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血液型性格診断

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 血液型性格診断とは、一般的にABO式血液型として知られている分類法によって、社会生活におけるヒトの性格を特定できるといった言説である(他に「血液型性格判断」「血液型性格分類」などともされるがこれらのいずれも明確な定義が与えられてはいない)。つまり、「ABO式血液型」という要素“が”特定のヒトの「性格」に影響を与えている、としているものである。
 まず、ABO式血液型について簡単に説明する。ヒトの血液細胞の中で最も大量に存在するのは赤血球であり、この赤血球の細胞膜表面には個人がもっている遺伝子によって表現される血液型物質がある。1900年、オーストリアの研究者であるラントシュタイナー(K.Landsteiner)によってこれが研究され、彼は血液型を4種類(A型、B型、AB型、O型)に分類できることを発見した(1)(2)。
 以上が現在一般認知されているABO式血液型の基本原理である。ちなみに、A、B、Oとは遺伝子を意味しており、メンデルの遺伝法則にしたがって個人を標識する抗原である。そのため、AAまたはAOの組合せでA型に、BBまたはBOの組合せでB型に、OOの組合せでO型に、ABの組合せでAB型になる。
 血液型性格診断は、上述の血液型の4区分から特定のヒトの性格や相性を説明でき、それを日常生活においても活用できるといったものが一般的によく知られているものであり、本項目においても基本的にはそういった一般通念を踏襲したものを“評定の対象”とする(3)(4)(5)。
 加えて、本言説の議論にてしばしば見受けられるアンケート調査などの統計的調査における本言説の有効性、血液型と疾患との関連性、今後の研究可能性においても言及しながら評定を進める。
 血液型性格診断言説においては諸説入り乱れているのが実態だが、能見氏の「血液型人間学」など(3)(4)と、医学・疫学・遺伝的観点からの「血液型」と「ヒト」との成果は明確に区別しながら記述する。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (低)

 そもそも、血液型性格診断における「性格」が何を意味しているのかが不明であることが最大の問題点といえる。「性格」とされるものの定義が不明瞭であり、たとえば“誰の”“どのような状況における”“どういう対応をすることから”“こういう「性格」であると定める”という一般化はなされておらず、どうとでも上手く解釈できる曖昧なもの全般を「性格」と表している(5)。これでは理論を一般化できず、科学性の評定としては致命的である。
 また、ABO式血液型については本項冒頭にて記述したが、果たしてこの区分が如何に人間の性格として反映されているのか、という理論への疑問に対する合理的な説明は今のところないという指摘もできる。たとえば、心理学的知見からたびたび指摘されている「バーナム効果」や「自己成就」については、肯定派において十分な議論がされていない、あるいはそれらの概念の誤用による反論が見受けられ、理論面において充実した議論は行われていないことが推察できる(6)(7)(8)。
 さらに、血液型性格診断の理論においては、その内部においてすら矛盾が見られ、科学性を評価できる理論体系をなしていないことすら指摘できる。たとえば、過度な血液型性格診断信奉者においては「血液型十戒」なるものを理論的な標ぼうとしている(5)のだが、そこでは、「8. 血液型は誰もが客観的な人間理解を可能にする、科学的観察手法である。」としつつ、その2においては「2. 血液型は気質の素材。従って性格はいかようにも料理出来ることを知ろう。」や「9. 血液型は心の科学。性格や未来を占うものではないと知ろう。」などといった内部においても論理性の乏しい説明が多々見受けられる。このように、科学性とはおよそかけ離れた理論を選択していることが言説全般的に見受けられる。
 血液型と疾患や体質にまで話を広げても、今のところ論理性を高く評価できる要素はない。特定の疾患に対する罹患率の違いや耐性についての研究なども、因子の解明や理論構築まではなされていないのが実情だ(9)(10)。
 ABO式血液型で性格診断を行うということは、ヒトを4つの分類に細かく類型化する(できる)ということなのだが、それに対する合理的な説明を見出すことができないのが現状である(そういう意味では、血液型と疾患の研究においては一定の評価を下すことはできる)。

理論の体系性 (中)

 ABO式血液型が既存の学術体系から逸脱した理論であるとは断定できない。人間の体内には大量の赤血球が存在し、その赤血球それぞれにA、B、AB、Oの各型に特有の糖鎖が付いている(ここでの糖鎖とはN-アセチルガラクトサミン、d-ガラクトース、アセチルグルコサミン、フコースによる分子構造を表す)。この点に関するかぎり、生化学的には血液型でそれぞれ全く違った機能をもつとも主張できる。
 しかし、それを正当化するのなら、血液型以外にも分類する要素は数多くありそうだ。仮に血液型のみに注目しても、Rh式やli式、MN式などの識別法もあり、げんに臓器移植などの場合にはこれら多くの要素を考慮する(11)(12)。こう考えると、ABO式のみによって性格にまで言及する理論は、他の知見との整合性が低いと思われる。
 さらに、ヒトの性格について、ABO式血液型を主軸として説明する、という理論選択に合理性を見出すことも難しい。ヒトの「性格」については今も多くの議論があり、「性格」とはどういう要素から構成されているのか、といった問いを考える場合、いわゆる複雑系であることや、進化心理学などでよく知られる「心のモジュール性」(13)(14)という概念として考える方が“ABO式血液型”を持ち出すよりも遥かに整合性が高い。 たとえ、ABO式血液型が「性格」における一要素であったとしても、わざわざ血液型性格診断を「性格」における主理論として採用する必然性はなく、このような言説に依存しなければならない積極的な理由を見出すことはできない。
 ただし、ABO式血液型と進化生物学との相関性や特定疾患への罹患率といった研究が近年報告されていることは注目すべきことだろう(9)(10)。たとえば、A型の遺伝子は免疫機能が低くなる遺伝子と共起する確率が高いので、抗原をなるべくしりぞけようと神経質な性格が共進化したという理論は、進化論、あるいは生物学などと整合的である(10)。その点を考慮したうえで体系性は中程度と評価する。

理論の普遍性 (低)

 特に能見氏を源流とする「血液型人間学(≒血液型性格診断)」においては、それが“誰にでも普遍的に適応可能だ”としているが、言説の実態がつかめない。全般として、“何となく○○型はこんな感じ”という大雑把な情報しか提供されておらず(3)(4)(5)、普遍性を推し量ることはできない。思い込みや社会通念が先行しており、理論的な実像がつかめないのである。これでは普遍性を評定する以前の問題だろう。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (低)

 能見正比古氏の著書(研究論文ではない)や「ABOの会」にて、血液型性格診断に関する肯定的な主張がこれまでに何度も発表されている。しかし、データの再現性という観点において、高評価を与えられる水準に達しているとはいえない。
 たとえば、血液型性格診断の源流の一つである能見氏は、自著へのアンケート調査(数万人規模、としているもの)にて再現性を保証できるとしているが、そもそもそのようなアンケートを“能見氏”に送る“対象”がサンプルとして偏っている(平たく言えば、能見氏の信奉者である)というバイアスを排除するような厳密性のあるものではない(3)(4)。血液型性格診断の関連団体である「ABOの会」の主張においても、一万人規模のアンケート調査で統計的有意差が出たとの報告もあるが、前述したような「バーナム効果」「予言の自己成就」「確証バイアス」「F・B・I効果(フリーサイズ・ラベリング・インプリティング効果)」といった、心理学で広く知られた効果が排除された実験デザインがとられていない。
 一方、血液型性格診断に否定的な研究データは数多く積み重ねられており(能見氏の著書においても統計的に有意な差がなかったデータもある(3))、肯定的なデータよりも信頼がおける(15)(16)(17)(18)(19)(20)。
 ただし、血液型と疾患といったことにまで言説の対象範囲を広げると、2009年にアメリカ国立がん研究所が膵臓がんの危険因子と血液型の相関性についての研究報告をしていたり(21)、2000年に科学誌「ネイチャー」にてO型と非O型の胃がんに対する見解が述べられていたり(9)と、再現性において評価できる研究も存在する。まだまだデータ不足という面もあり、一概に評価できるものではないが今後の研究可能性としては期待の持てるものだろう。
 しかし、これらの研究は能見氏等の血液型性格診断を補強するものとは言えず、医学・生理学などにおける研究成果とするのが一般的だ。
 したがって、「血液型性格診断」の再現性は低評価とするが、これは前述の「血液型」の医学的な側面のデータを否定するものではない。

データの客観性 (低)

 肯定派の提示する研究報告においては、信奉者による主観的な感想、統計調査における標本抽出の偏り、研究対象の未特定化、「自分はA型だから神経質だ」という性格の自己成就などの可能性が指摘できる(3)(4)(16)(18)(20)。したがって、血液型性格診断の中心的言説であるABO式血液型“が”「性格」やその傾向性に影響を与えている、としていてもその客観性は低い。
 また、医学・生理学的知見からも言説全体に対して同様の指摘ができる。例をあげると、近年、疫学的にピロリ菌(慢性胃炎など胃疾患の危険因子)保菌者にA型が多いことが指摘されている。血液型性格診断によるとA型の典型的な特性は「神経質」だということが主張されており、その根拠として胃痛の多さなどがデータとして挙げられている(9)(10)。しかし、血液型性格診断で言われているようにA型の人が「神経質」である“がゆえに”胃痛になりやすいのか、それともA型にはピロリ菌保菌者が多くそれによって胃痛が引き起こされるため“結果的”に「神経質」な人が多いように見えるだけなのか、といったことを客観的に区別できるような研究手法は採られていない(前者であれば「血液型性格診断」の成果といえるが、後者ならば改めて議論が必要である)。
 現在の心理学分野と、医学・生理学分野は個々に独立しており、「血液型」と「性格」を連携させた研究方法はまだ未熟ではある。ただし、今後の研究次第(たとえば遺伝学的な)では血液型とヒトの性格との関連性について客観的なデータが示される可能性もなくはないことは追記しておく。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (低)

 血液型性格診断において、肯定的なデータが妥当に収集されているとは言えない。繰り返しになるが、心理学でよく知られている「自己成就」や「バーナム効果」などの要因を排除した形の実験デザインが採られておらず、このような指摘に対して“反論”できる体制が整っていない。

理論によるデータ予測性 (中)

 現在、能見氏を原点とする「血液型性格診断」が科学的手順を踏まえて研究されているとはいえず、予測性は低い。今一般認知されている血液型性格診断はほとんど文化として根付いてしまっており、もはや科学性を論じるに値しない言説と化している。
 一方、血液型と疾患については医学・疫学的観点から比較的研究が進められており、成果といえるものも出ている。たとえばコホート実験などの医学疫学において信頼できる研究方法から、血液型による膵臓がんリスクの違いといった発表(9)もされており、この点では予測性は高いと評価できる。さらに、進化生物学的観点から血液型とマラリアやコレラとの関連性(10)も若干ではあるが報告されている。
 予測性は中程度と評価するが、これは医学・疫学・遺伝的な成果を高く評価したためであり、このような分野の評価に重点を置いたものである。

社会的観点

社会での公共性 (低)

 日本において血液型性格診断が一般認知され始めたのは、1970年に出版された能見正比古氏による「血液型でわかる相性」からである(4)。これ以前にも1927年に「血液型と気質の研究」と題する研究論文が古川竹二氏(女子高等師範学校教授)によって発表されていたが(6)、継続的な研究が始まったのは前述の能見氏による著書が初めてであり、現在では氏が設立した「ABOの会」という団体が血液型性格診断について肯定的な主張を繰り返している(現在では「ABOセンター」が実質的にその意味を引き継いでいる(5))。
 しかし、利害関係のない公共性の高い研究においては、血液型性格診断はたびたび否定されており、肯定派において同様の水準に達している研究報告は現在のところない。したがって、社会での公共性は低評価とする。

議論の歴史性 (低)

 上述したように、現在の血液型性格診断の社会における広まりは、能見正比古氏の著書にみることができる。それを発端として1970年代から血液型性格診断の科学性の議論もさかんに行われてきた。たとえば心理学分野は血液型性格診断に強く反発しており、否定的な研究発表も多くある(「日本パーソナリティ心理学会」においてはホームページ上にて、血液型性格診断に対して懐疑的な意見文を掲載している(22))。
 一方で、血液型性格診断を積極的に肯定する立場(科学的なものだとして)の多くは能見氏の言説に依存している様子が見受けられ、また、そういった科学性を謳う言説において、“主張の責任を請け負っていない”ことが問題点として挙げられる。たとえば「A型の人は神経質だ」といった主張に対して、「A型なのに神経質でない」という事例(データ)が得られたときにも「100%正確に診断できるわけではない」や、他の全く指標の異なったデータを持ち出して「このデータを担保にできる」などである(現に、肯定派においてはこれが横行している)。このように反証データを得ても、そうしたものに対して無反省であり、科学性が議論できる構造とはいえない。
 以上より、議論の歴史性は低いと評価する。

社会への応用性 (低)

 血液型性格診断が社会において有効的に活用されているとはいえない。そもそも、血液型による性格の傾向性を重視しているのは日本人がほとんどであり、世界的にみると血液型性格診断という概念すら一般的ではない。にもかかわらず日本社会では、ブラッドタイプハラスメントといったものを始めとして人々に対する差別や偏見を助長させる要因の一つとなってしまっているのが実態である(6)(23)。
 また、血液型性格診断はヒトの性格を4種類の血液型の中から“当てる”という占いのような娯楽だと受け取ることもでき、そこに科学性を乗せてしまうと人が感じる快不快の度合いも大きくなってしまうだろう。結果として、人間関係を円滑に進めるうえでの弊害ともなりかねない。
 ただし、これは一概に血液型性格診断のみの功罪とはいえない。たとえば、仏滅に結婚式を挙げる人はまずおらず、一般的に友引に葬式は行わない。このように大衆心理は科学とは無縁に働いており、血液型性格診断が控えめな誤信として機能している分には、科学がそれを排斥する必要まではないだろう。
 しかし、血液型性格診断においては企業の採用といった、人生の大きな岐路でも使用されており、とても控えめという表現で収まっているものではない。このような実情を考慮すると、あえて社会への応用性は低いと評価すべきだろう。

総評

疑似科学

 現在一般認知されている「血液型性格診断」は疑似科学だと位置づけられ、そこで語られているものに科学的根拠は全くないといってよい。たびたび指摘したが、血液型性格診断の最大の問題点は、能見正比古氏の著書「血液型でわかる相性」「血液型人間学」などが流行りすぎてしまったことだろう。能見氏の言説の流行が多くの過激な信奉者を生みだしてしまい、それに対抗する形で主に心理学界からの強い反発が繰り返し行われてきた。このような構図から、心理学界の過剰ともいえる「血液型」嫌いという問題も発生してしまい、健全な議論ができる土壌がない、あるいは良心的な研究者の芽をも摘んでしまっているということは考慮に値する(24)。
 そうした中で、医学・疫学・遺伝的観点や進化生物学的視点からは角度の異なる考察をすることもできる。
 医学領域としての血液型とヒトの研究は1950年代~1970年代初頭までは比較的行われており、多くの疾患と血液型との関連性について様々な議論が繰り返されてきた。そんな折、先の能見氏による著書が爆発的にヒットし、しかもそれを科学だとして主張し一般大衆の誤解を招いた。このような経緯は前述の通りであり、それが多くの研究者を血液型の研究から離れさせてしまい、血液型性格診断を疑似科学の象徴として扱う風潮に、医学界においても繋がった。現在では、血液型について言及できるのは輸血と臓器移植の際のみであり、血液型の話題さえ嫌う医師もいるという状況でさえある(10)。
 しかし、「血液型」と「疾患」、「血液型」と「進化」、「血液型」と「遺伝」といったことについて研究されたものの中には信頼のおけるものも多くあり、今後の研究可能性が幅広いことは肯定材料だろう。さらに、特定疾患へのリスクの違いや、免疫機構の違いなど、遺伝的な説明によって応用性の高いものにもなりうる。
 ヒトの「性格」という言説における明らかな論理的飛躍には注意する必要があるが、少なくとも血液型と人間機能の関連を研究する価値や意味は、心理学から指摘されているほど順位の低いものではないだろう。今後の研究次第では、たとえば血液型と疾患といったアプローチからヒトの気質にまで科学的合理性を保った言及がなされたとしても、それほど不自然ではないだろう。
 ただし、繰り返しになるが、現在広く一般認知されている「血液型性格診断」における科学的根拠は乏しく、疑似科学であると評価する。

参考文献:

(1)『よくわかる 最新血液型の基本としくみ』 松尾友香
(2)『絵でわかる血液のはたらき』 八幡義人
(3)『血液型人間学』 能見正比古
(4)『血液型でわかる相性』 能見正比古
(5)http://www.human-abo.org/#!aboutus/cktc 一般社団法人 ヒューマンサイエンスABOセンター
(6)『なぜ疑似科学を信じるのか』 菊池聡 化学同人
(7)季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p56-61)
(8)『心理テストはウソでした』 村上宣寛
(9)『血液型で分かる なりやすい病気なりにくい病気』 永田宏
(10)『血液型の科学』 藤田鉱一郎
(11)http://www.jrc.or.jp/donation/first/knowledge/ 日本赤十字社 血液の基礎知識
(12)https://hospital.city.sendai.jp/department/mame05.html 仙台市立病院 診療科のご案内 「第5回 血液型のはなし-ABO式血液型-」
(13)http://plato.stanford.edu/entries/modularity-mind/ Stanford Encyclopedia of Philosophy 「Modularity of Mind」
(14)『だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学』 石川幹人  光文社
(15)「血液型と性格の無関連性」縄田健悟(2014)
(16)「血液型性格判断はなぜすたれないのか」 山下玲子 武蔵大学 社会学部
(17)血液型性格判断の差別性と虚妄性(自主企画(2)) 山岡重行 大村政男 浮谷秀一
(18)「Blood-typical personality stereotypes and self-fulfilling prophecy」Sakamoto, A., Yamazaki, K.(2004)
(19)「血液型による性格の相違に関する統計的検討」松井 豊(1991)
(20)Blood-typical Personality Stereotypes and Self-fulfilling ProphecyAkira SAKAMOTO Kenji YAMAZAKI 2002
(21)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19648918 Genome-wide association study identifies variants in the ABO locus associated with susceptibility to pancreatic cancer.
(22)日本パーソナリティ心理学会血液型性格診断に関する意見文 公益社団法人 日本心理学会
(23)テレビ番組が増幅させる血液型差別 山岡重行
(24)『よい教育とは何か』 西条剛央 京極真 池田清彦

・(ダメな大人にならないための心理学 山岡重行)『書評』野崎瑞樹
・『機関誌「心理学ワールド」52号 2011年1月号 特集/偏見とステレオタイプの心理学』
・『血液型の迷路』 大西赤人
・『性格を科学する心理学のはなし』 小塩真司
・「血液型性格判断の妥当性の検討(2)」 白佐俊憲
・『科学技術をよく考える -クリティカルシンキング練習帳』 伊勢田哲治 戸田山和久  調麻佐志  村上祐子 名古屋大学出版会
・『新編 血液型と性格』 大村政男 福村出版

情報提供、コメント、質問を歓迎します。

(最終更新日時2015年8月17日)

投稿

投稿&回答

AABAさん、ご親切なアドバイスありがとうございます。
ただ、このアドバイスは、私は正反対に解釈しています。
なぜなら、この掲示板における“科学的議論”では、最も重要なのは私の属性だということが明らかになったようだからです。
逆の言い方をするなら、統計や理論的なバックボーンはさほど重要視されないから、無視しても許されるということでしょうかね。
山岡先生、AABAさん、管理者さんもすべてそのようです。
これは朱子学の大義名分論でうまく説明できます。
その意味で、この掲示板の“科学”は朱子学とイコールです。
もう少し簡単に言うと、人格と科学は深く結び付いているということです。
つまり、同じことを言っても、人格的でない人(私?)が言えば科学的ではなく、人格的な人(山岡先生、AABAさん、管理者さん?)なら科学的ということです。
私は、その人の人格と、その人の言ったことが科学的かどうかは、別々に判断すべきことだと思いますので、議論が噛み合わないことは明らかですね(笑)。
ただ、日本の科学は、多かれ少なかれ朱子学的な雰囲気がありますので、この掲示板が例外とは思っていませんが。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/04/24 23:19:57)

(回答日時:2017/04/29 11:14:57)

 なんとなく。
 「ABO FAN=金澤正由樹」という山岡先生からの情報を次のページにしたいがために、やたらと(マイナスイオンの件などまで)こちらに書き込んでいるのではないかと思いますが、違うのでしょうかね。(だから具体的な名前とか用件を避けて書き込んでいるのかと…)
 まあ、ABOFANにしてみれば、肯定を認めたくないものの、さりとて否定するわけにもいかず…というところなのでしょうね。
 ちなみに ABOFAN 金澤正由樹 で検索すると、「金澤正由樹さんによる説明」という書き方で件の書籍を紹介しているABOFANのページがたくさん出てくるので、これを公に認めてしまうのはたしかにちょっと恥ずかしいですよね。(自分の書いた本を自分で褒めたたえているわけですからねえ…)
 しかしまあ、そろそろ楽になってしまうためにもカミングアウトしてしまう頃合かと思いますよ。だいたい、こういうものって本人が思っているほどには他の人は気にしていませんし、この機会に自分での紹介ページの書き方も修正されてはいかがでしょう。そうでないと、この話題が出る度にまわりくどい言い方をしないといけなくなりますよ。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/04/21 18:37:41)

ご投稿ありがとうございます。
おっしゃる通りで、金澤氏の書籍を第三者のように紹介されているようですね。 (回答日時:2017/04/22 07:36:06)

10日以上経ったのですが、まだ私のマイナスイオンの投稿と回答が掲載されませんね。
ひょっとして、私が“発言禁止”の対象に指定されたということなのでしょうか?
さて、繰り返しになりますが、
>>法律云々に関しては、私は素人なので回答しかねます(サイトとしての見解は既に示した通りです)(回答日時:2017/03/23 22:15:50)
>とありますが、ということは以前の管理人さんの発言である
>>「個人情報云々」の件ですが、こちらが指摘したのは「プロの法律の専門家からの意見」でして、素人であるABOFANさんの「法律論」で反論されても反応に困ります苦笑。(回答日時:2017/03/11 08:58:59)
>は撤回すると判断します。(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/29 22:09:30)
には現在まで何の反論もないようなので、少々お節介かもしれませんが、“素人”である管理人さんに説明しておきましょう。
このサイトの内容から判断するに「プロの法律の専門家からの意見」は、知的財産法の権威で行政法も担当している今村哲也先生の意見だと思います。しかし、サイトの情報では、彼が個人情報保護法のプロとは思えません。
行政法は基本的に監督官庁が法の解釈権や裁量権を持っています。また、細かい運用面の解釈なら大学の先生より実務家の方がずっと詳しいのです。そして、行政法はカバー範囲が広いため、大学の先生の見解よりは監督官庁のガイドラインが重要なのです。
行政法の専門家なら、こんな基本的なことを知らないはずがありません。だから「プロの法律の専門家からの意見」は実質的に撤回され、管理者さんは私の反論に沈黙しているのでしょう。
それは「血液型と性格」でも「マイナスイオン」でも同じことです。JISの定義は知らないけれどマイナスイオンは否定する、ノンパラメトリック統計や検定力を知らないけど血液型と性格を否定する…。
これでは、どう考えても“ニセ科学”と五十歩百歩ではないのでしょうか?
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/04/17 23:07:30)

(回答日時:2017/04/20 14:08:48)

今回は情報提供です。
台湾の2016年度大学学科能力測験(日本のセンター試験に相当)の英語では、日本の「血液型と性格」の問題が出題されました。
2008年の北京オリンピックで優勝した女子ソフトボールチームでは、血液型によるトレーニングが取り入れられたなどと書いてあります。
ところで、台湾でも日本と同じぐらい「血液型と性格」の話題はポピュラーです。台湾の高校生を調査した論文によると、ほぼ2/3の66%が血液型と性格に関係があると回答しているのです。しかし、台湾ではブラハラ(ブラッドタイプ・ハラスメント=血液型による“差別”)の話題は聞いたことはありません。少なくとも、この問題文ではまるっきり他人事としか読めません。
どうやら、そういう話題は日本だけのようです。
参考までに、実際の問題文は次のとおりです。
http://www.ceec.edu.tw/AbilityExam/AbilityExamPaper/105SAT_Paper/02-105%E5%AD%B8%E6%B8%AC%E8%8B%B1%E6%96%87%E7%A7%91_%E5%AE%9A%E7%A8%BF.pdf (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/04/01 11:56:11)

(回答日時:2017/04/05 08:50:57)

今回は情報提供です。
論文の執筆者自らが「血液型によりデータの差が見られた」と結論づけている主な学術論文をピックアップしてみました。
結果ですが、この手の日本語の文献は「査読なし」のものしかありませんが、外国語では「査読あり」のものもあります。
奇妙なことに、日本人が日本語で書いた場合は必ず「差がない」のですが、英語で発表されたものなら「差がある」場合もあります。
【日本語の文献】
■日本社会心理学会大会発表論文集(すべてポスター発表→査読なし)
血液型ステレオタイプによる自己成就現象-全国調査の時系列分析I&II- 1991-92年 山崎賢治、坂元章
 →血液型によりデータの差が見られた
血液型性格項目の自己認知に及ぼすTV番組視聴の影響 2006年 山岡重行(聖徳大学人文学部)
 →血液型によりデータの差が見られた
潜在的な血液型ステレオタイプ信念と自己情報処理 2007年 久保田健市(名古屋市立大学)
 →血液型によりデータの差が見られた
■日本心理学会大会発表論文集(すべてポスター発表→査読なし)
自分の性格の評価に血液型ステレオタイプが与える影響 2009年 工藤 恵理子(東京女子大学)
 →血液型によりデータの差が見られた
■研究紀要(査読なし)
血液型性格判断の妥当性の検討(2) 白佐俊憲(北海道女子大学短期大学部)
 →血液型によりデータの差が見られた
【韓国語の文献】
■韓国心理学会誌(査読あり)
Beliefs about Blood Types and Traits and their Reflections in Self-reported Personality 2005年
韓国人 So Hyun Cho , Eun Kook M. Suh , Yoen Jung Ro
 →血液型によりデータの差が見られた
A Review of Sociocultural, Behavioral, Biochemical Analyses on ABO Blood-Groups Typology 2007年 (韓国人) Sung Il Ryu , Young Woo Sohn
 →血液型によりデータの差が見られた
【英語】
■Physica A: Statistical and Theoretical Physics(査読あり)
Blood-type distribution 2007年 (韓国人) Beom Jun Kim, Dong Myeong Lee, Sung Hun Lee and Wan-Suk Gim
 →血液型によりデータの差が見られた
■Plos One(査読あり)
ABO Blood Type and Personality Traits in Healthy Japanese Subjects 2015年 (日本人) Shoko Tsuchimine, Junji Saruwatari, Ayako Kaneda, Norio Yasui-Furukori
 →血液型によりデータの差が見られた
しかし、心理学的には「必ず差が出る」のですから、日本人が日本語で書いた場合に必ず「差がない」というのはおかしいのです。 https://abofan.jimdo.com/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/%E3%81%AA%E3%81%9C%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B/
以上のことから、日本語の心理学論文では、執筆者が査読者の意図(血液型によるデータの差があるはずがない!)を“忖度”している可能性が高いことになります。
これを直接・間接的に裏付ける証拠もあります。
例えば、清水先生の報告では、
今後の研究論文は,関連説を肯定的に支持する内容が含まれる限り,全て掲載に値しないという判断が下される可能性が極めて高いことになる。やはり,掲載を認めるわけにはいかないという結論が先にあるように感じられる。【清水武 心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究】
繰り返しになりますが、以前に紹介した拙ブログ
日経ビジネスオンラインに「血液型性格判断は、もう100パーセント非科学的」という記事 http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2017-03-26
では、東大の四本先生は「サイエンスとしての心理学の講義をとる以上、そこのところはちゃんとしてほしいです。血液型性格判断は、もう100パーセント非科学的」と決めつけているようです。
東大の心理の権威が、血液型を「100パーセント非科学的」と決めつけているなら、心理学の論文として掲載されるのは「100パーセント」ないでしょう(苦笑)。
よって、日本の心理学会では「血液型と性格」の研究は完全にタブーであり、「関係がある」などという論文が認められる可能性は限りなくゼロに近いことがわかります。
その意味では、日本パーソナリティ心理学会のホームページにある次の記述は、そういう事情をうまく表していると言えるでしょう。
われわれ心理学者は血液型性格判断を生み出した責任をとって[注1],自分たちで血液型と性格との関係について科学的なデータを集めてきましたが,そうしたデータからは血液型と性格の関係がほとんど確認できていないことはご存知の通りです。
[注1]血液型性格判断の基礎を作った古川竹二(1891-1940)は昭和の初めに活躍した心理学者・教育学者です。
【出典:日本パーソナリティ心理学会の公式サイト http://jspp.gr.jp/doc/shakai00.html】
ついでに、
>法律云々に関しては、私は素人なので回答しかねます(サイトとしての見解は既に示した通りです)(回答日時:2017/03/23 22:15:50)
とありますが、ということは以前の管理人さんの発言である
>「個人情報云々」の件ですが、こちらが指摘したのは「プロの法律の専門家からの意見」でして、素人であるABOFANさんの「法律論」で反論されても反応に困ります苦笑。(回答日時:2017/03/11 08:58:59)
は撤回すると判断します。そういうことなら、はじめから「プロの法律の専門家からの意見」とは関係なく、サイトとしての見解ですと明確に書くべきだと思います。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/29 22:09:30)

(回答日時:2017/03/31 20:04:30)

お手数をかけて申し訳ありませんが、可能であれば直前のNo.795の投稿と差し替えをお願いします。この方が趣旨がわかりやすいものですから。
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連投失礼します。前回の山岡先生の投稿では、
>仮に全ての学問領域の血液型性格否定説を全て否定できたとしても、本来の主張の妥当性の証明がありません。ABO式血液型により何らかの差異が見られたとしても、そのABO式血液型の違いがその差異を生み出す因果関係の説明ができないからです。(投稿者:山岡重行,投稿日時:2017/03/23 21:46:20)
とありますが、共同研究員である菊池聡先生の意見は正反対のようです。「現実に承認されている他の科学理論にも詳しいメカニズムが不明なものはある」から「理論自体をこの点だけから批判するのはフェアではない」そして「おおよそすべての性格理論は統計的なもの」とおっしゃっています。
【引用開始】
■菊池聡先生 不可思議現象心理学8 血液型信仰のナゾ-前編 月刊『百科』 平凡社 1998年2月号 p33
 本稿の読者なら先刻ご承知の通り「完全に関係はない」ことを証明することは不可能である。未知の関連性が発見される可能性はある。だから、この場合「能見説をはじめとする現在の血液型性格相関説を正しいという根拠はない」くらいが妥当な表現だろうか。
■菊池聡先生 不可思議現象心理学9 血液型信仰のナゾ-後編 月刊『百科』 1998年3月号 p28~29
 ただ、最近は血液型性格判断を撲滅しようという意識ばかりが先走って、適切でない批判をする人も散見される。
(中略)
 性格とは血液型のように生まれつき定まるものではなく、育ってきた環境によって決まるものだ、という反論もある。性格の発達にとって環境要因が決定的であることは確かである。しかし、新生児でも敏感さや気分の安定性などが子どもによって異なることも知られており、性格における遺伝的要因は決して無視できるわけではない。
 血液型が性格に影響を与えるメカニズムが明らかでないことを批判点として挙げる人もいる。説明原理の不在は科学理論として決して望ましいものではないが、現実に承認されている他の科学理論にも詳しいメカニズムが不明なものはある。メカニズムを解明しようとしない血液型学の提唱者を批判することはできても、理論自体をこの点だけから批判するのはフェアではない。
(中略)
 血液型学に限らず、おおよそすべての性格理論は統計的なものであって、集団全体の傾向としてしかとらえられない。たとえば筋肉を使った運動能力は女性よりも男性の方が優れていることに誰も異論はな いと思うが、それでも特定の男性を取り上げれば、平均的な女性より力が弱い人はざらにいるだろう。必要なのは個々の事例ではなく、統計的な事実なのである。
 いずれにせよ、血液型性格判断はなぜ虚偽なのか、これは提唱者が言うような性格の差が、現実に信頼できる統計データとして見あたらないという点につきる。血液型性格学への批判は確かに重要だが不適切な批判で満足しているとすれば、それは非論理性という点では相手と同じ穴のムジナになりかねないことに注意しなければなるまい。
【引用終了】
ということですので、ご参考までに。
心理学者でも、いろいろな意見があるということでしょうか? (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/27 07:16:16)

(回答日時:2017/03/27 18:27:03)

山岡先生、ご丁寧な回答をありがとうございます。
>反論できると思うのであれば、上記の順番に従って、不必要な前提を付け加えないで、論理的に反論して下さい。可能であれば反証して下さい。
――まず、前提が一致していないようですので、恐縮ですがこの点から説明させていただきたく。
>1. 生物学的な血液型の違いにより性格の自己認知に差が生じるのであれば、血液型性格に関する知識量や妥当性を信じる程度にかかわらず差が認められるはずである。
――これは「他の(遺伝や環境などの)条件が同じであれば」という前提が必要なはずです。心理学は、生身の人間を相手にしているので、「知識量や妥当性を信じる程度にかかわらず差が認められる」かどうかは「グループ」間ではないと比較不可能かと思われます。例えば、男女差の典型として、身重がよく挙げられます。ご存じのように、一般的に男性が女性より身長が高いわけです。しかし、一定の基準(例えば165cm)を設定すると、165cmより身長が低い男性も、165cmより身長が高い女性もいます。
よって、何らかの「絶対的な基準」を設けての比較は意味がないものと思われます。ご存じの通り、グループ間でなら統計的検定(t検定など)が可能です。なお、山岡先生も
>例えば、小塩(2011)の「性格を科学する心理学の話(新曜社)」から引用します。
>「最近の研究では、性格のゲノムワイド関連分析が行われており、性格を(完全に規定するものではなく)一定の範囲で規定する遺伝子が見つかってきています。
にあるように遺伝子は「性格を(完全に規定するものではなく)一定の範囲で規定する」とおっしゃっています。
>2. しかし、あまり血液型性格の知識がなくあまり妥当性を信じていない低受容群では血液型性格項目の自己認知に差は認められていない。
――「官能検査」はご存じとかと思います。この検査は、人間の感受性の違いを調べるもので、例えば、清涼飲料水に砂糖をどの程度入れればよいか(普通は10%程度)、というような用途に使われています。これを性格に当てはめると、人によって性格に関する感受性が違う可能性が考えられます。現実に、これを裏付けるように、ある人は血液型による差を感じるし、別な人は感じていないという結果が得られています。
よって、「あまり血液型性格の知識がなくあまり妥当性を信じていない低受容群では血液型性格項目の自己認知に差は認められていない」のは、「思い込み」のせいではなく、性格についての感受性の違いかもしれません。もちろん、山岡先生のおっしゃる「思い込み」の可能性もありますが、「感受性の差」なのか「思い込み」のせいなのかは誰も検証していないのではないでしょうか?
>3. 従って、高受容群で見られた平均値の差は、生物学的な血液型の違いにより生じるものではない。
>4. 高受容群で認められた血液型性格項目の自己認知の差は、血液型性格の知識に汚染された結果生じたもの、つまり思い込みである。
――以上の1.2.についての私の説明により、血液型性格項目の自己認知の差が「思い込み」だけで生じたとするのはいかがかと思われますが…。
>1. 渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」はデータの量的にも、調査対象の偏りという質的にも問題があるものであり、指標として一般化できるものではない。
――これには大変驚きました。「調査対象の偏り」は、ランダムサンプリングでないということでしょうか? ただ、そうなると、「血液型と性格」の研究で、ランダムサンプリングを採用しているのは、私が知る限りでは松井豊先生、坂元章先生、長島雅裕先生ぐらいですから、他の研究はすべて「調査対象の偏り」があるから却下ということでよろしいのでしょうか? 大変な申し上げにくいことですが、山岡先生自身の研究も問題があることになります…。
なお、データ量については、あくまで一般論ですが、統計的な手法を適切に使っている限り問題がないものと思われます。
>2. 従って、この渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」と山岡(1999)の「評定値間の差」の関係を検討すること自体が無意味である。
>3. 関係がない2つの指標が無相関なのは当然であり、そのことは何も意味しない。従ってこの2つの指標の無相関性を論拠に何事かを主張することはできない。
>4. 思い込み説否定論は、全く科学的な根拠も説得力もないものであり、当然、山岡の思い込み説を否定することはできない。
――上の1.に回答したとおりとなります。
>「血液型によって(「思い込み」による見かけ上の)性格の差が存在することは証明された」と私が主張しているという理解も根本的に間違っています。「性格の差」ではなく、「性格の自己認知の差」です。これは似て非なるものです。
――私の不勉強で申し訳ありませんが、この「似て非なるもの」は心理学では一般的な見解なのでしょうか? なぜなら、
自己報告型の質問紙調査の結果は,通常「その人の性格そのもの」を表わすと受け取られている(「その人の性格」ではなく,あくまで「その人の性格の認知」を表わすというふうにもってまわった考え方は普通しない)。【白佐俊憲、井口拓自 血液型性格研究入門】
と心理学者の白佐先生はおっしゃっているからです。
>作家の山本弘氏
――これにも大変驚きました。なぜなら、彼は「データに血液型による差がない」という立場ですから、山岡先生のおっしゃる「高受容群で見られた平均値の差」は全否定しているのです。山岡先生は、山本弘氏の立場に反対されるということでよろしいのでしょうか?
>(小塩先生)もしも、血液型が性格と明らかに関連するようであれば、ゲノムワイド関連分析によって、真っ先に見つかってもおかしくありません。
――これにも大変驚きました。なぜなら、山岡先生は「高受容群で見られた平均値の差(全体で見られた平均値の差)があるとおっしゃっているからです。一方、普通の研究では、全体での差を比較しています。では、山岡先生は小塩先生と正反対の立場(全体では差がない)ということでよろしいのでしょうか?
>血液型性格説に知識汚染されていない地域の方が地球上には遙かに多いわけです。そのような地域で血液型と性格の一貫した関連が認められれば血液型と性格に関連があることが証明できます。
――確か、主にアメリカ人を対象としてダダモ氏のアンケート調査では「血液型と性格の一貫した関連が認められた」と記憶しています。
>仮に全ての学問領域の血液型性格否定説を全て否定できたとしても、本来の主張の妥当性の証明がありません。ABO式血液型により何らかの差異が見られたとしても、そのABO式血液型の違いがその差異を生み出す因果関係の説明ができないからです。
――これが今回最大のサプライズなのですが、本当にこの文章通りの意味なのでしょうか?
というのは、白佐先生のおっしゃるとおり、
自己報告型の質問紙調査の結果は,通常「その人の性格そのもの」を表わすと受け取られている(「その人の性格」ではなく,あくまで「その人の性格の認知」を表わすというふうにもってまわった考え方は普通しない)。【白佐俊憲、井口拓自 血液型性格研究入門】
ということですし、他の「血液型と性格」の論文でも、そのほとんどか相関関係があることを因果関係に読み替えているようです。よって、統計的な研究=全研究、例えば山岡先生の研究自体も「無意味」になります。これは、血液型だけではなく、遺伝子と性格の研究にも適用されることになります。本当にそういう理解でよろしいのですか?
さるおさん、はじめまして。
>ABO Blood Type and Personality Traits in Healthy Japanese Subjects.
>Tsuchimine S, et al. PLoS One. 2015.
>既出ならすみませんが、多少は血液型と性格の関連性について、血液型占いとは別次元の話かもしれませんが、前向きな研究結果だと理解できるものと思います。
――全く同感です。私も多くの真面目な研究が行なわれることを希望しています。もし、この論文にご興味があるのであれば、もう少し詳しくコメントすることも可能ですので、そうおっしゃってください。
AABAさん、
>私が知りたいことは一貫していて「ABOFANは『論文』を何故書かないのか?
――例えば、査読付きの学会誌の論文にも、山岡先生は「指標として一般化できるものではない」とコメントされています。
>投稿してリジェクトされる場合、必ずその理由が書いてあります
――これも、このサイトの参考文献にある清水先生の報告では、
今後の研究論文は,関連説を肯定的に支持する内容が含まれる限り,全て掲載に値しないという判断が下される可能性が極めて高いことになる。やはり,掲載を認めるわけにはいかないという結論が先にあるように感じられる。【清水武 心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究】
とあります。よって、私は論文を書くことに意味があるとは考えていません。
なお、拙ブログからですが、
日経ビジネスオンラインに「血液型性格判断は、もう100パーセント非科学的」という記事
http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2017-03-26
東大の四本先生は「サイエンスとしての心理学の講義をとる以上、そこのところはちゃんとしてほしいです。血液型性格判断は、もう100パーセント非科学的」とおっしゃっているようです。
東大の心理の権威が、血液型を「100パーセント非科学的」と決めつけているなら、心理学の論文として掲載されるのは「100パーセント」ないでしょう(苦笑)。
リジェクトが100パーセントされることが事前に分かっているのに、それでも論文を書こうという研究者はいないのではないのでしょうか?
なお、AABAさんが統計の話をするつもりがないのは了解しました。これも予想通りということになります。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/26 19:56:51)

(回答日時:2017/03/27 18:26:45)

 山岡です。
 「ABO FAN=金澤正由樹氏」であることをこのサイトで明らかにしたのは、「金澤正由樹氏」の著書を根拠にABO FANが私の1999年の調査結果の解釈を否定したつもりになっているからです。例えばこのサイトに対するABO FANの2016/09/17の投稿では、『「統計的な差は“思い込み”によるものではない」ことは、金澤正由樹さんは別の方法でも検証しています』としています。自分の研究を攻撃し否定しようとする者への対応として、その攻撃者の欺瞞を暴くことは攻撃された者の当然の権利であり、攻撃者の論拠を崩す当然の対応であると考えています。ちなみに上記の投稿は、ABO FAN=金澤正由樹氏のサイトからのコピペで、ABO FANのサイトでも堂々と自作自演をやっています。
 アメリカのトランプ大統領は保守系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」を根拠にオバマ前大統領やヒラリー・クリントンを批判しています。「ブライトバート・ニュース」はフェイクニュースも平気で配信するサイトであり、ニュースとは名ばかりの情報操作とプロパガンダのためのサイトです。この「ブライトバート・ニュース」の会長を務めていたのが大統領選挙時にはトランプ陣営の選対本部長であり、現在は主席戦略官となってトランプ政権の中枢にいるスティーブン・バノンです。つまり、トランプ大統領は自分たちの仲間が流したデマを根拠に気に入らない相手を攻撃しているわけです。
 ABO FAN=金澤正由樹氏がやっていることもこれと同じです。もっとも、トランプはまだ他人が書いたフェイクニュースを根拠にしています。完全な自作自演である分、ABO FAN=金澤正由樹氏はトランプよりもたちが悪いと言うべきでしょう。客観性を演出したかったのかもしれませんが、ABO FAN=金澤正由樹氏のフェイクさを強調する結果になりましたね。
 ちなみに、ABO FANは金澤正由樹氏の著書「統計でわかる 血液型人間学入門」を帯広畜産大学の渡邊芳之氏に自著として献本しています。渡邊氏からも「ABO FANが金澤正由樹である」という証言を得ています。これは「ABO FAN=金澤正由樹氏」であることの直接的な証明になります。

 ABO FAN=金澤正由樹さん、自費出版であっても自分の本が出るのはうれしいことですよね。その気持ちは理解できますよ。渡邊氏はABO FAN=金澤正由樹氏と唯一議論してくれた心理学者ですよね。彼が相手にしてくれたことで、「自分は心理学者と対等に議論できる存在だ」と思うことができたのでしょう。ABO FAN=金澤正由樹さんは自己愛を満足させることができたことでしょうね。その意味では渡邊氏はABO FAN=金澤正由樹さんの恩人と言っても過言ではないでしょう。その恩人に自費出版の著書を献本できて良かったですね、ABO FAN=金澤正由樹さん。

 ところで、「統計的な反論がない」として私の名前を挙げていますが、ABO FAN=金澤正由樹氏は何に対する統計的な反論を求めているのでしょうか?
 もっとも、私の理解する統計学とABO FAN=金澤正由樹氏の妄想統計では議論になりません。12名の北海道大学生の平均値を、AB型全体の指標として一般化することができると思い込んでいる時点でABO FAN=金澤正由樹氏が心理学も、社会調査法も、統計学も理解できていないことは明白です。関係がない二つの指標をこじつけ、その無関係性を根拠に私の説を否定することができると思い込むことはABO FAN=金澤正由樹氏の勝手です。その考えを大金をかけて自費出版することもABO FAN=金澤正由樹氏の勝手です。そのことが科学的妥当性を担保するわけでもないし、それで科学者に議論相手として構ってもらえるわけでもありませんよ。

 「反証されない仮説は、正しいものとして扱うのが、科学では一般的かと思うのですが…。(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/02/26 23:59:43)」

 自分の主張を「科学」と思い込むのもABO FAN=金澤正由樹氏の勝手ですが、それが科学の名前に値するものかどうかを判断するのは、残念ながらABO FAN=金澤正由樹氏ではなく科学者の方です。また「反証されない仮説」といっても、ABO FAN=金澤正由樹氏がここで主張しているのは「管理人さんが統計学の教育を受けていない」ということだけしか思い当たるものがないのですが、何か科学的な仮説を主張していましたか?

 論点を整理しましょう。
 山岡(1999)の調査結果は、血液型性格の知識がかなりあり血液型性格の妥当性をかなり信じている血液型性格診断高受容群では血液型性格項目の評定値に回答者の血液型による差が見られるが、あまり知識がなくあまり妥当性を信じていない低受容群では血液型性格項目の評定値に回答者の血液型による差が見られないことを示しています。
 山岡の主張は、以下の通りになります。
 ①生物学的な血液型の違いにより性格の自己認知に差が生じるのであれば、血液型性格に関する知識量や妥当性を信じる程度にかかわらず差が認められるはずである。
 ②しかし、あまり血液型性格の知識がなくあまり妥当性を信じていない低受容群では血液型性格項目の自己認知に差は認められていない。
 ③従って、高受容群で見られた平均値の差は、生物学的な血液型の違いにより生じるものではない。
 ④高受容群で認められた血液型性格項目の自己認知の差は、血液型性格の知識に汚染された結果生じたもの、つまり思い込みである。
 この研究のポイントは、血液型性格肯定派が血液型によって異なると主張する性格特性項目を使用していることです。血液型性格肯定派の情報による汚染の度合いが少ない低受容群では、肯定派が主張するような差が認められないことを示したことが重要なのです。

 金澤正由樹氏=ABO FANが自費出版の著書「統計でわかる血液型人間学入門」で山岡(1999)の思い込み説を否定する理屈は、以下の通りです。
 「思い込みが存在するなら、その血液型の性格特性を知っていればいるほど自分に当てはまっていると回答するので、他の血液型との差が大きくなるはずである。このため、『その血液型の性格特性を知っている割合』をX軸、『他の血液型との差』をY軸としてグラフを描くと、グラフは単純な右上がりの直線とならないとおかしい。」(統計でわかる血液型人間学入門31ページより引用。)
 この仮説を検証するために金澤正由樹氏は、山岡(1999)の評定値間の差をY軸、渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」をX軸としてExcelで散布図を作成しました。その結果、グラフは右上がりの直線とならず、正の相関関係を示さかった。従って高受容群の「思い込み」は存在しない、と主張しています。
 この渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」は、各血液型40名にも満たない調査対象者の平均正答率です。AB型に至っては12名の平均値です。金澤正由樹氏はこの指標を、各血液型の人たちが自分の血液型性格の特性を知っている割合の指標として一般化しています。2016/10/02の山岡の投稿に詳しく書きましたが、この調査結果はあくまでも渡辺(1994)の研究データの中だけで意味を持つ指標に過ぎないのであり、当然、渡辺(1994)の研究データと切り離して一般化できるものではありません。
 金澤正由樹氏の自費出版の著書「統計でわかる血液型人間学入門」は、はっきり言って私の研究を否定する部分しか目新しいものはありません。後の部分はABO FANのサイトにあるような他者の集めた資料、他者の著書からの抜粋でしかありません。
 2016/10/02の山岡の投稿でも書きましたが、再度書きます。関係がない二つの指標をこじつけ、その無関係性を思い込み説否定の根拠としても現象の説明にはなりません。無関係な渡辺(1994)の指標を持ち出さなくても、山岡(1999)のデータは思い込み説で破綻なく説明可能です。疑似科学の特徴の一つに不要な前提を用いることがあります。渡辺(1994)の指標を前提とするABO FAN=金澤説はまさに不要な前提を導入しないと成り立たない疑似科学です。この指摘に対するABO FAN=金澤正由樹氏の反論は未だ行われていません。
 金澤正由樹は別人だからABO FANは反論しないとでも言うのでしょうか。ABO FAN=金澤正由樹氏であることを認めない、というより公表されたくないと管理人さんに駄々をこねているのは、反論できないことの言い訳ができなくなるからなのでしょうか。
 私のABO FAN=金澤正由樹氏の思い込み説否定論に対する反論を、以下の4点に単純化してあげます。本当は金澤正由樹氏の前提のような単純な結果になることを妨害するいくつかの要因があるのですが、どうせABO FAN=金澤正由樹氏は理解できないだろうからそのことは今回は不問にしておきます(理解できるというのであれば、指摘し給え)。
 ①渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」はデータの量的にも、調査対象の偏りという質的にも問題があるものであり、指標として一般化できるものではない。
 ②従って、この渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」と山岡(1999)の「評定値間の差」の関係を検討すること自体が無意味である。
 ③関係がない2つの指標が無相関なのは当然であり、そのことは何も意味しない。従ってこの2つの指標の無相関性を論拠に何事かを主張することはできない。
 ④ABO FAN=金澤正由樹氏の思い込み説否定論は、全く科学的な根拠も説得力もないものであり、当然、山岡の思い込み説を否定することはできない。

 ABO FAN=金澤正由樹さん、もし反論できると思うのであれば、上記の順番に従って、不必要な前提を付け加えないで、論理的に反論して下さい。可能であれば反証して下さい。まずは、①の渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」が一般化できることを論証しなさい。「反証されない仮説は、正しいものとして扱うのが、科学では一般的」らしいですから、反証できない場合は、ABO FAN=金澤正由樹氏自身が主張する科学における一般的な判断基準に従って「ABO FAN=金澤正由樹氏の思い込み説否定論は、全く科学的な根拠も説得力もないもの」であることが確定します。

 このサイトに対するABO FAN=金澤正由樹氏の投稿を見れば皆さんおわかりのように、彼の文章は引用の反復だらけで極めてわかりづらいものです。ABO FAN=金澤正由樹氏は理解できないのは読む側が「統計」を理解していないためと主張しているようですが、自分の文章表現力が乏しい可能性は考えないのですね。「科学的主張」をしたいのであれば持って回った思わせぶりの表現ではなく、誤解を生む余地のない簡潔な表現を心がけるべきです。そこで、ABO FAN=金澤正由樹氏には、いくつか注文を付けたいと思います。
 まず、不必要な前提を付け加えないこと。例えば、渡辺(1994)の「本人の血液型での正答率」と山岡(1999)の「評定値間の差」のグラフの作成方法を昨年の春に出版社を介して何度か質問したことがあります。その際の金澤正由樹氏の回答が、「山岡はあるTV番組で、自分で山岡(1999)の研究を否定したのだからそれに関して回答しない」というものでした。
 『番組は「縄田先生の論文の正否」についてで、制作スタッフから事前に説明があったはずです。番組での先生は、血液型性格診断「否定派」で「縄田先生の論文を肯定」ですから「ご自分の研究を否定した」ことになります。』
 まず、「縄田先生の論文の正否」について制作スタッフから事前に説明も問い合わせもなかったにも関わらず、説明等があったことが前提となっています。さらに、いつのまにか私が血液型性格診断「肯定派」にされており、それを前提に自分の研究を否定したことにされています。さらに、質問内容と全く関係のないTV番組の話を持ち出して質問への回答拒否をしています。
 また、このサイトへの2016/10/03の投稿でもABO FAN=金澤正由樹氏は以下のように書いています。
 『「古川説=能見説=渡邊さんの論文の質問項目=山岡先生の質問項目」というスタンスのはずだからです。そして、少なくともデータで見る限り、血液型によって(「思い込み」による見かけ上の)性格の差が存在することは証明された、というのが山岡先生の主張だと私は理解しています。』
 まず、「古川説=能見説=渡邊さんの論文の質問項目=山岡先生の質問項目」という理解自体が間違いです。そんな前提は不必要です。渡邊(1994)の質問項目は血液型性格肯定派の最大公約数的主張として採用しただけです。さらに、「血液型によって(「思い込み」による見かけ上の)性格の差が存在することは証明された」と私が主張しているという理解も根本的に間違っています。「性格の差」ではなく、「性格の自己認知の差」です。これは似て非なるものです。
 私の研究結果は「性格自体に差がある」ことを示したのではありません。血液型性格の知識汚染の結果、血液型性格に当てはまる部分がクローズアップされて認知され、「血液型性格に適合する方向で自己スキーマが変容した」ことを示しているのです。これが理解できないからABO FAN=金澤正由樹氏には私が血液型性格診断「肯定派」に見えたのですね。この文章を書いていて、今やっと理解できました。
 ただし、本人の主張を理解せず、自分の勝手な思い込みの前提を押しつけて勝手に血液型性格肯定派に仕立て上げることは許しません。純粋理系のABO FAN=金澤正由樹さんは知らないようなので教えてあげますが、このような行為は一般的な日本語では「言いがかり」と表現します。まあ、自分が思っている血液型性格を他者に押しつけて他者の性格を決めつけることこそが血液型性格肯定派の対人認知のデフォルトなのだと理解していますけどね。
 作家の山本弘氏に絡んだときのように勝手に、他者を儒教や朱子学の信奉者だと決めつけることは反則だし、このサイトでやっているように孔子の言葉や芥川龍之介のパロディを持ち出すことはノイズでしかありません。ABO FAN=金澤正由樹氏がたくさんの本を読んでいる(ように見せかけている)ことは理解しますが、ノイズだらけの文章では他者には何も伝わらないとだけ言っておきます。もっとも私には、ABO FAN=金澤正由樹氏が振りかざす「統計」も理解の促進を妨げるノイズにしか聞こえないですけどね。

 ABO FAN=金澤正由樹氏の自費出版の著書「統計でわかる血液型人間学入門」の核心となるべき山岡の研究を否定する部分が、科学的に成立しない議論です。しかし大金をかけて自費出版してしまうのだから、ABO FAN=金澤正由樹氏は山岡の思い込み説を否定できる大発見だと思ったのでしょうね。
 ただ、ABO FAN=金澤正由樹氏の自費出版の著書「統計でわかる血液型人間学入門」では日本と韓国のプロ野球選手のホームランランキング・トップ20の選手の血液型を単純比較しプロ野球の打撃では日韓共通してO型が強いと主張したり、戦国武将や政治家の個人エピソードを各血液型性格の典型例として使用しているところからも、ABO FAN=金澤正由樹氏が大数の法則さえ理解できないことは明白です。これがABO FAN=金澤正由樹氏自身の統計レベルだと判断せざるを得ません。書名もそうですが、彼が多用するのが「統計」であって「統計学」ではないというところも示唆に富んでいるように思われます。

 「ABO FAN=金澤正由樹氏が何か科学的な仮説を主張していたか」、と上に書きましたが、無論そんなことはしていません。ABO FAN=金澤正由樹氏は能見正比古の血液型人間学の信奉者のようですが、能見正比古説の妥当性を証明しようとはしません。血液型人間学などという「学問」が存在するわけではありませんが、その気になれば例えば、能見(1977)が「血液型エッセンス(サンケイ出版)」で主張する、「親分のO、リーダーのA、親方のB、大黒柱AB」、「がめついO、細かいA、けちんぼB、出し惜しみAB」、「ごますりO、ごもっともA、太鼓持ちB、調子いいAB」の妥当性を証明しようと試みることは可能です(証明可能とは思えませんが)。私には同じことを言葉を換えて言っているだけにしか思えないのですが、確かABO FAN=金澤正由樹氏のサイトでは各血液型の性格の違いを絶妙に表現していると評価していましたね。仮説があれば何とか証明しようとするのが科学者です。しかしABO FAN=金澤正由樹氏はそれをしません。ということは、できないのでしょうね。ABO FAN=金澤正由樹氏が選択した方法は、血液型性格説を否定する心理学研究の否定でした。
 ABO FAN=金澤正由樹氏の中では、血液型性格説を否定する心理学研究は帰無仮説であり、それを否定することで血液型性格説の正しさを証明できると考えているのかもしれません。いわゆる背理法ですね。しかしこれは成立しません。なぜなら、心理学以外でもいくらでも否定できるからです。例えば、小塩(2011)の「性格を科学する心理学の話(新曜社)」から引用します。
 「最近の研究では、性格のゲノムワイド関連分析が行われており、性格を(完全に規定するものではなく)一定の範囲で規定する遺伝子が見つかってきています。
 ABO式血液型の遺伝のメカニズムは、学校の教科書にも書かれるほどよく知られています。ですから、もしも血液型と性格の関連が明らかに存在するのであれば、ゲノムワイド関連分析で簡単に見つかるはずなのです。しかし残念ながら現在のところ、性格との関連が見つかった遺伝子は、ABO式血液型とは関係のないものばかりです。もしも、血液型が性格と明らかに関連するようであれば、ゲノムワイド関連分析によって、真っ先に見つかってもおかしくありません。」
 つまり心理学の血液型性格説否定研究は、血液型性格肯定説の帰無仮説になっていないのです。心理学の血液型性格説否定研究を否定できたとしても、それが血液型性格肯定説の正しさの証明にはならないのです。
 また、仮に全ての学問領域の血液型性格否定説を全て否定できたとしても、本来の主張の妥当性の証明がありません。ABO式血液型により何らかの差異が見られたとしても、そのABO式血液型の違いがその差異を生み出す因果関係の説明ができないからです。「A型は慎重だからだ」ではなく、「なぜA型が慎重になるのか」を説明できないとそれがA型という生物学的な要因によって「慎重」というパーソナリティ傾向を生み出したと断定できないのです。もともと慎重な性格のA型の人も存在します。しかしどの血液型にも慎重な性格の人は存在します。従ってA型だけが慎重なわけではないのです。しかし、血液型性格説に知識汚染されたA型の人たちに慎重な人が多かったとしてもそれは自己成就予言等で説明できます。それは知識汚染により自分は慎重だと思い込むA型の人が多くなっただけであり、A型という生物学的な要因によって慎重になったわけではないのです。
 ABO FAN=金澤正由樹氏の考え方の基本が「背理法」であると考えれば、なぜ「管理人さんが統計教育を受けていない」という仮説にこだわるかも理解できます。「管理人さんが統計教育を受けている」という帰無仮説を否定することで、このサイトの主張が全てが非科学的なものであることを証明できると考えているのですね。
 今度はABO FAN=金澤正由樹氏の主張を否定する科学者全ての科学性を帰無仮説と考え、それを否定するために『ダメな統計学 悲惨なほど完全なる手引書』の村上 浩氏の書評を引っ張ってきたのですね。
 『“科学者は、統計教育を受けてこなかった。そして、科学に関する大学学部課程の多くで、統計の訓練はまったく求められていない。”
科学者の統計に対する理解がどれほど不足しているかを示す例として、本書では、医学研修生に対する調査があげられている。この調査では、研修生は医学分野でよく使われている統計手法に対してすら50%以下の正答率でしか回答することができなかったという。また、医学校教授陣でも正答率は75%未満だった。しかし何より統計教育の不備を端的に示しているのは、上記の統計に関する調査を作成した人も統計をきちんと理解できておらず、p値の意味を問う選択式問題に誤った選択肢しか回答として用意できていなかったことだ。』
 医学の統計レベルを全ての科学者の統計レベルを代表するものとして、それを否定することで自分を否定する科学全てを否定できると考えているのですね。この「全ての科学者」の中には、ABO FAN=金澤正由樹氏に対して高校の数学を教育した教師や筑波大学工学部で統計学の講義をした教師、ABO FAN=金澤正由樹氏が統計を勉強するために使用したテキスト等の著者も含まれていますよね。ということは、ABO FAN=金澤正由樹氏の受けた統計の教育もダメだったということになります。納得できました。大爆笑です。
(注:この部分は意図的にABO FAN=金澤正由樹氏の論法を使用しています。)

 ABO FAN=金澤正由樹さんには、自分を否定しABO FAN=金澤正由樹さんの尊大なる自己愛を傷つけた全ての学者や文化人を見返しあざ笑うことができる方法を教えてあげましょう。それは自分を否定する者は統計が理解できない愚者であるということを印象づけることではありません。この行為は成功するどころか、逆効果になっています。そのことにABO FAN=金澤正由樹氏は気づいていないようですが。
 幸い、血液型性格説に知識汚染されていない地域の方が地球上には遙かに多いわけです。そのような地域で血液型と性格の一貫した関連が認められれば血液型と性格に関連があることが証明できます。ABO FAN=金澤正由樹さん自費出版で無意味な本をつくって散財するよりは、国際的な研究プロジェクトを推進することに投資する方が遙かに有意義であり、科学的な行為です。ひょっとしたら第2のカール・ラントスタイナーになれるかもしれませんよ。


 管理人さん
 いろいろと面倒くさい対応、ご苦労様です。
 冒頭に書いた理由で、少なくとも私の文章から「ABO FAN=金澤正由樹」という記述を絶対に削除しないで下さい。
 それから、「教員養成課程における科学リテラシー構築に向けた疑似科学の実証的批判的研究 代表者 武藤浩二 研究分担者 長島雅裕 科学研究費助成事業(科学研究費補助金)研究成果報告書」を見てみたいのですが、お持ちでしょうか?
 もしお持ちでしたら、データを添付ファイルで送っていただけないでしょうか。
 よろしくお願いします。 (投稿者:山岡重行,投稿日時:2017/03/23 21:46:20)

山岡先生
ご無沙汰してます。
これまでの議論を網羅する丁寧なコメントに感謝いたします。
科研費報告書ですが、リンク切れになっていたのですね。同じページを見つけましたのでご参照ください(リンクも貼りなおしました)。
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22650191/

ABOFAN氏が自身の別のペンネームを利用して「あたかも客観的であるかのように見せる」のはディベート上の戦略程度という認識でしたが、山岡(1999)渡辺(1994)のデータ改ざんといった度を越した行為はやはり問題だと思います。
本人はバレていないと思っているのかもしれませんが、以前私が「ABOFAN氏」に情報提供した内容が昨夏出版された「金澤氏」の書籍に新たに掲載されていたりと、随所にボロは目立ちます。 (回答日時:2017/03/23 23:28:31)

ABO Blood Type and Personality Traits in Healthy Japanese Subjects.
Tsuchimine S, et al. PLoS One. 2015.

既出ならすみませんが、多少は血液型と性格の関連性について、血液型占いとは別次元の話かもしれませんが、前向きな研究結果だと理解できるものと思います。 (投稿者:さるお,投稿日時:2017/03/20 21:15:34)

ご投稿ありがとうございます。
(回答日時:2017/03/23 22:35:31)

>「個人情報云々」の件ですが、こちらが指摘したのは「プロの法律の専門家からの意見」でして、素人であるABOFANさんの「法律論」で反論されても反応に困ります苦笑。
――今回はダメ出しです。政府の個人情報保護委員会の「ニックネーム」や「ID」についての見解は次のとおりです。読めばわかるとおり、私のハンドルネーム(ABO FAN)は、疑いの余地もなく(管理者さんや山岡先生にとっては)個人情報です(笑)。
経済産業省個人情報保護ガイドライン
「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」等に関するQ&A
1.(1)「個人情報」
オンラインゲームで「ニックネーム」及び「ID」を公開していますが、個人情報に該当しますか。
個人情報に該当する場合があります。オンラインゲームにおける「ニックネーム」及び「ID」が公開されていても、通常は特定の個人を識別することはできませんから、個人情報には該当しません。ただし、「ニックネーム」又は「ID」を自ら保有する他の情報と容易に照合することにより特定の個人を識別できる可能性があり、そうした場合は個人情報に該当し得ます。なお、例外的にニックネームやIDから特定の個人が識別できる場合(有名なニックネーム等)には、個人情報に該当します。(2005.7.28)
出典:一般財団法人個人情報保護士会 http://www.joho-hogo.jp/rule/rule-q&a1-1.html
なお、オリジナルは次のとおりです。
経済産業省 「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」等に関するQ&A http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/privacy/downloadfiles/140818kaiseiq-a.pdf
消費者庁 個人情報保護委員会 www.ppc.go.jp/files/pdf/kojouhouQA.pdf (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/16 23:04:17)

ABOFANさん
法律云々に関しては、私は素人なので回答しかねます(サイトとしての見解は既に示した通りです)。また、ここのところのコメントの多くはこうした性質のものでありまして、大変恐縮ですが、以前にも申し上げたように「誰かにかまってほしい」という主旨でコメントされているのであればそれはご遠慮ください。 (回答日時:2017/03/23 22:15:50)

> >ABOFANには存在意義がない、ということでよろしいですね。(以下略)
> ――まったくおっしゃるとおりです(爆笑)。

本人自ら自分の存在意義の無さを認めているので、このことは確定しました。
そして、存在意義がない存在(妙な日本語ですが)の相手をするのは無意味ですね。
……と、いうことでこの存在の相手はもうやめてもよろしいのでは。 >> 管理人さん
# 最初にそういう忠告もしたような気がしますが。

> AABAさんは、私に対して統計的な反論は一切ありません。

そもそも、私が知りたいことは一貫していて「ABOFANは『論文』を何故書かないのか?書けるというのなら書いて見せてください」です。その段階で統計がどうとか入る余地は全くありません。…であるにもかかわらず、何かあると「統計が~」とかいう反応を返されても相手をする気にもなりません。(あ、論文は書いていないが「金澤正由樹」名義で本を自費出版している、なんていうのは反論になりませんよ。いわゆる掲載された「論文」はどんなにタコな雑誌でも最低限の「査読」という過程を経ているものですからね──まあ、いつぞやのニュートリノが光速を超えた話のときに、ABOFANには「速報」と「論文」の区別がついていないのはすでに確認していますが…)
百歩譲って「私の偉大な論文を理解できるる学会はないのだ~」としても、投稿してリジェクトされる場合、必ずその理由が書いてありますから、それと合わせて公開されればよろしいかと。(最近、一部で有名な山口人生氏との類似点に気づきました。程度や種類の差はあるのですが誰にも理解できない理屈をこねくりまわして「俺の理論の偉大さをわからないなんて~」という感じですからね。ただし、山口人生氏のほうは論文書いたりしている(もちろん結果はリジェクト)だけマシ……なのかな…!?)
統計については…学生時代に単位くらいは取ってますし、面白そうな本とかも買ったりもしてますから、久しぶりに復習して勉強するのはいいかも知れませんね。ただし、私にはABOFANの相手をする気はもうありませんから、統計の話をしたければ余所を当たってください──そんな奇特な人がいれば、ですが。だってABOFANのあれこれは統計とか以前の問題で何が言いたいのかさっぱり分からないのでそんな気もおきませんし。──もっとも、存在意義の無い人の書く文章なので無理もないのかも知れませんが。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/03/15 11:52:48)

(回答日時:2017/03/23 22:10:06)

時間がかかった割には、回答が短いような気がします…。春休みだからでしょうか?
さて、
>「個人情報云々」の件ですが、こちらが指摘したのは「プロの法律の専門家からの意見」でして、素人であるABOFANさんの「法律論」で反論されても反応に困ります苦笑。
――すみません、爆笑です。管理者さんの聴き方が悪かったのか、あるいは個人情報保護法に疎い“プロの法律の専門家”なのか…。よろしければ、誰に聞いたのか「個人情報」に関係ない範囲で回答をお願いできますか(笑)。
実は、この手の話は山ほどあって、細かい「法律論」は、一般的な法律の専門家(例:弁護士)よりも実務家の方が詳しいのです。私は実務家に確認しています(個人情報なので、誰かは言えませんが・笑)。まずは、「専門家」の見解です。
〇慶應義塾大学 メディア・コミュニケーション研究所紀要
中田響 個人情報性の判断構造(1)
(2)通称,芸名,ペンネーム等
氏名への到達可能性を基準とする見解によれば,通称,芸名,ペンネーム等の識別要素性は,これらの情報要素を本名に準じた「本質的属性」と考えるか,そうでないと考えるかによって,判断が異なる。通称,芸名,ペンネーム等も本名に準じた「本質的属性」であると考えれば,これらの情報要素には当然に識別要素性が認められる。他方,通称,芸名,ペンネーム等は「本質的属性」ではないと考えれば,これらの情報要素の識別要素性は本名への到達可能性の有無により判断される。その結果,たとえば,本名の公開されている芸能人の芸名については一般的な識別要素性が認められるが,インターネット上で用いられる仮名(ハンドルネーム)については,一般的な識別要素性は認められず,独自に本名と当該仮名との照合表を保有している者との関係においてのみ,相対的な識別要素性が認められるにとどまる。
本稿の立場からは,通称,芸名,ペンネーム等であっても,本名と同様の1対n対応性及び直接取得可能性が認められる場合には,一般的な識別要素性が認められる。これに対し,名前だけで名字を伴わないニックネームや,多数の人間によって共用されることを想定したハンドルネーム等については,1対n対応性を欠き,識別要素性は認められない。
http://www.mediacom.keio.ac.jp/publication/pdf2007/kojin/nakata_kyou.pdf
――読めばわかるとおり、私のハンドルネーム(ABO FAN)は明らかに(管理者さんや山岡先生にとっては)個人情報です。
次に、経産省のガイドラインを出しましょう。
〇個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン
(平成28年12月28日厚生労働省・経済産業省告示第2号)
平成28年12月 経済産業省
「個人情報」※1とは、生存する「個人に関する情報」であって、特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができる※2ものを含む。)をいう。「個人に関する情報」は、氏名、性別、生年月日等個人を識別する情報に限られず、個人の身体、財産、職種、肩書等の属性に関して、事実、判断、評価を表すすべての情報であり、評価情報、公刊物等によって公にされている情報や、映像、音声による情報も含まれ、暗号化等によって秘匿化されているかどうかを問わない(以下略)
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/privacy/downloadfiles/161228kojoguideline.pdf
――これまた、読めばわかるとおり、私のハンドルネーム(ABO FAN)は明らかに個人情報です。
#もっとも、管理者さんは「JIS」は信用しないかもしれませんね(苦笑)。
念のため、「プライバシーマーク(JIS Q 15001)」と「個人情報」と「ペンネーム」でネットを検索すると、数多くのサイトで、ニックネームやペンネームは個人情報と明記されています。もちろん、これらは個人情報保護法の趣旨に則ってそう定義されているわけです。次は、ある会社の例です。
○株式会社デファクトスタンダード
個人情報保護方針(抜粋)
1.当社は、個人情報保護に関する法令、国が定める指針その他の規範を遵守します。
2.当社は、「個人情報保護マネジメントシステムの要求事項(JIS Q 15001)」に準拠したマネジメントシステムを構築し、個人情報を収集、利用、および提供を行う場合にはこれを順守し、厳正な管理を行います。
(中略)
1.個人情報の定義
このプライバシーポリシーに述べられている「個人情報」とは、…ニックネーム、ペンネーム…、当社が保有する情報のうち、一つまたは複数の組み合わせにより、特定の個人を識別することができる情報をいいます。
http://brandear.jp/ct/policy
――地方自治体でも事情は同じです。
○かながわの個人情報保護ハンドブック 平成 27 年 10 月改訂
http://www.klnet.pref.kanagawa.jp/resource/org_0101/pol_20160207_001_01.pdf
p74 個人情報の項目別内容の例 ペンネーム
――管理者さんがおっしゃる“プロの法律の専門家”は、個人情報保護法のどの条文をどう解釈すると、ハンドルネームやペンネームが個人情報でないとおっしゃっているのでしょう。具体的な条文と解釈をお示しください。それがないなら、その人の「法律論」は私のような“素人”より酷いですよ(苦笑)。
そもそも、管理者さんは、本当に「プロの法律の専門家」に確認したのですか? 非常に疑問です。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/11 22:29:48)

お返事遅くなりました。
なにやらよくわからない法律論が書かれているようですが、
>その人の「法律論」は私のような“素人”より酷いですよ(苦笑)。
そもそも、管理者さんは、本当に「プロの法律の専門家」に確認したのですか? 非常に疑問です。
――この疑問は見当違いなのでそこだけ強調しておきます。前のコメントと合わせてとりあえずこちらの見解は表明しましたから、あとはABOFANさんのほうでご判断ください。 (回答日時:2017/03/23 22:02:36)

連投失礼します。
今回は情報提供です。
少々時間がたってしまいましたが、以前に紹介したテレビ番組の感想です。
2/8 21:00-21:54 フジテレビ ホンマでっか!?TV 「100歳以上生きられる可能性が1番高いのは●型!?」果たして、血液型だけで人生は変わるのか!?
予想外の展開となりました。
タイトルからして、血液型と病気・体質・ダイエットの話がメイン…という期待は、見事に裏切られました。
まず、“ハラスメント”批判を意識してか、心理学者の植木理恵さんからは、「心理学では血液型と性格は関係ない」とチクリ。
では、血液型と性格は関係ないという話題になったかという思いきや、その後は牛窪恵さんの血液型トークが爆発。
#ちなみに、どちらもA型です。
統計データは、首相などを含めていくつか紹介されていましたが、口頭の説明だけで、数字やテロップは出ませんでした。
さて、心理学者からの注意という“免罪符”を得たせいか、血液型浮気の傾向とか、その後はまるっきり血液型バラエティと化し、大いに盛り上がりました。
ここで非常に気になったのが、植木理恵さんの発言です。
「昔の心理学者(古川竹二?)が病気から性格を類推した」「A型はピロリ菌を持っている」「血液型の性格診断テストは病気のやりやすさからの推論」は心理学的にも間違いです。
もっとも、彼女はシナリオどおり喋っているのでしょうから、おそらくライターが間違っているのでしょう。
誰かチェックしなかったのでしょうか?
ところで、視聴率を調べたのですが、他の回より数パーセントぐらいは上がったようで、やはり血液型のテーマは人気があるようですね。
今後、他局が追随するかどうかに注目したいと思います。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/04 08:48:28)

(回答日時:2017/03/11 08:49:08)

>>私の統計のその解釈が間違っているケースも多々あると思います。ぜひ、反証や反論をお願いします。
>――話が連続していないようです。前回話題になったIFなどの件は了解されたということでしょうか。
>また、反論も何も、これまで多岐にわたった議論において、ABOFANさんから有効な意見が提示されていないと思うのですが。(回答日時:2017/03/01 18:20:50)
――これでよくわかりました。一言で言うと、管理者さんは「純粋文系」だということです。この点は、「マイナスイオン」の掲示板にも書こうと思います。少々失礼な言い方になりますが、いわゆる純粋文系の学生は、高校や大学の統計学は理解していません(例えば、帰無仮説、標準偏差、検定力、ノンパラメトリック検定…)。従って、「反論も何も、これまで多岐にわたった議論において、ABOFANさんから有効な意見が提示されていない」は、文字通りの意味と解釈します。
私の主張や意見は、通常の理系の大学生レベルを想定しています(もっとも、理系でも統計は必須の単位でないはずなので、[AABAさんのように?]全員が統計を理解しているわけではありませんが)。管理者さんは「純粋文系」のようなので、通常の理系の大学生レベルの議論は、おっしゃるとおり「有効」ではありません。そこで、今回は文学的表現でお送りします。管理者さんは、漢文はお好みではないようなので、今回は芥川龍之介のパロディで行きましょう。
誰よりも法律を守つた君は 誰よりも法律を破つた君だ。
誰よりも民衆を愛した君は 誰よりも民衆を軽蔑した君だ。
誰よりも疑似科学批判に燃え上つた君は 誰よりも科学を知つてゐない君だ。
《参考》池田信夫 blog 小池知事のレーニン的愚民主義 http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51992594.html (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/03/04 07:52:30)

ABOFANさん
>これでよくわかりました。一言で言うと、管理者さんは「純粋文系」だということです。この点は、[…]
――これまでも、何度も同じことをおっしゃっておられますね苦笑。私の方もいろいろ学ばせてもらっていますが。

p.s.ちなみに、別件でいただいた「個人情報云々」の件ですが、こちらが指摘したのは「プロの法律の専門家からの意見」でして、素人であるABOFANさんの「法律論」で反論されても反応に困ります苦笑。
たとえば、「ABOFAN=金澤「説」をこのページ上で言及しないでくれ」などの要望を受ける準備はありますので、「具体的に」希望をおっしゃってください。現に、これまで「非公開」を希望されたコメントはこちらも掲載していませんし。 (回答日時:2017/03/11 08:58:59)

>要するに、「私(管理人)は学問的なバックグラウンド(特に統計?)に疑問符があり、自分(ABOFAN)の言うことのほうに理がある。したがって、研究発表や論文投稿せよという管理人の提案は不当な要求である!」ということですか?(回答日時:2017/02/13 11:11:40)
――次のAABAさんへの回答をご覧ください。
>ABOFANには存在意義がない、ということでよろしいですね。 (だって、言いたいことはその何とかいう論文に書かれているのですから、ABOFANがそれ以上、何かいう意味はないですからね──「私の論文に代えたい」と書いているのですし) (投稿者:AABA,投稿日時:2017/02/09 18:58:06)
――まったくおっしゃるとおりです(爆笑)。
AABAさんには、HONZのサイトの次の記事を送ります。
【引用開始】
村上 浩『ダメな統計学 悲惨なほど完全なる手引書』で科学の基盤をより確かなものにする
http://honz.jp/articles/-/43790
“科学者は、統計教育を受けてこなかった。そして、科学に関する大学学部課程の多くで、統計の訓練はまったく求められていない。”
科学者の統計に対する理解がどれほど不足しているかを示す例として、本書では、医学研修生に対する調査があげられている。この調査では、研修生は医学分野でよく使われている統計手法に対してすら50%以下の正答率でしか回答することができなかったという。また、医学校教授陣でも正答率は75%未満だった。しかし何より統計教育の不備を端的に示しているのは、上記の統計に関する調査を作成した人も統計をきちんと理解できておらず、p値の意味を問う選択式問題に誤った選択肢しか回答として用意できていなかったことだ。
【引用終了】
AABAさんは、私に対して統計的な反論は一切ありません。それは、おそらく統計が理解できていないからでしょう(管理者さんも同様です)。統計が理解できない人に、一生懸命、私などが血液型の統計の説明をしたとしても、感情的に否定する可能性は大ですから、確かに意味はありません(苦笑)。
#そういう人に限って「学歴」などを問題にすることが多いようですが、気のせいでしょうか?
あるいは、科学はだれがやっても同じではなく、「学歴」や「論文」によって信用するかしないか決めるということでしょうか?
データや統計は二の次だと…。
というか、そもそもAABAさんや管理者さんは(そもそも統計が分からないのだから?)、私の紹介した論文が理解できるとは思えません。
そこで、孔子の言葉を贈ります。
論語 為政第二 十七
子曰。由。誨女知之乎。知之爲知之。不知爲不知。是知也。
以上の私の推測が間違っていることを願っています。
言うまでもありませんが、私の統計のその解釈が間違っているケースも多々あると思います。ぜひ、反証や反論をお願いします。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/02/27 00:25:45)

>私の統計のその解釈が間違っているケースも多々あると思います。ぜひ、反証や反論をお願いします。
――話が連続していないようです。前回話題になったIFなどの件は了解されたということでしょうか。
また、反論も何も、これまで多岐にわたった議論において、ABOFANさんから有効な意見が提示されていないと思うのですが。

別件になりますが、以前おっしゃられた「個人情報」云々を法律の専門家と相談したところ、「ABOFAN」という”架空”の人格と、「金澤正由樹」という”架空”の人格を同一視することは、何ら個人情報保護違反とはならないそうです。両方とも、そもそもがペンネームという”架空”の人格ですので、「個人情報」ですらないという見解です。
ただし、法律的な話は別として、ABOFANさんが望むのであれば、(少なくとも私は)ABOFAN=金澤氏に触れるような言及は致しません。ご希望をおっしゃってください。
(回答日時:2017/03/01 18:20:50)

今回は情報提供です。
2017年4月号の「理科の探検」の特集(ニセ科学を斬る!2017)で「血液型」がさっぱり書いてないので、少々がっかりしました(苦笑)。
なお、当初は、菊池聡先生の「血液型」に対する批判が予定されていました。
【参考】
2016-09-09 理科の探検(RikaTan)誌2017年4月号「ニセ科学を斬る!2017」の内容
http://d.hatena.ne.jp/samakita/20160909
「血液型性格判断や占い」菊池聡
かなり期待して、本日内容を確認してみたところ、なぜか「超常現象と疑似科学の心理学 中高生調査のデータから」とタイトルが変更され、血液型の解説はごくわずかでした。
血液型についての内容は次のとおりです。
【引用開始】
さて、疑似科学を信じる思考スタイルのもう一つは、そもそも科学と疑似科学を識別できないためにマジに信じ込んでしまうものです。マイナスイオンは本当に健康にいい効果があると思っていた、血液型性格診断は正しいものだと思い込んでいた、というタイプですね。そうであれば、正確な科学知識の教育によって、こうした誤信は解消できることになります。
【引用終了】
混乱を招くのは、「血液型性格診断」のほかに、突然「血液型性格判断」という語句が出現し、いずれも定義については何の説明もないことです。
「血液型性格診断」=「血液型性格判断」=「血液型性格関連説」なのか、それともこれらは微妙に違うのか、私のような普通の読者には判断できません。
少々不親切な記事だと思います。
いずれにせよ、この掲示板や放送大学の講義と同じく、菊池聡先生から統計的な反論がないことが明確になりました。
なお、統計的な反論がないのは、山岡先生、管理者さん、AABAさんもすべて同じです。
ひょっとして、この掲示板や心理学では統計は「タブー」なのでしょうか?
反証されない仮説は、正しいものとして扱うのが、科学では一般的かと思うのですが…。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/02/26 23:59:43)

(回答日時:2017/02/28 11:56:05)

…なんだ。まだ続いてたんですね。

> ――調べるのに少々時間がかかりましたが、既に他の優秀な研究者の書いた論文が多数ありますので、その紹介をすることで私の論文に代えたいと思います

ふむ。…と、いうことは。ABOFANはこの論文の通りの内容のことのみを主張するのですね。すなわち、ABOFANには存在意義がない、ということでよろしいですね。 (だって、言いたいことはその何とかいう論文に書かれているのですから、ABOFANがそれ以上、何かいう意味はないですからね──「私の論文に代えたい」と書いているのですし)

ま、何れにしても自分で「論文」を書く能力がない、ということは再確認できました。
(投稿者:AABA,投稿日時:2017/02/09 18:58:06)

(回答日時:2017/02/13 10:28:52)

連投失礼しましす。
さて、別な面からも、管理者さんの言説が矛盾していることは明らかだと思われます。
>申し訳ありませんが、今回のように「私個人」に対する「質問」は本筋からそれますのでご遠慮願えればと思います(不満であれば、その妥当性をご主張ください)。少なくとも、これ以上回答するつもりはありませんので悪しからずご容赦ください。(回答日時:2016/12/14 19:15:59)
――とあります。この掲示板での議論で、管理者さんの統計学の理解には、かなりの疑問符が付きました。だから議論が進まないわけです。少なくとも私はそう感じています。そこで、やむをえず、相互理解を進めるために管理者さんの「学問的なバックグラウンド」を質問しました。ですから、上の私の質問が「本筋」であることは、管理者さんも十分おわかりのはずです(典型は「差があるという帰無仮説」)。仮に、これが「本筋」でないというなら、管理者さんが「私個人」に対する「質問」をするのは、明らかにダブルスタンダードということになります。
また、
>2a?⇒Dその他:清水先生の問題意識は別として、おおよそは妥当と思います。
>2b⇒AもしくはD:私が直接当該学会、当該論文にかかわっているわけではないので、正確にはお応え(ママ)しかねます。ただ、ご存知のこととは思いますが、「学会」というのは極言すると「同好会サークル」のようなものですので、ある程度の「志向」は内包されているかと思います(かなり誤解を招く言い回しなので、この点は指摘しないでいただけると有難いです苦笑)。(回答日時:2016/12/14 19:15:59)
――ともあります。2aは正しい(今後の研究論文は,関連説を肯定的に支持する内容が含まれる限り,全て掲載に値しないという判断が下される可能性が極めて高いことになる。やはり,掲載を認めるわけにはいかないという結論が先にあるように感じられる。)なのですから、そもそも
>「学術研究」ならば、「論文」や「研究発表」などを”ご自身で”行い、科学研究として”議論の場に立たれて”はどうか?(回答日時:2017/02/04 11:00:46)
――は不当な要求(笑)だということになります。なぜなら、管理者さん自身が肯定的な「論文」や「研究発表」は、全てが無条件でリジェクトされることを認めてしまったからです。学問の自由はどうなるのでしょうか?
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/02/05 17:30:27)

ABOFANさん
ちょっと話がよくわからないので、整理してご主張願えますか?
要するに、「私(管理人)は学問的なバックグラウンド(特に統計?)に疑問符があり、自分(ABOFAN)の言うことのほうに理がある。したがって、研究発表や論文投稿せよという管理人の提案は不当な要求である!」ということですか?
話の筋がまったく通っていないようにしか見えないのですが、私の読解力の問題かもしれないので、誤解があればご指摘ください。 (回答日時:2017/02/13 11:11:40)

今回は情報提供です。
久しぶりに血液型のテレビ番組が地上波で放送されます。
2/8 21:00-21:54 フジテレビ ホンマでっか!?TV
「100歳以上生きられる可能性が1番高いのは●型!?」果たして、血液型だけで人生は変わるのか!?
 話題沸騰!明石家さんまと強烈キャラクターの評論家軍団が爆笑トークを展開していくバラエティー。今回もホンマでっか!?な情報盛りだくさんでお送りする。
 〈血液型で人生は変わるのか!?〉では、スタジオ出演者たち全員が「血液型バッジ」をつけてトーク!「100歳以上生きられる可能性が1番高いのは●型!?」というホンマでっか!?な情報について激論を交わしていく!果たして、血液型だけで人生は変わるのか!?血液型トークが止まらない!
http://www.fujitv.co.jp/honma-dekka/
そこで、その根拠と思われる資料を調べてみました。
【1】ニッセイ基礎研究所
 日本人のABO血液型頻度はA型4割、O型3割、B型2割、AB型1割であるが、これに対して百寿者(269名)はA型34%、O型29%、B型29%、AB型8%といった調査結果もあり、この中ではB型が長寿傾向の可能性が高いと言われている(広瀬ら1992年)。
 →長寿科学研究からみる予防行動と健康指導の新たな視点
 http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=37269?site=nli
【2】人民日報日本語版
 血液型がB型の人は温和で物静かであり、ゆったりと落ち着いていて、争うこともあまりしない。長寿の人の中でB型の人は83%を占める。
 →百歳まで長生きする人に多い10条件
 http://j.people.com.cn/94471/6462687.html
【3】東京都健康長寿医療センター
 ABO式血液型は物質は糖鎖であるが、B型が長寿に関連している可能性が示唆された(Hirose, N. et al. Exp. Gerontol. 39, 1563-1565, 2004, 研究協力者広瀬の論文)
 →東京都健康長寿医療センター研究所 副所長 遠藤玉夫さん
 科研費 2013年度 研究成果報告書(基金分)
 超百寿者解析による健康長寿マーカー探索とその生物学的意義
 https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-24659141/ (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/02/05 11:25:35)

(回答日時:2017/02/13 11:05:00)

管理者さんへ
インパクトファクターについては、オンラインでの参考文献をいくつか紹介します。
前回の私の投稿は、決して特殊なものではなく「業界標準」であることがおかわりいただけるかと…。

【1】アゴラ 筒井冨美 岡山大学の研究不正と解雇無効決定 -不正な科学者は誰だ?-
http://agora-web.jp/archives/2019687.html
・科学雑誌ランクを示すのがインパクトファクター(Impact Factor, 以下IF)である。
・この数字は研究者の業績の目安でもある。私自身はIF=1~6の雑誌に5回の掲載経験があり、合計IF=12である。
・森田氏[注:2009年当時日本麻酔科学会理事長]が筆頭著書の英文論文は2本で、合計IF=6…(私を含む)多数のフリーランス医師に研究業績で負けており...
・2011年、日本麻酔科学会理事長だった森田教授は、岡山大学の学長になった。「論文二本で教授になる方法」とか「インパクトファクター6で学長になった僕」といったハウツー本でも書けば、かなり売れるんじゃないだろうか。
【2】世界変動展望 和文誌や低インパクトファクター学術誌ばかりの論文発表研究者は無能の烙印を押され研究者生命を絶たれる?
http://blog.goo.ne.jp/lemon-stoism/e/583804af04d118f2dd5369cd529d6391
・[1]を読むと研究者の人事や予算獲得等がインパクトファクター至上主義ともいうべき成果主義になっていて...
 [1] 杉春夫「論文捏造はなぜ起きたのか?」光文社新書 2014年9月20日発行 http://www.peeep.us/69424344
・研究費獲得を目指して、どんな研究者もできる限りインパクトファクターの高い学術誌に掲載されることを目指し、それで十分な成果を出せないと予算の実質的な権限をもつ財務省([1]によると文科省等、研究機関を所管する省庁ですらないらしい)から役立たずと思われ、...
【3】海の研究者:インパクトファクター信仰の危うさ
http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2015-12-08-2
学校といえば「定期試験」であり「成績」である。生徒は成績で評価される。
では学校を出た後はどうだろう? 一般の方々には馴染みが薄いが、
大学や研究所で働く科学者にも「成績」がある。
「インパクトファクター」と呼ばれるものがそれにあたる。
これはそもそもは科学者の成績ではなく、科学的な学術雑誌の指標である。
(中略)
本来は雑誌の格付けの指標だが、近年は科学者の格付け指標にもなりつつある。
例:「私はインパクトファクター4以上の雑誌に●本の論文が掲載されております!」

なお、
>>既に他の優秀な研究者の書いた論文が多数ありますので、その紹介をすることで私の論文に代えたいと思います。
>――すみませんが、この意味がわかりません。私(やAABAさん)が提案したのは、ABOFANが行っているのが「学術研究」ならば、「論文」や「研究発表」などを”ご自身で”行い、科学研究として”議論の場に立たれて”はどうか?ということですので、「私の論文に代えたい」は返事になっていないと思います。
――では、具体的にインパクトファクターがいくつぐらいの学術誌に発表すればいいのでしょうか? 教えてください。

SUOMIさんへ
>統計学を振り回していますが否定者をねじ伏せるためにわざわざ、しかも過剰に武装したモノ(ハリボテ)にしか見えず、最後には相手を煙に巻いているようにしか見えず本当に痛々しいです。
>否定者にとってはバカバカしい話なので統計学を専攻で学んだ人は相手にしてくれませんよ。
(投稿者:SUOMI,投稿日時:2017/02/02 14:24:45)
――投稿ありがとうございます。私自身も勉強したいので、ぜひ具体的にご指摘くださいませんか。
失礼な言い方になりますが、そうでないとSUOMIさん自身が「疑似科学の信者」になってしまいますよ。
○B○KATAさんのように…。
参考までに、こんなtweetを貼っておきます。
コペルニクスが地動説を発表したときも、こんな感じだったんだろう。「胡散臭い」「直感に反する」「けしからん」。
https://twitter.com/ikedanob/status/827801778800300032 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/02/05 08:49:33)

ABOFANさん
「インパクトファクター」について紹介いただいた文献と、ABOFANさんの指摘が一致しないのですが、結局何が言いたいのですか?
ちなみに、
>では、具体的にインパクトファクターがいくつぐらいの学術誌に発表すればいいのでしょうか?
――これも会話になっていません。私が言いたいのは、ABOFANさんがご自身の意見を”学術的に”主張したいのならば、研究発表なり(査読のあり・なしに関わらず)論文を発表すればよいのでは?という提案でして、これは何度も行ってきたのですが、その返答が他者の論文を「私の論文に代えたい」だと、ABOFANさんとお話しする「意義」がまったく見いだせないですね苦笑。 (回答日時:2017/02/13 11:04:51)

ABOFAN氏の血液型性格診断に対する熱の入りっぷりは正直驚きました。
統計学を振り回していますが否定者をねじ伏せるためにわざわざ、しかも過剰に武装したモノ(ハリボテ)にしか見えず、最後には相手を煙に巻いているようにしか見えず本当に痛々しいです。
否定者にとってはバカバカしい話なので統計学を専攻で学んだ人は相手にしてくれませんよ。 (投稿者:SUOMI,投稿日時:2017/02/02 14:24:45)

(回答日時:2017/02/04 11:01:07)

回答ありがとうございました。
さて、以前に管理者さんとAABAさんから「私自身が論文を書くべきだ、そうしたら認める」という意味の投稿がありました。内容は次の通りです。
>ABOFANが「論文」を書いて議論すればいいのですが、まあ、以前のやりとりで彼(or 彼女)にはその能力がないことは証明されてますしね…。 (念のため。「書く」能力があることは、ABOFANが書いてみせることによってしか証明できません)(投稿者:AABA,投稿日時:2016/10/02 11:42:29)
>ABOFANさんの過去の発言から血液型性格学説は日本のみの文化ではないそうですし、英語能力にも精通していると見受けられるので、「日本の心理学」ではなく、海外の学術研究会などで研究活動を行われることをお勧めします。少なくともご自身の活動を「学術研究」と位置付けておられるならば、これまでの知見を公共の場で議論されることは、本サイトにコメントされるよりも意義あることと思われます。これに反対する理由が、今一つ私には理解しかねるため、提案させていただきます。(回答日時:2016/09/28 20:00:42)
――調べるのに少々時間がかかりましたが、既に他の優秀な研究者の書いた論文が多数ありますので、その紹介をすることで私の論文に代えたいと思います。
ここでは、血液型と性格に否定的な心理学者が書いた論文の「インパクトファクター」(IF)を調べてみました。
管理者さんはよくご存じだと思いますが、知らない方のために一応説明しておくと、インパクトファクターというのは、その学術誌に掲載された論文が何回引用されたか、つまり、どれだけ影響力(インパクト)があるかという数値です。その学術誌の一種の偏差値のようなものといっていいでしょう。
掲載論文の引用回数が多ければ多いほどインパクトファクターが高くなるので、当然ながら有名な雑誌ほど数値が高くなります。
世界でトップクラスのNatureになると、何十というびっくりするような数値になります。それだけ引用される回数が多いということなのです。
ところで、インパクトファクターを計算できるのは、雑誌に限りません。研究者の数値も計算できるのです。研究者のインパクトファクターは、その研究者の論文が掲載された学術誌のインパクトファクターの合計です。
まず最初は、このサイトに投稿されている山岡重行先生のインパクトファクターです。
が、驚いたことに――そして極めて残念なことなのですが――山岡先生の書いた論文のインパクトファクターは、なんとゼロ(!)です。
では、このサイトの共同研究者でもある菊池聡先生のインパクトファクターはどうでしょうか?
菊池先生のインパクトファクターは連名では0.926ですが、論文の執筆者では末尾の方なので、これよりかなり低くなります。また、血液型に関する論文では、インパクトファクターが付いたものはゼロです。
また、この「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」では、血液型性格診断の「参考文献」と「参考リンク」に紹介されている文献のインパクトファクターは、全てゼロです。
このサイトの管理者さんのインパクトファクターも、公開情報から読み取れるものはゼロというしかありません。
以上のことから――残念というしかないのですが――この疑似科学とされるものの科学性評定サイトでは、学術的な評価が低いインパクトファンターが「ゼロ」の文献をベースにして、血液型性格診断という“疑似科学”を否定しているという結論になってしまいます。
ここで目を海外に転じると、統計データに差が出た(関係がある)という土嶺章子さんの論文(英語)のインパクトファクターは3.057(!)と、否定側の心理学者の論文より遙かに高くなっています。また、別の論文で韓国人が書いた物理学誌の論文(英語)のインパクトファクターは1.785です。
そこで、手元の論文でザックリ計算してみたところ、関係ありが46.052、関係なしが5.838となりました。
詳細なデータは拙ブログをご覧ください。
・否定的な心理学論文は学術的な評価が低い http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2017-01-28-1
このように、インパクトファクターで判断する限り、関係があるという結論が圧倒的に優勢といっていいようです。
では、山岡先生らが存在を主張している「思い込み」についてはどうでしょうか?
インパクトファクターが示されている論文で、「思い込み」の存在を仄(ほの)めかしているものは、私が知る限りただ1つだけです。
ただし、この論文は差があるのは思い込みのせい「だろう」とあるだけで、直接的に存在を証明しているわけではありません。
IF=1.785(IF2015/2016)→Physica A: Statistical and Theoretical Physics
Beom Jun Kim, Dong Myeong Lee, Sung Hun Lee and Wan-Suk Gim (2007)
Blood-type distribution
A psychological implication for the case of B-type males is also suggested as an effect of a distorted implicit personality theory affected by recent popularity of characterizing a human personality by blood types.
Physica A: Statistical and Theoretical Physics, 373(1), 533-540.
わざわざ調べるまでもなく、その他の多くの論文には、「思い込み」が存在するなんて書いてありません。
結局、論文に影響力で重み付けをした「インパクトファクター」で比較してみると、「思い込み」が存在するとはいえないのです。
補足しておくと、調査人数ベースでは、圧倒的に血液型によって「差がある」という結果が得られています。
ただし、インパクトファクターが付いた論文はありませんが、調査方法が妥当であれば問題ないでしょう。
こちらも、詳細なデータは拙ブログをご覧ください。
・否定的な心理学論文は学術的な評価が低い http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2017-01-28-1
http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2017-01-29
以上は反証可能ですから、ぜひ反論をお願いいたします。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2017/01/30 00:10:10)

ABOFANさん
お久しぶりです。おおよそ議論の題材は出尽くしたと思っていたのですが苦笑。
はじめに一点だけ確認させていただきたいのですが、ABOFANさんの主張は、「ABOFAN=金澤正由樹は事実ではなく、そのように同定するのは(ABOFANさんの言う)コンプライアンス(?)違反だ」ということでしょうか。あるいは「ABOFAN=金澤正由樹であるが、それを指摘しないでほしい」ということでしょうか。
申し訳ありませんが、この点だけコメント願います。
また、
>既に他の優秀な研究者の書いた論文が多数ありますので、その紹介をすることで私の論文に代えたいと思います。
――すみませんが、この意味がわかりません。私(やAABAさん)が提案したのは、ABOFANが行っているのが「学術研究」ならば、「論文」や「研究発表」などを”ご自身で”行い、科学研究として”議論の場に立たれて”はどうか?ということですので、「私の論文に代えたい」は返事になっていないと思います。
また、インパクトファクターについてのコメントがありましたが、少し誤解があるように思います。
私も詳しくないので明言できないのですが(お詳しい方、コメントください)、インパクトファクターは「学術雑誌」の指標であって、「研究者個人」の評価とイコールではないのでは?ABOFANさんは個人名を挙げておられますが、インパクトファクターのこの用い方は少し見当違いのように思います。
ウィキペディアにわかりやすい解説がありましたので、ご参照ください(この情報も厳密ではないのかもしれませんが)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC

(回答日時:2017/02/04 11:00:46)

ご無沙汰しております。
さて、その後に特に投稿・回答がないようですので、私なりに論点を整理したいと思います。
最初に、管理者さんが大学レベルの確率・統計の知識を持っているかという点です。
>これまでのように、ABOFANさんにとってご都合が悪いことについては「私(管理人)が統計を理解しておらず、心理学に無知である」との結論なのですね。残念です。
――管理者さんが思っている「私の結論」ではなく、まずは「事実」を述べてくださいませんか?
さて、管理者さん自身によると、高校・大学での「確率・統計」の単位は取っていないことは明らかです。
>>[3.管理者さんは確率・統計の単位はどこで取りましたか]――C[大学]とD[大学院](あくまでごく一般的な社会調査、心理測定の基礎レベルにおいて「のみ」ですが)。(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/09/17 23:57:30)
→その後は回答なし
過去の回答において、管理者さんが「関係がある(!)という帰無仮説」とおっしゃっていることだけではなく、回帰分析やeffect sizeも知らないように見えることから、「私(管理人)が統計を理解しておらず」という(私の?)推測は正しい可能性が高いものと思われます。
そこで、念のためもう一度確認させてください。
【質問1a】管理者さんは高校・大学で「確率・統計」の単位は取っていないですか?
A. はい
B. いいえ、大学では「確率・統計」に相当する単位は取りました(ただし、「確率・統計」という名前の単位ではありません)
C. 答えたくありません
D. その他→具体的にお願いします
以前の回答からするとB.ですが、もしそうだとすると
【質問1b】F検定とeffect sizeを具体的な数値から計算できますか?
A. はい、概念も含めて理解しており、計算もできます
B. はい、統計ソフトを使えばできます
C. 答えたくありません
D. その他→具体的にお願いします
次の論点です。
>>これまでABOFANさんが「正当な」学術・研究活動を拒んでいる理由として清水先生の論文を取り上げるのは不適当に思われるのですがいかがでしょうか。(回答日時:2016/09/28 20:05:39)
>――ここも、管理者さんのホンネが垣間見えて興味深いです。学会は本来「真理」や「事実」を追求すべきだと思います。少なくとも私はそう信じています。しかし、管理者さんによると、必ずしもそうではないようですね。学会は、学会自身が「正しい」と認めることだけを議論すべきで、その学会が「妥当」だと認めない反論は許されない(ので反論は学会外でしてほしい?)。同様に、このサイトも管理者さんが「科学的に正しい」と認めることだけが絶対で、それに反する議論は一切許さない…ということでしょうかね?
[中略]
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/03 00:18:53)
>コメントの意図が分かりかねますが、要は、ABOFANさんの言っていることが真っ当で、私のほうが愚かだという風に「見せたい」のですか?
(回答日時:2016/10/03 15:59:33)
――清水先生の論文の趣旨を否定されるのであれば、このサイトで妥当な内容であると紹介されている参考論文でも、妥当でない場合もあるということになりますが? そこで質問です。
【質問2a】以下の私の投稿に示す清水先生の内容は妥当ですか?
《清水武 心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか―学会誌査読コメントをテクストとした質的研究(よい教育とは何か 構造構成主義研究5 2011)より》
【その1】
(2-4)[第二査読者のコメント]
さらに,この問題[血液型と性格の関係]については,1927年の古川の論文以来、膨大なデータの蓄積がある。否定論は、こうした多くの研究の結果を参照して,そこに一貫性を見いだせないという事実を否定論の根拠にすることが多い。今回の結果が一定の傾向を示したことを認めるとしても,すでに蓄積されている膨大な「非一貫的な結果」を全て解消するような結果として打ち出せるものなのだろうかについての疑問も残る。つまり,一回の調査で傾向が見られた、というような論文は現在では査読論文としては認められないと思われるのである。
既に蓄積された非一貫的な結果を全て解消できなければ、認められないというわけである。しかし、上記コメントにしたがうならば,今後の研究論文は,関連説を肯定的に支持する内容が含まれる限り,全て掲載に値しないという判断が下される可能性が極めて高いことになる。やはり,掲載を認めるわけにはいかないという結論が先にあるように感じられる。
【その2】
もちろん,血液型と性格を否定的に論じる現状が間違っており,著者の主張が正しい場合もある。アインシュタインの相対性理論の論文がレフリーペーパーにならなかったように,正しい論文が正当に評価されずに掲載されない可能性もある。しかし,この論文は(仮に正しいとしても)現在の●●が掲載を認めるものではないと思われる。(●●は学会名)
《引用終了》
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/09/18 07:22:24)
回答の選択肢は次のとおりです。
A. 妥当である
B. 妥当ではない
C. 答えたくない
D. その他→具体的にお願いします
【質問2b】清水先生の「血液型と性格」の論文がリジェクトされた理由は?
A. 質問2aの清水先生の論文に書いてあるとおりである
B. 質問2aの清水先生の論文に書いてあるとおりではない
C. 答えたくない
D. その他→具体的にお願いします
もう一つ確認のために質問をします。
【質問3】次の質問には回答がないようなので、再度確認させてください。
《引用開始》
今回は情報提供です。次の山岡先生の質問に少し答えてみましたので、内容をご確認下さい。
(中略)
[上に紹介した山岡さんの]数値をよく見てみると、差が出ている質問項目の中には、O型の特性のはずなのに、「血液型大好きグループ」では、B型が最高値を示している、といったようなものもある。つまり、本来の血液型とは違う「間違った」血液型性格特性に“思い込ん”でいるものが存在するからである。これらは、差が出た15項目中、半分近い7項目とかなり多い。(中略)
O型の特性のはずなのに、なぜかB型が一番当てはまると回答しているといった、「間違った」血液型性格特性に“思い込み”が存在するはずがない。[出典:金澤正由樹さん 統計でわかる血液型人間学入門]
やはり、「統計的な差は“思い込み”によるものではない」と結論づけてよさそうです。数字やグラフを使わないだけ、こちらの説明の方がわかりやすいかもしれませんね。
奇妙なことに、「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」では、この説明には全く触れられていません。何か理由があるのでしょうか…。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/08/27 17:27:14)
《引用終了》
(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/02 09:51:12)
回答の選択肢は次のとおりです。
A. 差が出ている15項目中、本来の血液型とは違う「間違った」血液型性格特性に“思い込ん”でいるのは7項目なので、「思い込み」は存在する
B. 差が出ている15項目中、本来の血液型とは違う「間違った」血液型性格特性に“思い込ん”でいるのは7項目なので、「思い込み」が存在するとは必ずしも言えない
C. 答えたくない
D. その他→具体的にお願いします
今回は、とりあえずここまでにしておきます。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/12/13 22:46:59)

ABOFANさん
はい。お久しぶりです。
体調が優れなかったのでしょうか。寒くなってきましたので、ご自愛くださいますよう……。
ご質問ですが、「血液型性格診断」ではなく「私個人」への質問に見えるので、何となく回答が憚られるのですが、
1a⇒B
1b⇒AとBの間:統計ソフトは楽ですが、あまり複雑でなければ、かつ気分により手計算でやっています
2a?⇒Dその他:清水先生の問題意識は別として、おおよそは妥当と思います。
2b⇒AもしくはD:私が直接当該学会、当該論文にかかわっているわけではないので、正確にはお応えしかねます。ただ、ご存知のこととは思いますが、「学会」というのは極言すると「同好会サークル」のようなものですので、ある程度の「志向」は内包されているかと思います(かなり誤解を招く言い回しなので、この点は指摘しないでいただけると有難いです苦笑)。
3⇒D:すみません。質問の意味がわかりません。まず、「本来の」とは何を意味するのでしょうか?以前より気になっていたのですが、ABOFANさんによると「思い込み」が”必ず”存在しなければ血液型性格を否定したことにはならないのですね。”ふつうは”説明責任(何度も言いましたが)は血液型性格診断側にあるので、データに基づいて立証しなければならないのは血液型性格診断側なのですが……(この問答も何度繰り返したかわからないので、言うだけ無駄だとは思いますが苦笑)。

申し訳ありませんが、今回のように「私個人」に対する「質問」は本筋からそれますのでご遠慮願えればと思います(不満であれば、その妥当性をご主張ください)。少なくとも、これ以上回答するつもりはありませんので悪しからずご容赦ください。

↓※以下のコメントはすぐに削除する用意があります。ご確認ののち、ご要望ください。直接的にプライバシーを侵害する内容ではないとは思いますが、ABOFANさんにとってはセンシティブな話題も含んでいるように思われますため……。


別コメントについてですが、少なくとも私はABOFANさんの「学歴」を問題にしているわけではありません(そういう記述をしたことはないと思うのですが)。
おそらく、ABOFANさんが問題視されているのは「別のペンネーム」のことと思われますが、要するに、「かの人物と同一視しないでほしい」ということでしょうか。
すみませんが、私自身、ほとんど確信に近い印象を抱いているのですが、こうした趣旨のコメントはしないでほしいという要望ということでよいでしょうか。
(※であれば、あえて同一視はしませんが、ABOFANさんが氏のことを「~さん」などと他人のように振る舞うのも問題だと思います) (回答日時:2016/12/14 19:15:59)

申し訳ありません、爆笑です。
以下に、最近の管理者さんと私とのやりとりを示します。
>これまでのように、ABOFANさんにとってご都合が悪いことについては「私(管理人)が統計を理解しておらず、心理学に無知である」との結論なのですね。残念です。
>前回の回答の後半部分への言及もないようですが、ABOFANさんご自身が能見氏の言説をより辱めているということに、いずれお気づきいただければと思います。(回答日時:2016/10/04 00:02:08)
>――毎回失礼な言い方になって申し訳ないのですが、標準偏差、帰無仮説、タイプ2エラー、χ2検定、F検定、連続量…の意味があやふやな人に、納得できるように(面白おかしく雑談も入れながら?)統計的に説明しろと言われても、私は学習塾や予備校の講師ではありませんので無理です。それを証明する原文の引用は、ここでは繰り返しになるので止めますが、以上は事実ですから「都合が悪い」というのとは意味が違います。
(以下の説明は長くなるので省略)
>いや、そんな意味ではないというなら、改めてコメントをお願いします
>――そうですね。こういう意味ではなかったのですが、まぁそんなにこだわる箇所でもないので、お答えいただいたことに感謝します。ありがとうございます。(回答日時:2016/10/04 16:42:26)
――以上のやりとりを“翻訳”すると、「私(管理人)が統計を理解しておらず、心理学に無知である」との結論で、おそらくよろしいのかと…。
>>毎回この調子では、はっきり言って疲れます。
>――とありまして、これがABOFANさんのホームページにおけるコメントだったら筋も通るのですが、ABOFANさんの場合、ご自身の意思で本サイトに「訪問」されているため、お疲れのようでしたら、「お帰り」いただいて結構なのです。(回答日時:2016/10/04 16:42:26)
――はい、ではお言葉に甘えて、管理者さんへの統計的な説明は私が気が向いたものだけにすることにします。従って、ご要望の「サンプルについての質問」は、あえて回答しませんのでご了承ください。
>ちなみに、今まで大勢の方が指摘していますが、「ABOFANさんの統計学」はABOFANさんにしか理解できない世界ですので、こちらにコメントされる際には「みんなの思う統計学」をお使いいただければと思います。
――申し訳ありませんが、管理者さんのように、回帰分析と相関係数もわからない(?)ような「みんなの思う統計学」を使う気にはなりません。ついでに言うと、AABAさんもあまり統計学に詳しくないように記憶しています。もっとも、それは私が統計学に詳しいということでは全くなく、せいぜい大学教養レベルの知識があることの証に過ぎません(苦笑)。
さて、たまには私にも質問させてください。以下は大学教養レベルの統計学の質問なはずです。
1) r=-0.1とすると、独立変数が従属変数をどのくらい説明できますか?(○パーセントといった具体的な数字でお願いします)
2) r=-0.1の効果量の程度は? A.小 B.中 C.大 D.その他 E. わからない F.答えたくない
3) 以上のことから、r=-0.1だとすると、「回帰分析」は意味がありますか? A.ある B.ない C.その他 D.わからない E.答えたくない
ついでに、気が付いた点(再掲)ですが、
>>[1.管理者さんのバックデータ]――A(具体的なデータは本項関連リンク、あるいは参考文献等にあるものが主です)
>――やっと回答いただけましたね。が、すみません、思わず爆笑しました。関連リンクでサンプルが最大(20万人)とその次(3万人)は私が紹介したものです。この2つは、読めばわかるように、血液型によって明確にデータの差があります。つまり、このサイトの「データの再現性(低)」は管理者さん自身によって否定されてしまいました。まさに、既存メディアは事実確認のレベルでネットに敗北してしまったのです!(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/09/17 23:57:30)
――この点は管理者さんは現在まで無回答でので、特に問題がなければ、私の指摘(「データの再現性(低)」は管理者さん自身によって否定されてしまいました)が正しいものとさせていただきます。
もう一つ例を挙げます(こちらも再掲)。
《引用開始》
>失礼ながら、このサイトの「データの再現性 (低)」には、合計人数が34万人を上回るデータがあるとも思えません。もしあるというなら、勉強ためにぜひお教えください。どうかよろしくお願いします。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/07/09 23:13:29)
>金澤氏などが「34万人」としているデータの詳細をお教えくだされば、お話も進むかと思うのですが……。(回答日時:2016/07/26 16:56:12)
>大学に資料が届いているようです。ありがとうございます。ただ、諸般の事情により、受け取れるのは八月上旬ごろですので、この件についてはその後ご返答させていただきます。 (回答日時:2016/07/30 12:56:37)
>金澤氏が単独で行った研究調査ではないため、はっきり言ってなんともコメントしがたいのですが、これでいったい何をおっしゃりたいのですか?(回答日時:2016/08/09 16:13:28)
→それ以後は言及なし。
――掛け合い漫才としては面白いかもしれませんが、これは少なくとも科学的なコミュニケーションではありません(笑)。(投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/08/28 12:56:15)
《引用終了》
やはり、管理者さんは初歩的な統計学を理解しているとは思えません。
大変失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/04 22:28:33)

ABOFANさん
>ご要望の「サンプルについての質問」は、あえて回答しませんので
――??まぁ、もうご自由にどうぞ、としか言えませんね苦笑。関連して、
>たまには私にも質問させてください。以下は大学教養レベルの統計学の質問なはずです
――失礼ですがここは雑談用の掲示板ではないので、「血液型性格診断」のページに沿うコメントをお願いします(あと「たまには」というのにも語弊があるかと苦笑)。ということで私も「あえて回答しません」。そもそも、何か試されているようで感情的に「いい気」もしないですし笑。
後半部分の
>この点は管理者さんは現在まで無回答でので
――ですが、ご自身の著書『B型女性はなぜ人気があるのか』p127ですでに分析されているように、「統計データに差があるのは”思い込み”による見かけ上のもので、血液型と性格には関連がない」にカテゴライズされている研究のことですよね(すみません。ABOFAN=金澤正由樹というのはもはや「自明」のことと思われるため、こう書かせてもらいますね)。
さらに、
>それ以後は言及なし。
――??まず、「これで何をおっしゃりたいのですか?」に対しての応答を願いたいのです。
また、前回、前々回の「能見氏」についての私からの話題提起についてはお話ししたくないということでしょうか?無理して聞こうとは私も思いませんので、率直なお気持ちをお聞かせください。ただし、ABOFANさんと「血液型学説」を話題に対話しようと思ったら、避けて通れないとも思います。
[2016.1011追記]
非公開を希望される新しいコメントが届いたので、それに対する回答をこちらに書きます。
1.統計的な議論についてはABOFANさんのほうから「あえて回答拒否」というコメントをいただいているため、少なくとも現状において統計的な議論を避けているのはABOFANさんのほうだという認識です。
2.(少なくとも私としては)あまり重要な問題と考えていなかったのですが、不都合な点があるとお考えになるならば、まずは具体的にご要望ください。※あらかじめ「非公開希望」などとしていただければそのように対処したうえで対応します。
(回答日時:2016/10/05 13:00:01)

 まあ、以前にも指摘したはずですし、ABOFANには理解力がないというか理解したくなさそうなので、言っても無駄なのはわかってますが…。山岡先生の丁寧な指摘もきっと理解できないのでしょうし(理解したくないのでしょうし)…。
 まともな学術論文誌に掲載された論文が間違っていた、というのは、それだけいろいろとやっても(複数による査読というシステムがあっても)間違ってしまうことがある、ということです。査読*すら*されていない無名の人の書いた「論文」なんて眉唾物です。もちろん、その中には価値のあるものもあって、そういうものは誰かに認められたりすることもあるかも知れません (少し異なりますし、古いですが、インドの数学者、ラマヌジャンなんかその例の一つかと思います)が、それはかなり例外的な話です。
 ましてやその(カギ括弧付きの)「論文」もどきすら書けないような人(たとえばABOFAN)は論外の存在です。リジェクトがない、と喜んでいるのは、玉石混交の「石」であっても掲載してもらえること喜んでいる程度の存在です。だから「速報」と「論文」の違いも理解できず(理解することを拒否して)、「ニュートリノが光速を超えたニュースは論文になってないのだから論文なんて価値がない」とか言って(それを見た人の)失笑を買うことになるのです。(で、しかもその件は結果的に計測ミスというオチまでありましたね──ちなみに、だからといってCERNの人々を笑いものにするようなことは普通はしません。彼らは画期的な結果を得たのですが、しかし残念なことにミスがあっただけなのです。そしてそれを認めているのです。これこそ科学者のあるべき姿です。何か言われて「でもでもそうじゃなくて」とか言っているだけの人とは違います)
 私がここに書き込むのはこれで最後です。(だって書いてもたぶん無駄だし)
 万が一、ABOFANが「論文」を書いたとしたら、その時には「書けない」と書いたことを撤回するかも知れませんが。
 ちなみに、山岡先生の話(ABO FAN=金澤正由樹)からすると、他人のふりをして自著の宣伝をしていたのですね。自分で書いたのなら、堂々とアピールすればいいでしょうに。そういった書籍に何かあっても、「ABOFAN」という名前を守りたかったんでしょうか。なんか笑えますね。(「爆笑!」とか言いませんが)
(投稿者:AABA,投稿日時:2016/10/04 11:58:45)

(回答日時:2016/10/04 14:22:40)

管理者さんには短期間の連投で申し訳ないのですが…。
>これまでのように、ABOFANさんにとってご都合が悪いことについては「私(管理人)が統計を理解しておらず、心理学に無知である」との結論なのですね。残念です。
――毎回失礼な言い方になって申し訳ないのですが、標準偏差、帰無仮説、タイプ2エラー、χ2検定、F検定、連続量…の意味があやふやな人に、納得できるように(面白おかしく雑談も入れながら?)統計的に説明しろと言われても、私は学習塾や予備校の講師ではありませんので無理です。それを証明する原文の引用は、ここでは繰り返しになるので止めますが、以上は事実ですから「都合が悪い」というのとは意味が違います。その時点で統計学を知らなくとも問題はありません。自分で調べればいいのです。私はそうやってきましたので…。
>前回の回答の後半部分への言及もないようですが、ABOFANさんご自身が能見氏の言説をより辱めているということに、いずれお気づきいただければと思います。
――抽象的に言われてもわかりません。原文を引用していただけないでしょうか。印象論ではお答えしようがありませんが、ひょっとして、
>私「なぜ回帰分析をおこなったのですか?」
という質問なのでしょうか? 正直、私にはこの質問の意味がわかりません。というのは、私は「回帰分析」は目的ではなく、まずは分布図を作ることが目的だからです。次に、この分布図を分析するツールとして、「相関係数」が一番良さそうだという判断に達しました。ちなみに、「回帰分析」と「相関係数」は違います。http://www.hs.hirosaki-u.ac.jp/~pteiki/research/stat/qa/qacor.html
管理者さんが問題としているケース(?)では、相関係数が-0.1と小さいので、「回帰分析」はほとんど意味がありません。なぜなら、独立変数から従属変数がほとんど予測できないからです。
毎回この調子では、はっきり言って疲れます。お願いですから、もう少し統計学を勉強していただけないでしょうか?
いや、そんな意味ではないというなら、改めてコメントをお願いします。
失礼しました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/04 00:56:26)

ABOFANさん
>いや、そんな意味ではないというなら、改めてコメントをお願いします
――そうですね。こういう意味ではなかったのですが、まぁそんなにこだわる箇所でもないので、お答えいただいたことに感謝します。ありがとうございます。
この調子で、サンプルについての質問にもお答えください。
また、前回の本題は「能見氏」についての質問です。そちらについてのコメントをお待ちしております。
最後に、
>毎回この調子では、はっきり言って疲れます。
――とありまして、これがABOFANさんのホームページにおけるコメントだったら筋も通るのですが、ABOFANさんの場合、ご自身の意思で本サイトに「訪問」されているため、お疲れのようでしたら、「お帰り」いただいて結構なのです。
ちなみに、今まで大勢の方が指摘していますが、「ABOFANさんの統計学」はABOFANさんにしか理解できない世界ですので、こちらにコメントされる際には「みんなの思う統計学」をお使いいただければと思います。 (回答日時:2016/10/04 16:42:26)

投稿の素早い掲載をありがとうございます。また、切望していた山岡先生の回答もいただけたようで、大変ありがとうございます。管理者さんのご尽力に重ねて感謝いたします。
ただ、少々残念なことですが、今回の山岡先生の投稿については、いくつか事実誤認が見られるようです。僭越ながら、気の付いた点を2つほど書かせていただきますので、どうかよろしくご検討のほどお願いいたします。
>古川竹二(1928)の血液型性格関連説は効果が再現されないために心理学会で否定された
――否定の時期が書かかれていませんが、戦前に心理学会で「心理学会で否定された」事実はないはずです。なぜなら、私が調べた限りでは、戦前の心理学の学術誌に掲載された論文は6件で、うち肯定的なものが4件だからです。http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/furukawa.htm
あるいは、戦後ということなのでしょうか? ただ、そうなると、山岡先生の「思い込み」が存在するという指摘とは矛盾することになりませんか? なぜなら、この掲示板では、基本的に「古川説=能見説=渡邊さんの論文の質問項目=山岡先生の質問項目」というスタンスのはずだからです。そして、少なくともデータで見る限り、血液型によって(「思い込み」による見かけ上の)性格の差が存在することは証明された、というのが山岡先生の主張だと私は理解しています。
以上のことから、戦前でも戦後でも「心理学会で否定された」とは信じられません。よろしければ、「否定された」具体的な文献をご紹介くださいませんか? 私もぜひ勉強してみたいので。
>まず年代のことを考えると、90年代始めに出版された本に記載されている各血液型性格の内容が99年にまで不変であるとはいえません。
――これには大変驚き、かつ大変混乱してきました。山岡先生によると、1990年代始めに出版された本に記載されている各血液型性格の内容(=渡邊さんの論文の質問項目=山岡先生の質問項目)と1999年の各血液型性格の内容(=山岡先生の質問項目)は違うということですか? その根拠は何でしょうか? 仮にそうだとすると、山岡先生の1999年の質問項目は、各血液型性格の内容を表していないことになります。それなら、論理的には、これらの質問項目は「思い込み」ではないので、どんな結果が出ても「思い込み」が存在したかどうか「不明」と言うことになるはずです。更には、10年程度で各血液型性格の内容が変わるとすると、10年間のデータを合計することはナンセンスということにもなりかねません。つまり、山岡先生自身の次の主張は否定されることになりますが…本当なのでしょうか?
・山岡は1999年から2009年にかけて大学生を対象に血液型性格の調査を行っている(有効回答数=6660)。その調査結果から次のような話をしたい。
・(1)血液型項目を用いて自己評定をさせると多くの項目で血液型による有意差が見られる。
出典:日本パーソナリティ心理学会第18回大会自主企画(2) [2009年11月28日]
それだけではなく、「思い込み」が存在しないとすると、「血液型ステレオタイプ」も存在しないので、必然的に血液型によって性格を決めつける「血液型ハラスメント」も存在しないことになりませんか?
ということですので、正直山岡先生の真意が理解できず、大変戸惑っているところです。
なお、「血液型と性格」は、長島雅裕さんの労作である「30年20万人」のデータにより、「血液型による違いが統計的に明確に有意であることが示された。」とされています。
出典:武藤浩二・長島雅裕ほか 2012年
教員養成課程における科学リテラシー構築に向けた疑似科学の実証的批判的研究 2011年度科研費報告書
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22650191/
失礼いたしました。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/03 22:20:13)

(回答日時:2016/10/03 23:42:15)

AABAさん、以前にどこかでお会いしたかもしれませんね。今後ともよろしくお願いいたします。さて、
>ABOFANが「論文」を書いて議論すればいいのですが、まあ、以前のやりとりで彼(or 彼女)にはその能力がないことは証明されてますしね…。 (念のため。「書く」能力があることは、ABOFANが書いてみせることによってしか証明できません)
――残念ながら、私には○B○KATAさんのような才能はありませんので(苦笑)。ご存じのように、権威ある科学雑誌に掲載された論文でさえ、ネット上で間違いが指摘されて最終的には撤回されました。また、血液型と性格に“肯定的”な論文を書いた清水先生は、心理学会誌の掲載は見事にリジェクトされました。繰り返しになりますが、私には○B○KATAさんや清水先生のような才能はないので、残念なことですが、書くだけ労力のムダというものです(汗)。
この掲示板やネットの方が、リジェクトされないだけ、はるかに良いのですよ。 (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/03 22:03:18)

(回答日時:2016/10/03 23:42:07)

管理者さんへ
>>統計の部分についてはほとんど何の反応もありません
>ーー??前回の私の回答において「統計の話」とあらかじめ断りを入れたうえで統計における問題点を指摘したつもりです。(回答日時:2016/10/03 15:55:10)
ーー繰り返し書くのも失礼なのですが、どうしてもご要望のようですので…。
高校レベルの統計学を理解していない(らしい?)し、おそらく心理学による性格の定義を理解していない(らしい?)方に、「血液型と性格」を理解・納得できるような形で説明する能力は、はっきり申し上げて私は持ち合わせていません。
管理者さんがこれ以上の説明を要求するなら、直接お会いして、長時間かけて相互の理解レベルを擦り合わせるしかないと感じているのですが、それは「拒否」ということですので、私には無理な注文というものです(汗)。
#学習塾の講師なら、ひょっとしてそういう説明が得意なのかもしれませんが。
>コメントの意図が分かりかねますが、要は、ABOFANさんの言っていることが真っ当で、私のほうが愚かだという風に「見せたい」のですか? (回答日時:2016/10/03 15:59:33)
ーーそうではないですよ。今回は論語で説明してみましょうか。「之を知るを之を知ると爲し、知らざるを知らずと爲す。是れ知るなり。」です。よろしいでしょうか? (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/03 22:00:16)

ABOFANさん
なるほど。
これまでのように、ABOFANさんにとってご都合が悪いことについては「私(管理人)が統計を理解しておらず、心理学に無知である」との結論なのですね。残念です。
前回の回答の後半部分への言及もないようですが、ABOFANさんご自身が能見氏の言説をより辱めているということに、いずれお気づきいただければと思います。
では。 (回答日時:2016/10/04 00:02:08)

少し補足しておきます。
>これまでABOFANさんが「正当な」学術・研究活動を拒んでいる理由として清水先生の論文を取り上げるのは不適当に思われるのですがいかがでしょうか。(回答日時:2016/09/28 20:05:39)
――ここも、管理者さんのホンネが垣間見えて興味深いです。学会は本来「真理」や「事実」を追求すべきだと思います。少なくとも私はそう信じています。しかし、管理者さんによると、必ずしもそうではないようですね。学会は、学会自身が「正しい」と認めることだけを議論すべきで、その学会が「妥当」だと認めない反論は許されない(ので反論は学会外でしてほしい?)。同様に、このサイトも管理者さんが「科学的に正しい」と認めることだけが絶対で、それに反する議論は一切許さない…ということでしょうかね?
それなら、これは「コミュニケーション」ではなく、情報の一方的な押しつけということになります。どちらかというと、徒弟制度や、論語的な「吾れ日に吾が身を三省す。(中略)習わざることを伝えしか。」に近いように感じられますが?
もっとも、それならそれで、初めからそうおっしゃっていただきたいと思います。別に反対はしません。ただ、科研費が承認された事業だというのなら、私的には疑問符を付けたいような気がしますが。
どうなのでしょうか? (投稿者:ABO FAN,投稿日時:2016/10/03 00:18:53)

ABOFANさん
コメントの意図が分かりかねますが、要は、ABOFANさんの言っていることが真っ当で、私のほうが愚かだという風に「見せたい」のですか? (回答日時:2016/10/03 15:59:33)

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