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血液型性格診断

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 血液型性格診断とは、一般的にABO式血液型として知られている分類法によって、社会生活におけるヒトの性格を特定できるといった言説である(他に「血液型性格判断」「血液型性格分類」などともされるがこれらのいずれも明確な定義が与えられてはいない)。つまり、「ABO式血液型」という要素“が”特定のヒトの「性格」に影響を与えている、としているものである。
 まず、ABO式血液型について簡単に説明する。ヒトの血液細胞の中で最も大量に存在するのは赤血球であり、この赤血球の細胞膜表面には個人がもっている遺伝子によって表現される血液型物質がある。1900年、オーストリアの研究者であるラントシュタイナー(K.Landsteiner)によってこれが研究され、彼は血液型を4種類(A型、B型、AB型、O型)に分類できることを発見した(1)(2)。
 以上が現在一般認知されているABO式血液型の基本原理である。ちなみに、A、B、Oとは遺伝子を意味しており、メンデルの遺伝法則にしたがって個人を標識する抗原である。そのため、AAまたはAOの組合せでA型に、BBまたはBOの組合せでB型に、OOの組合せでO型に、ABの組合せでAB型になる。
 血液型性格診断は、上述の血液型の4区分から特定のヒトの性格や相性を説明でき、それを日常生活においても活用できるといったものが一般的によく知られているものであり、本項目においても基本的にはそういった一般通念を踏襲したものを“評定の対象”とする(3)(4)(5)。
 加えて、本言説の議論にてしばしば見受けられるアンケート調査などの統計的調査における本言説の有効性、血液型と疾患との関連性、今後の研究可能性においても言及しながら評定を進める。
 血液型性格診断言説においては諸説入り乱れているのが実態だが、能見氏の「血液型人間学」など(3)(4)と、医学・疫学・遺伝的観点からの「血液型」と「ヒト」との成果は明確に区別しながら記述する。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (低)

 そもそも、血液型性格診断における「性格」が何を意味しているのかが不明であることが最大の問題点といえる。「性格」とされるものの定義が不明瞭であり、たとえば“誰の”“どのような状況における”“どういう対応をすることから”“こういう「性格」であると定める”という一般化はなされておらず、どうとでも上手く解釈できる曖昧なもの全般を「性格」と表している(5)。これでは理論を一般化できず、科学性の評定としては致命的である。
 また、ABO式血液型については本項冒頭にて記述したが、果たしてこの区分が如何に人間の性格として反映されているのか、という理論への疑問に対する合理的な説明は今のところないという指摘もできる。たとえば、心理学的知見からたびたび指摘されている「バーナム効果」や「自己成就」については、肯定派において十分な議論がされていない、あるいはそれらの概念の誤用による反論が見受けられ、理論面において充実した議論は行われていないことが推察できる(6)(7)(8)。
 さらに、血液型性格診断の理論においては、その内部においてすら矛盾が見られ、科学性を評価できる理論体系をなしていないことすら指摘できる。たとえば、過度な血液型性格診断信奉者においては「血液型十戒」なるものを理論的な標ぼうとしている(5)のだが、そこでは、「8. 血液型は誰もが客観的な人間理解を可能にする、科学的観察手法である。」としつつ、その2においては「2. 血液型は気質の素材。従って性格はいかようにも料理出来ることを知ろう。」や「9. 血液型は心の科学。性格や未来を占うものではないと知ろう。」などといった内部においても論理性の乏しい説明が多々見受けられる。このように、科学性とはおよそかけ離れた理論を選択していることが言説全般的に見受けられる。
 血液型と疾患や体質にまで話を広げても、今のところ論理性を高く評価できる要素はない。特定の疾患に対する罹患率の違いや耐性についての研究なども、因子の解明や理論構築まではなされていないのが実情だ(9)(10)。
 ABO式血液型で性格診断を行うということは、ヒトを4つの分類に細かく類型化する(できる)ということなのだが、それに対する合理的な説明を見出すことができないのが現状である(そういう意味では、血液型と疾患の研究においては一定の評価を下すことはできる)。

理論の体系性 (中)

 ABO式血液型が既存の学術体系から逸脱した理論であるとは断定できない。人間の体内には大量の赤血球が存在し、その赤血球それぞれにA、B、AB、Oの各型に特有の糖鎖が付いている(ここでの糖鎖とはN-アセチルガラクトサミン、d-ガラクトース、アセチルグルコサミン、フコースによる分子構造を表す)。この点に関するかぎり、生化学的には血液型でそれぞれ全く違った機能をもつとも主張できる。
 しかし、それを正当化するのなら、血液型以外にも分類する要素は数多くありそうだ。仮に血液型のみに注目しても、Rh式やli式、MN式などの識別法もあり、げんに臓器移植などの場合にはこれら多くの要素を考慮する(11)(12)。こう考えると、ABO式のみによって性格にまで言及する理論は、他の知見との整合性が低いと思われる。
 さらに、ヒトの性格について、ABO式血液型を主軸として説明する、という理論選択に合理性を見出すことも難しい。ヒトの「性格」については今も多くの議論があり、「性格」とはどういう要素から構成されているのか、といった問いを考える場合、いわゆる複雑系であることや、進化心理学などでよく知られる「心のモジュール性」(13)(14)という概念として考える方が“ABO式血液型”を持ち出すよりも遥かに整合性が高い。 たとえ、ABO式血液型が「性格」における一要素であったとしても、わざわざ血液型性格診断を「性格」における主理論として採用する必然性はなく、このような言説に依存しなければならない積極的な理由を見出すことはできない。
 ただし、ABO式血液型と進化生物学との相関性や特定疾患への罹患率といった研究が近年報告されていることは注目すべきことだろう(9)(10)。たとえば、A型の遺伝子は免疫機能が低くなる遺伝子と共起する確率が高いので、抗原をなるべくしりぞけようと神経質な性格が共進化したという理論は、進化論、あるいは生物学などと整合的である(10)。その点を考慮したうえで体系性は中程度と評価する。

理論の普遍性 (低)

 特に能見氏を源流とする「血液型人間学(≒血液型性格診断)」においては、それが“誰にでも普遍的に適応可能だ”としているが、言説の実態がつかめない。全般として、“何となく○○型はこんな感じ”という大雑把な情報しか提供されておらず(3)(4)(5)、普遍性を推し量ることはできない。思い込みや社会通念が先行しており、理論的な実像がつかめないのである。これでは普遍性を評定する以前の問題だろう。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (低)

 能見正比古氏の著書(研究論文ではない)や「ABOの会」にて、血液型性格診断に関する肯定的な主張がこれまでに何度も発表されている。しかし、データの再現性という観点において、高評価を与えられる水準に達しているとはいえない。
 たとえば、血液型性格診断の源流の一つである能見氏は、自著へのアンケート調査(数万人規模、としているもの)にて再現性を保証できるとしているが、そもそもそのようなアンケートを“能見氏”に送る“対象”がサンプルとして偏っている(平たく言えば、能見氏の信奉者である)というバイアスを排除するような厳密性のあるものではない(3)(4)。血液型性格診断の関連団体である「ABOの会」の主張においても、一万人規模のアンケート調査で統計的有意差が出たとの報告もあるが、前述したような「バーナム効果」「予言の自己成就」「確証バイアス」「F・B・I効果(フリーサイズ・ラベリング・インプリティング効果)」といった、心理学で広く知られた効果が排除された実験デザインがとられていない。
 一方、血液型性格診断に否定的な研究データは数多く積み重ねられており(能見氏の著書においても統計的に有意な差がなかったデータもある(3))、肯定的なデータよりも信頼がおける(15)(16)(17)(18)(19)(20)。
 ただし、血液型と疾患といったことにまで言説の対象範囲を広げると、2009年にアメリカ国立がん研究所が膵臓がんの危険因子と血液型の相関性についての研究報告をしていたり(21)、2000年に科学誌「ネイチャー」にてO型と非O型の胃がんに対する見解が述べられていたり(9)と、再現性において評価できる研究も存在する。まだまだデータ不足という面もあり、一概に評価できるものではないが今後の研究可能性としては期待の持てるものだろう。
 しかし、これらの研究は能見氏等の血液型性格診断を補強するものとは言えず、医学・生理学などにおける研究成果とするのが一般的だ。
 したがって、「血液型性格診断」の再現性は低評価とするが、これは前述の「血液型」の医学的な側面のデータを否定するものではない。

データの客観性 (低)

 肯定派の提示する研究報告においては、信奉者による主観的な感想、統計調査における標本抽出の偏り、研究対象の未特定化、「自分はA型だから神経質だ」という性格の自己成就などの可能性が指摘できる(3)(4)(16)(18)(20)。したがって、血液型性格診断の中心的言説であるABO式血液型“が”「性格」やその傾向性に影響を与えている、としていてもその客観性は低い。
 また、医学・生理学的知見からも言説全体に対して同様の指摘ができる。例をあげると、近年、疫学的にピロリ菌(慢性胃炎など胃疾患の危険因子)保菌者にA型が多いことが指摘されている。血液型性格診断によるとA型の典型的な特性は「神経質」だということが主張されており、その根拠として胃痛の多さなどがデータとして挙げられている(9)(10)。しかし、血液型性格診断で言われているようにA型の人が「神経質」である“がゆえに”胃痛になりやすいのか、それともA型にはピロリ菌保菌者が多くそれによって胃痛が引き起こされるため“結果的”に「神経質」な人が多いように見えるだけなのか、といったことを客観的に区別できるような研究手法は採られていない(前者であれば「血液型性格診断」の成果といえるが、後者ならば改めて議論が必要である)。
 現在の心理学分野と、医学・生理学分野は個々に独立しており、「血液型」と「性格」を連携させた研究方法はまだ未熟ではある。ただし、今後の研究次第(たとえば遺伝学的な)では血液型とヒトの性格との関連性について客観的なデータが示される可能性もなくはないことは追記しておく。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (低)

 血液型性格診断において、肯定的なデータが妥当に収集されているとは言えない。繰り返しになるが、心理学でよく知られている「自己成就」や「バーナム効果」などの要因を排除した形の実験デザインが採られておらず、このような指摘に対して“反論”できる体制が整っていない。

理論によるデータ予測性 (中)

 現在、能見氏を原点とする「血液型性格診断」が科学的手順を踏まえて研究されているとはいえず、予測性は低い。今一般認知されている血液型性格診断はほとんど文化として根付いてしまっており、もはや科学性を論じるに値しない言説と化している。
 一方、血液型と疾患については医学・疫学的観点から比較的研究が進められており、成果といえるものも出ている。たとえばコホート実験などの医学疫学において信頼できる研究方法から、血液型による膵臓がんリスクの違いといった発表(9)もされており、この点では予測性は高いと評価できる。さらに、進化生物学的観点から血液型とマラリアやコレラとの関連性(10)も若干ではあるが報告されている。
 予測性は中程度と評価するが、これは医学・疫学・遺伝的な成果を高く評価したためであり、このような分野の評価に重点を置いたものである。

社会的観点

社会での公共性 (低)

 日本において血液型性格診断が一般認知され始めたのは、1970年に出版された能見正比古氏による「血液型でわかる相性」からである(4)。これ以前にも1927年に「血液型と気質の研究」と題する研究論文が古川竹二氏(女子高等師範学校教授)によって発表されていたが(6)、継続的な研究が始まったのは前述の能見氏による著書が初めてであり、現在では氏が設立した「ABOの会」という団体が血液型性格診断について肯定的な主張を繰り返している(現在では「ABOセンター」が実質的にその意味を引き継いでいる(5))。
 しかし、利害関係のない公共性の高い研究においては、血液型性格診断はたびたび否定されており、肯定派において同様の水準に達している研究報告は現在のところない。したがって、社会での公共性は低評価とする。

議論の歴史性 (低)

 上述したように、現在の血液型性格診断の社会における広まりは、能見正比古氏の著書にみることができる。それを発端として1970年代から血液型性格診断の科学性の議論もさかんに行われてきた。たとえば心理学分野は血液型性格診断に強く反発しており、否定的な研究発表も多くある(「日本パーソナリティ心理学会」においてはホームページ上にて、血液型性格診断に対して懐疑的な意見文を掲載している(22))。
 一方で、血液型性格診断を積極的に肯定する立場(科学的なものだとして)の多くは能見氏の言説に依存している様子が見受けられ、また、そういった科学性を謳う言説において、“主張の責任を請け負っていない”ことが問題点として挙げられる。たとえば「A型の人は神経質だ」といった主張に対して、「A型なのに神経質でない」という事例(データ)が得られたときにも「100%正確に診断できるわけではない」や、他の全く指標の異なったデータを持ち出して「このデータを担保にできる」などである(現に、肯定派においてはこれが横行している)。このように反証データを得ても、そうしたものに対して無反省であり、科学性が議論できる構造とはいえない。
 以上より、議論の歴史性は低いと評価する。

社会への応用性 (低)

 血液型性格診断が社会において有効的に活用されているとはいえない。そもそも、血液型による性格の傾向性を重視しているのは日本人がほとんどであり、世界的にみると血液型性格診断という概念すら一般的ではない。にもかかわらず日本社会では、ブラッドタイプハラスメントといったものを始めとして人々に対する差別や偏見を助長させる要因の一つとなってしまっているのが実態である(6)(23)。
 また、血液型性格診断はヒトの性格を4種類の血液型の中から“当てる”という占いのような娯楽だと受け取ることもでき、そこに科学性を乗せてしまうと人が感じる快不快の度合いも大きくなってしまうだろう。結果として、人間関係を円滑に進めるうえでの弊害ともなりかねない。
 ただし、これは一概に血液型性格診断のみの功罪とはいえない。たとえば、仏滅に結婚式を挙げる人はまずおらず、一般的に友引に葬式は行わない。このように大衆心理は科学とは無縁に働いており、血液型性格診断が控えめな誤信として機能している分には、科学がそれを排斥する必要まではないだろう。
 しかし、血液型性格診断においては企業の採用といった、人生の大きな岐路でも使用されており、とても控えめという表現で収まっているものではない。このような実情を考慮すると、あえて社会への応用性は低いと評価すべきだろう。

総評

疑似科学

 現在一般認知されている「血液型性格診断」は疑似科学だと位置づけられ、そこで語られているものに科学的根拠は全くないといってよい。たびたび指摘したが、血液型性格診断の最大の問題点は、能見正比古氏の著書「血液型でわかる相性」「血液型人間学」などが流行りすぎてしまったことだろう。能見氏の言説の流行が多くの過激な信奉者を生みだしてしまい、それに対抗する形で主に心理学界からの強い反発が繰り返し行われてきた。このような構図から、心理学界の過剰ともいえる「血液型」嫌いという問題も発生してしまい、健全な議論ができる土壌がない、あるいは良心的な研究者の芽をも摘んでしまっているということは考慮に値する(24)。
 そうした中で、医学・疫学・遺伝的観点や進化生物学的視点からは角度の異なる考察をすることもできる。
 医学領域としての血液型とヒトの研究は1950年代~1970年代初頭までは比較的行われており、多くの疾患と血液型との関連性について様々な議論が繰り返されてきた。そんな折、先の能見氏による著書が爆発的にヒットし、しかもそれを科学だとして主張し一般大衆の誤解を招いた。このような経緯は前述の通りであり、それが多くの研究者を血液型の研究から離れさせてしまい、血液型性格診断を疑似科学の象徴として扱う風潮に、医学界においても繋がった。現在では、血液型について言及できるのは輸血と臓器移植の際のみであり、血液型の話題さえ嫌う医師もいるという状況でさえある(10)。
 しかし、「血液型」と「疾患」、「血液型」と「進化」、「血液型」と「遺伝」といったことについて研究されたものの中には信頼のおけるものも多くあり、今後の研究可能性が幅広いことは肯定材料だろう。さらに、特定疾患へのリスクの違いや、免疫機構の違いなど、遺伝的な説明によって応用性の高いものにもなりうる。
 ヒトの「性格」という言説における明らかな論理的飛躍には注意する必要があるが、少なくとも血液型と人間機能の関連を研究する価値や意味は、心理学から指摘されているほど順位の低いものではないだろう。今後の研究次第では、たとえば血液型と疾患といったアプローチからヒトの気質にまで科学的合理性を保った言及がなされたとしても、それほど不自然ではないだろう。
 ただし、繰り返しになるが、現在広く一般認知されている「血液型性格診断」における科学的根拠は乏しく、疑似科学であると評価する。

参考文献:

(1)『よくわかる 最新血液型の基本としくみ』 松尾友香
(2)『絵でわかる血液のはたらき』 八幡義人
(3)『血液型人間学』 能見正比古
(4)『血液型でわかる相性』 能見正比古
(5)http://www.human-abo.org/#!aboutus/cktc 一般社団法人 ヒューマンサイエンスABOセンター
(6)『なぜ疑似科学を信じるのか』 菊池聡 化学同人
(7)季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p56-61)
(8)『心理テストはウソでした』 村上宣寛
(9)『血液型で分かる なりやすい病気なりにくい病気』 永田宏
(10)『血液型の科学』 藤田鉱一郎
(11)http://www.jrc.or.jp/donation/first/knowledge/ 日本赤十字社 血液の基礎知識
(12)https://hospital.city.sendai.jp/department/mame05.html 仙台市立病院 診療科のご案内 「第5回 血液型のはなし-ABO式血液型-」
(13)http://plato.stanford.edu/entries/modularity-mind/ Stanford Encyclopedia of Philosophy 「Modularity of Mind」
(14)『だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学』 石川幹人  光文社
(15)「血液型と性格の無関連性」縄田健悟(2014)
(16)「血液型性格判断はなぜすたれないのか」 山下玲子 武蔵大学 社会学部
(17)血液型性格判断の差別性と虚妄性(自主企画(2)) 山岡重行 大村政男 浮谷秀一
(18)「Blood-typical personality stereotypes and self-fulfilling prophecy」Sakamoto, A., Yamazaki, K.(2004)
(19)「血液型による性格の相違に関する統計的検討」松井 豊(1991)
(20)Blood-typical Personality Stereotypes and Self-fulfilling ProphecyAkira SAKAMOTO Kenji YAMAZAKI 2002
(21)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19648918 Genome-wide association study identifies variants in the ABO locus associated with susceptibility to pancreatic cancer.
(22)日本パーソナリティ心理学会血液型性格診断に関する意見文 公益社団法人 日本心理学会
(23)テレビ番組が増幅させる血液型差別 山岡重行
(24)『よい教育とは何か』 西条剛央 京極真 池田清彦

・(ダメな大人にならないための心理学 山岡重行)『書評』野崎瑞樹
・『機関誌「心理学ワールド」52号 2011年1月号 特集/偏見とステレオタイプの心理学』
・『血液型の迷路』 大西赤人
・『性格を科学する心理学のはなし』 小塩真司
・「血液型性格判断の妥当性の検討(2)」 白佐俊憲
・『科学技術をよく考える -クリティカルシンキング練習帳』 伊勢田哲治 戸田山和久  調麻佐志  村上祐子 名古屋大学出版会
・『新編 血液型と性格』 大村政男 福村出版

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月17日)

投稿

投稿&回答

>wikiのことをよく知らないのですが、編集禁止となる場合は多いのですか?また、その場合どのような理由から編集禁止になるのでしょうか?(回答日時:2017/09/10 12:07:16)
――利害が対立するような項目、例えば政治的な問題が絡むケースが多いです。あるいは、何かの事件で炎上した人物の場合もありますね。血液型も過去に何回か編集合戦で書き込みが停止されたはずです。履歴をみれば経緯が分かります。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/09/11 00:41:44)

なるほど。参考になります。 (回答日時:2017/09/18 10:00:25)

――おお、「マイナスイオン」と同じく、予想通り投稿からきっかり10日後に掲載されましたね。そうなると、この投稿も9月20日に掲載されることになります。
さて、今回の管理者の回答は、「マイナスイオン」とは違ってほぼ事前の想定内です(笑)。
まず、管理者さんにとって都合が悪そうな統計の話は(例:effect size)は全く無視ですね。少々失礼な言い方になりますが、管理者さんは“純粋文系”らしいので、統計の本を読んでもすぐ理解できるとは思えません。それは、以前の多重比較の議論でもよく分かります。勉強しても分からないというなら、“回答拒否”なんかせずに、石川先生にでも確認されてはどうですか? もっとも、そんなのは自分で勉強しなさい、と言われてしまうかもしれませんが(苦笑)。
#私はもそれほど難しいことは言ってませんよ(そもそも複雑なことは分かりませんし…)
さて、一連の投稿の中での唯一の回答ですが、管理者さん自身もお分かりかと思いますが、実質的には“回答拒否”です。なぜなら、私が問題にしているのは、そういうことではないからです。
>質問1⇒1(ただし、当該実験で「統計的有意差がみられた」のは主要5因子のうち情緒安定性と良識性だけではなかったでしたっけ?なので正確には「差が見られた」データでもあり「差がみられなかった」データでもあるかと思います。また、効果サイズはすべて0.2に満たないため、実質的な予測力のないデータであると本文中でも触れられていますね)
――実質的に意味がないというなら、そもそも清水先生が「関係がある」という結論を前面に出して投稿するはずもありませんし、質問2のように「ダブルスタンダード」と主張して、現在の論点である2番目の論文を執筆することもありえません。全く逆に、「実質的な予想力がない」というような、縄田氏のようなタイトルや内容にまとめるはずです。もちろん、縄田氏の論文のタイトルは、この掲示板にもあるように、
血液型と性格の無関連性 ―日本と米国の大規模社会調査を用いた実証的論拠―
です。念のため、清水先生のタイトルを再掲します。
1.ABO式血液型と性格との関連性―主要5因子性格検査による測定―
2.心理学者はなぜ、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究―
もっとも、1については「実質的な予想力がない」と結論には書いてあります。しかし、2を執筆したことから、清水先生が「実質的な予想力がない」ことを問題視していないことは明らかです。よって、管理者さんの「実質的な予測力のない…」は、清水先生の論文の趣旨と正反対であることは自明です。
>質問2⇒あくまで個人的な感覚としては1です。ただし、これは清水先生の論文を読んでの「解釈」ですので、どこまで一般化できるかはわかりませんし、そこは慎重な態度です。
――私が確認したいのは管理者さんの「個人的な感覚」ではありません。まずは、清水先生に直接確認されてはどうですか? そもそも、「個人的な感覚」でいいとするなら、私でも管理者さんでも誰でもいいので、学会での議論かどうかは関係ないはずです(苦笑)。
しかし、確か管理者さんは以前に、血液型の議論は学会発表でないと認めないという意味のことをおっしゃっていたかと思います。そういう“ダブルスタンダード”は認められるのでしょうか? 某政党の議員ではないのですから、他人には厳しく、自分には甘くというような「ダブルスタンダード」は、どうか止めていただきたいと思います。そこで、質問2の修正版です。
《質問2の修正版》
石川・清水先生の実験結果では、血液型による性格の差が現実のデータとして示されていますが、清水先生が書かれているように、心理学者には「血液型と性格の関連性を肯定する内容を、どうしても認めるわけにはいかないという結論が先にある」そして「それが公には表明されない形で議論が進んでいる」だから「そう解釈しない限り、ダブルスタンダード的な審査を解釈するのが難しい」と思いますか?
[追加の文章]「個人的な感覚」ではなく、心理学会ではどうなのか、根拠を示して回答をお願いします。なお、「ダブルスタンダード」の根拠は、私の以前の投稿(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/21 21:37:37)に4例ほど示してあります。
1. はい
2. いいえ
3. わからない
4. 答えたくない
5. その他→具体的にどうぞ
なお、前回と同様に、この質問は、管理者さんから回答が返ってくることを期待しているものではありません。全く反対に、管理者さんが毎回毎回“回答拒否”という態度を示すことにより、前回の投稿での清水先生の記述が正しいことを消極的に確認するものです(苦笑)。
私は、3または4、あるいは“回答拒否”と予想します。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/09/11 00:34:47)


ABOFANさん
>さて、一連の投稿の中での唯一の回答ですが、管理者さん自身もお分かりかと思いますが、実質的には“回答拒否”です。
――こちらは明確に回答を示しているのに“回答拒否”とされるのはいかがなものでしょうか。さすがにこれでは対応のしようがありません苦笑。
>もっとも、1については「実質的な予想力がない」と結論には書いてあります。
――はい。その通りです。きちんとお読みになられているようで一安心しました。
>しかし、2を執筆したことから、清水先生が「実質的な予想力がない」ことを問題視していないことは明らかです。よって、管理者さんの「実質的な予測力のない…」は、清水先生の論文の趣旨と正反対であることは自明です。
――論理が妄想に基づいています。まず、論文2を執筆したからといって論文1の結論が変わるわけではありません。論文2と論文1は別物で(当たり前ですが苦笑)、論文1の結論は実証データに基づく記述ですから、「実質的な予想力がない」ことを問題視していないことは明らかです」は妥当な帰結ではありません。
>私が確認したいのは管理者さんの「個人的な感覚」ではありません。
――前回の質問の語尾は「思いますか?」でした。ですので、個人的な感覚以外でお答えしようがありません。
>心理学会ではどうなのか、根拠を示して回答をお願いします。
――すみませんが、意味が分かりません。「心理学会では」の“では”はいったいどういう意味ですか?私に心理学会全体を代表する意見を述べよということでしょうか。当然ですが、私は「心理学会」の代表でもなければ心理学の化身でもないのでそれは不可能です。しかし、重ねますが、質問2については、「個人的な感覚」としては1だと思っております(あくまで論文2の読後感としてですが)。

>他人には厳しく、自分には甘くというような「ダブルスタンダード」は、どうか止めていただきたいと思います。
――おっしゃる通りですね。では、ABOFANさんにも、過去いくつか回答保留状態にあるこちらの質問にお答えいただきたいと思います。
【質問1】すでに指摘されているように、ABOFAN(ペンネーム)=金澤正由樹(ペンネーム)は事実である
1はい
2いいえ
3答えたくない
4その他
【質問2a】(【質問1】に1と答えた場合)金澤氏の著書を第三者のように紹介するのは、自身の主張に客観性・正当性を付与させるための戦略である
1はい
2いいえ
3答えたくない
4それ以外(具体的にどうぞ) (回答日時:2017/09/18 10:33:24)

今回も情報提供です。
しばらくぶりにPubMedを検索していたら、O型はスポーツに強いという論文を発見しました。この論文は(珍しく)タダで読めるようです。日本人は血液型が好きなのですが、なぜYahoo!ニュースとかで取り上げられなかったのでしょうか?
Lippi G., et al., (2017), Influence of ABO blood group on sports performance. Ann Transl Med. 2017 Jun;5(12):255. doi: 10.21037/atm.2017.04.33. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28706923
The ABO blood group status was also found to be independently associated with running time, with O blood type athletes performing better than those with non-O blood groups. Overall, age, weekly training and O blood group type explained 62.2% of the total variance of running performance (age, 41.6%; training regimen, 10.5%; ABO blood group, 10.1%).
The results of our study show that recreational athletes with O blood group have better endurance performance compared to those with non-O blood group types. This finding may provide additional support to the putative evolutionary advantages of carrying the O blood group.
また、O型に躁鬱病が多いことも確定的なようです。こちらは、以前に紹介した韓国の論文にあります。
Sungil Ryu Young-Woo Sohn (2007) A Review of Sociocultural, Behavioral, Biochemical Analyses on ABO Blood-Groups Typology, Korean Journal of Social and Personality Psychology, 21(3),27-55
表9.血液型と神経精神科疾患の関係の研究[抜粋]
Parker(1961)O型の躁鬱病が多い。
Mendlewicz(1974)O型の躁鬱病が多い。
ソクジェホ(1977)O型の躁鬱病が多い。
Tanna(1968)先天性情動障害の場合には、B型が高く、O型が低い。
Shapiro(1977)O型の躁鬱病が多い。 A型の単極性情動障害多い。
Irvine(1965)統計的有意性はないが、O型に躁鬱病が多い。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/09/09 17:57:11)

ABOFANさん
興味深い研究に思います。血液型と疾患の関係についてはいくつかありますが、なぜ精神病の発病と関連があるのか知りたいですね。より建設的な研究が進めばと思います。
(回答日時:2017/09/10 11:49:26)

今回も情報提供です。
もう一度、清水武先生の「心理学者はなぜ、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究―」を読み直してみました。
どうやら、「データに差がある」ことは、血液型に関心がある心理学者の共通認識となっているようです。ただ、そうなると、今までの彼(女)らの“権威”が完全に否定されることにもなりかねません。だから、必死になって抵抗しているようにも読み取れます。
#まさに、東日本大震災を全く予測できなかった日本地震学会のようです(苦笑)。
その根拠は、清水先生の次の記述です。
・[第一査読者の指摘は]調査結果が血液型ステレオタイプの反映である、という批判をかわせないということである。同様に、第二査読者、第三査読者にも、類似の指摘がされている。(p95)
これは面白い観点です。では、「血液型ステレオタイプ」は存在するのか?
もちろん、あえて考えるまでもありません。山岡先生が6千人超、坂元先生が3万人超、長島先生が20万人超のデータで確認しているのですから、存在するに決まっています! そもそも、日本人の7割が血液型と性格の関係性を信じているのです。それで自己報告の性格のデータに血液型による差が現れないなんてことはありえません。
では、次に。
・さて、ここまでの査読者のコメントを紹介してきたが、その背後には、血液型と性格の関連性を肯定する内容を、どうしても認めるわけにはいかないという結論が先にあることが想定でき、またそれが公には表明されない形で議論が進んでいることが読み取れる。ここでみてきたように、むしろそう解釈しない限り、ダブルスタンダード的な審査を解釈するのが難しいようにも思われる。(p105-106)
確かにそうでしょう。それは、この掲示板の管理者さん今までの発言でも明らかです。そこで、管理者さんに質問です。
《質問1》
石川・清水先生の実験結果では、血液型による性格の差が現実のデータとして示されていますか?
1. はい
2. いいえ
3. わからない
4. 答えたくない
5. その他→具体的にどうぞ
《質問2》
清水先生が書かれているように、心理学者には「血液型と性格の関連性を肯定する内容を、どうしても認めるわけにはいかないという結論が先にある」そして「それが公には表明されない形で議論が進んでいる」だから「そう解釈しない限り、ダブルスタンダード的な審査を解釈するのが難しい」と思いますか?
1. はい
2. いいえ
3. わからない
4. 答えたくない
5. その他→具体的にどうぞ
なお、この質問は、管理者さんから回答が返ってくることを期待しているものではありません。全く反対に、管理者さんが毎回毎回“回答拒否”という態度を示すことにより、上の清水先生の記述が正しいことを消極的に確認するものです(苦笑)。
まさかとは思いますが、“忙しいから”回答できないという理由もありえません。なぜなら、今回の投稿で示した者は、すべてこのサイトの参考文献に示されているものだからです。
忙しいから、(他人ではなく)自分で示した参考文献の概要さえわからない(?)、というようなことを公式に認める研究者がいるとは思えませんし、そんな研究者が信用を失わない学会があるとは(少なくとも私は)信じられません。
次回は、マイナスイオンも含めて、なぜ管理者さんがそういう態度を取るのかを考えてみたいと思います。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/09/09 07:16:34)

ABOFANさん
>なお、この質問は、管理者さんから回答が返ってくることを期待しているものではありません。全く反対に、管理者さんが毎回毎回“回答拒否”という態度を示すことにより、上の清水先生の記述が正しいことを消極的に確認するものです(苦笑)。
――回答拒否なのはABOFANさんのようにも思いますが(ABOFAN=金澤にかんしてなど)、質問に答えますと
質問1⇒1(ただし、当該実験で「統計的有意差がみられた」のは主要5因子のうち情緒安定性と良識性だけではなかったでしたっけ?なので正確には「差が見られた」データでもあり「差がみられなかった」データでもあるかと思います。また、効果サイズはすべて0.2に満たないため、実質的な予測力のないデータであると本文中でも触れられていますね)
質問2⇒あくまで個人的な感覚としては1です。ただし、これは清水先生の論文を読んでの「解釈」ですので、どこまで一般化できるかはわかりませんし、そこは慎重な態度です。
(回答日時:2017/09/10 12:05:46)

今回は情報提供です。
しばらくぶりにWikipediaを見たら「血液型性格分類」が編集禁止になっていました(笑)。否定論者がかなり文句を言っていますね。
Wikipediaの基本基本方針は、否定・肯定の価値判断はなるべくなくすようにしているので、当然のことだと思います。もっとも、肯定的な記述がほとんどないので、私的には不満なのですが(苦笑)。
以下は、Wikipediaからの抜粋です。
医学の分野においては、性格に影響があるとされる遺伝子の存在は指摘されているが[17]、血液型と脳細胞の活動の関係を証明したものはなかった[注釈 3][21]。しかし2010年代に研究が進み、神経伝達物質であるドーパミンと血液型遺伝子が関係しているという仮説などは提唱されている[22]。 血液型と病気の関連性については1980年代には持てはやされていたが、ヒトゲノム計画が終りつつあった2000年に、科学雑誌『Nature』にて総説が掲載され、その内容は「胃腸管に関するいくつかの形質に弱い相関が確認できるが、血液型と疾患の相関については再現性よく示されたものは無い」というものであった[23]。その後の研究では、健康面(ストレス抵抗性や病気のリスク)へ影響があるという報告は存在している[24]。
[22]Shoko Tsuchimine, Junji Saruwatari, Ayako Kaneda, Norio Yasui-Furukori. (2015). ABO Blood Type and Personality Traits in Healthy Japanese Subjects.
Donna K. Hobgood. (2011). Personality traits of aggression-submissiveness aaggression-submissiveness and perfectionism associate with ABO blood groups through catecholamine activities. Medical Hypotheses, 77(2), 294-300.
東海大学の灰田宗孝による光トポグラフィーを使った実験の説明
[24]A Study on the effects of one's blood type on emotional character and antistress of adults, Journal of the Korea Academia-Industrial cooperation Society, 12(6), 2554-2560.
永田宏(2013)『血液型で分かる なりやすい病気 なりにくい病気 がん、胃潰瘍、脳梗塞から感染症まで』講談社ブルーバックス
Brian M. Wolpin et al. (2009). ABO Blood Group and the Risk of Pancreatic Cancer. Journal of the National Cancer Institute, 101(6), 424-431. (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/09/08 07:54:40)

wikiのことをよく知らないのですが、編集禁止となる場合は多いのですか?また、その場合どのような理由から編集禁止になるのでしょうか? (回答日時:2017/09/10 12:07:16)

連投失礼します。今回も情報紹介です。
以前に紹介させていただいた渡邊芳之氏[帯広畜産大学、現日本パーソナリティ心理学会理事長]ですが、心理学の「血液型と性格」について、2016年にこう書いています。
【引用開始】
日本の心理学においてもっとも多く追試されたのは,心理学がみずから主張したのではない「血液型性格関連説」である(佐藤・渡邊,1992;最近では縄田,2014)。しかしこの場合には心理学者の側に「血液型と性格との関連を否定したい」という強い動機づけがアプリオリにあり,じっさい追試(で関連が再現されないこと)によってそれが否定されるという結果になっているので,これも本来の意味での追試とは呼びにくい。
【引用終了】
念のため、この「心理学評論」は発行元の心理学評論刊行会のサイト(http://www.sjpr.jp/)によれば「日本で唯一の心理学のレビュー雑誌」ですし、その雑誌に日本パーソナリティ心理学会理事長が直々に執筆しているのですから、心理学会全体の雰囲気が「血液型と性格」に否定的な態度であるということは明々白々なわけです。従って、次の管理者さんの主張は、学会の“権威”によって全面的に否定されます。
[血型と性格に肯定的な論文は査読ですべてリジェクトされる(学会発表も同様である)という私の主張は]ご意見としては理解できますが、実際に研究活動(論文投稿や学会発表などの手続き)をしていないABOFANさんと、研究者としてリジェクトの構造を問題視している清水先生を同列に置くことはできないでしょう。(回答日時:2017/08/28 12:02:17)
いや、それでも私を信用しないということなら、より強い証拠の提出をお願いします。なお、関連部分の全文は次の通りです。
――――
2.デモンストレーションとしての心理学データ
ここまで,心理学における再現可能性を低めるさまざまな要因とその含意について簡単に検討した。さて,こうした要因が心理学の実験や調査の結果の再現性を低めるようになったのは最近のことではなく,ずっと以前からそうだったはずだが,それが今まであまり問題にならず,最近になって急に問題にされるようになったのはなぜだろう。そのひとつの原因は,心理学がこれまで追試にあまり熱心でなかったことである。
 自然科学の多くの分野では新しい重要な知見が報告されると,関係する研究を行っている世界中の研究室で追試が行われて,繰り返し再現された知見だけが事実として残っていくことが多い。少し前には常温核融合が(渡辺,2001),最近ではSTAP 細胞(De Los Angeles et al., 2015)が,そうした追試に耐えられずに否定されるという運命をたどっている。いっぽう,心理学で重要な知見が報告されても,そのように世界中で追試されるということはこれまであまりなかった。別の研究の中で先行研究の知見が再検討され,検証されることはあるが,そのときには研究対象も,データの収集方法も分析方法も先行研究とは異なっていることが多く,追試としてのその結果の解釈にはさまざまな問題が生じる(三井,1981)。卒業研究など教育の文脈で行われる追試は比較的多いが,その結果は公式には報告されない。
 追試されないならば,その再現性が問題になることもないので,これまで心理学の再現可能性はほとんど問題にされなかった。皮肉なことに,日本の心理学においてもっとも多く追試されたのは,心理学がみずから主張したのではない「血液型性格関連説」である(佐藤・渡邊,1992;最近では縄田,2014)。しかしこの場合には心理学者の側に「血液型と性格との関連を否定したい」という強い動機づけがアプリオリにあり,じっさい追試(で関連が再現されないこと)によってそれが否定されるという結果になっているので,これも本来の意味での追試とは呼びにくい 2)。
2) Bem (2011)の「予知研究」とその追試(Ritchie, Wiseman,& French, 2012)をめぐる一連の出来事も,研究が主張する知見が心理学者の常識や他の心理学的知識と整合しないことで追試の対象になった,という点でわが国における血液型性格関連説の追試と類似した性質を持っている。また,そうした試みが結果として心理学の研究方法そのものへの疑問や批判につながった(佐藤・渡邊,1992)という点でも類似していると言える。
【出典】渡邊芳之 (2016) 心理学のデータと再現可能性 (特集 心理学の再現可能性), 心理学評論(Japanese Psychological Review), 59(1)98-107 http://team1mile.com/sjpr59-1/wp-content/uploads/2016/07/watanabe.pdf (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/09/03 12:17:06)

(回答日時:2017/09/10 12:15:31)

今回は情報提供です。
アメリカの懐疑主義者の雑誌、Skpetic誌で「血液型と性格」が取り上げられていることを発見しました。
残念ながら、英語圏の情報しか調べてないようですね…。
Buckner, Rebecca Anders, and John E. Buckner, V. "It's not in your blood: exploring claims that blood type and personality are linked." Skeptic [Altadena, CA], vol. 19, no. 3, 2014, p. 24+
http://www.academia.edu/8344454/Its_Not_in_Your_Blood_Exploring_Claims_that_Blood_Type_and_Personality_are_Linked
記事の結論は次の通りです。
私たちの知見
完了した調査は、182名のボランティア(男性97名、女性85名)の参加者から収集され、O型56.0%、A型30.2%、B型10.4%、AB型3.8%で、ほぼアメリカ人の平均を示している。 我々の分析結果(MANOVAまたはMultivariate Analysis of Variance)は、5つの広範な性格特性[ビッグファイブ]と血液型との間に全体的な関係を示さなかった。
したがって、これらの知見は、血液型が性格に関係していないという主張を支持する。
Completed surveys were collected from 182 volunteers (97 male, 85 female), and participants formed a fair representation of blood types in the U.S. -- 56.0% type O, 30.2% type A, 10.4% type B, and 3.8% type AB. Results of our analysis (MANOVA or Multivariate Analysis of Variance) showed no overall relationship between the five broad personality characteristics and blood type.
Therefore, these findings support the contention that blood type is NOT related to personality.
このことは、まさに心理学の限界を示しているのですが、さすがにアメリカでもそうは言えないんでしょうね。拙ブログの説明は次の通りです。
心理学では血液型と性格を分析できない!?-性格検査の問題点
http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2015-02-19
面白いのは、アメリカでも「血液型と性格」の話題が徐々に浸透してしてきているということです。以下は、この記事の要約からです。
この主張[血液型と性格は関係がある]は広く普及しており、世界の特定の地域、すなわち日本で受け入れられている。 この信念は、最近、人気のある書籍、「答はあなたの血液型」[Peter Constantin: The Answer is in Your Blood Type]に書かれているような主張を通じて、米国でも(再)紹介されている。
This claim is widespread and largely accepted in certain parts of the globe, namely Japan. This belief is also being (re)introduced in the U.S. more recently through popular books and claims such as those outlined in The Answer is in Your Blood Type. (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/09/03 09:22:32)

(回答日時:2017/09/10 12:17:54)

連投失礼します。
>>、私だけに限らず、肯定的な言説なら日本の学会では無視され、清水先生の意見と思われる「血液型と性格に肯定的な論文は査読ですべてリジェクトされる(学会発表も同様である)」も正しいものと考えられます。いかがですか?
>――ご意見としては理解できますが、実際に研究活動(論文投稿や学会発表などの手続き)をしていないABOFANさんと、研究者としてリジェクトの構造を問題視している清水先生を同列に置くことはできないでしょう。この書き方ですと、過去にABOFANさんも学会の場で同じような目に遭ったということでしょうか?(回答日時:2017/08/28 12:02:17)
――予想どおり「回答拒否」ということですね(苦笑)。私が引用しているのは、現在の学会の有力メンバー自らの発言ですから、私が研究活動をしていない(いる)かどうかは関係ないのは明らかです。まさか、学会に属しているらしい管理者さんが、そんな基本的なことを知らないはずはないでしょう。
念のため、私が引用した文章は、実際に書いた方(複数)にお会いして(ある程度事実を)確認しています。よって、管理者さんの発言よりは何倍も信頼性があるはずです(特に根拠が示されていないので…)。
私の主張に反証するなら、管理者さん自身の体験や他の方の文章を第三者が検証できる形で提出する必要があります。しかし、この掲示板の過去のやりとりからすると、失礼ながら管理者さんができるとは思えません。とはいっても、密かに反証を期待しているのもまた事実です。しかし、残念なことに、その期待は毎回裏切られています。
ついでに、管理者さんの昔の回答ですが、
【引用開始】
ABOFANさん
>縄田氏が「アメリカ2004」(Q22)で有意差が出ていることを意図的に隠蔽したかどうかは不明ですが、追加分析2では意図的に基準を変えて、有意差が出ていることを隠蔽したことは明らかです。
>統計的に間違っていることは明らかです。しかも、学会員にもその間違いに気付いている人もいます。
となると、その“意味”は「大本営発表」としか考えようがありません。つまり、何らかの意図を持って、一般向けに間違った情報を流しているということなります。違いますか? では、その意図とは何かと言われても私には答えられませんが、とにかく「血液型と性格」に関係があっては絶対に困る(苦笑)、ということなのでしょう、たぶん。
――ほぉ、つまり、ABOFANさんの世界の中では、「血液型性格診断」にはいわれのない”陰謀”が憑りついている、と認識されているのですか…。なるほど、それは興味深いですね。
ではその陰謀とやらは、「誰が」「何の目的で」行っているものだと思われていますか?ABOFANさんの独断と偏見で結構ですので、そのあたりのお考えを詳しくお聞きしたく…。
(回答日時:2015/06/05 10:29:47)
【引用終了】
これだけ管理者さんの“回答拒否”が続くと、私はそれは一種の“陰謀”だといってもよいと思います。これはそもそも管理者さん自身が行っているのですから、その「目的」を説明する責任があると思いますが、いかがお考えでしょうか?
大変失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/31 22:13:04)

(回答日時:2017/09/10 12:16:16)

さすらいの馬券師さんからコメントをいただたけのは予想外です。ありがとうございます。
>私もABOFAN氏と議論するつもりは毛頭ありません。
――この回答は私の予想どおりですね。実は、さすらいの馬券師さんが典型ですが、否定側の反応には非常に再現性があります。それは、ほとんど100%と言ってもよいでしょう。例えば、
>ABOFAN氏は先の投稿で「議論にならないのは、否定側にほとんど知識がない事が原因です」とおっしゃっていますが、そもそも議論とは知識の量を競い合ったりぶつけ合ったりするものではありません。
――文字通りに解釈すれば、科学的な知識やバックグラウンドがなくとも、相手を“科学的”に否定できるということになりますが…。ひょっとして、反証もデータも何も示せないけれど、議論の相手(私)は間違っていると確信しているということなのでしょうか? 普通は、こういう主張は「疑似科学」と言います(苦笑)。
>ABOFAN氏がここに提供する情報や質問の量の多さも問題だと思います。(中略)このサイトは様々な項目を取り扱っており、ABOFAN氏だけを相手にしているわけでは無いのです。にもかかわらず、自分の投稿が掲載されるのが少し遅くなっただけでそれを批判するような投稿を繰り返すという姿勢は、社会人としていかがなものかと首を傾げざるを得ません。
――これは事実に反します。管理者さんや山岡先生をはじめとして、私の質問や疑問にことごとく“回答拒否”なのです。では、回答拒否の証拠として、かなり昔の「効果量」の質問を再掲します(回答日時:2015/11/10 10:32:28)。
【引用開始】
どうやらこのサイトでは、自分の答えたくないことは回答しないというのが「基本方針」らしいので、あえて管理人さんが答えたくない質問をして、“回答拒否”を延々と繰り返す、という方向にやむなく方針転換します。あらかじめご了承ください。
では質問です。
>ちなみに、クラメールの連関係数についてコーエンの原著をあたってみたのですが、効果量に関するリストには載っていませんでした。コーエンの後継者らによる何らかの研究があるのかもしれません。(回答日時:2015/10/13 21:09:42)
ということですが、それにもかかわらず
>では、「効果量・中」であるデータをお示しいただけますでしょうか?
という質問をいただきました。ですので、管理者さんの「効果量・中」の定義をお願いします。
【引用開始】
この質問には未だに管理者さんから回答がいただけていません。なお、「効果量」(初歩的なケース)はこの掲示板では必須の知識だと思っています。まさか、さすらいの馬券師さんが、このことを否定されるとは思えませんが…。
>楽しく議論できるならまだしも、不毛な議論に時間を割くつもりはありませんので、その点はご理解下さい。
――科学的な論争に参加するのに、そもそもベースとなる知識がないとするなら、それで“楽しく議論できる”と考えるのはおかしいと思わないのでしょうか?
もっとも、以上のことから、さすらいの馬券師さんは、ある意味非常に正直な方であることは疑いようがありません。それはそれで、賞賛されるべきことで(私とは逆に?・苦笑)人格的に円満な方だとは思います。
>ご指摘の通り、ABOFAN氏とのコミュニケーションにはそれだけで多大な労力が要され、しかもその甲斐なく徒労に終わることが多いです。
――はい、否定はしません(苦笑)。その理由は、さすらいの馬券師さんのおっしゃるとおりで、管理者さんに血液型や統計の知識が不足しているからです。また、基本的な科学的知識がないことも、「マイナスイオン」に関するJISを知らなかったことから明らかです(苦笑)。
>ABOFAN氏とのやり取りについて(失敗の)科学コミュニケーション実践例としてまとめ、そこに介在する「失敗の要因」を(メタ的に)検討することもできるのではと現在計画しております。
――逆の意味で、ぜひお願いしたいと思います。effect sizeを知らないで「血液型性格診断」を否定する、JISを知らないで「マイナスイオン」を否定する…。(失敗の)科学コミュニケーション実践例としては、非常に適切なのではないかと…。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/31 21:52:24)

(回答日時:2017/09/10 12:16:01)

私の投稿に対して、ABOFAN氏から返信(?)があったようですね。
ある程度予想していた事ですが、ABOFAN氏は文章の読解力に欠けているようです。先の私の投稿は、ABOFAN氏に対してのものではなく、このサイトの開設者の方々や、ABOFAN氏の投稿に疑問を抱いている閲覧者の方々に向けて書いたものです。そのため、簡潔に要点を述べたわけですが、この点が全く理解されていないようです。また、自分が文章を書く際にも、思いついた事を羅列しているだけのようで、読む人にわかりやすく伝える、という発想が無いようですね。文書で議論しようとする際、この読解力の無さ、文章力の無さは致命的と言えるものです。
さらに、議論をする、という事が根本的に理解できていないようです。ABOFAN氏は先の投稿で「議論にならないのは、否定側にほとんど知識がない事が原因です」とおっしゃっていますが、そもそも議論とは知識の量を競い合ったりぶつけ合ったりするものではありません。得られた情報を客観的に分析・評価し、それを元に理論を積み重ね、結論を導き出す、その過程において様々な意見、見解をぶつけ合うのが議論です。必要なのは知識の量ではなく、理論的・論理的な思考、客観的に全体像を把握する理解力、判断力です。ABOFAN氏はその能力が不足しているため、多くの所で相手にされなくなっているのですが、その自覚は無いようですね。また、多すぎる情報はむしろ論点をあやふやにしてしまうなど、議論の妨げになる危険性がある、という事も付け加えておきます。
さらに、ABOFAN氏がここに提供する情報や質問の量の多さも問題だと思います。例えば論文を一つ読むとなると、参考文献にも目を通す必要が出てきますし、内容によってはかなりの時間と労力を必要とします。その上様々な質問も乗せて来るわけですから、目を通し、評価、回答しようとすれば、相当な時間を必要とします。また、このサイトは様々な項目を取り扱っており、ABOFAN氏だけを相手にしているわけでは無いのです。にもかかわらず、自分の投稿が掲載されるのが少し遅くなっただけでそれを批判するような投稿を繰り返すという姿勢は、社会人としていかがなものかと首を傾げざるを得ません。
これまでの経緯から、ABOFAN氏と建設的な議論が成立しない事は明白で、多くの所で相手にされなくなっている事は十分に理解できます。しかし、先の投稿でも指摘しましたが、やはりABOFAN氏は相手にされなくなった事を、自分の言っている事が正しい、あるいは相手は間違っている事に気付いたから返事をして来なくなった、と解釈しているようです。本当にそう思っているのであればどうしようもありませんが、解った上でそう解釈しているのであれば問題です。なぜなら、ここでやっているように多くの情報提供、質問を絶え間無く送り続け、相手がうんざりして返信が来なくなったのを、自分の主張が正しかった、と勝利宣言のようにホームページに掲載する、という手法が使えるからです(もっとも、ABOFAN氏が一般社会に対してどの程度影響力があるのかはわかりかねます)。

と、ABOFAN氏から返信(?)がありましたので、もう一度ここに私の見解を述べさせてもらいました。しかし、私もABOFAN氏と議論するつもりは毛頭ありません。議論が成立しない事は明白ですし、ABOFAN氏の文章は支離滅裂で読みづらくて仕方ありません。また、ABOFAN氏にとって血液型性格診断はライフワークかもしれませんが、このサイトにとっては多くの項目の一つに過ぎませんし、私にとっても話のネタの一つくらいのものなのです。楽しく議論できるならまだしも、不毛な議論に時間を割くつもりはありませんので、その点はご理解下さい。


(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/29 12:10:01)

ご投稿ありがとうございます。
丁寧に、かつ論理的なコメントにてABOFAN氏とのやり取りについて検討されていると思います。ご指摘の通り、ABOFAN氏とのコミュニケーションにはそれだけで多大な労力が要され、しかもその甲斐なく徒労に終わることが多いです。また、氏は他人を不快にさせる論述テクニックをよく心得ているため、うかつに関わると精神的にも残念な思いをさせられてしまいます。
ただ、コミュニケーション研究的な目論見としては極端な論者との対話によって得られる知見もあると考えております。たとえば、他の方からも何度か希望があったのですが、ABOFAN氏とのやり取りについて(失敗の)科学コミュニケーション実践例としてまとめ、そこに介在する「失敗の要因」を(メタ的に)検討することもできるのではと現在計画しております。 (回答日時:2017/08/31 15:10:56)

今回も情報提供です。
Facebookには、そのものずばり、Blood Type Personality というコミュニティがあります。
https://www.facebook.com/BloodTypePersonality/
現在、186,195人がフォローしているので、結構な規模です。
参加メンバーは、ベトナムやインドネシアなどの東南アジアや、パキスタンなどの南アジアが多いようですね。
規模が大きいこともあり、難しい内容ではなく、軽いノリの話題が多いようです。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/27 23:42:18)

(回答日時:2017/08/28 11:44:50)

今回は情報提供です。5月27付の私の投稿
インターフェース 2017年4月号 顔写真から血液型を当てるラズパイ人工知能に挑戦してみた
の開発秘話が、この執筆者が勤務している会社のサイトで読めます。
「組込み×ディープラーニング」開発秘話について、『Interface 4月号』には載せきれなかった内容をBee中村仁昭、岩貞智に徹底インタビュー! http://www.bee-u.com/interface.html
それによると、開発には顔写真の素材集めが一番大変だったそうです。
システム構築が大変だと思っていたのですが、クラウドが使えるのでそうでもないのでしょうか? (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/26 12:52:06)

(回答日時:2017/08/28 11:45:12)

今回も長々と連投失礼します。さすらいの馬券師さんの次の投稿ですが、
>この項目にやたらと投稿している人がいるので気になって少し調べてみました。
>ABOFAN氏はここに限らず、血液型性格診断に対して批判的な見解を述べている様々なブログ、ホームページに投稿を繰り返しているようですね(一部では有名な方のようです)。
>全てを見たわけではありませんが、総じて言えることは「議論にならない」ということです。ABOFAN氏は理論的な考え、論理的思考が欠如しているようで、理論的な説明がまず理解できていない様子です。一方で独自の理論を振りかざし、回答する側を困惑させています。この人にどう説明したらいいんだろう、と。
>(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/18 09:51:44)
あまりにも誤解されているので、反証を示しておきます。
それは、今までに統計的な差はないと主張していた否定論者は、現在まで例外なく沈黙しているということです。具体例を私のサイトから引用します。
【例1】 kikulogの菊池誠先生(阪大)
http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/kikulog.htm
《引用開始》
きくち May 6, 2007 @11:05:11
「多くの日本人が"関係あり"と思いこんでいるにもかかわらず、心理学の調査では関連が見いだせないほど、弱い相関しか存在しない」ということです。「弱い相関」もないのかもしれません。
エントリー:血液型と性格
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1158225244
-----
これは、次の2.の坂元さんや、3.の最近の心理学の文献で否定されています。
2. 山崎賢治・坂元章 1991 血液型ステレオタイプによる自己成就現象-全国調査の時系列分析- 日本社会心理学会第32回大会発表論文集
血液型と性格の自己報告との間の相関は、弱いが認められた。さらに、一般の人々の性格の自己報告は、大学生の血液型ステレオタイプに合致していることがわかった。
http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/sakamoto.htm
3. 最近の心理学の文献
-----
A. 自分の性格の評価に血液型ステレオタイプが与える影響 工藤 恵理子(東京女子大学)
 全体として、血液型ステレオタイプに合致するような自己評価が認められた
B. 血液型性格項目の自己認知に及ぼすTV番組視聴の影響 山岡 重行(聖徳大学人文学部)
 高受容群では11項目で血液型の主効果が認められ、低受容群でも2項目で血液型の主効果が認められた。 
C. 潜在的な血液型ステレオタイプ信念と自己情報処理 久保田健市(名古屋市立大学)
 特性語の種類の主効果(F(1,32)=9.80, p<.01)と特性語の種類×参加者の血液型の交互作用(F(3,32)=3.22, p<.05)が有意だった…定義づけ課題の結果についても,同様の2要因分散分析を行ったところ,特性語×参加者の血液型の交互作用が有意だった.
D. Physica A: Statistical and Theoretical Physics Volume 373, 1 January 2007, Pages 533-540
Blood-type distribution
 Beom Jun Kim, Dong Myeong Lee, Sung Hun Lee and Wan-Suk Gim
 A psychological implication for the case of B-type males is also suggested as an effect of a distorted implicit personality theory affected by recent popularity of characterizing a human personality by blood types.
[大意] MBTI検査では、ただ1つB型男性を除いては血液型による差がなかった。これは、血液型ブームによる歪みが現れたものと考えられる。
-----
なぜここまで“回答拒否”なのでしょう? 統計的に「関係がある」と認めるのは、それほど問題があることなのでしょうか?
《引用終了》
これに対しては、現在まで徹頭徹尾回答拒否です。
【例2】 このサイトの共同研究員 菊池聡先生
http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/kikuchi.htm
《引用開始》
私からのメール -- H11.6.6[論旨に影響がない範囲で表現を一部改変しています]
突然のメールをお送りする非礼をお許しください。血液型と性格に関するHP『ABO FAN』の作者です。
菊池先生の月刊「百科」の記事(98年2月号「血液型信仰のナゾ」)を拝見いたしました。内容は非常に興味深かったのですが、その中で少々質問させていただきたいのです。
先生は、「血液型と性格に関係があるというデータをきちんと示してもらえば」(同記事31ページ中段6行目)とのことですが、これは心理学者によって既に(何回も)示されています。
例えば、1991年11月号の「科学朝日」の記事の要約を示しておきます。
http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/kagaku-asahi.htm
(ページの中ほどの坂元先生の図にご注目ください)
これは、延3万人の完全なランダムサンプリングのデータですから、信頼性には全く問題ないはずです。
いかが思われますか?
お忙しい中大変恐縮ですが、ご返事いただければ幸いです。
最後になりますが、乱筆・乱文ご容赦ください。
菊池先生からのご返事(要旨) -- H11.6.7[論旨に影響がない範囲で表現を一部改変しています]
「単純に差がある-ないの二分法で考えれば松井さんの見解と坂元さんの見解では矛盾があります。データ解釈を巡るこうした矛盾はたまにあることです。これを機に、血液型性格相関説を唱える方々も、この矛盾を解決するような研究をバンバンやって欲しい」というコメントを得ました。なお、菊池先生の血液型性格判断についての見解は、夏に平凡社から発売される新書を見て欲しいとのことです。
《引用終了》
その後は、統計データに関して沈黙されているようです。このサイトでは血液型に関して何の発言もありません。
【例3】 NATROMさん
http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/natrom.htm
《引用開始》
平成15年(2003年)5月16日付けの「NATROMさんからメール」へ反論では、
> 「統計データがあればメカニズムは無視してもいい」と考えます。
> …私が問題にしているのは、メカニズムの不在ではなく、統計データが不十分であることです。
は、現在まで何回質問しても“回答拒否”でした。
#現在では統計的に有意な差を示している統計データは複数あります。
そこで、NATROMの日記のコメント欄で質問したところ、“回答拒否”だけではなく質問することも自体も禁止されてしまいました(2013.9.7)。
次が、削除された内容です。
2003.5.16付のNATROMさんからのメールですが、
> 「統計データがあればメカニズムは無視してもいい」と考えます。
> …私が問題にしているのは、メカニズムの不在ではなく、統計データが不十分であることです。
代表例ですが、
A. 自分の性格の評価に血液型ステレオタイプが与える影響 工藤 恵理子(東京女子大学 2009)
 全体として、血液型ステレオタイプに合致するような自己評価が認められた
B. 血液型性格項目の自己認知に及ぼすTV番組視聴の影響 山岡 重行(聖徳大学人文学部 2006)
 高受容群では11項目で血液型の主効果が認められ、低受容群でも2項目で血液型の主効果が認められた。 
C. 潜在的な血液型ステレオタイプ信念と自己情報処理 久保田健市(名古屋市立大学 2007)
 特性語の種類の主効果(F(1,32)=9.80, p<.01)と特性語の種類×参加者の血液型の交互作用(F(3,32)=3.22, p<.05)が有意だった…定義づけ課題の結果についても,同様の2要因分散分析を行ったところ,特性語×参加者の血液型の交互作用が有意だった.
http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2009-10-25
念のため、これらの論文の結論は、
A.「血液型ステレオタイプに合致するような自己評価が認められた」
B.「血液型の主効果が認められた」
C.「交互作用が有意だった」
は、要するに「統計的に有意な差があった」ということです。
ぜひ回答をお願いします。
なぜここまで“回答拒否”なのでしょう? 統計的に「関係がある」と認めるのは、それほど問題があることなのでしょうか?
《引用終了》
【例4】let's skepticさん
http://lets-skeptic.hateblo.jp/entry/2017/04/28/180543
《引用開始》
[let's skepticさん]
「質問が“有名な特性”でなはない」からエフェクトサイズが小さいというのは、FAQ -3-で既に書いたように報告にバイアスが掛かっていると疑うべき要素です。
id:ABOFAN
私が知る限り、[差が出ているデータにあるとされる]バイアスの存在を直接的に証明したという論文や研究報告は聞いたことがありません。そこで、前回は出典をお願いしたのですが、let's skepticさんから回答はありません。つまり、バイアスが存在するというのは、“目撃証言”だけでUFOの存在が証明できたというレベルの“疑似科学”です。
id:ABOFAN
10日間が経過しましたが、どうやら“回答拒否”のようですね。
では、let's skepticsさんから次の回答があるまでは、
自己報告型の質問紙調査の結果は、通常「その人の性格そのもの」を表わすと受け取られている(「その人の性格」ではなく、あくまで「その人の性格の認知」を表わすというふうにもってまわった考え方は普通しない)。[出典:白佐俊憲・井口拓自 血液型性格研究入門]
という見解を否定できる文献は「ない」ものとさせていただきます。
つまり、“思い込み”の存在が直接的に証明された文献はないということですから、現時点ではlet's skepticsさんの指摘は間違っているということになります。
同じようなことは、山本弘さん、菊池誠さん…にも当てはまります。
よろしいでしょうか?
id:lets_skeptic
いいえ。よろしくないです。
id:ABOFAN
更に30日間が経過したので、“回答拒否”と判断させていただきます。
《引用終了》
といった感じです。1例だと納得されないかもしれないので、長々としつこく4例ほど出しました。
これらに共通するのは、過去の自分の間違いや“非科学的”なことは、たとえ反証があっても絶対に認めない(?)といった、非科学的、疑似科学的、かつ頑なな態度です。
私がこの点を追求すると、確かに“議論にならない”とか“理論的な考え、論理的思考が欠如している”とか“理論的な説明がまず理解できていない”と印象論を振りまかれます。それは、この掲示板でも多かれ少なかれ共通しています。しかし、このように、それは真逆であることが現実のデータで示されているわけです。
ちなみに、上に紹介した何人かは査読ありの「論文」も書かれているわけで、それが私が学会や論文をあまり信用していない理由となっています。
早くまともな論文が査読を通るような環境になってほしいと切に願っています。
なお、以上の私の説明は「反証可能」であることを付記しておきます。
大変失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/21 21:37:37)

(回答日時:2017/08/28 12:06:33)

前回の投稿の一部で、さすらいの馬券師さんの敬称が抜けている文章がありました。大変失礼しました。
ついでに、「血液型と性格」と差別は無関係ですので付記します(誤解されると困るので、蛇足ですが念のため)。
無関係というのは、血液型と性格に関係がないから“差別”だというなら、仮に関係があるとするなら“差別”してもいいということになるからです。これは誰が考えても明らかにおかしいですよね?
もちろん、関係があるかどうかとは別に、血液型による差別はするべきではありません。よって、関係があるかどうかと“差別”は無関係です。それは、男女差があるかどうかと男女の差別の是非の区別と同じです。
しかし、否定論者は意図的かそうでないかはわかりませんが、この本来は無関係なはずの問題を同一視しようとします。
さすらいの馬券師さんが、この“差別”に踏み込まなかったのは、さすがに見識があると感じました。
さて、この“差別”問題が一般に大きく取り上げられるようになったのは、私の記憶だと「血液型と性格に関係があるというのは非科学的で差別的」と断定した2004年の「BPOの要望」以降です。http://www.bpo.gr.jp/?p=5125
そのせいかどうかわかりませんが、確かに血液型と性格の話題がマスメディアに取り上げられることは減りました。
理由は、おそらく池田信夫さんが言っているとおりなのでしょう。
「戸籍」に大騒ぎするマスコミのサラリーマン根性 http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/52000167.html
・蓮舫問題では朝日新聞が社説で「戸籍謄本の公表は差別につながる」と話をすりかえたが、国籍はプライバシーではない。
・戸籍と差別は無関係である。
・ではマスコミがこれほど戸籍に騒ぐのはなぜだろうか。それは彼らのサラリーマン根性が原因だろう。戸籍や個人情報で騒ぐことを職業とする「人権屋」が恐いからだ。
・私がNHKにいたころは、報道局の直通電話が鳴りやまないほどかかってきたり、デモ隊が毎日、押しかけてきたりした。(この部分だけ「ブログマガジン」から)
念のため、この「BPOの要望」は実質的に撤回されています。また、“差別”といった意見は、BPOのサイトに掲載されている9件だけらしいです。なお、これは裁判の結果ですから、「事実」として確定済のものです。 http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2016-07-20
私の推測ですが、このときのBPOの7人の委員のうち3人が心理学者ですから、この「要望」にはおそらく“大人の事情”が働いたのだと推測します。
それから、「弁護士ドットコム」によると、法律的にも「血液型と性格」の話題は“差別”ではありません。
「B型の人はワガママだ」血液型で性格を決めつける「ブラハラ」のどこが問題か? https://www.bengo4.com/roudou/n_3263/
・単に『血液型のことで嫌なことを言われ、不快な思いをさせられた』というだけでは、ただちに違法ということになるわけではありません。
それは、以前の投稿で紹介した、「キリスト教の子供のお祈り」と同じことです。
重ねて失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/20 09:56:28)

(回答日時:2017/08/28 12:06:58)

連投失礼します。さすらいの馬券師さんの次の投稿ですが、
>この項目にやたらと投稿している人がいるので気になって少し調べてみました。
>ABOFAN氏はここに限らず、血液型性格診断に対して批判的な見解を述べている様々なブログ、ホームページに投稿を繰り返しているようですね(一部では有名な方のようです)。
>全てを見たわけではありませんが、総じて言えることは「議論にならない」ということです。ABOFAN氏は理論的な考え、論理的思考が欠如しているようで、理論的な説明がまず理解できていない様子です。一方で独自の理論を振りかざし、回答する側を困惑させています。この人にどう説明したらいいんだろう、と。
>(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/18 09:51:44)
あまりにも誤解されているようなので、ぜひ説明させていただきたく。
議論にならないのは、否定側にほとんど知識がないことが原因です。だから、「理論的な考え、論理的思考が欠如しているようで、理論的な説明がまず理解できていない」のは否定側であって、その逆ではありません。
では、さすらいの馬券師の見解に実例で反証します。
まずは、私が参加した次のブログを実際にご覧になってください。
読めばおわかりのように、おそらく(私以外の?)誰も論点となっている、原典の縄田論文を読んだ人はいない模様です。
それで血液型を否定できるのは、「疑似科学」であり「非科学的」と言うことになりませんか?
以下は、私のブログからの抜粋です。
――――
BLOGOS顛末記 http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2014-08-09
読売新聞の記事[2014年7月19日の縄田論文の紹介記事]に刺激されて、BLOGOSに2件ほど記事が出ました。
松田公太 2014年07月20日 13:00
なぜ日本で血液型診断が流行ったか
http://blogos.com/outline/90881/
[8/9現在の意見112件]
赤木智弘 2014年07月26日 08:10
ニセ科学の連鎖は続く
http://blogos.com/article/91249/
[8/9現在の意見301件]
私も参戦したのですが、何も議論にならないうちに相手が引っ込んでしまったようです。
この記事を書いた人も、意見をした人も、おそらく誰も原典の縄田論文を読んだ様子はありません。
特徴的なのは、血液型は怪しげな“ニセ科学”というイメージだけで、上から目線で否定するというパターンが大半であることです。
ですから、私からの質問「原典を読んだのですか」「実際に検算をしてみましたか」は予想外だったらしく、反対者のすべてが沈黙してしまいました。
推測するに、BLOGOSの否定派は、原典を読まないのではなく、統計的検定がわからない(内容がわからない)のかもしれません。
だから、私の質問にも答えられないので沈黙するしかしないと…。(失礼!)
そういう意味では、否定派、あるいは心理学者のイメージ戦略は成功していると言えるでしょう。
――――
そのほかにも、同じような記事
NATROM 2013年07月02日 0:00
血液型と性格の関係を否定するまずい論法について
http://blogos.com/article/65511/forum/
がありますが、否定派が何も調べていなくて、頭ごなしに否定するパターンは全く同じです。
後日だんんは、その後の「NATROMの日記」にもありますが、これまた同じことです。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/touch/comment/20130702/p1
その一例ですが…
――――
ABO FAN 2013/07/11 00:07
十六夜さん、コメントありがとうございます。
念のため、「反論はないのでしょうか?」は 2013/07/07 09:39 「ちょっと茶々を…」も含んでいますので、特に十六夜さんだけを指しているのではありません。
では、現在の時点で、以下の点について反論はないと確認させていただきます。
1. 他の調査では「有名な特性」ならユールのQ(相関係数)では0.2~0.3なので「ごく小さな」ではない。
2. 自己診断が当てにならない(=本当の性格でない)なら、その人のアンケートは無意味(ウソの回答なので)。
3. NATROMさんが紹介しているNIHの論文では、Big5(NEO)を使っているので差が出ないが、他の性格検査(例えばMBTIやTCI)なら差が出てている。
4. 坂元さんの研究報告で「ごく小さな相関」なのは、A型は几帳面や神経質、B型がマイペースといった「有名な特性」を質問していないからである。
#つまり、NATROMさんの主張は、ことごとく否定されることになります。
――――
こんな“非科学的”なことが、よく飽きもせずに毎回毎回繰り返されるのか不思議に思いませんか?
そして、それはこの掲示板でも同じことです。
この掲示板では、血液型なんかよりマイナスイオンの方が何倍もひどいことは、ご存じのとおりです。
いわゆる「マイナスイオン」が何であるかは、JISできちんと規定されているわけで、測定方法も決まってますし、JIS準拠の測定器も市販されています。
それを、JISも知らないで、あるいは知っていても否定するというのは、まさに「非科学的」で論外なわけですが、こんなことを堂々と書いてしまうという神経が、私には到底信じられません。
#ちなみに、この掲示板の総括責任者は某大電機メーカー出身ですが、内容をチェックしないのでしょうか…。
といった状況ですので、そこらへんの事情をご賢察下さい。
まあ、私の個人的な希望としては、こんなことを血液型の議論でしたかったのですが、掲示板の過去ログを読めばわかるように、今まで全て拒否されているわけです。
最初からオンラインでというのはやりにくいでしょうから、オフラインでと思っていたところ、2年ほど前に管理者さんからお誘いがありました。
大変喜んでいたのですが、どこかでストップがかかったらしく、そういう“本音”の話はしてはいけないことになったようです。
その後に、実際にオフラインで話はさせていただいたのですが、残念ながら私の発言の時間はほとんどありませんでしたし、本音の話は全くできませんでした。
実は、某心理学者(複数)とは、オフラインでじっくり血液型の話をしたことがあります。
そのときの話と、公開されている「公式」の話は全然違います(笑)。
その「公式」の話をもとに、この掲示板で血液型の議論を展開されてもちょっと、というのが私の正直な気持ちです。
#全くわかってないなあ…と白けています・苦笑
おわかりいだけますでしょうか?
そこで、どうしてもこの原因を知りたくて、いろいろと調べたところ、朱子学に行き当たったわけです。
確かに、それなら、いままでの“疑似科学批判”側のあまりにも非科学的な行動が、実に見事に説明できます。
まさに目からウロコでした。
それが、前回までの朱子学関連の投稿となります。
繰り返しになりますが、朱子学的な解釈だと、科学=朱子学=権威ですから、自分が間違っていることは絶対に認められないわけです。
論文にしないと議論の議題に認められないということですが、審査・判断する側の大多数が私より知識がないのですから、そもそもお話になりません。
それは、この掲示板の議論で尽くされているわけです。
もちろん、私より知識がある人も少数ですがいます。
#英語の論文の査読者ならかなり多いので、そういう人には当然ながら私も敬意を払いますし、謙虚な態度でいたいと思います。
おそらく、この調子でいくと、血液型関連の議論は英語(あるいは中国語)がメインになり、その権威が日本に「逆輸入」される可能性があると思っています。
現に、弘前大の土峯章子さんの(肯定的な内容の)論文が、PLOS ONEに投稿・掲載されたのは、そういう状況を象徴するものです。
余談ですが、石川・清水両先生も、2011年のデータを再分析して、英語誌(オンラインでも)に投稿した方がいいのではないかとも思えます。
私も、英語情報の発信を真剣に考えています。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/20 07:34:32)

(回答日時:2017/08/28 12:05:58)

申し訳ありませんが、今日の冒頭の投稿(11:00当初、11:55差し替え)の次の部分に誤りがあったので訂正します。
>1. 少なくとも、石川・清水先生の血液型の論文は「まともな」ものではない
>ということになります。
>なお、この論文の内容は、このサイトの参考文献に紹介されている「清水武・石川幹人 ABO式血液型と性格との関連性―主要5因子性格検査による測定」にありますし、それがリジェクトされたと思われる理由は「清水武 心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究」で読めます。
>お手数ですが、この論文のコメントをいだけないでしょうか? そうでない限りAABAさんの発言は根拠がないものとなりますが…。
>と書いて気が付いたのですが、この2つは(いつの間にか?)このサイトの参考文献から削除されたようです。それは、ひょっとして、何か問題があったからなのか、あるいは「まともな」論文ではないという理由なのでしょうか? AABAさんが正しいということですか?
――この最後の文章は間違いです。清水先生の論文は、参考文献の「(24)『よい教育とは何か』 西条剛央 京極真 池田清彦」に収録されています。ただ、清水先生の論文タイトルが明記されていないのは不思議です。だから読み落としてしまったというのは言い訳になりますが、ひょっとしてタイトルが「心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか」なので、それを書くとこのサイトには都合が悪い?ということなのでしょうか…。
いずれにせよ、誤りがあったのは事実なので訂正してお詫びします。m(._.)m

>それにしても、方向性はともかく、ABOFAN氏の情熱には頭が下がります。
(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/18 09:51:44)
――これはどでしょうか? あまりにも、管理者さんが“回答拒否”を連発するので、何回もしつこく質問しているわけで、それを「情熱」だと感じられるのは、ちょっと違うという気もします(苦笑)。

ついでに、論文だからといって、AABAさんのおっしゃるように、必ずしも審査が正しくされるわけではありません。それは、清水先生の「心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究」に書いてあるとおりです。
また、
>> 現在のAABAさんの統計の知識が私以下である可能性はかなり高いです。
>否定しませんよ。まあ、普段使ってませんから、数式のこねくり回し方なんかは忘れてますしね。ただ、どんなに高度な数式を知っていても、恣意的に使っているようでは統計を「わかっている」とは言えないと思いますがね。
(中略)
>すなわち、論文になっていないもの(ABOFANなんちゃら血液型統計)は議論する以前の段階、なのです。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/05/16 20:29:23)
――実は、これには反証があります。それは、清水先例の論文の例を見ればおわかりかと思います。次は、別の証拠です。
■佐藤達哉+渡邊芳之+尾見康博氏『心理学論の誕生』(2000年)
211~212ページ
佐藤[達哉氏] ぼくは、某達心理学研究(笑)という学術誌の常任編集委員をしてたことがあるんだけれども、共分散構造分析が使われ始めた頃は、使っている人が使い方というか内容を間違えてることがあった。たとえば実際に測定した変数と構成概念の間の矢印の方向っていうのか因果の方向っていうのか、それを全く理解してないで逆に考えている人がいたりしたわけですよ。…論文で言ってることが全然分からない。…
渡邊[芳之氏] そんなの落とせば良かったのに(笑)。
佐藤[達哉氏] ホントは落としたかったけど、他の2人のレフリーがほとんど手放し状態でホメてるのよ(笑)。本来なら2人が「採択」と言っていればそのまま掲載されてしまうのだけれども、それだけは勘弁してほしかったので、「修正再審査」にして、書き直してもらった。そして、再投稿されて再提出された論文を読んだら、他のレフリーもすごく分かりやすくなったって言ってきた。「それまでは自分の共分散構造分析の理解力が足りないんだって思ってました」みたいなことを言っているのよ、他のレフリーが。これゃダメだと思ったよ。
尾見[康博氏] つまり、学会誌のレフリーのレベルでも、ソフト使って流行の統計分析が行われていれば、認めてしまうってことですか?
佐藤[達哉氏] 残念ながらそういうことがあった。…今の大学生が興味を持つようなことを卒論で取り扱おうとしても、なかなか認めてもらえないことが多い。 「超能力は存在するか」なんてことはとにかくタブーなのである。 いわゆる血液型性格判断についても同様である。やってはいけない。 血液型性格判断ブームの研究については近年事情が変わってきたが、タブーとなるテーマであることは変わりがない。
214ページ
尾見[康博氏] 統計に強い人は崇めたてまつれらるわけですよね。…心理学科や心理学専攻は文学部系統に所属することは多いから、数学受験せずに数学が嫌いで大学に入っているわけだし。まあ、そういう人が頻度的に多いわけね、きっと。有意かもしんない、そういう意味では(笑)。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/19 16:41:16)

(回答日時:2017/08/28 12:05:18)

次は、単なる私の感想ですので、特にコメントは不要ですが、あえてコメントを拒否するつもりもありません。
さて、山本七平さんの「1990年の日本」を読み返しているのですが、その中に次の一節がありました。
《クラスの中で持てあましている子供を、クラスの全員が一致して懲罰に付すると決議し、その子供を裸にして「さらし者」にしたという事件があった。それが問題になったとき、教師が「クラスは自治で民主的な決議に基づくのだから、それを否定したら民主主義がなくなる。また、純真な子供の決議なのだから、誤っているはずがない」という意味のことを言ったという。》
さすがに、この文章には時代を感じますね。
まぁ、現在はこんなことはないでしょうが、このことが「民主主義」は関係ないことだけは確かでしょう。新聞記者に意見を求められた山本七平さんは、「そんなことは民主主義と関係ない」と、そして民主主義の前提は「天賦人権」だと、次のような返事をしたそうです。
《「天賦」とは、「天から与えられた」の意味、いわば絶対者によって与えられた絶対的権利であるから、多数決をもってしてもこれは剥奪できない。いわば、「多数決賦人権」ではない。》
ということです。
山本さんは、別なもっとわかりやすい例でも説明しています。
《たとえば、クラスに一人だけキリスト教徒の子供がいる。ところが、みなが「食前に一人だけお祈りなどされると気分をこわす、キリスト教をやめてもらおう」と全員一致で決議したらどうなるか。それも民主主義だから当然だというなら、「思想・信仰の自由」を否定することになる。それらはすべて西欧民主主義とは関係ない、むしろ「一致同心」と内的・外的規範の同一化を要請する日本的伝統だと記した。》
また、山本七平さんは、朱子学のことをこうも言っています。
《ある意味では、これら[朱子学]は徳川時代のエリート教育に基礎が置かれ、その基礎は明治の東京大学に引きつがれ、それを多くの大学が模倣し、これらの点に関する限り現代でも基本的に違わないから、日本人の多くが「無宗教的・疑似科学的・近思録的」世界観の持ち主であっても少しも不思議ではない。》
そういえば、最近の池田信夫さんのブログにも、これを裏付けるような、私の興味を引く記事がありました。
文系の真理は「学問政治」で決まる(2017年08月17日22:21)http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/52001111.html
ですので、このサイトの投稿者のうち、ある一人だけが“疑似科学”を信じている。そこで、「一人だけ“疑似科学”などを主張されると気分をこわす、そんなのはやめてもらおう」と全員一致で決議して“さらし者”にしたらどうなるか…といった事態にならないことを祈っています(苦笑)。
それは、科学とは関係なく、「無宗教的・疑似科学的・近思録的」かつ日本的伝統なわけなのですから…。
ちなみに、海外の論文を読むとわかりますが、仮に「血液型と性格」で肯定的な結果が出たとしても、強いタブーではないようです。タブーがあるのは日本だけらしく、割と“ガラパゴス”的な反応と言えます。
とはいっても、欧米、特にアメリカ・ドイツなどでは、ナチスが血液型で民族差別的なキャンペーンをした過去があるので、自分の血液型はオープンにせずに“個人情報”として扱う傾向はありますが…。アジアではそこまでのタブーは見られません。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/19 14:24:10)

(回答日時:2017/08/28 12:03:43)

前回予告した別の投稿となります。
>清水先生の当該文献を読む限り、血液型性格に肯定的なニュアンスであると論文誌によってはリジェクトされやすいという“空気”のようなものはあるのかもしれません。しかし、すべてがそうだというわけではなく、単に査読者個人の問題であるとも考えられます。現に、清水先生のこのコメント分析の論文は専門書として世に出ているわけですから、一概に決めつけることはできません。
(回答日時:2017/08/18 19:08:22)
――この文章から判断すると、管理者さんは石川・清水両先生、そしてこの査読者には事実関係を確認していないようようです。査読者たちは匿名なので確認は無理でしょうが、石川・清水両先生に(心理)学会の“空気”や、特定の“論文誌”かどうか、確認することは可能でしょう。いかがですか?
では、次に論点を整理して紹介します。
【1】
まず、石川・清水先生の論文が掲載されたのは、『構造構成主義研究』シリーズという専門書の形式をとっており、ふつうの学会誌ではありません。iiiページにも「本シリーズは,従来の学会組織を母体とした学会誌ではない」とわざわざ断り書きがあります。
従って、論文誌はOKかもしれませんが、管理者さんは清水先生や私が論点にしている「学会(誌)」については何も“反論”がないということになります。
【2】→否定的な見解が1人
そして、以前にも紹介しましたが、twitterでは京極先生が、こうおっしゃっています。 https://twitter.com/makver2/status/64457181021470720
次の「清水武 2011 心理学は何故,血液型性格関連説を受け入れ難いのか 学会誌査読コメントをテクストとした質的研究 構造構成主義研究5 92-115」は学会の通説と異なる結果を、査読という閉鎖空間で否定する査読者の言説を分析してます http://amzn.to/mmalZu
【3】→否定的な見解が1人
次は、この論文についての清水武先生のコメントの一部です。
今後の研究論文は,関連説を肯定的に支持する内容が含まれる限り,全て掲載に値しないという判断が下される可能性が極めて高いことになる。やはり,掲載を認めるわけにはいかないという結論が先にあるように感じられる。
【4】→否定的な見解が3人
さて、清水先生の論文の査読者は3人いるようなので、代表的なコメントの一部を紹介します。
[第一査読者のコメント]
(1-1)本調査のような調査データからは「血液型ステレオタイプ」の反映であるという批判を,方法論の上から、永遠に逃れないと思います。
(1-1)血液型研究を調査的手法によって検証?しようというのは出発点として誤っています。
(1-3)そもそも、本研究の「仮説」は何なのでしょうか。血液型(抗原)と何? とが「関係あり」なのか「なし」なのか、最後までわかりませんでした。
[第二査読者のコメント]
(2-3)もちろん,血液型と性格を否定的に論じる現状が間違っており,著者の主張が正しい場合もある。アインシュタインの相対性理論の論文がレフリーペーパーにならなかったように,正しい論文が正当に評価されずに掲載されない可能性もある。しかし,この論文は(仮に正しいとしても)現在の●●が掲載を認めるものではないと思われる。(●●は学会名)
[第三査読者のコメント]
(3-1)遺伝子多型とパーソナリティ測定値の研究で自己申告による血液型との関連性を確認しても,本来の血液型との関連性なのか,本人が思い込んでいる血液型との関連性なのか分かりません。
なお、以前の投稿で紹介したように、第二査読者は、ほぼ間違いなく現在の心理学会の中心人物だと推測されますので、これらの査読者の意見は学界全体のものであり、“査読者個人”や特定の“学会誌”だけではない可能性が極めて高いです。
【5】→否定的な見解が1人
日経ビジネスオンラインに「血液型性格判断は、もう100パーセント非科学的」という記事 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/227278/021700082/
では、東大の四本先生は「サイエンスとしての心理学の講義をとる以上、そこのところはちゃんとしてほしいです。血液型性格判断は、もう100パーセント非科学的」と決めつけているようです。
【6】→否定的な見解が2人
「心理学論の誕生」より
渡邊[芳之氏] そんなことだから、血液型性格判断のデータが統計的に有意★50だったりするとアタフタするんだよ。
★50 一部の心理学者が統計的手法で血液型性格判断を否定しようとしたため、血液型性格判断賛成陣営も統計を勉強し始め、最近では実際に有意差の出る(つまり血液型と性格に関連があるという)データを提出しはじめている。(中略)これらのことに対し、最初のうちは積極的に批判の論陣を張っていた心理学者たちの多くは沈黙している。
佐藤[達哉氏] まあ、怒りというとボクの場合は、血液型性格判断の研究を某誌に投稿したときのことがありますね。レフリーがわけの分からないことを書いてきて、さらにけしからんことに、データがついているからダメだと言ってきて。某誌の他の論文にはデータのついているのがあるのにさ。それなのにオレらのだけ(笑)ダメだっていうわけ(と自分には思えた)。
【2】から【6】までのすべて否定的な態度で、その人数を合計すると8人になります。
管理者さんのいうように、「すべてがそうだ[否定的]というわけではなく」ということに対しては、このように「日本国内の学会」に限ると例外を見つけることは出来ませんでした。
もちろん、このことは反証可能ですので、「査読付き」で肯定的な論文を掲載できる学会がありましたら、ぜひご紹介ください。
ちなみに、日本国内なら査読がないもので肯定的な論文、海外なら査読付きでも肯定的な論文はあります。
ですので、清水先生は英語誌に投稿すればよかったのではないかと思われます。この論文は、お世辞でなく日本語ではレベルが高く、学会誌に掲載されないのはおかしいと思います。英語誌でも十分通用する内容かと…。
>結論から申し上げると、ABOFAN氏との議論は不毛な議論になる事が間違い無く、スルーもしくはブロックするのが賢明であると思われます(実際、ほとんどの場所で相手にされなくなっているようです)。
(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/18 09:51:44)
――以上のことから、私だけに限らず、肯定的な言説なら日本の学会では無視され、清水先生の意見と思われる「血液型と性格に肯定的な論文は査読ですべてリジェクトされる(学会発表も同様である)」も正しいものと考えられます。いかがですか?
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/19 13:04:01)

>ですので、清水先生は英語誌に投稿すればよかったのではないかと思われます。この論文は、お世辞でなく日本語ではレベルが高く、学会誌に掲載されないのはおかしいと思います。英語誌でも十分通用する内容かと…。
――ご指摘頷けます。同意見です。
>、私だけに限らず、肯定的な言説なら日本の学会では無視され、清水先生の意見と思われる「血液型と性格に肯定的な論文は査読ですべてリジェクトされる(学会発表も同様である)」も正しいものと考えられます。いかがですか?
――ご意見としては理解できますが、実際に研究活動(論文投稿や学会発表などの手続き)をしていないABOFANさんと、研究者としてリジェクトの構造を問題視している清水先生を同列に置くことはできないでしょう。この書き方ですと、過去にABOFANさんも学会の場で同じような目に遭ったということでしょうか?
(回答日時:2017/08/28 12:02:17)

7月18日付けの質問に回答いただき、大変ありがとうございました。
直前の投稿(11:00付)では、ついうっかり見落としまいましたので、恐縮ですが今回の投稿と差し替えていただけるとありがたいです。お手数をおかけして本当に申し訳ありません。

>「血液型性格判断に肯定的な論文はリジェクトされるに決まってる~」とか言ってますが、「まともな」(内容はともかく「それなりに」書かれている)論文ならそんなことにはなりません。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/08/08 18:42:48)
――失礼ながら、少々苦笑してしまいました。「まともな論文ならリジェクトされない」ということだそうですが、仮にそうだというなら
1. 少なくとも、石川・清水先生の血液型の論文は「まともな」ものではない
ということになります。
なお、この論文の内容は、このサイトの参考文献に紹介されている「清水武・石川幹人 ABO式血液型と性格との関連性―主要5因子性格検査による測定」にありますし、それがリジェクトされたと思われる理由は「清水武 心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究」で読めます。
お手数ですが、この論文のコメントをいだけないでしょうか? そうでない限りAABAさんの発言は根拠がないものとなりますが…。
と書いて気が付いたのですが、この2つは(いつの間にか?)このサイトの参考文献から削除されたようです。それは、ひょっとして、何か問題があったからなのか、あるいは「まともな」論文ではないという理由なのでしょうか? AABAさんが正しいということですか?
なお、これについては後述します。
>「朱子学」に絡めた批判が最近のABOFANのマイブームのようですが、ざっと見たところでは「朱子学」という言葉を知って使ってみたくて「どうせ偉い人はわかってくれないんだ」と言ってる子供の台詞のようです。大人になりなさい。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/08/08 18:42:48)
――すみません、爆笑してしまいました。なぜなら、まさにABAAさん自身が朱子学の信者であることを、自ら告白されているようだからです。科学の前では「偉い人」と「子供」は平等なはずです。なぜなら、(言うまでもなく)科学は「誰がやっても同じ」だからです。「偉い人」なのは、科学的に正しいとされていることを主張しているからで、決してその逆ではありません(笑)。もちろん、「子供」だいう理由だけで、科学的に間違っているということでもありません。
念のため、以前の私の投稿の一部を再掲します。
【引用開始】
(10)平成25年2月19日、夕刊フジ「激闘の日本史(49)」(井沢元彦著)
<人間を身分だけで判断する悪癖>
松平定信が林子平を処罰した理由。
それは子平の著書である「開国兵談」[注:幕末の「黒船」来航を予言した書で、松平定信が主導した朱子学を正統な学問とした寛政異学の禁で発禁となった]の内容が誤りだと思ったからではない。
地方の藩の医者の弟という分際で、こともあろうに天下のご政道を批判した事、それ自体が許せぬという理由なのである。
これも実は朱子学の影響だ。
(中略)
特に定信のようなガチガチの朱子学徒はまず「こいつの身分は?」という目で人間を見る。そして身分が低いと判断すれば、どんな優れた意見であっても決して受け付けない。
いや正確に言えば、「身分の低い人間が優れた意見など言うはずがないと決めつけてしまう」ということなのである。これが朱子学の生み出す最大の偏見の一つだ。
出所:2016年3月31日 第164回「今月の映画」 http://www005.upp.so-net.ne.jp/jikokaifuku/movie164.htm
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/05/13 09:22:30)
【引用終了】

>先に投稿されているように、非常に限定した質問を投げかけて来ます。これは一見回答者が回答しやすいように見えて、論点を逸らしているように思われます(本来の論点は、血液型性格診断が科学的に見て正しいかどうかであるはずです)。恐らく、あなたの言っている事のここは間違っています→だからあなたの主張は間違っている→だから自分の主張は正しい‥といった流れに持っていきたいのでしょう。また、質問や投稿を繰り返し、相手が根負けするのを待っているのかもしれませんね。
(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/18 09:51:44)
――そういう抽象的かつ印象的なことを言われても、なんともコメントしようがありません。そこで、前回の投稿から一部を抜粋します。
【引用開始】
さて、前回7月31日の回答では「すみませんが、多忙のため今回の質問について回答を考える時間がありません。」とありますが、管理者さんの“回答拒否”を確認するために、しつこいようですが再度同じ質問をさせていただきます。
#質問は7月18日ですので、既に20日以上経過しています。
(中略)
【質問5】この掲示板に紹介されている「心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究 (清水先生)」の趣旨「肯定的なニュアンスの論文は、査読で否定される」は正しいですか?
1. はい
2. いいえ
3. 答えたくない
4. その他→具体的にどうぞ
【引用終了】
これに対して、今回は管理者さんからは次のようなご丁寧な回答をいただいています。
>清水先生の当該文献を読む限り、血液型性格に肯定的なニュアンスであると論文誌によってはリジェクトされやすいという“空気”のようなものはあるのかもしれません。しかし、すべてがそうだというわけではなく、単に査読者個人の問題であるとも考えられます。現に、清水先生のこのコメント分析の論文は専門書として世に出ているわけですから、一概に決めつけることはできません。
(回答日時:2017/08/18 19:08:22)
――しかし、残念なことにこれだけではなんとも言えません。なぜなら、石川・清水両先生とこの査読者には事実関係を確認していないようだからです。原文では、
【引用開始】
(2-3)[第二査読者のコメント]
もちろん,血液型と性格を否定的に論じる現状が間違っており,著者の主張が正しい場合もある。アインシュタインの相対性理論の論文がレフリーペーパーにならなかったように,正しい論文が正当に評価されずに掲載されない可能性もある。しかし,この論文は(仮に正しいとしても)現在の●●が掲載を認めるものではないと思われる。
(●●は学会名)
【引用終了】
となっています。この査読者は、ほぼ間違いなく現在の心理学会の中心人物だと推測されますので、この査読者の意見は学界全体のものであり、“査読者個人”や特定の“学会誌”だけではない可能性が極めて高いです(京極先生のtwitterの他にも、このことを裏付ける証拠もありますが、長くなるので別投稿にさせてください)。
ですから、“空気”については、少なくとも清水先生には「事実確認」をするべきだと思いますがいかがでしょうか?
>結論から申し上げると、ABOFAN氏との議論は不毛な議論になる事が間違い無く、スルーもしくはブロックするのが賢明であると思われます(実際、ほとんどの場所で相手にされなくなっているようです)。
――これがまさに朱子学的な発想であることは、上の井沢元彦さんの解説でよくおわかりかと思います。また、これまたほとんどの否定論者(菊池誠さん、NATROMさん…)でもあてはまることは、私には非常に印象的です。
>ネットを中心に疑似科学やデマなどが広がりやすくなっている現在、そういったモノを冷静に評価してくれるこのサイトの存在意義は低くないと思われます。そんなサイトの開設者の方々が、不毛な議論に時間も労力も割かれ、神経をすり減らしているという状況であるなら、それは「害である」と判断しても良いと思います。
――すみません、今回の管理者さんの反応はまだいい方で、完全に“回答拒否”の質問も数えられないほどあります。私が学会発表ですよね?と管理者さんに確認しているのに、その回答が1回目の回答では全く無視され、「すみませんが、多忙のため今回の質問について回答を考える時間がありません。」とおっしゃています。さすがに1か月後には回答いただきましたが、このよう状況が、さすらいの馬券師さんのように、「不毛な議論に時間も労力も割かれ、神経をすり減らしている」ということになるのでしょうか?
あるいは、AABAさんのように、私が“偉い人”ではなく、“子供”だから回答できないということなのでしょうか?

なお、私の個人情報は、必要に応じて回答させていだきますので、あらかじめご了承おきください。実は、こういうことはよくあります。私が「関係がある」といったデータを示したとたん、突然“回答拒否”になったり、なぜか唐突に個人情報を質問し始めたりするのです。これも、否定論者の典型的な反応で、どういうわけか再現性はかなり高いようです…。

失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/08/19 11:55:16)

>私の個人情報は、必要に応じて回答させていだきますので、
――では、先にうかがったこちらの質問には「回答保留」ということで認識させていただきます。
しかしながら一般論として、仮にABOFAN=金澤氏が事実なのであれば、金澤氏の自費出版書籍等を「第三者による文献」としてご紹介されるのは問題ではないかと思います。ですので、この指摘が事実ではない(ABOFANと金澤氏は同一人物でない)のであれば、そのように表明されたほうがよいとも思います(下手な法律云々のお話をちらつかせると、かえって疑惑が深まるだけではないか、というのが私の意見です)。 (回答日時:2017/08/28 11:51:37)

この項目にやたらと投稿している人がいるので気になって少し調べてみました。
ABOFAN氏はここに限らず、血液型性格診断に対して批判的な見解を述べている様々なブログ、ホームページに投稿を繰り返しているようですね(一部では有名な方のようです)。
全てを見たわけではありませんが、総じて言えることは「議論にならない」ということです。ABOFAN氏は理論的な考え、論理的思考が欠如しているようで、理論的な説明がまず理解できていない様子です。一方で独自の理論を振りかざし、回答する側を困惑させています。この人にどう説明したらいいんだろう、と。
また、ここでも見られるように、質問する際には非常に幅広い質問を投げかけ、回答する側がどれに答えていいのかわからなくする手法も使っています。そうかと思えば、先に投稿されているように、非常に限定した質問を投げかけて来ます。これは一見回答者が回答しやすいように見えて、論点を逸らしているように思われます(本来の論点は、血液型性格診断が科学的に見て正しいかどうかであるはずです)。恐らく、あなたの言っている事のここは間違っています→だからあなたの主張は間違っている→だから自分の主張は正しい‥といった流れに持っていきたいのでしょう。また、質問や投稿を繰り返し、相手が根負けするのを待っているのかもしれませんね。

結論から申し上げると、ABOFAN氏との議論は不毛な議論になる事が間違い無く、スルーもしくはブロックするのが賢明であると思われます(実際、ほとんどの場所で相手にされなくなっているようです)。 もっとも、読者からの投稿をスルーもしくは ブロックする事はこのサイトの主旨に反するものではあるでしょうし、ABOFAN氏も自分の投稿が掲載されなければその点について批判してくるでしょう(場合によっては、自分の正しさが証明された、と思うかもしれません)から、簡単に決断できる事ではないと思います。しかし、ネットを中心に疑似科学やデマなどが広がりやすくなっている現在、そういったモノを冷静に評価してくれるこのサイトの存在意義は低くないと思われます。そんなサイトの開設者の方々が、不毛な議論に時間も労力も割かれ、神経をすり減らしているという状況であるなら、それは「害である」と判断しても良いと思います。

それにしても、方向性はともかく、ABOFAN氏の情熱には頭が下がります。

※個人攻撃をするつもりはありませんが、不適切と思われるようでしたら、サイトへの掲載は見合わせて下さい。
(投稿者:さすらいの馬券師,投稿日時:2017/08/18 09:51:44)

ご投稿ありがとうございます。
おっしゃる通り、氏への対応にはこちらも苦労しています。こちらの掲示板でも2年ほどコミュニケーションを交わしていますが、なかなか健全な議論に至りません。
ただ科学コミュニケーション研究としての収穫もあり、今後の研究にも活かせる積み重ねではあります。
こちらの掲示板を初めて見る方はコメントの荒れ具合に面食らわれるかもしれませんが、こうした難しさも含めてコミュニケーション研究上の課題としてとらえております。
ご助言感謝いたします。
(回答日時:2017/08/18 19:05:27)

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