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鍼灸

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

 本項では鍼灸治療に関して、その科学的研究の姿勢、手法、論文発表などを総合的に考慮し、それを評価する。鍼灸とは、身体に鍼や灸を用いて刺激を与えることにより様々な疾患に対して治療効果を与える医療技術のことを指している。
 本項での総評では、医療技術という観点に立った臨床現場でのエビデンス、鍼灸の技術面における科学研究の信頼性を重視する立場をとっている。また、本研究は鍼灸治療における個別疾患への有効性を議論の主戦場とはせず、鍼灸治療分野全体における科学研究について評定するものとする。よって本研究における各評定項目における評価が個別疾患における有効性をそのまま保証しているわけではない。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 (中)

 鍼灸治療における論理体系は古代中国の春秋時代、あるいは戦国時代にその初期の体裁が整えられたと考えられている。それによると、人体には経絡という人間の生命力が流れる道が存在しその道の流れが何らかの形で妨げられると健康状態でなくなる、つまり病的状態になるといわれている。そこで、鍼や灸を使い経絡上にある各症状への適切な経穴(ツボ)を刺激すれば経絡における生命力の流れが取り戻せ、症状が恢復する、というのが鍼灸における初期の理論である。現代の鍼灸医学においても大筋ではこの論理を踏襲している。
 このような理論においては、人体に経絡というものを想定し、さらに各々のツボがどのような症状に対して有効なのかを仮説検証しなければ論理的とはいえない。しかし、どのツボがどの症状に効果があるといった論理は歴史的逸話に基づいた経験的な主張でしか語られておらず、そのような意味においては鍼灸の論理性は低いと言わざるを得ない。
 ただし、現代の鍼灸医学では神経科学的な知見も取り入れており、例えば鍼灸の脊椎後角鎮痛作用におけるゲートコントロール仮説といった有力な新しい説も提唱されている。このように、トップダウン的な論理構築だけでなく、実証主義に基づいた論理体系の構成も現代鍼灸研究には見受けられる。
 鍼灸の臨床現場においては経絡やツボといった考え方がまだ主流である、という社会的な現状については一言を付さなければならないが、基礎研究領域では合理的な論理体系が形成されつつあるという評価ができると考える。よって、論理性は中程度と評定する。

理論の体系性 (中)

 論理性項目でも述べたが、鍼灸では経絡と経穴(ツボ)といったものを想定しており、これは現代の解剖学的知見とは相いれない主張となっている。そのため、経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる。現状ではまだ体系性が十分でないため、ここでの評価は中程度とする。

理論の普遍性 (中)

 客観性項目でも少々述べたが、鍼灸治療においては個人による効果サイズのばらつきが非常に大きい。そのため、厳密な研究体制が整っていても「誰」の「どのような疾患」まで鍼灸の有効性を示すことができるかを一般化するのは困難であるといえる。このことは、WHO、「コクラン共同計画」、医学誌論文、鍼灸学誌論文、他の学術論文において特定疾患への有効性やその効果サイズが異なっていることからもわかると考える。現在までのところ、どの研究における鍼灸の有効性が最も妥当で信頼性が高いかについては各方面で議論が続いておりまだ決着していない。そのため、本研究における普遍性評価も、どの研究を支持する立場をとるかによって変動しうるため暫定的なものにならざるを得ない。
 つまり、鍼灸治療全体の理論としては普遍的なものではないものの、ごく一般的な病態に対して有効性があり、そのような意味においては普遍性があると評価できる。以上の立場から普遍性を中程度であると評する。各研究を包括し、効果サイズ、疾患、患者を特定した発表を今後期待したい。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 (高)

 鍼灸治療におけるデータの再現性は、その評価が非常に困難であるということをまず前提として述べる。それは、鍼灸治療における「特定」疾患への有効性を、データの再現性という観点からはとらえにくいと考えるからだ。鍼灸治療においては、その有効性の効果サイズが個人によって大きくばらつくということが原因であると考える。例えば、大筋では鍼灸治療に懐疑的な立場をとっている「コクラン共同計画」においても腰痛、頭痛には多少前向きな報告がなされている。しかし、それとWHOや鍼灸学界、さらに言えば臨床現場で報告されている有効性では効果サイズがそれぞれ異なっており、データの再現性という意味において個別疾患への有効性に焦点をあてた場合、現状では評価が困難であるということがわかる。
 ただし、鍼灸治療全体を俯瞰した場合、研究報告の発表バイアスを考慮してもその有効性にはデータによる裏付けが繰り返しなされている。つまり、鍼灸治療研究全体においてはデータの再現性が十分であるといえ、論文発表なども極めて充実しているといえる。本項冒頭で述べたように、本研究においては個別疾患における有効性を評価の基準とはしないという立場をとっている。そのため、鍼灸治療研究全体におけるデータの再現性は高いと評価する。

データの客観性 (高)

 上でも述べたが、例えば「全日本鍼灸学会」や「WFAS」に論文投稿する場合、利益相反の有無の記載が義務付けられており、鍼灸研究において、権威による断定や市場利益を優先した研究は排除される仕組みとなっている。
 また無作為化対照実験の有無についても近年の研究報告は主観的効果を認めない実験デザインをしており、研究環境としても問題は見当たらない。これはWHOによる鍼灸治療のガイドライン声明や、そこでの無作為化対照実験の研究対象をさらに厳しく厳密化した「コクラン共同計画」において確認することができる。WHOにおける声明ではかなり広範囲において鍼灸治療の有効性を認めており、より厳しく分析している「コクラン共同計画」においても頭痛、腰痛、化学療法を原因とする吐き気、首の疾患、夜尿症には多少肯定的である立場をとっている。よって、本研究におけるデータの客観性も高いと評価し、すなわち現代の鍼灸研究は極めて客観的だと位置づけられる。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 (中)

 現在、鍼灸治療の効果に合致した形での研究や実験が主流であり、実際にそれに沿ったデータが収集されている。また、そういった厳密性を鍼灸界ではむしろ求めており、理論面を充実させる体制もできつつある。
 ただし、臨床現場(すべてではないが)においては、そのような認識とはまだ少し距離があるのが実態であり、治療効果について患者の主観に依るものも多い。

理論によるデータ予測性 (中)

 鍼灸における研究は他の医療分野と比べても遜色のないほど盛んに行われており、その方法論や研究体制にも特に問題点は見当たらない。鍼灸理論の普遍性における課題は残っているものの、鍼灸に何らかの鎮痛作用があるということには現状疑いの余地はない。  
 ただし、「夜尿症」といった鎮痛作用のみでは説明のつかない症状に対しても鍼灸研究では有効性を示すデータが報告されているため、「データの再現性」といった面からは認められるものの、そのような有効性に「理論」が追いついていない状況となっている。今後は理論面での整備が必要となってくるだろう。
 以上のような理由により、鍼灸治療のデータ予測性も中程度と評価する。

社会的観点

社会での公共性 (高)

 鍼灸では臨床現場での成果だけでなく、研究を社会的に発表、還元する制度も世界的に整っている。日本を例に挙げると、「全日本鍼灸学会」「日本鍼灸師会」といった学会が積極的に活動しており、研究論文などの発表なども定期的に行われている。他では、ドイツにおいても鍼灸が一部正統医療として“定義”されていたりと、社会的、公共的な仕組みとなっていることがうかがえる。
 世界的には「WFAS (The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies)」が中心的組織として活動しており、各国の研究機関での成果がそこに集合している。また、「全日本鍼灸学会」「WFAS」では論文投稿時における査読、利益相反関係の有無、といったことを細かく規定しており、制度上の問題も特に見当たらない。さらに、BMJ(British Medical Journal)など本流医学誌での質の高い鍼灸研究論文発表もみられ、医学会との親和性も高いと判断できる。よって、社会での公共性は高評価である。

議論の歴史性 (高)

 鍼灸の起源については論理性の項目で少し触れたが、現代日本における鍼灸については明治時代以降、特にその議論が活発になる。
 明治政府による医療制度の西洋化によって鍼灸医療(漢方なども)は衰退の道をたどる危険性があった。そこで、従来の古典的なツボ治療から、一定のシステムをもった治療体制が構築される必要があった。そのような動きの中で、たとえば1952年以降の「経絡論争」といった運動や、経絡を客観的に実証しようとする研究と、経絡以外に鍼灸医学の基礎を確立しようとする研究などが盛んになり、一つの医療システムとして、客観性を重視した議論が形成されていった。
 また、1960年頃になると、臨床現場における鍼灸治療の方法論として現代医学的な病態を明確にして、病態に応じた治療を選択するといった提案がされるなど、現代医学の知見を取り入れたり、それと連携する動きも活発になっていった。他にも、治療効果における統計的観察を重視するべきであるといった立場が生じたりと、活発な議論が行われてきたことが推察される。 こうした経緯から鍼灸医学システムは大きく、古典派と現代派にわかれることとなるが、両者が全く決別しているわけでもなく、疾患や症例に応じて併用もされている。
 また、現代の鍼灸研究においても、一方通行ではない多面的な議論が展開されている。
 たとえば、WHO(世界保健機関)では鍼灸治療におけるガイドラインを設定し、それによると神経系疾患、運動器系疾患、消化器系疾患、といった多くの疾患に有効であるとの声明を発表している。
 しかし、このWHOの発表については反論も存在する。その代表的な例が「コクラン共同計画」であり、そこではWHOによって有効性があるとして発表した多くの疾患についてプラセボ効果以上のものはないと判断し、一部の限定的な症状についてのみその効果を多少肯定的だとしている。
 また、この「コクラン共同計画」にも多方面から反証論文が提出されており、たとえばBMJで発表されたもの(関連リンク参照)では「コクラン共同計画」で分析されたデータをさらにメタ分析し、鍼灸には効果サイズは小さいものの、プラセボ効果や何らかのバイアスでは合理的な説明のつかない鎮痛効果があるとした研究も報告されている。鍼灸界からも多数反論が寄せられており、それらの研究においてもオープンな場で議論できる土壌が整っている。 つまり、肯定的な研究発表と否定的な研究発表が互いに議論し合っている状態にあるといえる。
 このように、鍼灸については多角的で多面的な議論が展開されており、鍼灸研究においてもそれらを受け入れる、あるいは反論するといったが動きが活発である。
 以上より、議論の歴史性は高いと評価できる。

社会への応用性 (高)

 現在、鍼灸は世界的にも医療として広まっており、さらに社会制度面での設備が整っている国も多い。日本を例に挙げてみると、日本では「はり師」や「きゅう師」、もしくは医師の資格を持っていない者には鍼灸治療を行うことを認めていない。「はり師」や「きゅう師」は国家資格であり、これを取るには専門機関で教育を受けなければならない。
 また、医師による同意書が必要であるが、鍼灸治療において医療保険が適用できる場合もある。日本における鍼灸治療の医療保険適用疾患は「神経痛」、「リウマチ」、「腰痛症」、「五十肩」、「頚腕症候群」、「頚椎捻挫後遺症」、その他の類似する疾患において有効である。このようなことから、例えば日本での社会への応用性は高いと評価できる。
 また、世界的な制度や設備についても同様の評価ができる。例えば、医療衛生面や医療機器面において、FDA(アメリカ食品医薬品局)やWHOによって鍼灸に使われる「鍼」や「灸」の衛生面や安全性について細かく規定している。これは通常医療における衛生面や安全性のガイドラインと比べても同程度の厳しい基準である。
 以上のようなことから、鍼灸治療は社会的にも応用性があり、さらにそのための枠組みも整っていると考える。よって社会への応用性は高評価とする。

総評

発展途上の科学

 鍼灸治療を疑似科学とする根拠はなく、また社会的な実用性という観点からも科学として評価されるべき項目であるといえる。
 代替医療の研究分野では、主に懐疑論者が中心となって、「その医療行為」においてのみで有効性を評価しようとする動きがみられる。しかし、医療行為においては他の自然科学分野とは異なり通常医療も含めすべての医療行為を相対的に評価し、その効果を検証しなければならない。それは、医療とは人体の科学であること、現代の通常医療は「万能」ではないこと、そして「健康状態」を定義する基準は何であるかということ、を常に前提として考慮すべきだということを意味している。
 鍼灸治療において、その研究方法、社会への還元、法的制度は現代科学的研究の基準に達していると判断でき、他の科学研究領域と比較しても遜色のない水準であると思われる。
 以上を踏まえ、本研究において鍼灸治療は「科学」と評価できる。だが、経絡やツボを主体にした理論については、今後現代化が求められることだろう。

参考文献:

『図解 鍼灸臨床手技マニュアル』 尾崎昭弘
『エビデンスに基づく腰痛症の鍼灸医学』 全日本鍼灸学会
『臨床鍼灸学を招く―科学化への道標―』 西條一止
『臨床 鍼灸治療学』 西條一止
『代替医療のトリック』 サイモン・シン
季刊『理科の探求』左巻健男 2015春号 特集 ニセ科学を斬る!リターンズ p50-109(p80-85)
『新しい鍼灸診療』 北出利勝/編
『代替医療&統合医療 イエローページ』 上馬場和夫
『鍼灸の歴史』 小曽戸洋 天野陽介
『ハリソン内科学 第4版』 福井次矢、黒川清/監修

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(最終更新日時2015年8月22日)

投稿

投稿&回答

>明治大学さんは以下のように書いています。
「経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる」
だからどうだというのです、あんたはバカじゃないのか。何度、同じことを言わせるのだ。そして、明治大学のこのサイトも同様にバカだ。経絡やツボなんて無いに決まっている。タンパク質の物理的性質そのものが情報伝達機能を有するのだ。神経なんて関係ない。
あなたのような人が、私にイチャモンをつけるなんて100年早い。 (投稿者:78ppm,投稿日時:2017/08/18 21:09:07)

(回答日時:2017/08/19 12:18:18)

2017年、鍼灸院に行く患者はいなくなり、鍼灸治療は消滅することになる。いくつかの研究上のヒントはあったが、あまり効果のない治療法である鍼灸になんか賛同しません。
まあ、せいぜい鍼灸にかじりついていればよい。
1つ、例を挙げれば、タンパク質と言ったからといって、分子生物学なんてものは眼中にない。物理療法なのだから、分子生物学ではなく生物物理学に基づいて、生命に潜む物理法則を研究しなければならない。あなたは、分子生物学と生物物理学の違いも理解できていないのでしょうね。これをカテゴリーエラーという。だからこのようにバカバカしい議論になる。


(投稿者:78ppm,投稿日時:2017/08/18 15:56:20)

(回答日時:2017/08/18 19:05:05)

(3)
気や経絡、その他未知の私たちに身近なエネルギーのようなものに関して明治大学さんは以下のように書いています。
「経絡やツボという概念が新たに現代科学で認められない限り体系性は高くならない。しかし、現代の鍼灸研究では神経科学的知見も積極的に取り入れており、そのような面から論理が構築できれば現代科学との整合性もとれ、体系性も高評価となる」

・太古中国の原始的な形而上的思想に由来する概念に対し、現代的科学に沿った物質的な根拠を果たしてほんとうに提示できるでしょうか?その命題は、反証可能性さえ持たないのではないですか。真・偽の前に命題は成立しないように思います。 一体どこに経絡はあるのかと言えば、人体の中や何か未知の物質的根拠に求むのではなく、過去の書物の上と著者の想像力の中だけではないでしょうか。それらをあると仮定したら人体とそれにまつわる症状をどう見立られるか、を示した文献的な体系です。師匠と弟子の問答形式で書いてあり、古代の患者をその場で診て治療しているようなシーンはそこに出てきません。
・最新の物理学でどこまで判明しているか、非科学者にはわからない部分、これから何が発見されうるか等はあるにせよ、いずれにしても針師のいわゆる針研究の目標(その他物理療法家の研究)が、そこに向かっているわけではないと思います。その意味では、ほぼ永久に発見はなされない、仮に自分以外の誰かが発見したとしても、それは太古書物のそれではない。そのカラクリがわかりきっている中で、反証可能性だけが保たれて研究している(今は見つからないが、いつかは判明するかもしれないという)業界の学術スタンスは、論理以前に、本質的には疑似科学ではないでしょうか。
・トリガー、ポリモーダル受容器(=未分化の原始的神経受容器つまりは、組織内に解剖学的実体がない、未分類のカテゴリーラベルを貼り整理棚にまとめただけの、科学的にそれ以上手の付けられない受容器群)あるいは、今後のあらゆる神経学的所見等を用いたにせよ、やはり「それそのものではない」代替え物、代用品でしかなく。実際に用いて、それらが特異的作用を発現するような、実践に大きく影響を及ぼすような理論は無く、原始的に古来の手法でやってきたことと比べても、大きな差異は見られないと思います。また、そのような事情を承知で研究しているのだ、という定義や記述は業界のどこを探しても見られないのです。

・何を懸念しているかといえば、技術や理論は一定の科学を導入すれば、より合理的で、よりコンパクトに、実証的(多少は操作的バイアスが加わってしまう)に示すことのできる部分というのが、少なくとも自分達が研究者として稼ぎだす一時代だけは、それが実証的に正しいと謳えるかもしれない。しかしより後の時代には、針や灸においては、ほんとうは科学で示せる部分なんぞ「ほぼ無いのだ」「相交えないものである」ということが、さらにその実証科学によって追求され、いよいよ現実味を帯びた形でそこがクリアになるかもしれない。実証科学の手法によって、鍋底を各々好きなようにかき回し、浮かんでくる具だけを取り上げ実証できたと商売してきたものの、かき回しすぎてどの具も溶けてしまった。この療法における、そういった実証科学的な帰着点のほうが、ツボ経絡の物質的根拠の発見よりか、もっと可能性の高い現実的な予測でしょう。
・これはひとつの長く続いてきた民間療法の文化だ、と一定の留め具付きのパッキングをすみやかに行うほうが、理に適うのではないかと私は思います。現行の医療で対応しきれない疾患は多数あります。医学的な治療法がなく治療体系から漏れ、ルールアウトしていくような症例への適応は、鍼灸においては、安全性や副作用がコントロール下にあれば、なにも科学による実証がそこにどうしても必要だとは限らないと思います。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/08/13 23:49:16)

(回答日時:2017/08/18 19:06:11)

(2)
私はこの療法での、タンパク質つまりは分子生物的な研究側面について前向きな言及はしません。私には、それが実際的欲求をみたす為のものだとは思わないからです。むしろ人間の認識の情熱に(ある種)とりつかれたものだとさえ思います。
誤解してほしくないですが、分子生物を批判してるのでなく、そのような科学によって、今まで未知であった人の日常生活の現象が、なんでもすべて書き換えることができたり、一掃することができる、そういった方向性について私は懐疑的です。これまでの持続性を大きく損なうからです。
私は「基本的に効くか効かぬかわからぬ療法である」ということを盛んに言っている資格者です。それはある一面では「それだけあいまいなものだ」「あなたは矛盾をもってやってるのか」と判断されることになるかもしれませんが、不確実なものを含め充分に生活世界で成り立った療法である、ということを主張したいのです。確実に言えることは、この療法自体にそういった不確かさがある、そういう療法だよ、と。
その点をみずからすっ飛ばしてしまって、◯◯に効果がある、◯◯による機序である、などといって科学性をもちだして謳うのは「その善悪を判断したい」からです。そうでなく、まずはそれらへの「理解」が先立って必要です。
その不確実なあいまいさの部分にこそ、特性やキャラクターがありますので、針を医学モデルなどに沿ってランダム試験を実施するような資格者は、その特性をすでに放棄していることになりますし、みずからその特性を述べるべきではありません。
針研究に賛同的ならば、不確実さに盲目でなければならないし。針研究に懐疑的ならば、不確実さに拓かれているべきです。私はじぶんの体験をとおして後者をとります。

(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/06/04 09:06:06)

(回答日時:2017/06/10 12:05:37)


もし「針や注射のように鋭利な金属による生体への物理刺激に関する神経学的研究や新たな医療工学での応用」といった研究なら科学的意義はあるかもしれません。「針灸そのものを科学化しよう」等は現実的に困難だと思います。両者は別路線です。そこを同一視する学会や業界は、正直に言っておかしい。
基礎研究での実証うんぬんに関係なく、すでにさんざん巷日常の場で試されている(きた)ような療法は、社会科学などをはじめとする複雑系科学の要素を完全に除外できないからです。針は千年単位ですでに科学的検証をする前から、人に実施されています。還元論によってモデル化した多数性への確からしさを実証する前から、すでに先立って個別性が確立されています。個別性とは、ある意味でナラティブの領域です。
そのような背景をもつ針灸全体を科学規格化する必要があるのは、本来は医学的な実証度のインパクトではなく、信頼性についてです。科学的な効果があるかないかではなくて、そこについてのみ説明責任があります。
それは、医学モデルをとおした各疾患症状への効用の一律の確からしさではなく、安全性や副作用(=何に有害か)といった点が重要であり、それはすでに実証する前からわかりきっていることです。粛々と効果のあったケース報告を我々は積んでいくことだけが求められます。
臨床面で今の現行医学モデルに沿った特定疾患への針介入のランダム試験などには反対します。自律神経のバイオマーカの浮き沈みなどは、あくまで一過性の電気生理的な記録であり氷山の一角と思います。どのような権威による報告であれ、私はそれらに懐疑的です。
(投稿者:Rejoice21,投稿日時:2017/06/04 01:01:04)

(回答日時:2017/06/10 12:05:22)

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uidelines on Basic Training and Safety in Acupuncture World Health Organization
WHOによる鍼灸教育と安全性に関するガイドライン (翻訳改訂版 2000.4.7)
「『代替医療のトリック』の鍼治療の記述に関する問題点」
川喜田健司 全日本鍼灸学会雑誌 2010年第60巻2号252-254
鍼灸文献データベース(JACLiD)
公益社団法人 全日本鍼灸学会
The World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies
WFASのホームページ
補完代替医療ナショナルセンターにおける鍼灸への見解
National Institutes of Health (NIH) 米国保健社会福祉省内国立衛生研究所
“Acupuncture treatment for pain: systematic review of randomised clinical trials with acupuncture, placebo acupuncture, and no acupuncture groups”
Madsen MV, Gøtzsche PC, Hróbjartsson A. BMJ 2009;338:a3115.
“Acupuncture for chronic pain: individual patient data meta-analysis”
Andrew J. Vickers, Angel M. Cronin, Alexandra C. Maschino, George Lewith, Hugh MacPherson, Nadine E. Foster, Karen J. Sherman, Claudia M. Witt, Klaus Linde, Arch Intern Med. 2012;172(19):1444-1453
“Acupuncture for Back Pain A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials”
Edzard Ernst, Adrian R. White, Arch Intern Med. 1998;158(20):2235-2241
コクラン共同計画の概要
帝京大学EBMセンター