一般化できず、科学性の評定としては致命的である。
 また、ABO式血液型については本項冒頭にて記述したが、果たしてこの区分が如何に人間の性格として反映されているのか、という理論への疑問に対する合理的な説明は今のところないという指摘もできる。たとえば、心理学的知見からたびたび指摘されている「バーナム効果」や「自己成就」については、肯定派において十分な議論がされていない、あるいはそれらの概念の誤用による反論が見受けられ、理論面において充実した議論は行われていないことが推察できる(6)(7)(8)。
 さらに、血液型性格診断の理論においては、その内部においてすら矛盾が見られ、科学性を評価できる理論体系をなしていないことすら指摘できる。たとえば、過度な血液型性格診断信奉者においては「血液型十戒」なるものを理論的な標ぼうとしている(5)のだが、そこでは、「8. 血液型は誰もが客観的な人間理解を可能にする、科学的観察手法である。」としつつ、その2においては「2. 血液型は気質の素材。従って性格はいかようにも料理出来ることを知ろう。」や「9. 血液型は心の科学。性格や未来を占うものではないと知ろう。」などといった内部においても論理性の乏しい説明が多々見受けられる。このように、科学性とはおよそかけ離れた理論を選択していることが言説全般的に見受けられる。
 血液型と疾患や体質にまで話を広げても、今のところ論理性を高く評価できる要素はない。特定の疾患に対する罹患率の違いや耐性についての研究なども、因子の解明や理論構築まではなされていないのが実情だ(9)(10)。
 ABO式血液型で性格診断を行うということは、ヒトを4つの分類に細かく類型化する(できる)ということなのだが、それに対する合理的な説明を見出すことができないのが現状である(そういう意味では、血液型と疾患の研究においては一定の評価を下すことはできる)。

理論の体系性 (中)

 ABO式血液型が既存の学術体系から逸脱した理論であるとは断定できない。人間の体内には大量の赤血球が存在し、その赤血球それぞれにA、B、AB、Oの各型に特有の糖鎖が付いている(ここでの糖鎖とはN-アセチルガラクトサミン、d-ガラクトース、アセチルグルコサミン、フコースによる分子構造を表す)。この点に関するかぎり、生化学的には血液型でそれぞれ全く違った機能をもつとも主張できる。
 しかし、それを正当化するのなら、血液型以外にも分類する要素は数多くありそうだ。仮に血液型のみに注目しても、Rh式やli式、MN式などの識別法もあり、げんに臓器移植などの場合にはこれら多くの要素を考慮する(11)(12)。こう考えると、ABO式のみによって性格にまで言及する理論は、他の知見との整合性が低いと思われる。
 さらに、ヒトの性格について、ABO式血液型を主軸として説明する、という理論選択に合理性を見出すことも難しい。ヒトの「性格」については今も多くの議論があり、「性格」とはどういう要素から構成されているのか、といった問いを考える場合、いわゆる複雑系であることや、進化心理学などでよく知られる「心のモジュール性」(13)(14)という概念として考える方が“ABO式血液型”を持ち出すよりも遥かに整合性が高い。 たとえ、ABO式血液型が「性格」における一要素であったとしても、わざわざ血液型性格診断を「性格」における主理論として採用する必然性はなく、このような言説に依存しなければならない積極的な理由を見出すことはできない。
 ただし、ABO式血液型と進化生物学との相関性や特定疾患への罹患率といった研究が近年報告されていることは注目すべきことだろう(9)(10)。たとえば、A型の遺伝子は免疫機能が低くなる遺伝子と共起する確率が高いので、抗原をなるべくしりぞけようと神経質な性格が共進化したという理論は、進化論、あるいは生物学などと整合的である(10)。その点を考慮したうえで体系性は中程度と評価する。

理論の普遍性 (低)

 特に能見氏を源流とする「血液型人間学(≒血液型性格診断)」においては、それが“誰にでも普遍的に適応可能だ”としているが、言説の実態がつかめない。全般として、“何となく○○型はこんな感じ”という大雑把な情報しか提供されておらず(3)(4)(5)、普遍性を推し量ることはできない。思い込みや社会通念が先行しており、理論的な実像がつかめないのである。これでは普遍性を評定する以前の問題だろう。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (低)

 能見正比古氏の著書(研究論文ではない)や「ABOの会」にて、血液型性格診断に関する肯定的な主張がこれまでに何度も発表されている。しかし、データの再現性という観点において、高評価を与えられる水準に達しているとはいえない。
 たとえば、血液型性格診断の源流の一つである能見氏は、自著へのアンケート調査(数万人規模、としているもの)にて再現性を保証できるとしているが、そもそもそのようなアンケートを“能見氏”に送る“対象”がサンプルとして偏っている(平たく言えば、能見氏の信奉者である)というバイアスを排除するような厳密性のあるものではない(3)(4)。血液型性格診断の関連団体である「ABOの会」の主張においても、一万人規模のアンケート調査で統計的有意差が出たとの報告もあるが、前述したような「バーナム効果」「予言の自己成就」「確証バイアス」「F・B・I効果(フリーサイズ・ラベリング・インプリティング効果)」といった、心理学で広く知られた効果が排除された実験デザインがとられていない。
 一方、血液型性格診断に否定的な研究データは数多く積み重ねられており(能見氏の著書においても統計的に有意な差がなかったデータもある(3))、肯定的なデータよりも信頼がおける(15)(16)(17)(18)(19)(20)。
 ただし、血液型と疾患といったことにまで言説の対象範囲を広げると、2009年にアメリカ国立がん研究所が膵臓がんの危険因子と血液型の相関性についての研究報告をしていたり(21)、2000年に科学誌「ネイチャー」にてO型と非O型の胃がんに対する見解が述べられていたり(9)と、再現性において評価できる研究も存在する。まだまだデータ不足という面もあり、一概に評価できるものではないが今後の研究可能性としては期待の持てるものだろう。
 しかし、これらの研究は能見氏等の血液型性格診断を補強するものとは言えず、医学・生理学などにおける研究成果とするのが一般的だ。
 したがって、「血液型性格診断」の再現性は低評価とするが、これは前述の「血液型」の医学的な側面のデータを否定するものではない。

データの客観性 (低)

 肯定派の提示する研究報告においては、信奉者による主観的な感想、統計調査における標本抽出の偏り、研究対象の未特定化、「自分はA型だから神経質だ」という性格の自己成就などの可能性が指摘できる(3)(4)(16)(18)(20)。したがって、血液型性格診断の中心的言説であるABO式血液型“が”「性格」やその傾向性に影響を与えている、としていてもその客観性は低い。
 また、医学・生理学的知見からも言説全体に対して同様の指摘ができる。例をあげると、近年、疫学的にピロリ菌(慢性胃炎など胃疾患の危険因子)保菌者にA型が多いことが指摘されている。血液型性格診断によるとA型の典型的な特性は「神経質」だということが主張されており、その根拠として胃痛の多さなどがデータとして挙げられている(9)(10)。しかし、血液型性格診断で言われているようにA型の人が「神経質」である“がゆえに”胃痛になりやすいのか、それともA型にはピロリ菌保菌者が多くそれによって胃痛が引き起こされるため“結果的”に「神経質」な人が多いように見えるだけなのか、といったことを客観的に区別できるような研究手法は採られていない(前者であれば「血液型性格診断」の成果といえるが、後者ならば改めて議論が必要である)。
 現在の心理学分野と、医学・生理学分野は個々に独立しており、「血液型」と「性格」を連携させた研究方法はまだ未熟ではある。ただし、今後の研究次第(たとえば遺伝学的な)では血液型とヒトの性格との関連性について客観的なデータが示される可能性もなくはないことは追記しておく。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (低)

 血液型性格診断において、肯定的なデータが妥当に収集されているとは言えない。繰り返しになるが、心理学でよく知られている「自己成就」や「バーナム効果」などの要因を排除した形の実験デザインが採られておらず、このような指摘に対して“反論”できる体制が整っていない。

理論によるデータ予測性 (中)

 現在、能見氏を原点とする「血液型性格診断」が科学的手順を踏まえて研究されているとはいえず、予測性は低い。今一般認知されている血液型性格診断はほとんど文化として根付いてしまっており、もはや科学性を論じるに値しない言説と化している。
 一方、血液型と疾患については医学・疫学的観点から比較的研究が進められており、成果といえるものも出ている。たとえばコホート実験などの医学疫学において信頼できる研究方法から、血液型による膵臓がんリスクの違いといった発表(9)もされており、この点では予測性は高いと評価できる。さらに、進化生物学的観点から血液型とマラリアやコレラとの関連性(10)も若干ではあるが報告されている。
 予測性は中程度と評価するが、これは医学・疫学・遺伝的な成果を高く評価したためであり、このような分野の評価に重点を置いたものである。

社会的観点

社会での公共性 (低)

 日本において血液型性格診断が一般認知され始めたのは、1970年に出版された能見正比古氏による「血液型でわかる相性」からである(4)。これ以前にも1927年に「血液型と気質の研究」と題する研究論文が古川竹二氏(女子高等師範学校教授)によって発表されていたが(6)、継続的な研究が始まったのは前述の能見氏による著書が初めてであり、現在では氏が設立した「ABOの会」という団体が血液型性格診断について肯定的な主張を繰り返している(現在では「ABOセンター」が実質的にその意味を引き継いでいる(5))。
 しかし、利害関係のない公共性の高い研究においては、血液型性格診断はたびたび否定されており、肯定派において同様の水準に達している研究報告は現在のところない。したがって、社会での公共性は低評価とする。

議論の歴史性 (低)

 上述したように、現在の血液型性格診断の社会における広まりは、能見正比古氏の著書にみることができる。それを発端として1970年代から血液型性格診断の科学性の議論もさかんに行われてきた。たとえば心理学分野は血液型性格診断に強く反発しており、否定的な研究発表も多くある(「日本パーソナリティ心理学会」においてはホームページ上にて、血液型性格診断に対して懐疑的な意見文を掲載している(22))。
 一方で、血液型性格診断を積極的に肯定する立場(科学的なものだとして)の多くは能見氏の言説に依存している様子が見受けられ、また、そういった科学性を謳う言説において、“主張の責任を請け負っていない”ことが問題点として挙げられる。たとえば「A型の人は神経質だ」といった主張に対して、「A型なのに神経質でない」という事例(データ)が得られたときにも「100%正確に診断できるわけではない」や、他の全く指標の異なったデータを持ち出して「このデータを担保にできる」などである(現に、肯定派においてはこれが横行している)。このように反証データを得ても、そうしたものに対して無反省であり、科学性が議論できる構造とはいえない。
 以上より、議論の歴史性は低いと評価する。

社会への応用性 (低)

 血液型性格診断が社会において有効的に活用されているとはいえない。そもそも、血液型による性格の傾向性を重視しているのは日本人がほとんどであり、世界的にみると血液型性格診断という概念すら一般的ではない。にもかかわらず日本社会では、ブラッドタイプハラスメントといったものを始めとして人々に対する差別や偏見を助長させる要因の一つとなってしまっているのが実態である(6)(23)。
 また、血液型性格診断はヒトの性格を4種類の血液型の中から“当てる”という占いのような娯楽だと受け取ることもでき、そこに科学性を乗せてしまうと人が感じる快不快の度合いも大きくなってしまうだろう。結果として、人間関係を円滑に進めるうえでの弊害ともなりかねない。
 ただし、これは一概に血液型性格診断のみの功罪とはいえない。たとえば、仏滅に結婚式を挙げる人はまずおらず、一般的に友引に葬式は行わない。このように大衆心理は科学とは無縁に働いており、血液型性格診断が控えめな誤信として機能している分には、科学がそれを排斥する必要まではないだろう。
 しかし、血液型性格診断においては企業の採用といった、人生の大きな岐路でも使用されており、とても控えめという表現で収まっているものではない。このような実情を考慮すると、あえて社会への応用性は低いと評価すべきだろう。

総評

疑似科学

 現在一般認知されている「血液型性格診断」は疑似科学だと位置づけられ、そこで語られているものに科学的根拠は全くないといってよい。たびたび指摘したが、血液型性格診断の最大の問題点は、能見正比古氏の著書「血液型でわかる相性」「血液型人間学」などが流行りすぎてしまったことだろう。能見氏の言説の流行が多くの過激な信奉者を生みだしてしまい、それに対抗する形で主に心理学界からの強い反発が繰り返し行われてきた。このような構図から、心理学界の過剰ともいえる「血液型」嫌いという問題も発生してしまい、健全な議論ができる土壌がない、あるいは良心的な研究者の芽をも摘んでしまっているということは考慮に値する(24)。
 そうした中で、医学・疫学・遺伝的観点や進化生物学的視点からは角度の異なる考察をすることもできる。
 医学領域としての血液型とヒトの研究は1950年代~1970年代初頭までは比較的行われており、多くの疾患と血液型との関連性について様々な議論が繰り返されてきた。そんな折、先の能見氏による著書が爆発的にヒットし、しかもそれを科学だとして主張し一般大衆の誤解を招いた。このような経緯は前述の通りであり、それが多くの研究者を血液型の研究から離れさせてしまい、血液型性格診断を疑似科学の象徴として扱う風潮に、医学界においても繋がった。現在では、血液型について言及できるのは輸血と臓器移植の際のみであり、血液型の話題さえ嫌う医師もいるという状況でさえある(10)。
 しかし、「血液型」と「疾患」、「血液型」と「進化」、「血液型」と「遺伝」といったことについて研究されたものの中には信頼のおけるものも多くあり、今後の研究可能性が幅広いことは肯定材料だろう。さらに、特定疾患へのリスクの違いや、免疫機構の違いなど、遺伝的な説明によって応用性の高いものにもなりうる。
 ヒトの「性格」という言説における明らかな論理的飛躍には注意する必要があるが、少なくとも血液型と人間機能の関連を研究する価値や意味は、心理学から指摘されているほど順位の低いものではないだろう。今後の研究次第では、たとえば血液型と疾患といったアプローチからヒトの気質にまで科学的合理性を保った言及がなされたとしても、それほど不自然ではないだろう。
 ただし、繰り返しになるが、現在広く一般認知されている「血液型性格診断」における科学的根拠は乏しく、疑似科学であると評価する。

参考文献:

(1)『よくわかる 最新血液型の基本としくみ』 松尾友香
(2)『絵でわかる血液のはたらき』 八幡義人
(3)『血液型人間学』 能見正比古
(4)『血液型でわかる相性』 能見正比古
(5)http://www.human-abo.org/#!aboutus/cktc 一般社団法人 ヒューマンサイエンスABOセンター
(6)『なぜ疑似科学を信じるのか』 菊池聡 化学同人
(7)季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p56-61)
(8)『心理テストはウソでした』 村上宣寛
(9)『血液型で分かる なりやすい病気なりにくい病気』 永田宏
(10)『血液型の科学』 藤田鉱一郎
(11)http://www.jrc.or.jp/donation/first/knowledge/ 日本赤十字社 血液の基礎知識
(12)https://hospital.city.sendai.jp/department/mame05.html 仙台市立病院 診療科のご案内 「第5回 血液型のはなし-ABO式血液型-」
(13)http://plato.stanford.edu/entries/modularity-mind/ Stanford Encyclopedia of Philosophy 「Modularity of Mind」
(14)『だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学』 石川幹人  光文社
(15)「血液型と性格の無関連性」縄田健悟(2014)
(16)「血液型性格判断はなぜすたれないのか」 山下玲子 武蔵大学 社会学部
(17)血液型性格判断の差別性と虚妄性(自主企画(2)) 山岡重行 大村政男 浮谷秀一
(18)「Blood-typical personality stereotypes and self-fulfilling prophecy」Sakamoto, A., Yamazaki, K.(2004)
(19)「血液型による性格の相違に関する統計的検討」松井 豊(1991)
(20)Blood-typical Personality Stereotypes and Self-fulfilling ProphecyAkira SAKAMOTO Kenji YAMAZAKI 2002
(21)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19648918 Genome-wide association study identifies variants in the ABO locus associated with susceptibility to pancreatic cancer.
(22)日本パーソナリティ心理学会血液型性格診断に関する意見文 公益社団法人 日本心理学会
(23)テレビ番組が増幅させる血液型差別 山岡重行
(24)『よい教育とは何か』 西条剛央 京極真 池田清彦

・(ダメな大人にならないための心理学 山岡重行)『書評』野崎瑞樹
・『機関誌「心理学ワールド」52号 2011年1月号 特集/偏見とステレオタイプの心理学』
・『血液型の迷路』 大西赤人
・『性格を科学する心理学のはなし』 小塩真司
・「血液型性格判断の妥当性の検討(2)」 白佐俊憲
・『科学技術をよく考える -クリティカルシンキング練習帳』 伊勢田哲治 戸田山和久  調麻佐志  村上祐子 名古屋大学出版会
・『新編 血液型と性格』 大村政男 福村出版

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月17日)

投稿

投稿&回答

おお、前回の投稿は「悪質ユーザー」ページに掲載されるかと危惧していたのですが、大丈夫でしたね。
ご配慮ありがとうございます。
ただ、「また最初から繰り返しですか。もう何度も議論してきましたよね。」には賛成できません。というのは、前回の投稿の私の質問への回答が読み取れないからです。
残念ながら、これでは「回答拒否」と判断するしかありません。
管理者さんも重々ご承知のはずですが、「効果量・中」の正確な定義をまだいただいていません。
お忘れかもしれないので、念のため関連部分を再掲しておきます。
  *  *  *
改めて「能見氏のデータにおける効果量・中」の定義を質問させていただきます。
【質問】「能見氏のデータにおける効果量・中」の定義について
1) 0.299≦r≦0.5 (管理者さんの最初の定義→下記の2)とは範囲が異なる)
2) 一般的(水本篤、竹内理 2008)な目安としては、r=0.1が「小」、r=0.3が「中」、r=0.5が「大」(算術平均で範囲を計算して、r=0.2程度以下が「小」、r=0.2~0.4程度が「中」、r=0.4程度以上が「大」)
3) 一般的(水本篤、竹内理 2008)な目安として、r以外でもこの文献のとおり認める(目安の範囲は、2)と同じく算術平均で計算する)
4) その他→具体的にどうぞ
5) 答えたくない
参考(水本篤、竹内理 2008)http://www.mizumot.com/files/EffectSize_KELES31.pdf
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/01/20 10:29:08)
  *  *  *
能見氏のデータにおける効果量・中をご提示ください。基本的には(水本、竹内2008)に従って、r=0.1が「小」、r=0.3が「中」、r=0.5が「大」ということでよいです。ただし、「算術平均で範囲を計算して云々~」はABOFANさんによる「読み取り」ですので、当該文献による情報とそこはきっちり分けてお書きください。
(回答日時:2018/03/14 12:50:19)
  *  *  *
読めばおわかりのように、r=0.1, 0.3, 0.5 以外は効果量の「大・中・小」が不明です。

次に、蚤取りさんによる「私信の勝手な公開というのは、やはり道義にもとるでしょう。」(投稿者:蚤取り,投稿日時:2018/08/20 19:39:39)についてコメントさせていただきます。
いきなり不躾な質問で恐縮ですが、蚤取りさんは「情報公開制度」はご存じでしょうか?
私が公開した情報は、情報公開を請求すれば、公開せざるを得ないと判断しています。
ただし、税金を使っていない文書や、私文書扱いの情報なら公開する必要はありません。
まぁ、最初からそう書くのもどうかと思って控えめに書いたのですが、もちろん私の誤解の可能性もゼロではありません。
もしそうだとおっしゃるなら、「独立行政法人等情報公開法」の条文の解釈などを踏まえてご指摘をお願いします。
念のため、
  *  *  *
総務省トップ > 政策 > 国の行政制度・運営 > 情報公開制度 > 情報公開法制の概要
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/jyohokokai/gaiyo.html
1 目的
国民主権の理念にのっとり、行政文書・法人文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関・独立行政法人等の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府・独立行政法人等の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすること。
2 対象機関
(行政機関情報公開法)
法律に基づき内閣に置かれる機関(内閣官房、内閣府等)、内閣の所轄の下に置かれる機関(人事院)、国の行政機関として置かれる機関(省、委員会及び庁)及び会計検査院。
(独立行政法人等情報公開法)
独立行政法人(全88法人)、国立大学法人(全86法人)、大学共同利用機関法人(4法人)、特殊法人(9法人)、認可法人(4法人)及びその他の法人(1法人)
合計 192法人 ※平成28年4月1日現在
3 対象文書(行政文書・法人文書)の範囲
行政機関の職員・独立行政法人等の役職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録であって、職員・役職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関・独立行政法人等が保有しているもの。
  *  *  *
長島先生の科研費の研究は、「国立長崎大学」にいらしたときの研究ですし、個人ではなく「組織的」なものであることは明らかですから、制度を素直に解釈すれば、公開が義務化されている情報だと思いますが違うのでしょうか? (投稿者:ABOFAN,投稿日時:2018/09/06 21:54:26)

ABOFANさん
まず、効果量に関してはもうずっと言い続けているので改めて回答はいたしません。能見氏のデータで効果量・中はないと判断しております。
>制度を素直に解釈すれば、公開が義務化されている情報だと思いますが違うのでしょうか?
――蚤取りさんが言っているのはそういうことではなくて、ABOFANさんが直接長島先生にメールした内容のことを指しているのだと思いますが。
(回答日時:2018/09/17 20:50:28)

ごぶさたしております。
最近こんな研究報告書を読んでみました。
科学議論における「誤った論法」の分析と教材化 -誤謬論を中心に- 山本 輝太郎, 石川 幹人
日本科学教育学会研究会研究報告 / 2018 年 32 巻 6 号 p. 5-8
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsser/32/6/32_No_6_170610/_article/-char/ja
参考までに、この菊池先生の資料は次のとおりです。
菊池聡:中学高校生の疑似科学信奉と科学への態度の関連性,信州大学人文科学論集,51,39-52,2017.
https://soar-ir.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=18860&item_no=1&page_id=13&block_id=45
さて、前者の報告の中には、次のとおり少々気になる記述があります。
【引用開始】
「血液型性格診断」とは,ABO 式血液型によってヒトの性格を分類し,「A 型は○○な性格」などと個別に言及できるとする言説である.文筆家の能見正比古氏が火付け役となって 1970 年代ごろから日本で広まった.「血液型性格分類」「血液型性格関連学説」などとも呼ばれている.
これまでに心理学を中心に多くの科学研究が展開されてきたが,その科学的根拠は薄く,疑似科学であるとの見方が支配的である(菊池,2017).
【引用終了】
ところが、大変残念なことに、この2つの文献には「疑似科学であるとの見方が支配的である」というデータに基づいた(=反証可能な)記述が見つかりませんでした。
お手数ですが、その原文あるいはデータをお示しいただけないでしょうか?
なお、菊池先生はかつてこうおっしゃっていました。
菊池聡 不可思議現象心理学9 血液型信仰のナゾ-後編 月刊『百科』 平凡社 1998年3月号 pp28~29
【引用開始】
ただ、最近は血液型性格判断を撲滅しようという意識ばかりが先走って、適切でない批判をする人も散見される。
(中略)
血液型学に限らず、おおよそすべての性格理論は統計的なものであって、集団全体の傾向としてしかとらえられない。たとえば筋肉を使った運動能力は女性よりも男性の方が優れていることに誰も異論はないと思うが、それでも特定の男性を取り上げれば、平均的な女性より力が弱い人はざらにいるだろう。必要なのは個々の事例ではなく、統計的な事実なのである。
いずれにせよ、血液型性格判断はなぜ虚偽なのか、これは提唱者が言うような性格の差が、現実に信頼できる統計データとして見あたらないという点につきる。血液型性格学への批判は確かに重要だが不適切な批判で満足しているとすれば、それは非論理性という点では相手と同じ穴のムジナになりかねないことに注意しなければなるまい。
【引用終了】
そして、菊池先生のおっしゃる「信頼できる統計データ」は、次の武藤・長島両先生の科研費成果報告書などで裏付けられています。
武藤 浩二、長島 雅裕ほか
教員養成課程における科学リテラシー構築に向けた疑似科学の実証的批判的研究
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22650191/
【引用開始】
・血液型と性格に関する解析では、過去の研究結果を拡張することができたとともに、21世紀以降のデータでは、安定して血液型ごとに性格の自己申告について有意な差が出ることが判明した。《アブストラクト》
・血液型による違いが統計的に明確に有意であることが示された。《本文》
【引用終了】
ということですから、「血液型性格診断」は疑似科学ではなく、正真正銘の科学ということになります。
念のため(再度)質問させていただきます。
《質問》
「血液型性格診(判)断」は統計的に裏付けてられているから科学である
《回答》
1. はい
2. いいえ→具体的なデータ・論文と理由をお願いします
3. その他→具体的に説明をお願いします
4. 答えたなくない
では、回答をお待ちしています。 (投稿者:ABOFAN,投稿日時:2018/08/27 22:20:50)

ABOFANさん
また最初から繰り返しですか。もう何度も議論してきましたよね。
(回答日時:2018/09/04 10:21:09)

ABO FAN氏の2018/05/29 23:00:20の投稿(回答は06/09 19:38:23)には、長島雅裕氏とのメールの遣り取りが紹介されていますね。長島氏からの回答も「要約」という形で、載っています。
そして、

 "なお、基本的に、メールを許可なく公開するのはマナー違反なのですが、「科研費」の研究成果報告書(元は税金)についての質疑応答に限定した内容なら、学術研究そのものだと判断し、「血液型と性格」の研究が進むことを期待しつつ公開することとさせていただきます。"

と成っているからには、ABO FAN氏が勝手に公開した訳ですね。
引用部分によれば、学術研究に資する場合は公開してよい、とでも思っている様ですが、そういう物なのでしょうか。ABO FAN氏が勝手な理屈を掲げるのは常の事ですが、そのまま掲載するのは彼による「マナー違反」への加担になってしまうのではないでしょうか。
勿論、彼が「マナー違反」という場合は余人にとっては「マナーに適う」、かも知れません。しかし私信の勝手な公開というのは、やはり道義にもとるでしょう。或いは管理側で長島氏に許可を得たのかも知れません。それなら回答欄にその旨を書いた方が良かったと思います。でないと、この掲示板では私信を勝手に公開して良い、と見做されかねないからです。

この件はさて置き、私信の公開を含む投稿が在った時に、相手に対して掲載許可を管理側が一々尋ねる、というのも余りに面倒ですよね。こういうのは原則として不掲載、で良いと思います。 (投稿者:蚤取り,投稿日時:2018/08/20 19:39:39)

ご投稿ありがとうございます。
ご指摘の通りです。もう少し毅然とした態度で対応すべきだったと反省しております。
今後、運営サイドとして、
①個人間のやり取り内容(メールなど)を公開する際は相手の了承を得ている旨を記載する
②そのような記載がない場合コメントは不掲載、または該当部分のみ削除し、コメント主に厳重注意したうえで掲載
という対応をいたします。
たいへん有益なアドバイスに感謝いたします。
(回答日時:2018/09/04 10:16:44)

改めて今回の投稿全体を掲示板をまたがって読み返してみましたが、管理者さんの主張がさっぱり理解できません。
まずは、血液型性格診断の掲示板です。
>>これは全くムダな努力です。というのは、過去に結構なインパクトファクターの英語論文(肯定的なもの)を複数紹介しても、この掲示板ではすべて無視されているからです。
>――人の研究を紹介することは、指摘に応えたことにはなりません。まぁ、これまでの経緯を鑑みると、“あえて”やっているのだとわかりますが。我々も何度も指摘していますが、ABOFANさんがご自身で研究を行うべきだと思いますよ。あなたの各々の主張を正当化なさりたいのであればですが。
――ところが、マイナスイオンの掲示板では、正反対(と思われる)の内容でこうあります。
>おそらくABOFANさんは読んでもいないのでしょうが、本サイトのマイナスイオン評定は、こちらで調査し、該当した2件のメタ分析研究の結果に基づいて行っています。そのデータにおいて、マイナスイオンの効果として主張されているものはほとんどが否定的であるということです。そして、それに対するまともな反論がないようなので、「同意された」と判断しています。
――上には「こちら[管理者さん]で調査し、該当した2件のメタ分析研究の結果に基づいて」とあるので、「紹介」はダメだけれども「メタ分析」(管理者さんご自身の研究ではない)はOKということのようです。そして、「メタ分析」なら何らかの統計的な検定をするはずですが、その検定結果や有意水準を探しても見つかりませんでした。となると、単なる「紹介」あるいは「各々の主張を正当化」ということになるはずですが、なぜ同じことが管理者さんならOKで私がダメなのかさっぱり理解できません。
失礼しました。
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/06/12 00:17:02)

>なぜ同じことが管理者さんならOKで私がダメなのかさっぱり理解できません。
――同じではありません。ABOFANさんの場合、「学術・研究活動を自ら行うのは無駄だ」などと主張している一方で、他人の研究を「自分の研究に変えて」といった意味不明な理論展開をしていることを問題視しているのです。
(回答日時:2018/06/22 16:46:33)

すみません、書き忘れました。
武田知弘さん 本当はスゴイ! 血液型の販売状況(6月10日)を紹介します。
6月9日の日経に大きく広告が掲載されたためか、爆発的に売れています。Amazonで100~200位ですから、1日100~200冊ぐらいでしょうか? これで、どこかのテレビ局で取り上げたりすると、ほぼ間違いなく血液型ブームが再燃すると思います。
http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2018-06-10 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/06/11 22:28:25)

※本サイトからの再三の警告やほかのユーザーさんからの要望に基づき、今後「マイナスイオン」「水素水」ページに投稿されたABOFANさんのコメントは「悪質ユーザー」ページにて議論・表示することとしました。すでに、これまで投稿された分については移動してあります。本当であれば、血液型性格診断(このページ)のコメントもそちらに移動させるのがよいのでしょうが、コメント量が膨大であること、ごく少数ですが有用な情報があることなどから、しばらくそのままに据え置きます。よろしくお願いいたします。 (回答日時:2018/06/22 16:49:37)

>>これは全くムダな努力です。というのは、過去に結構なインパクトファクターの英語論文(肯定的なもの)を複数紹介しても、この掲示板ではすべて無視されているからです。
>――人の研究を紹介することは、指摘に応えたことにはなりません。まぁ、これまでの経緯を鑑みると、“あえて”やっているのだとわかりますが。我々も何度も指摘していますが、ABOFANさんがご自身で研究を行うべきだと思いますよ。あなたの各々の主張を正当化なさりたいのであればですが。
――要するに、この掲示板でIFの高い学術誌の(肯定的な)論文を紹介したとしても、完全に無視されるということでしょうか? そういう意味ではないというのなら、1つでもいいので原論文を読まれてはいかがでしょう? (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/06/11 22:24:00)

※本サイトからの再三の警告やほかのユーザーさんからの要望に基づき、今後「マイナスイオン」「水素水」ページに投稿されたABOFANさんのコメントは「悪質ユーザー」ページにて議論・表示することとしました。すでに、これまで投稿された分については移動してあります。本当であれば、血液型性格診断(このページ)のコメントもそちらに移動させるのがよいのでしょうが、コメント量が膨大であること、ごく少数ですが有用な情報があることなどから、しばらくそのままに据え置きます。よろしくお願いいたします。 (回答日時:2018/06/22 16:48:16)

今回も情報提供です。
まずは、私のブログです。
〇季刊 理科の探検 2015年4月号 特集「ニセ科学を斬る!リターンズ」の間違い《2018年版》 http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2018-06-04
先日紹介した文教大の長島先生が5月31日に実施した日大工学部教養講座「科学の間違え方ー疑似科学の世界」のスライドへの疑問です。
先生ご自身の「科研費」研究成果報告書に全く触れない理由とは?
また、前回紹介した、
〇五本木クリニック院長ブログ
ハズレました、サッカー日本代表にB型がいない説→今年はB型の選手がW杯代表に入っています!! https://www.gohongi-beauty.jp/blog/?p=25139
ですが、カイ2乗検定を行ったのは、東大(一橋大)の公衆衛生の先生なのですが、いくら何でも23人のデータで結論を出すのは暴論というものでしょう。管理者さんなら十分その理由はお分かりかと。
否定するなら何でもありなんですかねぇ。まさかとは思いますが、相手が統計をわからないと思って、適当に言ってみたんでしょうか?
なお、あまりにもおかしいのでこの点を質問したのですが、現在まで何の回答もありません。確かに回答はできないと思いますが…(苦笑)。
また、それに関連して、こういうツイートもありました。
統計データは数が多けりゃ正しいとは限らないです。「十分管理された統計においては、明確な関連性を示すデータは得られていない」つまり、関連を示したデータはすべて統計的手法に問題があるんです。だから、研究者の多くは血液型と性格の間に関係があるとは考えていなんです。
これもすごいです(流石にidを出すのは控えます)。これがおかしいのは、長島先生の科研費報告書(21世紀以降のデータでは、安定して血液型ごとに性格の自己申告について有意な差が出ることが判明した)を全く無視していることです。もう、こうなると「疑似科学」と変わらないのではないかとさえ思えてきます。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/06/05 00:16:33)

(回答日時:2018/06/09 19:35:41)

今回は情報提供です。
武田知弘さんの新著「本当はスゴイ!血液型 統計から新事実が見えてきた」をめぐって現在論争になっています。
主な論点は、第3章「サッカー日本代表にB型がいない不思議」です。
〇五本木クリニック院長ブログ
ハズレました、サッカー日本代表にB型がいない説→今年はB型の選手がW杯代表に入っています!! https://www.gohongi-beauty.jp/blog/?p=25139
〇血液型と性格の関係 - ABO FAN Blog
五本木クリニック院長ブログでの事実誤認 http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2018-06-02-1 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/06/03 02:30:55)

(回答日時:2018/06/09 19:35:57)

通りすがりさんへ
参考までに、IFが結構高い学術誌(英語)の肯定的な論文を紹介したときのやりとりの抜粋です。
この掲示板では完全に無視されていることがおわかりいただけるかと思います。
*  *  *
――ご参考までに、日本人が書いた肯定的な「英語」の論文は次のとおりです。リジェクトはされていませんが、以前に何回か紹介しても、管理者さんとAABAさんには完全に無視されています。
ABO Blood Type and Personality Traits in Healthy Japanese Subjects, Shoko Tsuchimine, Junji Saruwatari, Ayako Kaneda, Norio Yasui-Furukori, Published: May 15, 2015https://doi.org/10.1371/journal.pone.0126983
ひょっとして、外国語ではなく「日本語」の肯定的な論文ではないと認めないということなのでしょうか?
そして、ほぼ確実に今回も無視されると思います(苦笑)。
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/03/17 19:50:47)
*  *  *
ABOFANさん
>ご参考までに、日本人が書いた肯定的な「英語」の論文は次のとおりです。リジェクトはされていませんが、以前に何回か紹介しても、管理者さんとAABAさんには完全に無視されています。
>ひょっとして、外国語ではなく「日本語」の肯定的な論文ではないと認めないということなのでしょうか?
――話が完全にずれています。別コメントに回答したものを再掲します。いま議論になっているのは以下のことなので、論点を見失わないようにしてください。
(回答日時:2018/03/20 15:59:11) (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/05/30 23:23:53)

(回答日時:2018/06/09 19:45:55)

今回は情報提供です。
以前に、文教大学(研究当時は長崎大学)の長島雅裕先生の「科研費」の研究成果報告書について紹介しました。概要は次の通りです。
武藤浩二・長島雅裕ほか 2012年
教員養成課程における科学リテラシー構築に向けた疑似科学の実証的批判的研究 2011年度科研費報告書
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22650191/
→血液型による違いが統計的に明確に有意であることが示された。
しかし、この報告書には、なぜか調査人数と調査年数が明記されていません。確か、管理者さんから、どうしてもその理由を知りたいなら、直接長島先生ご本人に問い合わせてみてはどうかとのアドバイスをいただいたので、実際に問い合わせてみた結果をご紹介します。
なお、基本的に、メールを許可なく公開するのはマナー違反なのですが、「科研費」の研究成果報告書(元は税金)についての質疑応答に限定した内容なら、学術研究そのものだと判断し、「血液型と性格」の研究が進むことを期待しつつ公開することとさせていただきます。
〇私の質問
長島先生は、「血液型と性格」について、
1) 「理科の探検」(2015年4月号)科学教育教材としての「血液型性格判断」
2) 文教大学での講義「疑似科学とのつきあいかた」(2013/4/17 血液型と性格)
http://phys.koshigaya.bunkyo.ac.jp/~masa/lecture/pseudoscience/slide130417.pdf
で懐疑的な考えを述べられています。
1) 2)の両方では、血液型と性格に否定的な根拠として、松井豊先生の研究(1991年)のみを紹介しています。
なぜか、統計的に有意な差があったとある、坂元・山崎先生(1991年)や、長島先生ご自身の科研費研究成果報告書(2012年)は全く紹介されていませんが、何か理由あるのでしょうか?
〇長島先生の回答(要約)
スペースの関係で紹介できない
〇私の独り言
「理科の探検」(2015年4月号)は丸々6ページの記事ですので、スペースがないという理由は非常に考えにくいです。また、自ら行った「科研費」の研究成果を自分の授業で一言も触れないというのも常識的には考えられません。そもそも、この掲示板にも目立つように大きく「科研費」のバナーがあります。
*  *  *
次は、調査人数と年数を公表できない理由です。
〇私の質問
長島先生の研究では、トータルの人数と、「はい」「いいえ」と回答した人数は確定しているわけで、失礼な言い方をお許しいただくと(率直に申し上げて)これらの数字を公開できない理由が理解できないのですが…。
〇長島先生の回答(要約)
「社会的影響が大きい」と予想されるため、きちんとした形になるまでは公表しない。
〇私の独り言
「社会的影響が大きい」とは具体的にどういうことなのでしょう?
*  *  *
そこで、「社会的影響が大きい」とは具体的にどういうことか質問してみました。
〇私の質問
「社会的影響が大きい」とは具体的にどういう意味でしょうか?
1. 統計的に相関が見られた
2. 統計的に相関が見られない
1. は、既に研究成果報告書のアブストラクトと本文にそう書いてあるのですから、「社会的影響が大きい」ことはありえません(パーソナリティ心理学的な見解とも一致します)。
2. だとすると(そもそも研究成果報告書を否定することになるので、これもおかしいのですが…)、これは心理学者の大多数の見解ですから、やはり「社会的影響が大きい」ことはありえません。
よくわからないのですが、仮に無理に1.と解釈すると、2004年にBPOの「要望」が出されるまでは一般的にはそう信じられていたのですから、やはり「社会的影響が大きい」ことはありえません。
あるいは、
3. サンプルが以前の調査に比べて膨大
ということなのでしょうか?
ただ、これも、2004年にBPOの「要望」が出されるまでは一般的にはそう信じられていたのですから、やはり「社会的影響が大きい」ことはありえません。
この先生の文章は、具体的にどう解釈すればよろしいのでしょうか?
何か別の意味があるのでしょうか?
〇長島先生の回答(要約)
(2週間以上経過するも回答なし)
〇私の独り言
突然回答が来なくなるという「いつも」のパターンですかね…。
意地悪く考えると、数十万人のデータで「血液型による違いが統計的に明確に有意であることが示された」ということになると、「社会的影響が大きい」から、たとえ科研費の研究(元は税金です)でも結果を公開しないということなのでしょうか?
そうだとすると、日本語の「査読付き」の論文で肯定的なものが皆無であることや、清水先生の論文が「不当」にリジェクトされているのは、ほとんど全員の研究者が肯定的な論文が正しいとなってしまうと「社会的影響が大きい」(「事実」より優先度が高い)と考えているからだということになります。
あるいは、これは考えすぎということなのでしょうか? (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2018/05/29 23:00:20)

(回答日時:2018/06/09 19:38:23)

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